愛情。
それは一番強い感情。
親愛、友愛、いろいろあるけれど女に一番影響力あるものは、やっぱり『恋愛』だと思う。
…たとえそれが…。
…。
たとえじゃなくて、そうきっと。
失恋が一番、影響すると思うのよ。
少なくとも、私には。
5月21日
(1)
その日はあれから散々だった。
神矢くんは意味深に見てくるし南雲さんは否定しないし、美雪ちゃんはぼそりと「慶一郎さんが正しい」なんて言うし…。
携帯電話を握り締めた南雲さんとも、…そのさん…じゃなくてさんか、その人のことで軽く言い合いしてしまい、気がついたら私の携帯電話はお亡くなりになってしまった。
「あ」とか南雲さんが言ったら、南雲さんの手の中の電話が「めきゃ!」ていったときは「ぎゃああ」と叫んだ。
いやだって、携帯電話の中には大事な友達のアドレスもあるわけで。
「中のデータが生きてるといいですねぇ」と神矢くんが私たちをデジカメに撮ってたっけ。
他人事だからものすごく軽い言い方だったのが印象に残ってます。
正直、泣ける。
神矢くんはその後、満足したのかバケツの水を替えて道場に戻っていった。
それを見送っていた南雲さんは壊れた携帯電話を返してくれたけど…。
「壊すつもりはなかったんだがなぁ」となぜかにこやかに笑っていた。
「買い替えの時、一緒に行くから。ついでに番号も変えてしまおう」
はっ、それが狙いか?!
「…わざとですか…?」
「まさか」
嘘っぽい…、いや嘘じゃないのか判断つかない苦笑いに、私は怒れなくて肩から力を抜いた。
その後、休憩用のおやつ作りに南雲さんと美雪ちゃんと一緒におはぎを作ったけれど(おはぎ用のお米は前日から用意してたのだ!)おはぎとは別に私が作ったきなこのお結びをかたっぱしから南雲さんと美雪ちゃんが食べてしまって、あんこのおはぎだけしか残っていなかったのはあきれた。
とりあえず二人とも叱っておいたのだけど…本当、この二人、の情報…記憶の中にある彼らよりも呼吸があってる上に仲がいい。
私が知っているその情報よりも二ヶ月ばかり早めに南雲さんが帰国し、同居しているからかもしれないけれど。
それから私は父の分を、南雲さんと美雪ちゃんはみんなの分のおやつを持って分かれた。
父・鉄斎からの書類整理の手伝いを頼まれたので、それをずっとしていて気がついたら夕方だ。
『神威の拳』についての説明をされたと聞いたのは夕食の時に神矢くんからだった。
書類整理の時に、ふらっと父がいなくなったと思ったら、皆のところに顔を出して掃除の駄目だしをした模様。
お夕飯にも高校生三人組は参加してて、ものすごく楽しかったけれどそれと同時に彼らの私に対する印象というかそういうのが変わったのが判った。
鉄斎の娘、この家の人間だということに加えて南雲さんの恋人のような存在なのだと思ってる。
実際そんなニュアンスで言われたので「いや、違うからね? どちらかというと妹のようなそんな感じ!」と訴えておいたけど、それを三人がまともに受けてくれたとは考えにくい。
あんまり否定するのもなんだから、そうそう強くは言えなかったっていうのもある。
何度も言うようだが、南雲さんのことは嫌いじゃない。
けれど恋人にはなれない。
奥さんのいる人と、恋愛はしたくない。
「恋はそう簡単に割り切れるものじゃないよ」といわれるだろうが、そんな不毛な場所に自分から飛び込んでいくようなことは出来ない。
これでも少しは恋愛してきたのだ。
としても鬼塚としても、そこそこに。
…全部、まぁ失恋に終わってしまっているけれど。
この間の夜の南雲さんが何をしようとしたかは判ってる。
あれ以来、お父さんや美雪ちゃんがマッサージ時にいるのでそういう雰囲気にはならないし、私も気をつけているから大丈夫だ。
…ここ数ヶ月、女の身体にそういう意味で触れてないから、つい手を出しそうになったのだ、と思おう。
本当は、そんな人じゃないって判ってるけれど、でもそう自分に言い聞かせないと、本当私が彼を『男性』としてみちゃいそうな自分がいる。
としての知識では、彼はただの小説の主人公だった。
けれど、今の私・鬼塚としては現実の、頼りになる人だ。
家族で、だけど血の繋がらないその人は「兄」だと、言い聞かせる。
スキンシップも、その優しさも男から女に対してのものじゃなくて、兄から妹への「親愛」。
女として好きになってはいけない人なのだから、彼からのその手の発信を全力でスルー。
気がつかない振りをすれば、そうすれば…。
「叔母様?」
「うわ、はいっ!」
話しかけられてびっくりして飛び上がると、そこには巫女姿の美雪ちゃんがいた。
「?」と首をかしげてから、美雪ちゃんは来客を私に告げてくれた。
近所に住んでいる友人に、話を聞くために来てもらったのだ。
あと、相談。
流石に私の男関係のことを南雲さんに相談するわけにはいかないので、彼が学校にいる時間を見計らって私が呼び出した。
そう、あの日にあった電話…私の元婚約者のさんに関してだ。
南雲さんが一方的に切った、あの電話の主はさん。
鬼塚の元婚約者で、私の友人と結婚し、幸せな家庭を築いているということだった。
少なくとも私が目を覚ましてから半月の4月の時点では。
それなのにこの間の電話では「(私に)会いたい」と言ってきた。
お断りしていたら、それを南雲さんに聞かれていて…さら電話をかけてきたさんにきつめに言ってはくれたが…。
次の日…つまりは昨日、私の知人だという人から遠まわしに自宅の電話に連絡が来た。
「会ってやってくれないか」との言葉に、私は耳を疑い、その方にもなるべく丁寧にお断りをした。
どうなってるのか本気で判らない。
なので、知ってそうな友人に連絡を取った。
家からの黒電話から携帯電話を壊したことを伝えると、「顔見て話したい」と言われたので急遽来てもらうことにした。
美雪ちゃんにはあまり聞かれたくないし、家の中で話すことを友人が嫌がったので神社の境内の方に回る。
「たちに天罰が落ちますように…!!」
「これこれ」
友達の真剣な表情でうちの神様へのお願いに、思わずそう突っ込みを入れる。
「は知らないだろうけど、それぐらい最低なの」
「仮にも好きだった人のこと、そういうのはちょっとね」
「、あんたどこまでお人よしよ…!」
そう言ってから友達は、むむむ、と口元をゆがませてから教えてくれた。
それを聞いて「は?」と私は聞き返した。
聞き返して、少しだけ後悔した。
真実は私の失恋の傷に、ほんの少し、深みを与えたから。
私とお付き合いしている間に、私の友人はすでに彼と深い仲になっていたそうだ。
ちょうどそれは美咲姉さんが事故をして、私が美雪ちゃんにかかりっきりだった時期に重なる。
そこで別れを告げてくれたら私的には良かったかもしれない。
そのままずるずると関係を続けるよりは。
でも聞けばさんは私のことも愛していたし、姉夫婦の事故で動いてる私に心労を重ねるつもりもなく、彼女とのことはたった一夜の浮気程度にしか思ってなかったそうだ。
それは当時彼の親友だった、私のこの友人の旦那にさんがもらした言葉。
つらかった。
それを聞くと、それだけ彼に負担させていたのかと思うと哀しかった。
またそれを言うと「どんな理由があろうとも、浮気は浮気よ」とばっさりと友人は斬って捨てたが。
私はそうとは知らずに美雪ちゃんにかかりきりになり、その一夜は日毎に重ねられ…、ついには私の事故。
婚約破棄を私の父に言われたが、彼はそのときはちゃんと待つつもりだった。
けれど、そのすぐ後になって彼女の妊娠が判ったのだ。
シングルマザーにとってはまだまだ風当たりの強い世の中だ。
でも、どうしても彼女は子供が欲しくて…彼に伝えた。
「責任とって結婚して」
悩んだ挙句、そうしてあちらの奥さんの親御さんからの強い要望もあって、二人は結婚した。
お子さんも無事に生まれた。
だけど、それでハッピーエンドになるわけではなかった。
さんのご両親は、厳格な人だったのを、私は軽い痛みと共に思い出した。
私と付き合っている間に、彼女ともそういうお付き合いをしていたということでまずあちらの…さんのお母さんが切れた。
事有るごとに、私と彼女を比べたそうだ。
それは正直、きつい。
聞かされるこっちもきつい。
なんというか、あちらのお母さんの記憶+美化も入ったソレが私自身だと思われたくない。
「嫁と姑の争いって怖い…」
「そんなもんよ。女は他人の、しかも同性に自分のテリトリーを好き勝手やられるのは気に入らない生き物よ。例外なんてないわね」
「そこですでに天罰来てると思うんですけど?」
「んなわけないでしょ、これはあいつらの自業自得よ」
ちなみにこれはさんのお嫁さん…私の友人が愚痴ったのを彼女が小耳に挟んだそうだ。
勿論、愚痴られたのは彼女ではない。
私が目をさました時に、彼女と彼の結婚を教えてくれた自称・私の友人だった。
聞けば私の友人ではなくて…目が覚めた私がどんな様子か、そしてさんのことをどう思うか見に行って欲しいと彼女に頼まれた人だったようで…その人もお手上げ状態になって他の子に泣きついたんだとか。
あちらのお父さんは嫁姑問題には無関心。
孫は可愛いけれど、ただそれだけのような態度らしい。
そのおかげで親御さんとは別居はしたものの、何かに付けても折れない母親とお嫁さんの間に立っているうちに、どんどんとさんと彼女の間もぎすぎすして今に至る。
優しくて気弱な彼が、酒を飲んで荒れはじめた。
彼女は変わってきたさんに気がついたけれど、最初は彼のことだからすぐに元に戻るだろうと思っていたらしい。
けれど彼はますますエスカレートしたようだ。
子供に対しては暴力は振るわないけれど、酒癖が悪くなり、そして浮気の噂もちらほら出るような、そんな男性になりつつあって…そうして私が目を覚ました。
彼と…さんのことを好きで、愛してたままの、彼らでいうなれば三年前で時間を止めてしまった私が。
彼女は怖くなったそうだ。
お見舞いに来てくれた一人の友人が私が記憶を失って、すぐに思い出したのが家族の中では美雪ちゃんが一番だったけれど、次がさんのことだと彼女に話して…そうして自分がしてしまったように私に彼を奪われるんじゃないかと。
人が変わってしまいつつあるけれど、でも彼は子供には変らず優しいし何よりも愛情が薄れたわけではない。
なので最近まで、彼には私が目を覚ましたことは内緒にしておいたらしくて、まぁそれがこの間、とうとうばれてしまったということだ。
「どっちのも最低よ。男の方はあんたを捨てたはずなのにすがり付こうとしてる。女の方は自業自得のくせしてとられるんじゃないかってびくついてる」
「そのさんからうちに電話があったの」
「どっち、男? 女?」
「男。私とやり直したいんですって。会って私と話したいって」
「あの野郎…」
やり直すも何も…といいたかったが南雲さんの前だったし言えなかった。
精一杯虚勢を張ってかつて愛した人に祝福の言葉をいい、そうして電話を切ったのにも関わらず再度連絡して来た。
なにやら誤解を受けさせるような、そんなやり取りを南雲さんがその後にしてしまったが。
「お断りしました。けどね、彼の友達だって言う人から会ってやってくれないかっていう連絡が家に来たの。第三者を巻き込むようなことはして欲しくないし、これ以上、家の人間に迷惑も掛けたくないし…」
「ストーカー行為に走られても嫌よね。とりあえず、どっちにも釘刺しとくわ。…それとその友達って奴の名前聞いた?」
「うぅん、聞いてない。…本人に必要なら会って、きっぱりくっきり言い合うっていうのも考えてるけど…」
「それはいい方法だとは思えないわよ。相手が逆に自分に気が有るとか思ったらどうするの? その、南雲さん? が携帯壊したのって有る意味いい機会だわよ」
それから友人は、心配そうに私を見た。
「?」
「なぁに?」
「まだ好き?」
一瞬間をおいて、それから私は苦笑する。
「皆にとっては三年前に終わった恋で、それに火をつけるのはたやすいだろうけれど…私にとっては二ヶ月前に終わって、ようやく最近、心に区切りを付けられた恋でね」
そうして息を吸った。
「だからそれに簡単に火をつけろって言うのは、虫の良すぎる話じゃない?」
「…」
「思い出はね、綺麗なままラッピングして心の奥底にしまっときたいの。けどいまさら、それを取り出して開けたくはないの」
「……泣いてもいいわよ」
「たくさん、もう泣いたわよ。彼に対しての憤りと悔しさと、そして申し訳なさからくる涙も、私の為の涙も」
そう、泣いて南雲さんに抱きしめられて、笑ってを繰り返した。
「だから、もうあの人の為に泣く涙はないの」
それで南雲さんに慰められてを繰り返したら、私はすごく嫌な女のままだ。
「…一番いいのはが男作ることなんだけどね…」
「…何が言いたいのかはよく判るけど、それは今のところありませんから」
身体を治すことを優先にします、と呟くと友達はにぃっと笑った。
「…噂の南雲さんとやらとは」
「あの人とは、そう兄と妹みたいな関係なのよ。実際昔、ここで暮らしてたし…」
「私が聞いた噂じゃ、昔の男が看病しに来てそのまま鉄斎さん公認で鬼塚家に同棲中なんだけど?」
まずい、早くなんとかしないと。
「まごころ便ネットワーク使って噂の鎮圧に当たらないと…!」
「まぁ待ちなさいよ。その噂はそのままにしときなさいな。たち避けにはいいでしょう?」
…まぁ私の都合にはいいけれど、果たして南雲さんにとっていいかどうか。
いや、だって南雲さんのお嫁さんに悪いじゃないのよ。
とは口には出せない。
「南雲さんに悪いんですが」
「手ぇ、つないで帰ってるとか、いつでもラブラブとか聞いたけど?」
…。
「前半は私が転ぶから繋いでくれただけで、後半はまったく、本当に違うからってことを皆さんにお伝え願えれば幸いです…」
「極力、善処はします」
それからは近況報告をお互いしあった。
彼女が私の顔を見たかったのは、まださんのことを好きな気持ちが残ってるかの判断なんだろうと思う。
「叔母様、お茶が入りました」
美雪ちゃんが境内の方まで来てくれて、教えてくれる。
「ありがとう、美雪ちゃん」
友人には最初から教えていたので、学校は?とは聞かないでくれるのがありがたい。
「ありがとう、美雪ちゃん。叔母さんの友達なんだけど覚えてる?」
そう言うと美雪ちゃんはおずおずと頷いてくれて、それからは三人で縁側に腰を下ろして井戸端会議して時間をつぶしてしまった。
曰く、南雲さんとは恋人同士じゃない。
曰く、そのあたりどうなの、美雪ちゃん。
曰く、私はわかりません。
などなど、だ。
別れ際「じゃ、、私帰るわ。新しい携帯番号とアドレスは後で必ず連絡入れるように。あっちは私が動くから!」と言ってから何を思ったのかこう言った。
「、マジで南雲さんとやらが恋人でないのなら、身体が完璧に治ったら男紹介するから! 頑張って早く治しなさいよね!」
旦那の友達は皆、イケメンそろってるよ! の声に笑う。
「あははは、期待しとくわー」
にこやかに社交辞令でそう返したのだが、これを黙って聞いていた美雪ちゃんが何を思ったのか、夕食時…帰ってきた南雲さんとお父さんの前で彼女は爆弾を落とした。
「叔母様、身体が治ったら紹介された男の人と結婚しちゃうの?」
「ぶっ!」
私はいきなりのことにむせ、南雲さんは「は?」と美雪ちゃんに聞き返し、お父さんは我冠せずと箸を動かしていた。
ブラウザバックでお戻りください
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