6月某日
(4)



「あの、南雲さん。ここって何かの間違いとかじゃないんですか?」

「いや。あいにくと間違いじゃないんだ」

目の前の部屋は、今までお世話になっていた部屋よりも大きめな部屋のベットに私は座らされた。

着ている物はこちらで用意された赤いチャイナドレスに、髪も結わえられて、本当、誰の結婚式に行ったのかと思われるぐらいだ。

本当だったら化粧を落として、シャワーを浴びてベットで休みたいけれど…。

「流石にまずいと思います…」

確かに豪奢で華美な家具もあるけど、一番目を引くのはキングサイズの大きなベット一つに、枕が二つ。

ねぇ、ここはどこのラブホテル?

そのベットの一番はじっこに、私は座らせてもらった。

伝え歩きをすれば歩けるまで半日で回復したけれど、筋肉痛のひどいのまでは取れてないっていうのを理由に南雲さんが私を運んでくれているのだ。

「…あのな、…」

南雲さんが私の前にしゃがみこむ。

烈一族の長老方との会食に誘われた私たち二人は、こちらの礼服に身を包んでいるので南雲さんも勿論、こっちの服だ。

「さっきの食事会、ただの会じゃなかったんだよ」

「え?」

まっすぐ南雲さんを見つめてしまった。

私の手をとった南雲さんは、申し訳なさそうに教えてくれる。

「あれ、俺達の結婚式なんだ」

…。

…。

「はい?!」

「だから、奴らからしてみれば俺とは新婚で、この部屋を使うのが当たり前なんだよ」

…どうしてそうなってんの?!

パニックを起こした私に、南雲さんは「飲み物持ってくるから、待ってろ」と言って立ち上がった。





私が目を覚ましたのは今朝方だ。

香りの少しきつめのお香と、そしてきらびやかな衣装の老婦人がそこにいた。

彼女はすぐに南雲さんを呼んでくれて、二日間、私が眠っていたことを教えてくれた上に付き添いの双子をつけてお風呂に入れてくれた。

「あんたはまだ自分で歩くのは駄目だよ」と、英語で教えてくれた。

両足の爪が割れて、足の裏の皮膚も裂けていて特殊な薬を浸透させているから歩く衝撃を与えてはいけない。

朝方はまだそんな調子だった。

さらにいうと全身軒並み筋肉痛で、激しい運動は当分出来ないだろうとまでいわれた。
サイリャン
犀 蓮 と名乗ったその老婦人を、私は記憶の中で知っていた。

この人、飛鈴さんの拳の老師兼一族の占い師じゃなかっただろうか?
シャオファ  メイファ
芍 花、苺 花という二人を引き連れた南雲さんが部屋に来てくれて…その、すぐ抱き上げて風呂場に直行してくれた。

もう、なんだかこちらが恥かしくなるほどスキンシップ率が高くなってる南雲さんは、風呂場で双子達にセクハラを受けてる私を他所に、浴室のすぐ脇に有る脱衣所で私が誘拐されてから今までの経緯をざっと教えてくれた。

「後でで構わないんですけど」と言うと「一応、そいつらの監視も兼ねてる」と南雲さんの声は冷たく響く。

現在の烈一族の内部の敵・味方が誰かわからないから、とのこと。

南雲さんが言うには、私が誘拐されたのを皮切りに鬼塚家が、烈一族の暗殺集団に襲われたこと。

美雪ちゃんの導きで向かった大門高校の屋上で、操られた草gくんと飛鈴さん達と戦うことになったことを手短に教えてくれて、そうして最後に暗示のかけられた私(!)と戦うことになったそうだ。

「覚えがないんですけど」と言うと南雲さんは硝子の向こうで頷いたようだ。

「そうだろうな。暗示をかけられている間の記憶は、それが解ければ消えるんだそうだ」とのこと。

私の足の怪我や筋肉痛はその後遺症らしい。

私を止めてくれた南雲さんは、美雪ちゃんと私を連れて帰ってくれて…まぁここで普通なら一件落着するんだけど、そうは問屋がおろさなかった。

私が一人前に動いて南雲さんと戦ったことに、お父さんが豹変。

間の説明はものすごくはしょられたけれど、お父さんは烈一族に移動手段を用意させて、台湾のどこかにある、ここ香港の烈一族の屋敷にやってきた。

私は飛鈴さんの針で痛覚を麻痺させられて、眠っている間にかけられていた暗示の除去をするために治療を受けることが許され、美雪ちゃん(+三匹)は私の付き添い。

南雲さんとお父さんは…いや、うちのお父さんは烈一族にその秘術の(自分に)情報提供を命令して、拒否された上に襲われたが返り討ちにしたそうだ…。

死人は出なかったんだよね? そうだよね…? 南雲さん? とは怖くて聞けなかった。

結果として烈一族は、侍・鬼塚鉄斎ただ一人に屈服した。

彼らは一方的に戦闘停止を宣言し、お父さんが知りたかった全ての情報をを教えたそうだ。

お父さんは南雲さんに翻訳させながら、その暗示のやり方を聞くと二度とその術を使わせないことを上層部の人間に約束させて満足した。

「そうか。用はすんだ。娘の暗示を解いたら、日本に帰せ。わしは先に帰る

…どこまでもわが道を行く父・鉄斎に烈一族は、そのままだと一族の面目が丸つぶれなので後添いを、さらに南雲さんの結婚話も蒸し返したそうだけどそれら全てを一蹴され、苦肉の策としてお父さんと黄龍と呼ばれる長老さんが義兄弟になることによって、鬼塚家の全員を、烈一族として迎え入れた。

どんだけ強いんですか…お父さん…。

恐ろしいのは、これは私が起きる直前までの二日間で全て行われたことだ。

そんな我が道を行くお父さんと、安定した私の様子と、私に南雲さんがつくということで納得して美雪ちゃんと三匹の猫達は先に日本に帰った。

南雲さんは、主に私の看病をしてくれる烈一族の監視。

「鉄斎先生に屈したとはいえ、何をするのかわからん末端の奴もいるから」とのこと。

そしてびっくりしたことは…南雲さん、元々強制結婚もしてなかったそうだ!

私の中にある情報と違うんですけど?!

その当時の相手でもあった飛鈴さんにも一族にも面と向かってお断りして、血みどろになってでもなんとか逃げ出せたっていうのがことの始まりなんだとか。

…て…あれ? 好きな人、いるって言ったよね? 南雲さん。それ、当時の飛鈴さんじゃないの? 違うの? …やっぱり姉さんなのかな。

そうぐるぐる考えているうちに、女の人が脱衣所に入ってきて、なにやら広東語で訴えて南雲さんが出て行き、私はその人たちのおかげで身奇麗になった上にエステに近いこともされ、足の薬と包帯を替えられてチャイナドレスを着せられた。

服を着るとすぐに南雲さんが、朝食を用意してくれた場所に私を抱き上げて運んでくれる。

もう怒っても宥めてもすがっても頼んでも、終始南雲さんは基本的に私の傍にいて、世話を焼いた。

恥かしがっても駄目だった。

通院してるときなんて目じゃない。

移動するときは車椅子を用意されてるのに抱き上げて運ぼうとするし、気功療法は他の女の人でも出来るって聞いたのに、他の人に一切私を触れさせるのを嫌がるみたいなそぶりを見せる。

困惑してる私を他所に、犀蓮さんと南雲さんが広東語で言い合いなんて何回見たことやら。

その言い合いの最後に、南雲さんが「本当はすぐにでも帰国したいんだが」という前置きで「烈一族の長老方に夜、食事を誘われているけれど、どうする?」と聞かされて…あんまり断るにも失礼にあたるんじゃないかって相談した上で、行くことにしたのだ。

いや、これだけお世話になっている上、お父さんがえらいことしでかしてしまっているのに…ねぇ?




なのに。

「そのお食事会が、なんで結婚式、なんですか? 南雲さんは知ってました?」

「気がついたのはあの場に行って、黄龍のじいさん。あぁ、のすぐ隣に座ってた片目のじいさんと話してた時だ」

あ、最初の頃あのお爺さんに話しかけられて、南雲さんものすごく慌ててたっけ。

私が何話してるんです? って聞いたら余計に動揺してた。

その後は、開き直ってたみたいだったけど。

「その前から、話は犀蓮とかいう婆さんから言われてたんだ。こういう手段に訴えてくるとは思わなくてな…」

南雲さんが言われたのは、いまだ一族の中には南雲さんの血が欲しいっていう者もいて、さらに今回の一件で私のお父さんの血も欲しいっていう人が増えたんだそうだ。

サムライに斬られた人間は多いけれど、それ以上にその刀の技の美しさに心を奪われたあの一族のえらい人たちは、両方の血を持つ人間を確保しようってことにしたらしい。

つまりは。

「私と南雲さんの子供…?!」

「そう。強制結婚も両方に想いも感情もないことから、今回の手痛いしっぺ返しを食らったんだから最初からつばつけられるようにしとけばいいってことだ」

はい、と手渡されたミネラルウォーターを一口飲む。

うぅ、私の顔、絶対赤いよ。

「そこに南雲さんと私の感情は入れなかったんですか、ここの人たち」

「……俺に強制結婚をしいた連中だぞ? 一族の決定が優先に決まってるだろう。それにまだ、これは穏便な方さ」

信じられない、ここの一族。

黄龍さんにしても、あの人確か飛鈴さんのお祖父ちゃんじゃなかったっけ?

彼女の婿にこそ、南雲さんが欲しくて…何が悲しくて他の女との…つまりは私…との間を取り持って結婚させなきゃならなかったんだろうか。

「なので、俺達二人は新婚カップルってわけだ」

でも実際は違う。

こんなの困る。

この部屋、ベットこれだけしかないんだろうか?

ソファ二つくっつけたら私はそこで寝よう。

南雲さんは疲れてるだろうし、身体が大きいからベット使ってもらって。

?」

「はい」

握り締めていたコップを出すように言われて、それを出すと、傍に有る小さなテーブルに置く。

「さっき、俺達二人の感情って言ったよな?」

「はい」

「…もし、俺が嫌だったら黄龍のじいさんから話されたときにお前を連れ出して逃げてる」

え?

瞬きして彼を見上げると、苦笑いしながら南雲さんが私を見下ろしていた。

「はっきりといえば、俺は嫌じゃないんだ」

嫌じゃない? 自由が好きな南雲慶一郎が?

束縛嫌う人が?

「南雲さん?」

何を言いたいんだろう、この人。

「これで、ようやく二人っきりだな」

その言葉に、え、と私が彼を見つめると…あ、その、なんでそんな顔してるの?

「そ、その南雲さん?」

「慶一郎、だ」

そう言いながら、また私の前にしゃがみこんで、そして見つめてくる。

ものすごく、優しい笑顔。

「俺が昔、お前に家族じゃないって言ったから、だから俺はいつまでたっても「南雲さん」なんだろう?」

思い出したんだ、この人…。

「…はい」

なんか空気が、甘くなってるような…その、なんとはなく、自分が追い詰められているような、このままいけば間違いなくこの人に捕まってしまうような、そんな感覚。

ぞくぞくっという恐怖にも似た、それでいて甘しびれにも似たそれに、居心地が悪くなって逃げたいんだけど、逃げれない。

まずい。

いつもこうなる前に、逃げてたのに二人きりでこの部屋しかない今は逃げられない。

しかも今の私の移動スピードは極端に遅いし…。

「あのときは、お前に兄としてしか見られなくて…それが嫌だったんだよ。兄貴じゃなくて『男』として見られたかったんだ」

え。

「でも、そんな自分の気持ちにも自分で判らなかった。ただ、お前に近づく野郎連中を威嚇して、泣かせた奴をぶん殴って守ってやってる、なんて思ってた。美咲さんの妹だからって思い込んでたときもあった」

ぎゅうっと私の手が握られる。

逃げられないように。

そして、逃げられることを、恐れるように。

「けどな。あの人は俺の姉で母親のような…それこそ家族のような愛情で…初恋かと思ったときもあったけど、違ってたよ」

南雲さんが片手を離して、私の頬に手を持ってくる。

大きな手が私の頬を優しく撫でる。

私は抵抗できなくて…いや、違う。したくないんだ。

「恋慕の情も、愛情も、俺はお前にしか向けたことないんだ。これまでも、そしてきっとこれからも」

南雲さんの手が止まる。

「なぐ」

「違うだろ? 慶一郎だ」

顔が近くなる。

小さく、ほら呼べ、なんて言われた。

「けい、いちろぉ」

至近距離の瞳と唇に、それしか言えなかった。

逃げたい、けど逃げたくない私はそのまま瞼を落として、唇を受け入れる。

最初は触れるだけのそれが、熱っぽいものに変る。

「ん…」

啄ばまれて、言葉を発する時間はなかった。

唇が離れると、至近距離のままで熱っぽい瞳の南雲さんが笑う。

「結婚初夜なのに、花嫁が抱けないなんてどんな罰ゲームだ」

足はそこそこに治ってるけれど、筋肉痛がまだ取れないから激しい運動は駄目だって確かに言われてるけど…。

「…その、花嫁って…え? 南雲さん本気で、というよりこの結婚式、結婚として有効なんですか?」

思わずそう聞いてしまうと、南雲さんは笑顔になった。

額に青筋が見えた気がして。

あ、やばい。

そう思った瞬間。

「んーーーーーっ」

髪を少し引っ張られて顔を上げられると、噛み付くように唇をまた奪われる。

唇は開いてから、舌が入り込んで私の口内を蹂躙しつつ、ベットに押し倒された。

咎めるように、そして熱烈なその深いキスになんにも考えられなくなる。

結わえられた髪が乱れて、南雲さんの手が邪魔な髪飾りを外すのを感触で知るが、もう余裕はない。

目を閉じて、彼だけ感じる。

おずおずとこちらからも舌を出せば、優しくなったキスに安心して、気がつけば私は天井を見上げる格好だった。

「南雲さんじゃなくて、慶一郎。この結婚は有効だ。お前は俺のモノで、俺はお前のモノ。俺の居場所はお前のところ」

息も絶え絶えな私が目を開けると、そういいながら自分を見下ろしてる南雲さん。

言葉は断定的で、命令口調でプロポーズとは思えない。

なのに。

視線がいつもとぜんぜん違う。

少しだけだけど、不安に揺れてて…あぁ、もう考えないようにしてたのに。

彼に堕とされないように、してたのに。

だってこの人、あの人と結婚するんだと思ってたら私と、形だけとはいえしちゃったんだもの。

?」

「…う、ん」

私が頷いたら、南雲さんのその不安そうな目が止まった。

「判ったのか」

確認するかのように顔を覗き込まれて、私は大きく頷いた。

「うん」

南雲さんが嬉しそうに笑って、それを見て喜んでいる私が確かに存在していた。

「よし」

軽くまたキスされて、南雲さんの熱が離れていく。

それを寂しいと思う私がいて、困る。

。風呂、一緒に入るか?」

「や、やだ!」

なんとか起き上がってそう言うと、彼は「へぇ」なんて言いながらつまらなさそうに唇を尖らせると、上着を脱いで椅子に投げてバスルームらしい場所に入っていく。

「心臓が、どきどきしてもたないかも…」

だって私、告白されたんだよ。

だって情報として、あの人と結婚するはずだった初恋の人が、私のこと好きって言ったんだよ?

キスなんて、あの夜にしたのと比べられないぐらい、ちゃんと自覚を持った愛情を示す深いやつをしてくれたんだよ。

男として、女と見てくれて、誰の代わりでもないって。

美咲姉さんの身代わりでもないって、そう言ってくれた。

それだけで舞い上がってる自分がいる。

うぅ、もっと恋愛遍歴を重ねていれば、落ち着いて対処とかできたんだろうか?

あんな、熱烈な告白…ここだけな話さんにもされたことない。

勿論としての人生の中でも。

身体を起こして、髪飾りをとって、ぐちゃぐちゃになった髪を手櫛でなんとか整える。

お水の入ったコップの脇に、それを置く。

でもなぁ、でも…その。

お付き合いとか、そういうのしてなくていきなり結婚はないと思うし、いくら南雲さんが言っても日本の法的には結婚したことにはならないと思うんだけど…。



そう、ぐるぐる考えている私の様子に、南雲さんが気がついてしばらく眺めていたらしいけれど、私はそれに気がつかなくて。





「え? あ、はい」

私はまたいつものように抱き上げられた。

「風呂に入るぞ。一緒に」

…。

「やだって言ったよね? 私…」

「俺は「うん」とは返事をしとらんだろう」



…私の、そしてある意味南雲さんにとっても初体験だらけの長い夜がこうしてはじまった。





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想像した。鉄斎無双。
超、怖かった。



鉄斎先生は娘のことは勿論、愛しているし大事ですが武術がからむとそっちが優先されますし、ナグモンがついてるからいいだろ、みたいな感じになります。
先生の気持ちには気がついてますがいい大人なので彼に対しては基本放任。
ただ、無理やり、とか雰囲気に流されて、とかいうのは嫌いなので邪魔します。がよければそれでいい人。

美雪ちゃんは先生の気持ちを知ってるので、応援モード。だって二人がくっつけば少なくとも鬼塚の家から叔母様は出ないから。

あと、思い出したんじゃなくて本人暴露ですよね。でも先生はそういう余計なことは言いません。(笑)



双子の女の子と老婦人の三人は、原作にも出てきます。
原作の南雲先生はぶっちゃけ、家族の「愛情(優しさ)」をまったく受けていなくて、それがようやく与えられたのが高校時代なんだと思います。
だから美咲さんを神聖視して、美雪ちゃんに恩返ししたいと思ったんだと解釈してます。
神聖視、と言う言葉は出ませんが「自分がまともな人間として生きているのは美咲さんのおかげ」という言葉がありましたしね。
だから美雪ちゃんが大事。
まぁあの人、基本・自分の好き勝手生きてる人なので、
自分とはまったく違う生物である「他人(美雪含める)」の心が理解できないんだなぁ、と読んでて思いました。
(書いてる人は先生大好きですよ、本当ですよ)
あれ? 作文?


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