「美雪ちゃん、ちょっと待っててくださいね?」

背負うのは月、目の前にいるのは倒された十真さんと、呆然と私を見上げている南雲さんと飛鈴さん、そして美雪ちゃんだ。

あぁ、美雪ちゃん早く連れて帰らないと風邪を引いてしまう。

私の姿は浴衣のままだけど、手には今まで持ったことのなかったものが握られていて、それが気に入らないのか南雲さんは底冷えのするような声で言った。

…。慣れないもの持つと怪我をするからそれを放せ」

「大丈夫です。ちゃんと十真さんに教えてもらいましたし」

ちゃきん、という小気味のいい音。

本当にいい人だ。

うっとりしながらそう言うと南雲さんは顔をしかめた。

軽い。

うん、いける。

ちゃんと使える。

「女を泣かしたまま、投げっぱなしの男は最低ですから」

殺気をこめた。

「反省させないと」

「っ!」

私はかまうことなく刃を彼に振り下ろした。



6月某日
(1)



私の方の問題は沈静化してるので、もうあの人も私と寄りを戻そうということはしなくなったと考えていいだろう。

友達からはストーカーになって訴えられたいかと伝えたら黙って落ち込んだということだ。

彼と彼女には子供さんと幸せになって欲しい。

本気でそう思う。

6月に入って変化したな、と思うのは美雪ちゃんだ。

南雲さんの努力と、私もほんの少し手助けをして、最近は美雪ちゃんは私と家族以外の人間にも心を開いてきたように思う。

神矢くんは勿論、顔見知りのまごころ便の従業員さんたちや、私の友達の皆からいろいろ話をしてるからかもしれない。

特に神矢くんはカウンセラーとしても南雲さんに見込まれていたようで…いろいろと私も彼の言葉は考えさせられるものがあった。

…草gくんと一緒になって馬鹿をやるから、そうは思えなくなるけれど。

美雪ちゃんの不登校は私のことも影響しているということだ。

神矢君との会話で美雪ちゃんがこぼしたのは、「生きていることが判らなくなった」という言葉だったが、それと同じくらい「叔母様を守らなくちゃ」という意思もあるのだそうだ。

美雪ちゃんのそばにいるよ、と言ったのに他の子供をかばって意識不明だった私の存在が重荷になっていたのかと思ったのだが、神矢くん曰く「逆にさんという存在のためだけでも生きようという気力はあるんです」とのこと。

もし私がいなかったら、逆に世界を捨て去っていたかもしれないと彼は言う。

そこまで?

そう思うと私は顔色を悪くしたんだろう。

慌てて神矢くんが言葉を続けた。

さんは今までどおり、美雪ちゃんに接してくれればいいと思いますよ? 南雲先生みたいにものすごく過保護でもないし、距離のとり方は上手いと思いますから」

うん…まぁ南雲さんは、外敵から排除しなくちゃいけない。守ることが義務って考えている人だから…。

「神矢くん、ものすごく苦労すると思うけど…大丈夫? 美雪ちゃんが、ではなく美雪ちゃんを守ろうとする南雲さんのことで…」

それで僕が面白く、かつ美味しければ別にかまいませんよ

そう断言する神矢君はきらきらと美少女張りに可愛らしい笑みを見せてくれた。

本当、いい性格してる。

そうそう、草gくんと私の関係は一時間だけ師弟関係だった仲だ。

南雲さんがあの不思議パワー満載の『神威の拳』の呼吸法を教えてくれないし、他にも何か特訓するようなことがあるのかもしれないと思っての記憶をよーーく思い出してみた。

確か、草gくんは『神威の拳』の基本はきちんと出来てたはずなので、それを教えて欲しいと頼み込むとご飯のおかずを分けることで教えてくれた。

よかったよかった。これで南雲さんがお嫁さんと結婚して、将来この家を出た後自分で自分の身体を治して行けれる。

それに、もうマッサージされなくてすむようになる。

その後、すぐに…一応、こつと呼吸法を教わって神気とやらを練り上げることを彼なりに丁寧に教えてくれた…けど。

「こう、ぐわーっと身体ん中で回すわけや! ぐわーーっと。んでそれを燃やす! わかるやろ?」

解りません、先生

「それで解ったらすごいですよ、静馬さん」

…うん、万事が万事、こんな感覚なんだけど…彼なりに丁寧、な、はず…です。

その師弟関係はその日のうちにすぐに南雲さんと御剣さんにばれ…食事時におかず大目に渡した時に、神矢くんがぽろっとこぼした…ご破算になった。

御剣さんはきっぱりと「あんな赤猿に物を教わるようになったら人間、終わりです」なんて言われて絶句した。

「人間、終わりなの…?」

思わずそう聞き直したら「はい」って真顔で言われた。

そんな…そこまで言い切られるなんて…。

「それはどないな意味やねん、涼子!! おばはんもえらいショック受けるなボケェ!!」

ごめん。

「だいたい失礼なのよ、何よ! おばはんって! さんぜんぜん若いじゃない!」

あ、照れます。

すごい嬉しい。

「うるさいわい! 姉やんより年上の女は皆おばはんや!」

うん、それは否定しない。

26歳だもの。

17に比べればおばさんです。

南雲さんは自分に黙って草gくんに教えてもらったっていうのが気に入らないらしくて、怖い笑顔で「草g、判ってるな?」と彼を脅して、南雲さんと今は敵対するつもりはない彼はそのまま「戦略的撤退! おばはん、悪ぅ思うな!」とそのまま逃げ出した。

「早い…」



「はい?」と見上げると、南雲さんはなんともないような顔をしながら、こう言った。

「ちょっと後で話をしよう」

「…っ、お手柔らかに、お願いします」

お父さん、美雪ちゃん、助け舟を出してくださいよぉと二人を見ると、まるで私が悪いような感じで(というか二人とも無表情なので漂う空気で)助けてくれず、神矢君も涼子さんも南雲さんの様子にぐっと黙って何も言ってくれなかった。

子猫たちも同様だ。

食事時なのに冷たい空気が流れる。

こうなると、ちょっと怖いんだよね…南雲さん。

あの夜…以降。

南雲さんと私の間のことは「なかったこと」になんとなく出来たと思う。

首筋にあったキスマークは見られたけど、誤魔化せれた、と思うし…。

その日は流石にものすごくぎくしゃくした。

南雲さんは夢の産物だろう私にああいうことしたから、だと思うけれど私は…シャワー浴びて自分の身体を見たら胸元に彼の印がついているので。

もうものすごく恥ずかしかった。

あの印一つで、マーキングされたような、そんな感覚に陥って、そうじゃないのに。

そんな関係ではけしてないのに、私も催促されたとはいえキスしてしまったし、余計に意識してしまったから。

…いやこれが彼氏だとか恋人なら、その…嬉しいよ? 素直に喜べるけど…そうじゃない人、そんな関係になってはいけない人からのって戸惑いやら困惑の方の感情が大きいと思うのは私だけ?

とにかく、あれ以来、私は、その…必要以上に南雲さんの手に触れることを恐れた。

もう転ばないようにして、手を繋ぐこともしなくなった。

病院だって今の状態だと一人で行ける。

記憶の融合による痛みは相変わらずだけど…そうそう大きな痛みは今のところないから平気だ。

ふいに起きる頭痛も、小さいものばかりだし。

なのでこの数日間、私と南雲さんがそういう意味で触れ合うのは寝る前のマッサージの時だけに自然になった。

美雪ちゃんやお父さんの目の前でするので、そんなにもう前のように話しながらするわけじゃない。

機械的に触れてるみたいだ。

そのことに安心している私と、残念に思ってる私がいて、本当どうにかなりそう。

認めてしまえば楽になるのだが、その選択を私はあえて選びたくないのだ。

だから、そのときを待っている。

最後通牒を突きつけられて、そうして「あぁ、諦めて本当に良かった」と思いたい私がいるのだ。

この人が本当の意味で結婚するのは今年の秋だけど、きっともうすぐお嫁さんが…ってあれ? いつだっけ。



「はいっ」

食事が終わって、御剣さんはお父さんと一緒に道場のほうに行った。

美雪ちゃんは猫たちと一緒に境内だ。

たぶん、神矢くんは御剣さんの隠し撮りに行ってるし、私のにわか師匠もおそらくそっちに行ってるんだと思う。

私たちはそのまま居間にいる。

綺麗に食事の後始末をして、二人ともお茶を入れてはいるが飲んでない。

「俺は覚えなくていいって言ったよな? 

「でも私は後覚えていたほうがいいと思ったんです。いつまでも南雲さんにおんぶで抱っこじゃいい大人が格好悪いし…」

「悪くないだろ?」

悪いですよ。

「南雲さんの負担になるって前言いましたよね?」

「その話はすんだはずだ」

すんでません。

「自分で出来ることは自分でしたいし…それに南雲さんは本当に、どうして教えたくないわけ?」

「どうして…?」と、まるで「何言ってんだ、お前」というような顔つきで私を見る。

「別に喧嘩の道具として使うわけでもないし、南雲さんみたく戦う術として使うわけではなくて、ただ純粋に身体を治すために知りたいだけなのに」

「それは…」

そう言ってからしばらく押し黙って、それから片手で自分の額をぴしゃりと叩いた。

…?

なにやら考えていらっしゃるのでしょうか…?

そう思って彼を見ると、大きな指と指の間から目が私を見つめてきた。

ぞくぞくぞくっと恐怖に似た感覚が襲う。

なんというか猫科の肉食獣がえさを見たって感じだろうか?

この表現だと私がえさ?

え? 何? なんか悪いこと言った。

「あ、あの? 南雲さん?」

怖くなって思わず機嫌をとるようにおずおずと呼ぶと。

「判った」

もうあの目はない。

いつもの南雲さんだ。

「俺が教える。草gのことだ、どうせ中途半端だろうから」

「中途半端っていうか…感覚的な擬音の多い先生でした」

私がそう言うと、南雲さんが苦笑する。

「どこまでちゃんとやれる?」と聞かれたので基本の呼吸法だけと答えると、彼は少し頷いて「じゃあ、神気の練り方とかが判らないよな」と納得してくれた。

で、教わることになったんだけど…。

「あの、この体勢は…?」

「神気の練り方を教えるのに、身体に感覚的に覚えさせたほうが早いし…。膝の上にお前を乗せてもいいから座るか?」

「え、いやこっちの方がいいです…」

我慢、我慢だ。

意識はしない。

うん、よし。

南雲さんを真正面から抱きしめてて、私の背中には彼の手がある。

「眼、閉じて、俺の鼓動に集中」

「う、はい」

小さく返事すると、独特の呼吸音が聞こえてきて、南雲さんの体が一気に熱を帯びてきた。

それだけじゃなくて、背中にまわされた掌から何かが私の中に入ってくる。

神気ってあったかいなぁ…。

「回ってるの、判るか?」

「…うん、なんと、なく…?」

「今はそれでいいよ。ゆっくりいこう」

「…うん」

ゆっくり離れると、暖かさも離れていって、少し残念…って何を考えている私…!!

恥かしいので眼を閉じて、思わず呼吸法を小さくするとまだ私の中で南雲さんの気がまだ回ってる気がした。



あれ?

そうしたら教えてもらわなくてもよくない?

「南雲さん、なんか感覚掴んだかも?」

「…はっきりしないうちはまだやんないとな」

南雲さんはそう言って私の背中から手を離す。

ただ腰の辺りにそれがあって…。

「…南雲さんもこんな風に覚えたんですか?」

「いいや」と南雲さんは首を横に振る。

「少なくとも俺は見て覚えた。霊的感覚の視点ていうのが元々あったみたいでな。草gもその口だろう」

そういや南雲さん、一回見た技とかは忘れないんだっけ…?

って何気にまだあたし南雲さんの腕の中にいない?

「じゃ、毎日これ続けてみるか」

その、離してくれないかなぁ、なんて思うんですが…。

逃げようとすると腰に置かれた手に力が入れられる。

「え、いや毎日は結構ですんで時間のあるときで…」

「あぁ、そうしよう。さて…」

南雲さんがようやく私の腰から手を離して、ほっと息を吐いたら彼はいつの間にか移動したのか、すぱん! と襖を開けた。

そこには神矢くんと草gくんがちょうど襖を少し開けて、覗こうとしたポーズのまま固まっていた。

「草g? 神矢?」

見られた? いや、見られようとしてた?

「いや先生、僕はただ巻き込まれただけで…」

「またか! また俺を踏み台にするんか大作! おばはんと南雲が二人っきりになったらエロいことすっかもしれん言うたのはお前じゃ!

「〜〜〜〜〜〜っ」

顔が赤くなるのがとめられない。

「そ、そんなわけないでしょおおっ」

思わずそう叫んでた。

「ご期待に添えられなくて悪かったな、草g」

南雲さんは呆れたような口調で言いつつ、二人の頭をがっしりと掴むとそのまま庭先に括り付けられ、夕飯時間までそのままだった。



今回ばかりは助け舟は出さなかった。




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EX02 カ/オ/ル/ー/ンの花嫁編開始前…だけど感覚的に言うと…いつになるんだろう?

6/15に美雪ちゃんが追試を受けてて、17日には学校行き始めてるんですよね…。
描写的に幼馴染の女の子がEXには出ていないので追試前だろうと判断。
飛鈴さんが南雲さんとこに仕掛けてきたのが土曜日で、教育実習生として来たのが月曜日。
それから二週間かけてるんです。
ということはすでに美雪ちゃんが学校行きだしてからも騒動してたってことですか? みたいな。
なんと言いましょうか詳細な日程はあんまり考えないで下さい。宜しく御願いします。

原作読み返すと…読み返すと飛鈴さん美雪ちゃんにとってはすごーーく嫌な女だよ…(涙)。
彼女の嫉妬もわかる気はするけど…小説全体をしてみれば南雲さんに尽くしきる女になるんだけどさー…。
女の嫉妬は怖いけど、14歳の女の子に当たるなよ。とか思ったのはここだけの話です。

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