俺の言葉に彼女は「え?」と一瞬止まるが、その隙を狙って自身に飛んできた飛鈴の針を一閃して叩き落す。

「…人に動揺させるためにその言葉使いますか、なかなか最低です。南雲さん」

違うっ!

彼女は泣き笑いの笑みを浮かべた。

「うそつき」

小太刀が煌く。

「美咲姉さんを愛してるくせに、その口で私に愛を告げないでよ」






6月某日・裏
(1)




「なるほど…読めましたよ。さては自作自演ですね?」
                                                     
リー・フェイリン
正面でデジタルカメラを構えて撮影していた神矢大作の言葉に、内心ぎくりと飛島鈴那…本名・烈 飛 鈴はしてしまった。

「なんでそうなる?!」

「それは考えすぎってもんよ、大作くん。南雲先生の頭でそんな悪知恵が思いつくわけないじゃない。静馬じゃあるまいし」

「ちょっと待たんかい! その台詞は聞き捨てならんぞ!」

そんな会話のキャッチボールを聞きながら、南雲慶一郎に対しての恋心を吐露する周囲の生徒達はヒートアップした。

その中で、神矢大作、御剣涼子と、そして勝手に人の弁当を食い散らかしている草g静馬は冷静に自分と慶一郎を観察していることに飛鈴は理解していた。

(まるで、慶一郎自身が私を想うはずがないというような…? いやまさか)

そんなはずはあるまい、と思い直して自分の容姿うを思う存分武器にする。

ボディガードの話を持っていくにしても、濡れ場を演出し、周囲の熱気と視線を利用して承諾することは容易いことだ。

「俺をボディガードに雇うと…高くつくよ?」

「金を取るんかい!」

慶一郎に突っ込みを入れる静馬の様子を、観察しながら、飛鈴は小さく思う。

(高くついても、手に入れるわよ。南雲慶一郎…貴方を)

7年前、強制結婚の儀式半ばに逃げ出した男・南雲慶一郎の花嫁として用意されたかつての少女は、そう思いながらも男がとろけるような笑みを浮かべた。

彼女には自信があった。

この7年で磨き上げた己の美貌…容姿も、そしてスタイルも…がある。

あの時に彼が長老方や、自分と同じ花嫁候補達に言った存在がどれだけ大きかろうと、これだけ成長した自分ならば彼の心は奪える。

それにその存在が、まさか自分が見た女だとは思えなかった。

自分を差し置いて彼と住んでいる同居人で、妙齢の女がいるが飛鈴は問題視はしていなかった。

痩せすぎず、太りすぎずでスタイルはそこそこいいようには見えたが、美人でもなければ不美人でもない。

どちらかといえば可愛いと評されるだろうが「女」として見られて男がそそるのは自分だ。

年齢にしては幼い印象を受けるが、ただそれだけの彼女に自分が負けるはずがない。

調べれば憎らしいことに、その女と慶一郎は恋人か夫婦のように周囲に思われている。

ただ彼女本人は否定していて、問題は慶一郎がそれを否定していないのだ。

負けたくはない。

だからこそ、あえて彼女は自分を観察していた中で一番勘の鋭そうな大作に目をつけた。

さらなる情報を、彼女は欲していた。

胸を強調し、甘くささやいて大作を人気のない教室に連れ込むのは彼女にとって容易いことだった。

「協力してくれる?」といえば「いいですよ。僕でお役に立てるなら」という返事に飛鈴は気をよくした。

小さなやりとりをした後で、彼女は大作を見つめながら問う。

「そう、じゃあ単刀直入に聞くけれど…「南雲先生に恋人はいませんよ。愛してる人はいるようですけど」…!」

意表をつかれた彼女の顔に大作は悪戯っぽい笑みを見せた。

「今でこそ真面目な教師を装ってますけど、かつては伝説の番長で、ついこの間『西回り世界一周暴れ旅』から戻ってきたばかりで、実際謎の多い人ですよ。週に二回ぐらい行方不明になったりするし…僕の見立てでは恋人はいません。けれど」と大作は微笑んだまま告げる。

「けれど?」

ふいに大作の脳裏にあの写真が思い浮かんだ。

若い慶一郎との写真だ。

そして今現在の慶一郎との様子も彼に確信を与えていた。

「想う人はいるようです。本当、女性に対して結構硬いし、おおらかに見えそうで他人に心を許さないところがあるような人ですけど…でもその人にはいつでも歓迎のプラカード持って手を振ってるんじゃないかな?」

その大作の言葉に飛鈴は悔しそうに眉を寄せた。

「ただ、その人はあいにくと自分にそれが振られていることに気がついてないんですよね…。鈴那先生がつけいるとしたら、そこですよ。まぁよっぽどのことじゃないと無理だと思いますが…先生、ちなみにどこまで本気なんですか?」

大作の言葉に彼女ははっきりと答えた。

「彼を私のモノにしたいと考えているわ」

「うわぁお!」

目を輝かせて大作は彼女を見る。

「ここまで言ってもそう言いきるとは! 大胆な発言も素敵ですよ、鈴那先生。具体的にはどういった意味で」

「勿論、私の夫にするという意味よ」

決意みなぎるその言葉に大作の頭が少し冷えたことに彼女は気がついていない。

「私が教育実習生としていられる二週間…その間に彼を私の虜にしてみせるわ」

「それはいいですけれど…謎の誘拐団に狙われているんでしょう? そっちのほうをなんとかしないことには、落ち着いて口説き落とせませんよ。それでなくてもスタートラインは遠いんですから」

「そんなことはどうでもいいのよ」

「どうでもよくはないですよ。実は僕、警視庁の刑事に知り合いがいるんですけど、個人的に調べてもらいましょうか?」

「いい? 神矢くん。余計なことはしなくてもいいの」

すごむ彼女の様子に大作は内心、冷笑を浮かべ、表には微笑を浮かべた。

(あぁ、この人の方が、自作自演か。カメラの映像は正しかったわけだ)

大作の脳裏に慶一郎自身にその言葉を吐いたときの彼女の顔が思い出されていた。

一瞬だけの…コンマ何秒かの表情の変化を彼は見逃さなかった。

最初は気にも留めていなかったが、こうなるとそれは確信に変わる。

「それに聞きたいのは他にもあるのよ」

その後の言葉が大作的にはいただけなかった。

下宿先の家族構成の詳細や、彼らと慶一郎の関係を聞いてきた彼女を大作は笑みの中、冷たく見つめる。

本人に無断で個人情報を流すほど、無神経な人間ではない。

「情報料ならはずむわよ」
                             
ギャラ
「判らないかなぁ」裏の冷笑を大作は表に出した。「報酬じゃなくてモラルの問題ですよ」

大作は立ち上がると彼女に背を向けた。

「じゃあ、失礼します」

「まって、大作君!」

(…必死だな、鈴那先生も…!! )

冷静な判断能力はそこまでだった。

大作が大作であるがゆえに。

(な、なんというおっぱい…!)

豊満な飛鈴の胸の谷間に押さえつけられるかのような自分の顔。

おっぱい星人・神矢大作はこのとき彼女の手駒となったのだ。

それからも彼女は精力的に鬼塚家に出入りして、鬼塚家の人数を把握した。

慶一郎がすることにはついて回った。

鬼塚は飛鈴には少しばかり味方のような、そんな空気や気遣いを見せてくれたので彼女としては正直戸惑う存在だ。

簡単に慶一郎との食事の支度を自分に譲ってくれるし、いちゃついてみても焼餅一つ見せない。

慶一郎の背中を流そうと風呂に入ろうとした彼に声をかけたそのとき、わざと彼女と鉢合わせするように細工して見せたら、瞬きをしてからにっこりと笑って「お邪魔しました」と言われて、しかも小さく「ごゆっくり」と言われたときには慶一郎も「誤解だ!!」と叫んでいたが、飛鈴もまた動揺していた。

ここまでやられたら、普通は激高するはずだ。

男をなじるなり、女に負の感情を向けるなりしてくるはずなのにそれがない。

(本気で慶一郎にそういう感情を向けていないの…?)

だが暗示にかけた大作からの情報では、鬼塚こそが慶一郎が愛している存在だということを掴んでいた。

周囲の人間たちも慶一郎とが恋人同士(あるいは夫婦)のように考えていて、ある宅配業者など慶一郎と飛鈴が二人で居るところ見て「ナグモンのくせして浮気か」と目をむいて見てきたこともあった。

そのたびに慶一郎が「仕事」と言うのが飛鈴に切なくて仕方がない。

(慶一郎の片思い、ね…)

慶一郎はのらりくらりと自分の色仕掛けを交わし、送迎の方のボディガードは完璧に近い。

食事時の行動には戸惑い、嫌がっては見せているが本気で振り払ってこないことで安心はしている。

鬼塚家に立ち寄る場合は自分への牽制用に御剣涼子を連れているので、彼女もまた十真の暗示によって操り人形にした。

単純な子供だったので簡単だ。

彼女の口からも「南雲先生はさんが好きなはずなのに、飛島先生に誘われていい気になって不潔」という言葉を聞いている。

そのうち、はっきりと「俺みたいな男に興味を持たないでくれ。俺には想う女がいるんでな」と最後通牒のような言葉をつきつけられたが、彼女はめげなかった。

(それが鬼塚ですか、とは問えなかったけれど…)

慶一郎のような男からの愛情を受けているのに、それに気がつかないほど鈍感な女なのか。

そう思って自分も観察してみたし、一番彼らに近くて頭のいい大作の推測を聞いて納得する。

ものいいたげな慶一郎の視線を受ければ、は逃げるのだ。

「十真。あの女の真意を聞きだして」

「真意?」

「…あれほど慶一郎に愛されているのに、本当に気がつかないほど鈍感でもないわ。あの女。…彼女はあえてそうだとは考えないでいるような節がある」

「…それが君が南雲に復讐できる何かに繋がるのなら、いつでも」

そうして従兄弟に接触させたら、今までの慶一郎の態度が嘘のように変わった。

「…っ」

「まぁ、お似合いですこと」

そう言って見上げる。

すると、恋人同士のキスをするかのような、そんな十真との光景に慶一郎の顔から表情が消えた。

まるで飛鈴の声が聞こえていないように、彼は二人に近づく。

「邪魔しちゃ駄目ですってば」

そう声をかけて十真に注意を促すと、そのせいで気がついた彼女が慌てて離れようとしているのが判った。

軽めの暗示だったのだろう。

「あ、あのすみません…っ」

「いえ、大丈夫ですか? さん」

肩を抱かれるの姿を見て慶一郎の足が速くなったのを飛鈴は見逃さない。

「貧血気味のようですね」

「そうか、それは手間をかけたな」

慌てずそう答える十真と飛鈴の目の前で慶一郎はを抱きかかえた。

まるで荷物のように肩に抱えている。

「南雲さん?」

の戸惑う声がしたが、飛鈴には彼女が憎らしく見える。

自分から進んで彼が彼女を抱きしめたのだ!

「今日はもう帰ってくれ。飛島さん。そっちの彼がいるから、ボディガードはいらんな?」

初めて投げかけられた冷たい声に、悔しさが倍増する。

と目が合って、睨みつけてしまう自分を止められない。

十真は「お大事に」と優しく言い「さぁ、帰ろう。鈴那」と促がしてくれたので背中を向けたが、そのあと振り返ってその光景を見てしまった。

肩から下ろしたを、慶一郎が胸に抱いている。

ぎり、と歯を食いしばる。

「…彼女からの情報だ。南雲慶一郎のが愛している女は自分じゃない」

「まさか」

「少なくとも彼女はそう考えている。一番好き、という立場を与えてくれない男とは最初から付き合わんそうだ」

「…その地位を奪う努力もしない女なのね」

飛鈴はそう断言する。

そんな脆弱な女は慶一郎にはふさわしくない。

「彼女は使える駒だ。仕込ませてもらうが構わないか?」

「好きになさい」

飛鈴が鬼塚家に通うたびに十真は時折と会うようにして、慶一郎にばれないように充分に気をつけた。

その一方で彼は慶一郎に対しての憎悪を部下を通じて向ける。

車からのボウガンでの襲撃。

一撃目はなんとか凌いだ慶一郎は、二撃目を右手に受けてしまった。

(やりすぎよ、十真…!!)

怪我を負った彼をそのままにしておくことなどできず、鬼塚家に戻ると傷を見て青褪めたが、それでも救急箱を持ってくるのでそれを奪うようにして彼の手当てをした。

「警察に連絡しましょう」

の言葉に慶一郎も同意したが、飛鈴は首を縦に振らなかった。

その日の彼は闘争心に火をつけられた男だった。

「金はいらない。ボディガードは続ける」の言葉に飛鈴は舞い上がった。

だから十真が彼に対して失礼な言い方をしても口には出さなかった。

自分は彼に守られている。

礼と嬉しさもあって彼女は慶一郎の唇を奪った。

ハンドル操作をしようと身体をひねったときだったからこそのタイミングだった。

だが…それは間違いだった。

自分の唇が熱情を孕んで彼のその場所を侵しかけるが、一向に彼の舌は、唇は動かない。

うっすらと目を明けた飛鈴の目に入ったのは、自分を冷たく見下ろす男だった。

その拒絶に恐れて、飛鈴はおずおずと唇を離す。

「お礼ですわ」と言えたかどうか判らない。

だが、確実に彼は怒っているのだけは判った。

自分の唇についた彼女の残り香を払うように、慶一郎は唇についた口紅を指先で拭う。

「明日、学校で。飛島さん」

ことさら冷たい言葉に飛鈴は泣きなくなるのをぐっと堪え、そうして待っていた十真と共にホテルに入った。

「やりすぎよ、十真」

「まだぬるい程度だ」

「貴方は私に従ってさえいればいいの」

そのときに、予感があったのかもしれない。


次の日。

暗示で駒にしたはずの素人・神矢大作の手によって目的をばらされた彼女達は、深夜に鬼塚家を強襲する。





そしてその夜。

一つの恋が確かに終わったのだった。


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大作君はものすごく頭がいい人で、判断力も高いですけどおっぱい(巨乳)に負ける人


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