5月某日
(2)

電話の鳴る音に気がつき、鬼塚鉄斎はそれに手を伸ばしたところでそれは切られた。

小さく息を吐き出し、その足で縁側に出たところでその影に気がつくと、いつものように声をかける。

「慶一郎か。学校はどうした?」

「見りゃあ判るだろ。怪我で早退したのさ」

頭の包帯を指差してぶっきらぼうに答えると、慶一郎は家の中を覗き込んで、誰かを探すそぶりを見せた。

「いねぇな……買い物にでも出てるのか?」

「忘れたか? 今日はの付き添いで病院にいっとる」

「はぁ?!」

慶一郎は瞬きを繰り返してまじまじと見つめる。

「またあいつはどこぞで転びでもしたのか?!」

口は悪いがその顔には初めて動揺の様子を見せる。

「? いや、すぐに帰ってくるとは言うておったが…?」

鉄斎の言葉に心底ほっとした、という表情を浮かべ、しかしながらもごもごとなにやら悪態をついている慶一郎。

鉄斎はそんな彼を見つめ返す。

話がかみ合っていないことに気がついて、何か言おうとする前にその慶一郎が口を開いた。

「…? やいジジイ……急に白髪が増えたな。死期が近いのか?」

鉄斎の片方の眉がびくっと吊りあがった。

その10分後、三人の高校生達がその場にやってきたとき、鉄斎は抜き身の真剣を手入れしていた。

「あの…お師匠様、もしや南雲先生が来ませんでしたか?」

「おう、来たぞ。奴め、口の利き方を忘れたようなのでな…少し痛めつけてやったら逃げよったわ」

「逃げた…!?」

草g静馬と神矢大作、そして御剣涼子は額を寄せ合った。

まさか帰ってきた大怪獣・ナグモン(仮)に勝てる人間がいるとは思わなかったのだ。

三人は鉄斎の事情を説明することにして居間に上がった。

「…ほう、頭を強打して17歳に逆戻りだと? 不思議なこともあるものよのう」

そう言ってから鉄斎は顔をしかめた。

「そうか。奴が探しておったのは美雪ではなかったのだな」

「すると南雲先生はその…美咲さんに会いたがっているんでしょうか?」

「甘ったれの小僧だからの…」

その言葉で涼子は本当に美咲が慶一郎にとってどんな存在だったか判る様な気がした。

「高校生の頃の南雲先生ってどんな風でした? これ以上犠牲者が増えないうちに対策を見つけないと…」

そのとき、音もなく障子が開いて美雪が居間に入ってきた。

「ただいま戻りました…」

「うむ。はどうした?」

「…叔母様のお知り合いの方がいらして、お話があると…。長くなりそうなので、先に帰るように言われました」

「そうか」

どこか不満そうな美雪は、そのとき初めて三人の存在に気がついたようにその視線を向けた。

わずかに浮かんでいた感情が消え去り、人形じみた容姿に戻る。

大作たちは挨拶をしてから、思いついたように彼女に言った。

「ねぇ、美雪ちゃん。昔の南雲先生が写ってる写真なんかないかな?」

しばらく考え込んでいた美雪は、不意に立ち上がると居間を出て行き、そうして大き目のアルバムが一冊と、小さなものを一冊手にして戻ってきた。

大き目のアルバムにはその大半にほとんど、ある女性が写っていた。

ゆるくウェーブした艶やかな黒髪を肩までたらし、目じりを下げた柔和に微笑んでいる女性―鬼塚美咲の生前の姿だ。

その予想通りに美人な姿に、大作は涼子と見比べて溜息をついた。

「なによ?」

「もしかして、と思ったんですが…ちっとも似ていませんね」

「似てたらどうだって言うのよ?!」

どうもしませんけど、と苦笑いをしながらページをめくると静馬が声を上げた。

「こいつや!」と指す写真には、なるほど慶一郎の姿が写っている。

本殿の階段に片膝を立てて腰掛けてる大柄な高校生。

手で撫で付けたざんばらの髪、痩せて生気のない顔に目だけがぎらついている。

興奮する静馬を他所にその写真を見つめていた二人は、ほぼ同時に振り向いて静馬を見、そして再び写真に目を落とした。

「おい…なんやお前ら?」

妙に冷たい視線の二人に、不安そうに静馬が聞くとおもむろに大作は口を開く。

「どうして静馬さんが南雲先生に勝てないかわかったんですよ。相手は百戦錬磨の29歳で静馬さんは超高校級とはいえ17歳。実力の差は当然だと思っていましたが…この写真を見たら、それが間違いだったと気がつきましたよ」

「そらどういう意味や」

「要するに南雲先生は17歳の段階で、すでに静馬さんを上回っていたんですよ」

何を根拠に! と吼える静馬に対して涼子はきっぱりと言い切った。

ルックスで負けてるのよ!!

現在はともかく、17歳の南雲慶一郎は涼子の目から見てもかっこいい男だった。

ストイックで、あえていうならば超ワイルド&アイスって感じ! と彼女らしからぬ黄色い声を上げる。

その目にはいかにも困ったような顔で赤ん坊を抱いている慶一郎が美咲と並んでいた。

「どう言ったらいいんでしょうか…つまり、南雲先生のほうが『人としてのランクが上』ってことですかね?」

「そうよ! 南雲先生と同じ時代に生きてたら、あんたなんかきっと雑魚よ、雑魚!!

そんな二人の目には赤ん坊の美雪を抱き上げて、キスしてる少女の写真があった。

慶一郎はなにやら顔をしかめている。

「あ、これもしかしてさん?」

「うわ、美雪ちゃんもさんも可愛い〜」

そこから先は美雪の写真集と化していた。

その中にはのものも混じっている。

当時のは姉よりも髪を短めにまとめ、どちらかと言えば運動好きそうな少女に見えた。

小さな美雪とそしてもう一人の女の子…金髪でハーフっぽい女の子…と一緒に遊んでいるの姿。

「こっちのも見てもいい? 美雪ちゃん」

大作の断りに、美雪が小さく頷くと小さなアルバムを開く。

「写真、結構多いですね」

「…克弥くん…美雪の父親がその手のものが好きでな」

ぐびりと湯飲みのお茶を飲みながら大作の疑問に答えた。

大きなアルバムは美雪の写真集だが、小さなアルバムはの写真集であったとも言えた。

「うわ…」

その中には当時のと慶一郎の何気ない日常が写っていた。

美咲と談笑し、じゃれつくも勿論あったが大作の目が引いたのは慶一郎の視線だった。

ぎらついた狼のような視線だと、他の写真を見ても判るのだがを見つめる目はそうは思えない。

に対して、目だけがに向いている慶一郎。

決定的なのは続けざまに撮った写真だ。

縁側でセーラー服だろうか、それを着たまま寝ている彼女を膝枕している慶一郎の図だった。

ただそうしてるのではなく、着ていた学ランを脱いで毛布のように彼女の身体にかけて寝かしていた。

(あ…)

途端に大作は顔に朱が走った。

例えでいうなれば、知った人間同士のラブシーンを見てしまったような気恥ずかしさ。

これがクラスメートだのなんだのならば大作も気にはしないが、その相手はと慶一郎だ。

若き日の慶一郎は写真の中での目を伏せ、しかも他の写真とは比べ物にならないぐらい優しげに笑みを浮かべて自分の膝の上に頭を乗せて寝ているに視線を注いでいる。

ほんの数秒だろう、慶一郎の当時の感情が一枚の写真に凝縮されていた気がした。

大作が連想したのは、くさい言葉だがただ一言。

(「愛しい。」)

それがすぐに脳裏に浮かんだ。

(美雪ちゃんのお父さんって好きってレベルじゃないぞ、これ…!)

もしもかなうのならばカメラ小僧としては熱く彼の写真の腕を賛辞したかった。

感情を、当時のカメラでここまで写せた人間を大作は知らない。

次の写真は、撮られていたのに気がついたのか他の写真と同じように目は鋭いものでこちらを向いており、口元を真一文字にして怒ってるのが丸わかりだ。

撮った本人も動揺してか、多少ピントが外れている。

大作は次のページをめくった。

近所の小学生達と一緒にピースサインをしてる

その脇には面白くなさそうな慶一郎と、笑っている美咲の姿。

まだある。

真正面でピースサインをしているの背後から覆いかぶさるように軽く抱きしめ、彼女の頭に顎を乗せている慶一郎の顔は、何も知らなければ兄妹のようにも見える。

(兄妹愛だろうか、家族愛だろうか、それとも…男女の愛だろうか)

そこまで考えて大作は、考えるのを止めた。

(二人は大人なんだし、僕がどうこう考えるような関係でもないし)

脳裏にを片手で抱きしめていた慶一郎の姿が浮かぶ。

すぐにに足を踏まれて離れていたが、あれはが嫌がったからすぐに離したのだ。

そう、が恥ずかしがったから。

もうそれだけで大作には、少なくとも慶一郎のに対する気持ちがわかった気がした。

(…そして何よりもいじって僕が危なくなるのは勘弁)

次のページからは一転して慶一郎は出てこなくなり、と彼女の友達しか出てこなくなった。

ただどこかの表情に以前のような明るさがないのは、大作の気のせいだろうか。

ぱたん、と小さなアルバムを閉じる。

大きなものを握っている涼子の目はきらきら輝いていた。

「大作君、そっち見せてくれる?」

「あ、いいですよ」

はい、と手渡す二人の背景には静馬が部屋の隅でうずくまっていた。

ぶつぶつと何かいっている静馬を他所に「きゃー、可愛い〜」を連呼する涼子と大作を見て美雪は一言呟く。

「…この人たち、何しに来たの?」

三人が当初の目的を忘れている間に『行く先不明の巡航ミサイル』こと無敵移動物体K17、あるいは帰ってきた大怪獣・ナグモン=慶一郎は、街を徘徊し、行く先々でちょっとした惨劇を繰り広げていた。

それはことあるごとに対策本部にいる藤堂校長の耳に入ってはいた。

すでに14人目の犠牲者が出ていたが、カルト教団や暴力団の事務所に行かないだけましだと彼は呟いた。

「…しかしいったい神谷君たちはなにをやっとるんだ!」

「はい、まだ対策が見つからなくて途方にくれているか。目的を忘れて遊んでいるかのどっちかですよ、きっと」

図星だった。

その後、監視していた追跡部隊を撃沈すると、無意識に見覚えのある場所に戻ろうとしてか、その足は大門高校へと向けられた。

「とにかく急いで迎撃の準備を整えるのだ。鬼塚家に向かった神谷君たちを呼び戻せ!今度こそ校内でK17を捕獲する!!」




二十分後…。

Kファイトの形をとった静馬と慶一郎の戦いは、神威の拳の呼吸だけを思い出した慶一郎に軍配が上がり、さらにショック療法をほどこそうとした大作と涼子の攻撃は、もう少しのところで大作がどじをして失敗した。

「万事休す…!?」

涼子が呟いたときだった。

「あれ? まだ授業終わってなかったんですか? 南雲さん」

「…南雲さん?」

まるで信じられないことを聞いた子供のように瞬きをして、そうしてまじまじと慶一郎は彼女を見た。

「お前、何言ってんだ? 頭でも打ったのか。

その物言いに今度はが瞬きを繰り返して、まじまじと彼を見つめた。


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