愛すべき存在、愛してくれる存在。
生まれからして間違えたという俺を、暖かく迎え入れてくれた彼女を欲しいという反面、柔らかな拒絶を感じ取って俺はその先がつかめない。
他の誰からならば、拒絶された時点で諦めた。
だが彼女に対しては最初から「諦める」という選択肢など俺の中にはない。
5月19日
(1)
(まずかったかな)と横でパスタのミートソースを作っているをちらりと見下ろしながら、慶一郎はふと思う。
昨夜のことで鉄斎からの鉄槌を下された慶一郎のその包帯姿を、彼女は心配はしてくれているもののどうにも微妙に距離を置かれているように見えた。
早朝のリハビリを兼ねた散歩でもは慶一郎を意識してか、口数を少なくさせていた。
(してしまったものは、仕方がないが)
昨夜は病院の行き帰りや病院での応対のような、子供同士の触れあいにも似たものではなくて、直接的な男女の空気にしてしまった。
手を繋ぐにも抱きしめるにも、彼女に対しては一応は言い訳があった。
手を繋ぐのは彼女が転ばないように。
抱きしめるのは彼女を落ち着かせるために。
だが、昨日のあの空気は、それが通用はしないだろう。
マッサージで足とか触れているが、それだけで健全な29歳の男の欲望に収拾がつくはずもない。
慶一郎としては今まではそれだけで何とか自制していた。
ちょうど運よく、自分の気に入らない連中はごろごろいたし、教育的指導を行わなければならないのでお面をかぶって発散し、それですんでいた。
の身体は本調子ではないし、精神状態だって不安定だったというのもある。
けれど、病院での再会から比べればここ最近の彼女の身体は十二分に回復していた。
まだ疲れやすいがちゃんと歩けるし、笑顔が増えた。
丸みを帯びた身体で、抱きしめたら返ってくる胸の感触。
浴衣から見える足から太股のライン。
脳内で再生されたその映像を慶一郎は止める。
昼日中に考えるようなことではないことまで思い至るには、隣に彼女がいる今はまずいと思い直した。
(箍が緩んで来てるな…)
普段なら、こんなことは考えはしない。
傍にいる、今までずっと欲しかった存在が強烈に自分にアピールしてるような、そんな感覚をずっと受けているからだろうと慶一郎は密かに思う。
(欲しい)
ずくりと沸いた渇望に慶一郎はクリームソースの味見をして抑えた。
今までの人生の中での出会いと別れの中で、たいていの男には嫌われ、女はトラブルもあるがいい女が多かった。
口説いたことすらなく、その場限りでどうしても欲しいと思えば押し倒していた。
容姿だって最高級の美女とばかりお知り合いになることが多かったのだ。
けれどいつも「その場限り」だ。
彼女達を去らせた時も、苦くは思ってもそれだけだ。
延々と欲しい、と思う女は今まさに自分の傍でミートソースと睨めっこしている彼女なのだ。
女に物を贈るのは彼女に対してだけで、一方的に贈り付けたそれが大切に保管されていて、いまだ誰から贈られてきたのかも思い出せないのに今もちゃんとそれを大切に扱ってくれているのを見たときは笑みを浮かべてしまった。
(欲しい)
また、ずくりと湧き上がったそれに慶一郎は困ったように眉をひそめた。
押し倒して自分のものにして、閉じ込めて。
自分以外の異性を全て排除して、自分のものだと声高に言いたい。
失ってたまるものか。
突如湧き上がる、どろりとした独占欲に慶一郎は瞬きを繰り返し、自問自答する。
(の心を手にいれてないうちに、それをやってしまったら嫌われないか?)
慶一郎にとっては奇跡に近い存在だ。
まさか再び、あの懐かしい味のした料理に逢えるとは慶一郎は思っていなかった。
おやつだと言って渡されたそのお結びからはじまった和食の数々。
幼い頃に別れたきりの乳母・以知子の味。
その特殊な生まれをした慶一郎の幼少を支えたのは確かに彼女だった。
一口食べてそれを思い出し、まじまじとを見つめてしまい、偶然か?と首をかしげて、試しに煮物を作ってもらえば、それすらも幼い頃に味わった食事そのものだった。
本人はひどく自信なさげだったが、慶一郎としては充分に美味い料理の数々だった。
一人で台所に入るよりか二人で入って和気藹々と話しながら献立を決めるという作業も、なかなかどうして楽しいものだったのだ。
鬼塚家に彼が戻ってきて、彼女が家に戻ってきて、そして家族の団欒に自分がいられるという【日常】。
この場所でなら、南雲慶一郎は愛されていると実感できる。
ここが家で、ここが自分の家族なのだと素直に思える。
(しかし、先に身体にがっついたら自身、逃げられそうな気もするし…鉄斎先生もなぁ…)
事実、昨夜は慶一郎の命日になってもおかしくなかった。
鉄斎には自分の気持ちが見透かされているようにも思えた。
「言い訳があるか? 小僧」の言葉に「ありません」と答えれば闇夜に白刃が舞った。
家の中だというのを忘れて、必死に応戦した。
鉄斎がその剣を収めたのは一頻り、彼を痛めつけられたからというわけではないというのを慶一郎は知っている。
(俺という存在を、美雪ちゃんとが【家族】として勘定してるから)
「先生ー。さーん」
ひょっこりと台所に顔を出したのは神矢大作だ。
「買出し終わりましたー」
「ありがとう、神矢くん」
「すまんな、神矢。…そろそろ御剣に昼だと伝えてくれるか?」
「はーい」
間延びしたい返事を返しながら神矢大作が台所を後にする。
道場のほうに言ったかと思えば大作が大きな声を上げた。
「あれ?」
「ちょっと見てくる」
「はい」
騒がしい道場で慶一郎は、昼食を一緒に食べる人間が一人増えたことを確認した。
「なっ…てめぇ南雲か!?…なんでお前まで…!!」
「ん? 誰かと思えば草gじゃないか。どういう風の吹き回しだ」
神矢大作いわく、自分勝手の総本山、傍若無人の炎の快男児・草g静馬がそこにいたからだ。
「勝負!!」と息巻く彼の腹の虫に、南雲は助け舟を出すことにした。
「草g…勝負もいいが、とりあえず昼飯にせんか?」
その言葉に誰も異論は唱えなかったので、慶一郎はそのまま取って返して台所に戻ってくると用意をしていたに一人増えたことを伝える。
「パスタが足りないから、まかない食でいいだろ」
昨日の残りのご飯を取り出すとちゃっちゃと手早く作ってしまう。
ガーリックライスにしたそれに、余った野菜とひきで作ったボロネーゼソースをかけたものを作り上げた。
は茹で上がったパスタを大きな皿に入れると人数分のフォークやスプーンを用意して運び始めた。
急遽用意することになった、草g静馬以外の人間分のオムライスも綺麗に皿に盛る。
「南雲さんが作ってくれるのって何でも美味しいですよね」
手製のケチャップをかけるの言葉一つに喜んでいる自分に(手軽な男か、俺は)と慶一郎は内心思った。
「ちょっと味見してみるか?」
「…草gくん、でしたっけ? 彼に悪いですよ」
「たった一口だから大丈夫」
ほら、と慶一郎は自然にスプーンでそれをさらうとの口許に持ってくる。
「え」
「ほら」
こぼれるぞ、といえば恥かしそうにしていたは意を決したように口をあけた。
そっと慶一郎はの口の中にスプーンを入れる。
一口口に入れて、口を動かしてからは恥ずかしそうにしながらも笑った。
「美味し」
いつも自分の料理を食べて言ってくれる感想の言葉に、慶一郎も自然に笑みが広がる。
「そうか」
「草gくんもこれなら皆と違っても許してくれるかも」
「別にあいつに許されなくてもどうでもいいんだがな」
慶一郎は同じスプーンで一口分取ってそれを口に入れて食べて、味を確認する。
「よし、持っていこうか」
そう言って慶一郎は重いものを、は軽め物のものを食卓に運んだ。
「叔母様」
「ありがとう、美雪ちゃん」
途中で手伝いに来た美雪と三人で全て運び終わると、はすぐに小皿を人数分に分けていく。
対して慶一郎は盆にのせた、先ほどと味見し終わったまかない食を出している。
「はい、神矢くん。美雪ちゃん、小皿。御剣さんも」
「ありがとうございます」
「叔母様、はい」
「ありがとう。あ、お父さんこれ」
「うむ」
「フォークどうぞ」
の声を聞きながら慶一郎はチキンとオムレツをより分けた。
涼子が和食が良かったと呟けば、慶一郎が「手を治してから言え」といい、その間に全員分の用意ができたので、自然と全員が両手を合わせる。
「いただきまーす」
行儀よく礼をしてスプーンをとったまでは良かった。
「――お前ら、ちょっと待たんかい!」
と美雪の動きが止まり、慶一郎は眉をしかめながら声を上げた本人を見つめる。
「この俺を無視して、勝手にそっちだけで和気藹々と盛り上がるな!」
「…可哀想ですよ、南雲さん」
がすまなさそうに眉をハの字にしていた。
声を上げた主は、食卓に一緒に居られずに一人寂しく部屋の隅っこにおいやられている。
「いえ、さん。御気になさらず」
そう答えたのは慶一郎ではなく御剣涼子…昨日ここに弟子入りした少女だ。
「五月蝿いわよ、あんた。静かに食べなさい」
「そういえばいたんですね、すっかり忘れてましたよ」
大作の一言に、声の主はまた声を張り上げる。
「忘れるな! この俺を忘れるな!!」
草g静馬、その人だ。
「仕方ないじゃない。あんたの座る場所がないんだから」
「俺の扱いはこれやのに、大作はなんでそっちやねん」
「大作君は客として招かれてる身分なのよ。あんたみたいに呼ばれもしないのに勝手にきた人間とはわけが違うの」
「そういうお前はどないやねん!」
「私は鉄斎先生の弟子だもの」
「ほな南雲、お前は何や!」
「南雲さんはうちの子です」
「…」
慶一郎が何か言うよりも早くが言い、美雪はそれに肯定も否定もしなかったが眼だけで静馬を見つめる。
鉄斎も何も言わない。
それを見た慶一郎は、自分の言葉を飲み込んで続けた。
「……だそうだ。それにこれを作ったのは俺とだぞ」
「判った?! あんたはこの中じゃ一番身分が低いんだから、そこでおとなしく食べてればいいのよ。食べさせてもらえるだけでありがたいと思いなさいよね」
「くそーーー。封建制の復活や。国連に訴えたる」
「アホはほっといて、食べていいから。も、美雪ちゃんも」
「え…」
慶一郎は笑いながらそう言うが、は気にしてスプーンを持ったまま動けない。
そんなに父親は皿を差し出した。
「、よそってくれんか」
「お父さん、早い…」
父親である鉄斎に小さくそう返しながら、パスタを盛るとクリームソースをかけて手渡す。
「うむ、すまん」
「いいえ」
親子の会話をしている他所で慶一郎は丁寧にまかない食の説明をしおわった。
「食べてから、文句言おうね?草gくん」
の言葉に「おう、なんぼでも言うたらぁ!!」とそうしてそれを口に入れたとき、彼は黙り込んだ。
しかもその真顔には小さく笑う。
「叔母様?」
「あれね、すっごく美味しかったよ。っていうか南雲さんの作るので、はずれなんてないんだから」
「本当ですか?! 静馬さん、僕に一口…!」
「誰がやるかい!! お前には絶対くわさん!!」
「にぎやかだねー?」
「はい、叔母様」
「五月蝿いだけだと思うけどなぁ」
「まぁ、良かろう」
ぎゃんぎゃんと言い合いをする三人の高校生達を他所に、慶一郎を含めたこの家の家族はマイペースに食事を取り始めた。
ブラウザバックでお戻りください
南雲慶一郎さんは原作を読む限りは生まれのおかげで自分自身が傷つくことに慣れてしまっている…けど愛情に飢えてるんじゃないか?
という人なんじゃないかと思われます。
その強さと性格は完成されていますけど。
とりあえず書いてて、そして原作改めて読んで思ったこと。
慶一郎、もげろ。(なにをとは言ってはいけない)お前、何人女いたんだ。とりあえず、もげろ。
本当に書いてる人は彼が好きなんですか? という言葉は聞かない方向で(笑)。
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