今夜のことは『夢』にしておいたほうがいい、と思う。
じゃないと…気まずいでしょうが!
6月5日(もしくは6月6日)
(1)
「南雲さんっ、起きて、素早く起きて」
もう深夜0時を回ってしまっているので声は極力控えめに私は、私の身体を離さない彼の腕を叩いた。
今日は彼にとって散々な一日だったというのは判っている。
の情報の中で、彼は美雪ちゃんの誕生日だというのを当日、御剣涼子ちゃんに聞かされてプレゼントなどを用意したりしなければならないのに、ばたばたと厄介事が舞い込んでしまってぎりぎりだった。
そういうことがないように前日しっかり教えておいたのだけれど…でも当日彼が忙しく動き回るのは変わらなかったようだ。
料理は私と御剣さんとお父さんでしたし、誕生日のプレゼントもの情報の中にあるものとまったく変わらないものを三人…御剣さん、草gくん、神矢くん…から貰い、美雪ちゃんは嬉しそうだ。
勿論私もプレゼントを用意してた。
御剣さんのものと比べると少し貧相なのだが、小さな天然石がついたペンダントトップとこれからの季節に着れる服。
ぎゅうっと抱きついて喜んでくれたので、私も嬉しかった。
「……眠いんだよ、寝かせてくれ」
…!
そう思うのなら、速やかに私の身体を抱きしめているこの腕を離して欲しいっ!!
南雲さんの声が耳元で聞こえるのは、彼が私を抱き枕のように横抱きし、私の首筋に顔をうずめているからだ…!
くすぐったいのと、その男らしい声にぞくぞくする自分がいる。
「眠かったら、私を放してから寝てください…っ」
もぞもぞとなんとか動くと、自分の着てる浴衣がめくれて行くのが判って、それ以上動けない。
寝る直前だったからノーブラなんだ、というかさっきからこの人の腕とかでこすれて…と思ったら、お尻を思い切り掴まれた。
「っ!!!」
手を引っ張ってどうにかはずそうとするけど、だめ。
お尻を掴んだ腕はぐいっと自分の身体を密着させるかのように私の身体を引き寄せる。
「南雲さ…ん」
半分、寝息に近い彼の呼吸は、私の耳元。
「おね、お願い…します。もう、ちょっと…本当に駄目ですって…っ」
私の声は彼の耳元に響いてるはずだ。
恋人同士でもないのに、こんな状況になるとは思ってもなかった。
数分前に親切心を出した自分の馬鹿…っ!
疲れて帰ってきた南雲さんは、一輪の花を持っていた。
「素敵」
私は思わずそう言って「美雪ちゃんに?」と聞くと恥ずかしそうに南雲さんが頷いたので、持っていた包装用紙でラッピングした。
そうして彼女に手渡しに行って…私もさぁ寝ようと部屋で準備していたときだ。
ドスン、という音が隣から聞こえてきて驚いて部屋から出ると、廊下に足を出した状態で倒れている南雲さんを発見した。
ひいいっと内心叫びながらかけよって、扉を開いてうつぶせのままの彼に「南雲さん、このままじゃ風邪を引きますよ」と話しかけた。
「うーん」という返事とも呻きともとれる返しに、まだ寝てないことに安心して「起きて、とりあえずお布団に入って寝てください」と先に部屋の中に入って、腕を引っ張ってなんとか身体を引きずろうとした。
けれど体長2m弱で体重100キロを超える彼を、いまだ貧弱の私がそんなことできるはずがない。
でもこのままにしてはおけない。
「?」
かすれた呼び声に、私は安心した。
「南雲さん、おきてください。せめてお布団に入って寝ましょうよ。ね?」
「うん…判った」
ゆっくり起き上がって、ぼーっとしてる彼に「はい、時計も壊れるからはずして、革ジャン脱いで」と私がいうと、のそのそとそうしてくれた。
お風呂に入る時間もなかったが、朝シャンすればいいだろう。
「せめてパジャマに…って聞こえてます?」
「…うん」
ジャンバーをハンガーにかけて吊るして、腕時計は枕元において寝巻きにも着替えていない上にまだぼーーっとしてる彼に笑いかける。
「じゃ、おやすみなさい」
そう言って彼の横を通り過ぎて、部屋に帰ろうとしたら。
「うん」
へ?
次の瞬間、私の手は取られ、一緒に南雲さんの布団に倒れこんだ。
「え? あ? 南雲さん」
「お休み」
南雲さんは私の身体を抱きかかえて、布団の中に入り、今に至る…!
まるで恋人同士のじゃれ合いのような、そんな軽い愛撫にも似た触れ合いをするような仲じゃないはずだ。
なのに南雲さんは、それをするのが当たり前のように私に触れる。
困る。
身の危険を感じて、その場所を蹴り上げてやろうかと思ったら、首筋に小さな痛みを感じた。
「っ」
今、この人何した?
茶色の髪が動く。
身体がずれていく。
首筋から胸元にいくと私の胸に顔をうずめて、大きく満足したような溜息をついたのを感じた。
「…起きたら、ちゃんとする…」
何をだ!!!
私は慌てた。
寝ぼけているようなので、きっとそういうことをするわけではないけれど朝、起きて目を覚まして気まずい思いするのは嫌だ。
「お願い」
私の声は懇願していた。
「苦しいんです」
身体が、ではなくてこんなことされて、意識しないほうがおかしい。
でも恋に堕ちてはいけない人。
好きになってはいけない人。
でも、意識してる人でもあって最近は異性として触れてきたのかどうか判断つかないときもあって。
惹かれてるかそうじゃないかといわれたら、もう前者しかない。
けれどこの人にとっての私の順番は、四番目以降だ。
一番は美咲姉さん、二番はこの人のお嫁さん、三番目は美雪ちゃんで私はその次ぐらい。
お嫁さんには悪いけれど…たぶんこの順序で間違いない。
私は欲張りな人間だ。
そのときに一番で、私一人を女として愛してくれる人じゃないとこういう行為自体したくない。
そう思うのは私が古いタイプの人間だからなのだろうか?
「ん…」
私の想いが通じたのか、お尻に回っていた手が離れる。
抱きしめていた腕が離れる。
その代わり、その手が私の太股を触っていた。
離れようとすると、その手が太股を押さえる。
「…南雲さぁん」
もう泣きそう。
その手のスキルは、本当に彼に比べたら子供なのだ。
もう止めて欲しい。
こういうことはお嫁さんにしてもらえばいいんだ…!
「キスしてくれ」
「は?」
「キスしたら、我慢するから」
寝るだけなのに我慢って何?
しかもしてくれって…っ。
(やってあげればいいじゃない? 子供じゃないんだし)と、私の中にそんな考えが浮かぶ。
(一回ぐらいキスしたからって、別に彼にとってはなんともない)
自分の考えに、胸が痛くなる。
「いやか…?」
まるで拒絶されるのが怖いような、そんなかすれた声。
私はすぐ傍にある彼の額に唇を落とした。
その感触に彼が顔を上げてくる。
「それ、じゃない。もっと」
もっとって…!!
瞼に唇を寄せたら笑われた。
「もっと」
頬に唇を寄せたら、くすぐったそうにしていた。
唇は駄目。
「わざとか? もっと」
顎の辺りにキスすると、無精ひげがちくちくした。
「もっと」
「〜〜〜〜っ」
唇のすぐ近くに唇を寄せた。
「それ、…キスじゃない」
え?
しょうがないな、なんていう声が聞こえたと同時に彼の唇がまさしく襲い掛かってきた。
「っぅ…んっ」
最初っからフルスロットル。
呼吸すら吸われて、唇をこじ開けられ、舌が私の口内を蹂躙する。
これがただのキス、のほうがおかしい…!!
息も絶え絶えになった私を笑うかのように、南雲さんは手を差し入れて襟を大きく開くと、私の胸に吸い付いていた。
そこまでするの?! とか思う前にびくん、と反応する。
「あ…っ」
その後、なだめるかのように抱きしめられて。
「うん、これで我慢する」
そう言うと私の額にもう一度キスして、今度こそ眠った。
私は隣で荒い息を吐いていたが、ようやく呼吸のほうは落ち着いてきた。
南雲さんの寝息に、私の何かを奪われたような、そんな気もしたけど(何か、というのは具体的には判らない)這ってでも逃れた。
あんな深いキス…いやキスぐらいなら……その、したけど比べ物にならないぐらい、こちらを蹂躙するものだった。
乱れた浴衣のまま南雲さんの部屋を静かに出ると自分の部屋に入った。
お布団の上で座り込む。
どうしよう、キスした。
どうしよう、キスされた。
胸も見られた。
触れられた。
(でも大丈夫、南雲さんは寝ぼけてたから、覚えてないよ)という私の言葉に、どこか残念に思う私がいた。
…。
…って、残念って何よ、自分!
不思議なことに襲われて、とかそういう感覚がない。
本当だったら大騒ぎしてしかるべきなんだが、そうじゃない。
浴衣を着なおす。
布団をかぶりなおして、そうしてぎゅうっと目を閉じた。
忘れろ、忘れろと念じるけれどそう簡単には行かない。
抱きしめられた熱。
寄せられた唇。
手。
「あうううううう」
私は呻いて、ごろんごろんと寝転がって。
ようやく寝た、と思ったら夢を見た。
…ものすごくエッチな夢。
具体的にどんな、なんて言えない。
私にこんな妄想力があったとは…本当驚いたその後、激しく自己嫌悪。
相手は南雲さんで、本当…しばらく彼の顔はまともに見られなかった。
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