5月某日
(3)
(え? これどういう状況?)とはまじまじと慶一郎を見つめる。
美雪と一緒に病院に行き、40分程度のリハビリと薬を貰ったその後、自分のことをよく知る近所の主婦達に捕まった。
一応、まだ記憶の混乱があるので快気祝いを出していないことをわびると、「気にしなくていいのよ」を言われたまでは良かったのだが、その後根掘り葉掘り慶一郎とのことを聞かれて、今ようやく開放されてきたところだ。
のらりくらりとその話題をかわしてきて精神状態はあまり宜しくないのだが、そうも言ってはいられないらしいとは判断する。
普段となんとなく違う…というのはその荒っぽい口調と雰囲気で、そして今まさに出てきた学校の様子で理解できた。
「頭、打ったのか? なんだよ、南雲さんって」
もう一度言いながら、慶一郎はの顔を覗き込んだ。
「それに、お前病院に行ってたはずなのに、なんで化粧してるんだ? まだ早ぇだろうが」
「え」
至近距離に来た慶一郎の顔にはびくりとする。
「…お前、10歳ぐらい老けて見えるぞ。中坊のくせに」
唇を尖らせて文句を言ってる彼に対して、(いや、中学生じゃなくて私、26歳だから老けもする…)と思った彼女はであった時の情報を思い返して、今現在がどういう状況なのか思い出した。
(南雲慶一郎、記憶喪失事件?!)
はかすかに脳内に残っていた、その知識を引っ張り出す。
確かいつも召喚されて化け物退治をやらされているソルバニアの基礎知識を、あちらの巫女・レイハに教えてもらう魔法をかけてもらったはずなのだ。
だがそれは失敗して、今の現状を生み出したのだとそこまで思い出しながら学校を見つめる。
(あー…死屍累々…?)
その惨状に、は慶一郎をなんとか連れて帰ることにした。
(美雪ちゃんが迎えに来ていたはずなのに…)
の中にあった情報との違いに内心あせりながら、彼女はそのまま見上げた。
「?」
「ん、あぁ…。病院の帰りにちょっと大人っぽくしてもらったの。お姉ちゃんには負けるけどね」
鬼塚の幼い頃の記憶を意識的に引っ張り出す。
つきん、とした痛みと同時に思い出されるのは、こうして二人で帰った時のこと。
「ふぅん」
そう言ってから慶一郎は「美咲さんは?」と問うた。
「お姉ちゃんは近所のオバサマ連中に捕まっちゃったの。先に帰れって言われてるから…」
もういない姉の名前。
(あぁ、南雲慶一郎は本当に鬼塚美咲を愛してるんだなぁ)と、そう思うと頭ではなく胸が少々痛む。
その痛む胸を隠して見上げたまま、は微笑んだ。
「先に帰っておこうよ。それともまだ何かすることあるの?」
「いや、ねぇ」
きっぱりとそう言うと慶一郎はの前を歩き始めた。
普段の慶一郎ならば、の手を引くなり、あるいは横で話しながら歩くがかつての彼はそうじゃない。
「じゃ」
お疲れ様でした、の意味合いをこめて、まだへたり込んでいる涼子と大作に軽く挨拶するとは歩き出した。
「さっきからおかしな感じでよ。学校連中もお祭り騒ぎしやがるし」
「へぇ、そうなんだ」
棒読みになってしまいそうな声音と同時に(いや、今の学校だとそれが日常らしいですよ)と思う自分には苦笑いを内心浮かべた。
「?」
「はい?」
「…いや、なんでもねぇ」
振り返って見てくる慶一郎の様子には脳内で?マークを飛ばしながらも、彼女にしてみればいつものように歩く。
「やっぱどっか痛いのか? 」
「うぅん、ただ私の足が遅いだけだから。先に戻っててもいいよ?」
「んなことできるか」
きっぱりとそう言いながら慶一郎は普段よりもゆったりとした足取りで歩いた。
神社が見えてくると慶一郎は大きなあくびを一つした。
「なぁに? 眠いの?」
「あぁ、さっから眠くて仕方ねぇ…ちょっと枕になれよ、」
「…え?」
「この間負けたから、俺が枕になってやっただろうが。今度はお前がなれ」
この間、と言われてもにはどれのことだが判らない。
(枕って、何…? えと…)
家に帰ると慶一郎はそろりとあたりを見渡す。
「よし、ジジィはいねぇな」
ほれ、と縁側に座るように指示されたはそこに腰を落とす。
「頭怪我してんだから、おっことすなよ」
「はい」
(あぁ、膝枕か)
の膝の上に慶一郎は頭を乗せた。
瞼を閉じる。
「美咲さんが帰ってきたら、起こせよ」
「…うん」
元気のないの返事に、重たそうに瞼をこじ開けて慶一郎は口を開いた。
「どうした?」
「うぅん、なんでもないよ」
「…なんか心配事か?」
そうではない、とは口にはできなかった。
鬼塚美咲は帰ってくることはないのだ。
鬼塚として感じる、その喪失感を、今の慶一郎に説明することは出来なかった。
「なんでもないよ」
「…?そうか?」
「うん…。本当に美咲姉さんが大好きなんだねぇ」
そう言っては微笑んだ。
誰が、とも言わなかった。
は無意識に、慶一郎の頭の怪我した部分を避けて撫でていた。
「」
「はい?」
「」
「だから、なぁに?」
「…」
慶一郎は唇を尖らせた。
「……俺は、別にお前のことも嫌ってない」
「うん。知ってる」
そう言ってからは淡く微笑んだ。
「…二番目だもんね」
の言葉に慶一郎は目を開いた。
「一番は美咲姉さん、私が二番。それは知ってるよ」
「順番なんて、決めたわけじゃねぇ」
もごもごと言うのでには聞こえなかった。
「なぁに?」
「うるせぇ。お前は黙って枕になってろ」
慶一郎はそう言うと、そのまま目を閉じた。
心の中に浮かび上がった言葉を慶一郎は伝えることが出来ない…自分でもはっきりとこうだ! という言葉がないからだ…ので乱暴にそれだけ言うと目を閉じた。
しばらくするとの膝の上から寝息が聞こえてくる。
もう眠ってしまったのだと気がついて、は自分が言った言葉を内心で繰り返した。
(昔は本当、一番は姉さん、二番は私だったけれど…。こんなに大人になって、その順番は変わってしまったね)
小さく苦笑する。
の記憶の中にあった彼の女性関係に関して、前もって知っていてよかったと思う反面知らなかったらまた自分は大ショックを受けるのだろうな、と思う。
(好きになってはいけない人なのに、こんなに近くにいると勘違いしてしまうから…)
もう少し距離を置こうか…等と思いながらもはそのままの体勢で慶一郎が鉄斎にたたき起こされるまでいることにした。
もしもここに大作がいたら、その二人を見てこう言っただろう。
「今も昔も、お互い好きって感情を向けていらっしゃるのにどうしてそれが判らないんですかねぇ…」と。
その光景は彼が見たあの写真にそっくりだったからである。
ブラウザバックでお戻りください
第14話終了です(笑)。
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