6月某日
(3)




飛島さん(偽名)の行動は日に日にエスカレートして行った。

いや…本当脱衣場で半裸の南雲さん・飛鈴さんの二人と鉢合わせしたときは、まじまじと見てから「お邪魔しました」と思わず言ってその場を立ち去った。

「ご、誤解だ! ーーー!」とか背後で聞いたけれど、聞かないでその場を離れたのでその後いちゃいちゃしたのかどうかはわからない。

ただものすごく疲れた顔の南雲さんと、不満そうな飛鈴さんがいたのでもしかしたらいちゃいちゃはなしだったのかも。

すごいわ、彼女の行動力。

私、好きでも背中を流しに自分から行く度胸はないから! 

…いや最初から一緒に入るとかそういうのなら別だし…その家の人間がいないときなら話は別だけど。

まさかその手のことを家の人間が居るときに堂々としてくるとは思ってなかった。

南雲さんは南雲さんで、面と向かってちゃんと言うことは言ったらしいのだが、やはり彼女はめげなかった。

さすがだ…!

「鈴那がご迷惑をかけて申し訳ありません」

この人…こんな風に鬼塚家の内部には入ってこなかったんじゃなかったけ?

私の隣に座るのは、飛島十真さん。偽名なのは苗字かな? 飛島さん(偽名)の従兄弟さんで、表向きは一緒に来た教育実習生。

美形です。眼福な美形です…!

だけどこの人もまた、暗殺一族の一人なのよねぇ…。

そんな人と私は神社の境内で話をしていた。

「いいえ、こちらこそ」

「失礼ですが、南雲先生とはどういうご関係でいらっしゃいますか?」

あぁ、探りを入れてきたのかな?

「…兄と妹のような、そんな感じですかね?」

「兄と、妹…」

「えぇ、以前にも南雲さん、ここに住んでまして…」

「そうなんですか」

「えぇ。飛島さんたちは従兄妹同士なんですよね?」

「はい。そうなんです。お転婆で、思い込んだら突っ走る傾向がありますので…」と言いながら十真さんが眼を細める。

この人、確か飛鈴さんのことが好きなんだよなぁ…。

はっきりとした描写はなかったけれど、おそらくは。

さん、とお呼びしても宜しいですか? 僕のことも十真で結構です」

「えぇ…かまいませんが」

「ありがとうございます」

え、何? このお見合い的空気。

いや、私はしたことないけれど、気分的にそんな感じ。

「それで、ですね。さん」

「はい?」

ちくん、とした痛みで私は立ちくらみのような感覚に陥った。

目と目が会うと、何も考えられなくなっていく。

あれ? え、どうなってるの?

「本当のことを教えてほしいんだ。君と南雲慶一郎の関係は?」

「…だから、南雲さんとは兄と妹のような、そんな関係です」

するりと言葉が出るけれど、そうした記憶がなくなっていく。

「南雲さんは、ただの居候だと思ってる節がありますが、鬼塚家の家族だと私も美雪ちゃんも思ってますし。それが何か?」

「男女の関係では?」

「ありませんよ」

「近所じゃ君達を夫婦だとか恋人だとか言ってるんだ。本当のこと言って欲しいな。…肉体関係は?」

脳裏にあの夜のことが思い浮かんだ。

「ほら、言って」

「一度寝ぼけた南雲さんに抱かれかけましたが、キス程度で終わってます。恋人でも夫婦でもありません」

なんでこんなことまで教えてるの? という思考が解けて消える。

「…ふぅん、あの南雲がねぇ…。飛鈴にはどう言おうか…」

飛鈴? なんでその名前を平気で出してるの?

疑問がとけて消える。

。貴女は女として南雲慶一郎に愛されたいとは思わないのかい?」

「十真さん、何を言いたいんですか」

「君は彼を好きなんじゃないのかい?」

「好きじゃなきゃ、家族じゃないでしょう」

「君もわかっていて、会話をそらすのがうまいねぇ。女として好きなんじゃないのかい?」

「私、欲張りなんですよ。十真さん」

彼の手が頬にかかるがそのまま私は言葉を繋げる。

「好きな人には一番で、たった一人の存在になりたい。たった一人、愛する女として抱きしめられたい。私も、抱きしめたいの」

誰にも言わなかったその言葉に「女の理想だね」という言葉を聞く。

「ナンバー1で、オンリー1か」

「えぇ、そのときにその条件で私想ってくれてる人がいい。…私も愛されたいばかりじゃなくて、きちんと向き合ってその人を愛したい。そんな人としか、恋人同士にも、その先の関係にも進めない古いタイプの人間なんです」

「…南雲とはそうはなれないと?」

「…だって南雲さんが愛する女は、私じゃないから」



「女として好きになって、また簡単に捨てられるのなんて冗談じゃない。もう悲しいのはいや」

「あぁ、それはつらいね。だから、貴女は家族としての位置に固執するんだ」

「家族としてなら、一度捨てられたから免疫が出来てるもの」

「へぇ…で、

十真さんの手が私の頬に添えられる。

「南雲慶一郎が愛しているその女のことを、君は知ってる?」

彼の心の奥底にいるのは間違いなく鬼塚美咲。

私の姉だ。

「それは…」

「あぁ、それは?」

まるでキスされそうなそんなところまで顔が近寄る。

「邪魔しちゃ駄目ですってば」

びくり、と震えて私ははっと気がついた。

え?

手が離れて何か呟かれて、私は我に返った。

え?

なんで十真さんがこんなに近いの?

「あ、あのすみません…っ」

「いえ、大丈夫ですか? さん」

優しげな彼に思わず赤面する。

そっと肩を抱かれると心臓が跳ね上がった。

「貧血気味のようですね」

「そうか、それは手間をかけたな」

え。

ぐいっと手を引っ張られ、気がつくとそのまま抱えられていた。

「南雲さん?」

無表情の南雲さんが私を肩に抱き上げて、縁側に連れて行こうとする。

「今日はもう帰ってくれ。飛島さん。そっちの彼がいるから、ボディガードはいらんな?」

え、そんな言い方しなくても。

そう思って顔を上げると鈴那さん(偽名)の方が悔しそうに睨んできていて、十真さんのほうは「お大事に」と優しく言って微笑んでいた。

「あ…」

挨拶しようとしたら、南雲さんの肩から下ろされて彼らの姿が私の視界から消えてなくなる。

あるのは南雲さんの胸板。

「南雲さん…っ」

足は地面についていなくて南雲さんの腕力で抱きかかえられている。

「南雲さん?」

「…あぁ」

それからゆっくりとおろされて、縁側に座れた。

南雲さんを通り越して、二人を見送ろうと思ったけれど…。

「大丈夫か? 

そう心配してくれてるはずの南雲さんの…空気が重いんですが、なぜに?

「え、えぇ」

「何かされなかったか? あいつに」

「いいえ、何も」

「そうか」

とか言いつつ納得できてない様子の南雲さん。

「ただ、少し話をして…」

あれ?

「話をして…?」

?」

「あれ?」

話って、何したっけ。

南雲さんと私の関係だよね? 兄と妹だって言っただけ、だよね?

ちょっと考えて、それしか頭に残ってないのでそうだと納得する。



「いや、うん。何でもない。ただお話しただけ。その最中にちょっと立眩み起こして…迷惑かけちゃったから謝っておかないと十真さんに」

「…十真?」

「さっき、話してる時にそう呼んで欲しいって」

「…へぇ」

そういいながら南雲さんはしゃがみこんだ。

「なんですか?」

「…」

南雲さんは文句がありそうな、そんな表情を浮かべる。

あ。なんか可愛い、と思った瞬間、この人のお嫁さんを思い出した。

いかん、いかん。嫉妬した彼女はすごく怖い。

「なんですか? 南雲先生」

彼をほんの少し見上げる状態。

「先生はやめろよ。俺は、の先生じゃない」

「はい」

そう返事すると「俺の名前を忘れたわけじゃないよな?」と南雲さんが言いだした。

「南雲慶一郎でしょう? ちゃんと覚えてます」

そう言うとなにやらまた文句を言いたそうな顔をしてから、小さく息を吐いた。

そうしてさっきまで十真さんが触れていた私の頬に触れてくる。

相変わらず大きな手だなぁ。



「はい」

目と目が合うと、さっきの十真さんと同じ至近距離に顔があって、思わず私はぺちりと南雲さんの顔面を軽く叩いた。

「何しようとしてます? 南雲さん」

私と南雲さんはそんな仲じゃないはず…! とばかりにぐぐぐっと力を入れてみるが本人は平気な顔してる。

の全力がこれか?」

「これです!」

「…いいか、男と二人きりになんてなるなよ。これぐらいの力じゃ、お前、振りほどけないから」

そう言った後、ぺろんと掌を舐められて小さく悲鳴を上げたら、いつもの南雲さんの表情を浮かべて立ち上がった。

「特に、あの十真って奴は駄目だから」

…後々に親戚になるだろう人になんてことを言うんだ、と思ったけれどそれは口には出せなくて。

「…なんでです?」

「なんでも」とにべもないので、私は「はい」と言うしかなかった。

…まぁ「はい」って言っても彼は南雲さんと飛鈴さんが出かけている間にふらりと立ち寄ってきて、結局、約束は守れなかったが。







それがあんなことに繋がるなどとは、まったく私は予想していなかったわけで。





ふわふわ、ふわふわ。

ものすごく優しいその感覚に酔いつつ、瞼を開けた。

南雲さんの顔がすぐ傍にあって、またお姫抱っこをされてるのに気がつく。

離して、と言おうとしたら声が出ない上に指先も動かない。

なんでだろう? と目を凝らすと両手両足に長い針が突き刺さっていて…あれ? 痛いはずなのに全然感覚がないのはなんで?

そういえば、なんで私また抱えられてるんだろう?

窓の外に、十真さんの姿が見えて、びっくりしてそれから…えぇっと。

それから記憶がないのはどうして?

「叔母様」

南雲さんたちの声は聞こえない。

何か言ってるんだろうことは判るけれど、何を言ってるのか判らない。

「叔母様」

美雪ちゃんの声だけが聞こえる。

「大丈夫だから。今はお休みなさいませ、叔母様」

まるでブレーカーが落ちたように、私の視界と意識は暗転した。



ブラウザバックでお戻りください

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送