6月某日・裏
(2)
「南雲さんがボディガードしてる方で、どう見ても南雲さんのことを男性として好きな方でしょう? いつからお付き合いはじめるんですか?」
「しない! あっちはそうでも、こっちはその気はないんだよ…!」
慶一郎は完璧に否定しながら、肩を落とした。
(何が哀しくて、以外の女とそんな関係にならなきゃいけないんだ)
涼子に依頼して鈴那の盾として鬼塚家にも来て貰っているのに、その相手とそんな仲になるはずがない。
やんわりと断っているのにも関わらず、やれ部屋によっていけという催促に、その場に居合わせた涼子が理由になってくれたおかげで彼女の誘いを丁重に断ることが出来ている。
「その気はないって南雲さんはそう言いますけど…でもじゃあなんで南雲さんは強く反発できないんです? ボディガードだから? 職場の後輩になるだろう人だから? それとも他の先生方からのブーイングとかもでました? 彼女に好きだと言われて、どきどきしなかった? あ〜んとかされて恥かしくても嬉しくなかった? 可愛いって思わなかった? せまられて悪い気はしなかったでしょう?」
に指を指されながら、慶一郎はうぐっと詰まる。
(どう説明すればいい?)
強く反発できないのは学校全体の空気が飛島鈴那を応援しているから。ボディガード引き受けたのは、女一人に多人数で襲い掛かる連中が気に入らないから。
そんな理由が頭の中で渦巻く。
あれだけの美人に、好きだと好意を示されたりせまられたら確かに悪い気はしない。
(物を食べさせるのは普段料理作ってるときに、としてるんだが判ってないよなぁ。いつも俺がする側だし)
「…ね? 何が切欠で恋に堕ちるかはわからないんですか「恋なら堕ちてる」ら…ってえええっ!」
(あ、しまった)
とっさに彼女にそう返してしまったがここまで言ったら最後まで言ってしまおうと、慶一郎は口にする。
(女に愛を語るなんて、生まれてこの方したことがないのに)
「だいぶ前から、その女に気がついたらもう堕とされてたから。だから彼女と堕ちるわけはないんだ」
「聞きますけど、そのお相手は飛島「違う」…そうですか…」
(なんで残念そうなんだ。…あと、なんで自分だとは想わないんだ、)
うーん、と悩むの様子を慶一郎は黙って見つめた。
「でもそのあたりのこと、ちゃんと南雲さん彼女にお話しました?」
「…いや、する暇が…」
「もしも、本当に万が一にも南雲さんがその気がなくて迷惑なら、ちゃんとそれを言うこと。そうじゃなきゃ、南雲さんのその『恋』のお相手にも彼女に対しても失礼ですよ」
(それはお前だ)とはまだ言っていない慶一郎は頬をぼりぼりとかきながら言った。
顔が心底困った、となるのをとめられない。
人の話をちゃんと聞いてくれないのだ、あの飛島鈴那が。
「言おう、言おうとはしてるんだがな…」
「…飛島さんも知的な方のようですし、きちんとお話すればわかってくださいますよ」
「そうかな」
「えぇ、そうですよ」
不思議とと話していると本当に出来そうになってる自分に気がつく。
が頷くのを見ながら「…ところで」と慶一郎は咳払いをしてから、口を開いた。
「俺の好きな女って誰か気にならないのか?」
「気にならない、というのは嘘になるけど…恋愛相談しなくても南雲さん、捉まえてきそうだし…」
(それが出来たら苦労しない)
「…南雲さんなら、告白したらOKすぐにもらえそうな気がしますが」
「そうか?」という慶一郎の言葉にはこくこくと頷いた。
「だって南雲さん、優しいし…料理は美味すぎるのが難点かもしれませんけど、そこも魅力の一つだと言われれば確かにそうでしょ? 一緒に料理できる男の人って貴重だもの。
身長高いし、包容力あるし、いざとなったら絶対守ってくれそうだよね。スキンシップも結構自然にしてくるから、いいと思うし…」
(からの褒め言葉にまんざらでもなくなる自分は手軽な男だ)と慶一郎は思う。
もうちょっとどんな言葉が飛び出すのか聞いていたかったが、は気がついたのか目元を赤くして口をつぐんだ。
自分がそれを口に上げていたことに気がついていなかったらしい。
「ともかく…南雲さんの気持ちをその人に言うべきですね。そうしないと、たぶん何も始まらないと思うから。…言葉にしないと何も生まれないから」とは微笑む。
「男の人って態度出してるんだし、考えたらわかるだろ? みたいなとこありますけど、女は言ってくれなきゃ判りませんよ。その人の気持ち」
(そういや、確かにそうだな…)
帰国して以来の自分の行動を振り返る。
に対して態度では示しているが、言葉にして言ってないからこそ、彼女は戸惑って距離を置こうとしているのかもしれない。
(よし、言え。言ってしまえ)
慶一郎が決意し、口をあけた瞬間胸元のペンダントが光を放ちだした。
異界・ソルバニアに召喚される合図に慶一郎は「ちょっと用事が出来た」と大慌てで家をまた出る羽目になった。
(人が決心したらこれか!)
ぐにゃり、と視界が悪くなって、目の前に怪獣としか言いようがない生物が現れる。
「ケイ、申し訳ありません…「神飛拳!!」…ケイ?」
慶一郎が放ったソレが怪獣の身体を抉り取るが、すぐ様再生する。
目が座った慶一郎は「速攻で終わらせるぞ!!」と獣の咆哮をあげるが、結局多少なりとも時間をかけてしまい、帰れば夜食が待っているだけだった。
深夜だったから仕方がない。
二階に上がって自分の部屋の隣に彼女はすでに眠っている。
起こすのも気が引けた。
はぁ、と大きく、巷では地上最強の格闘家と呼ばれている彼は大きな溜息をついた。
あのリアルな夢の直後の朝、彼女の首筋にキスマークじみたものを見たときは硬直し、彼女の様子を伺い、おっかなびっくりしてるただの男がどこが地上最強だというのだと彼はうっすらと思う。
あの夜のことを記憶の中に押し込め、なんとかそういう空気に持っていこうとするがそのたびには気配を察してか、逃げてしまう。
神威の拳を覚えようとするときも、慶一郎を頼らず最初は静馬を頼った。
その後、神気の練り方の伝授で彼女の身体に定期的に合意の上で触れられるように教えるようになったが、この騒動だ。
あれから一切触れられない。
涼子も日が立つと、用事があるとかで盾にならない。
大作も静馬も同様だ。
正直な話、飛島鈴那はいい女だ。
素直に慶一郎はそう感じている。
甲斐甲斐しく世話をやこうとするし、教室で二人っきりになろうとするし、セックスアピールも強い。
こんないい女に「言い寄られるだけでもいいだろう」というのは校長以下学校の男子全員の意見だ。
けれど、ただ、それだけ。
(この半分でもが迫ってくれたらなぁ)
そんなことを考えたこともある。
「俺みたいな男に興味を持たないでくれ。俺には想う女がいるんでな」
そう言ったのにも関わらず「それでも想いは捨てられませんわ」と言いよってこられる、その押しの強いところには辟易してしまったが。
ここ数日、彼女のおかげでは慶一郎とのスキンシップをとろうとしなくなった。
おかげで慶一郎はさらなるストレスがかかった上に、妙な男が絡んでくる。
鈴那の従兄弟であり、教育実習生である十真だ。
と二人きりで、自分と同じ距離にいた彼を見たときの慶一郎の脳裏にあったのただ一つだ。
(を盗られたくない)
「貧血気味のようですね」
「そうか、それは手間をかけたな」
まるで荷物のように抱えるとを十真から隔離する。
「今日はもう帰ってくれ。飛島さん。そっちの彼がいるから、ボディガードはいらんな?」
そう言って背を向け、の身体を抱きしめるとしばらくしてから縁側に座らせた。
「何かされなかったか? あいつに」
「いいえ、何も」
「そうか」
「ただ、少し話をして…」
そう言ってからの動きが止まるのを慶一郎は「?」と見下ろす。
「話をして…?」
「?」
「あれ?」
「」
「いや、うん。何でもない。ただお話しただけ。その最中にちょっと立眩み起こして…迷惑かけちゃったから謝っておかないと十真さんに」
「…十真?」
「さっき、話してる時にそう呼んで欲しいって」
「…へぇ」
そう言いつつ慶一郎はの正面にしゃがみこんだ。
「なんですか?」
「…」
自分が文句ありそうな顔でを見つめているのは自覚している。
「なんですか? 南雲先生」
慶一郎をほんの少し見上げる状の。
「先生はやめろよ。俺は、の先生じゃない」
「はい」
「俺の名前を忘れたわけじゃないよな?」
「南雲慶一郎でしょう? ちゃんと覚えてます」
(…そのまま名前で呼べって命令したい)
そう思いつつ、小さく息を吐き出し、無意識に慶一郎は自分以外の男が触れたの頬に触れる。
「」
「はい」
すぐに返事を返して、ここまで近寄れるのは信頼してくれているからだ。
慶一郎が自分を傷つけることなどないと。
目と目が合い、ゆっくりと先ほどの十真と同じ至近距離まで顔を持ってきた慶一郎に、は思わず顔面を軽く叩く勢いで手で制した。
(ここまでが境界か…?)
「何しようとしてます? 南雲さん」
ぐぐぐっと力を入れて、はそれ以上慶一郎の顔が自分のそれに近づかないようにしてくるのだが。
「の全力がこれか?」
「これです!」
「…いいか、男と二人きりになんてなるなよ。これぐらいの力じゃ、お前、振りほどけないから」
まったく、ぜんぜん痛くない。
慶一郎はそう言った後に、悪戯小僧のようににっと笑うとぺろんとその掌を舐めた。
「ひゃあっ」
その声に慶一郎は少し気をよくした。
「特に、あの十真って奴は駄目だから」
「…なんでです?」
「なんでも」
慶一郎の言葉には「はい」と素直に頷いてくれた。
(まぁ、俺も気をつけとけばいいか)と慶一郎はそう思うが、その注意は鈴那のおかげでできることはかなわず、最終的にそれが後悔の引き金になるが、今の彼にはわからなかった。
数日経過し、慶一郎の右手はボウガンの矢が貫通していた。
鈴那を狙う誘拐団が標的を自分にしたことで、慶一郎の闘争心に火がく。
慶一郎の携帯電話が鳴り、それを手にしようとした瞬間の狙撃だ。
ということはかなり自分の情報は相手にもれていることになる。
(油断ならんな)と思いつつ、指先に残っかすかな口紅に、眉をしかめていた。
…熱烈な、でもどこか不器用な口付けだったが、そのおかげでとの夜でのそれを思い出させ、そして他の女とのキスで思い出す自分に腹が立った。
ハンドル操作をしようと身体をひねったときに、奪われた唇。
鈴那には八つ当たりのように突き放してしまったのは、大人の態度ではなかったと思う。
鬼塚の家に戻った慶一郎を、やはりは待っていた。
もう鉄斎や美雪は自室にこもったのだろう。
鉄斎には神社の管理の書類が、美雪には追試のテスト勉強があるのだ。
「南雲さん、手は病院に行ったほうがいいです。行きましょう」
救急の病院なら大丈夫だと、はせかした。
「いやいや、この程度なら…」
「ばい菌入ってて、化膿し始めたら長引きますからっ」
財布を持った彼女が自分を見上げる。
そっとの腕を取って、慶一郎はをなだめつつ自分の手の傷と精神を癒すことを思いついた。
「…あの、これ本当に、本当なんですよね?」
抱きかかえたの耳が赤い。
「嘘だったら、七味唐辛子瓶一本分、南雲さんのだけにご飯入れますよ」
「そりゃ勘弁して欲しいな」
慶一郎の膝の上には座っていた。
「こ、この格好は流石に恥ずかしいんですけど」
(…背面座位そのものだからなぁ…)
小さな子供を膝の上に乗せる要領で、慶一郎は彼女の背中を抱きしめ、腕を回し傷ついた右手を彼女の胸に抱きしめさせていた。
妙齢の男女がするには密着すぎるその体勢。
あいた左手はが逃げないように腰に手を回し、はぁ、と大きく慶一郎は溜息をついた。
の身体を抱きしめられた安堵の、そして満足の溜息はの耳元にかかる。
びくっと震えられて慶一郎は目を細めた。
「…変なことしたら右手、つねりますからね」
「はいはい」
傷口を抱きかかえるようにさせて、一緒に呼吸法をさせる。
身体を密着させ、同じような速度で円を描かせて神気の呼吸を同一化させれば、にも気を放出はできるだろうと慶一郎は思ったのだ。
神威の拳は奥が深く、回復の術もある。
慶一郎がに提案したのは神威の拳による治療だ。
自分以外からのその手の治療を受けたことがない慶一郎は、教えるからそれをしてくれとに頼んだ。
傷口はすぐにふさがりはしないだろうが、痛みは取れるから、と。
包帯を巻かれた右手を見て、は半信半疑ながらも了承し、慶一郎の指示通りに動いてくれているのだ。
(お)
柔らかなの手から、暖かな神気が自分の傷口に送られてくるのがわかる。
(短期間でここまで出来るのは才能かな)
ちりっと右手がむずがゆくなる。
傷口が内側から盛り上がってそれがふさがって行く痛みに慶一郎は、内心舌を巻いた。
たとえ自分の神気の力があろうとも、ここまで早い回復はなかった。
「治れ」
そうが呟くたびに、とくん、とくんと傷口から彼女の神気が流れ込む。
「?」
耳元で囁くとびくりと反応するがない。
集中してくれてるのだと思うが、その反面そういう意味で反応してくれないと少し寂しい。
「…思い出した人の中で、すごい不思議な人がいて…。その人が言葉には力があるんだよって言ってたんですよ。だから…」
そーっと、まるで大事なもののように抱きかかえられる慶一郎の掌と同時に、彼の左腕がの身体を抱きしめる。
「治れ」
「…うん」
小さく「治れ」と言っているに嬉しくなる。
だからこそ、「うん」と小さく返しながら、集中してる彼女の身体を抱きかかえ、密着する。
自分が大事にされている、そのことが暖かな気持ちにさせた。
(は俺のモノだ)
この暖かな神気が、暖かな感情が自分以外の人間に向くなど到底許せるものではない。
「…南雲さん、痛いのとれません?」
「あぁ、まだまだ。もう少し」
もう本当は痛みもなく、動く分には支障がなくなった右手をそのまま彼女に持たせて、暖かな神気を受けながら慶一郎は自分の中のの存在が膨れ上がっていることを再確認する。
(今、言おうか)
今言ったら、は逃げられない。
こくり、とのどが鳴る。
(欲しい)
「いやだ」と至近距離で言われたら自分に対する精神的破壊力は増すな、と内心思いながら、慶一郎は無意識にの身体を抱きかかえなおす。
しばらく二人はそうしていたが、慣れない作業に疲れたが、眠ってしまうまでそれは続いた。
「すまん」
「んー…」
慶一郎はすっかり痛みがとれたそれも使ってを抱き上げて、二階に運んだ。
の部屋に入ると、布団をしきなおしてを寝かせる。
そうして迷った挙句、軽い口付けを彼女にすると慶一郎は機嫌よく、下の階に下りていった。
美雪の夜食を作る為に、痛みの取れた包帯をとくと、そこにはの気の力によって塞がれてかさぶた一つしか残っていない右手があった。
自分の中にの神気があって、それが自分の身体を治してくれているのが嬉しい。
は治癒系統に特化してる属性なのかもしれない、と思いつつ右手を見つめる。
「何をへらへら思い出し笑いなんぞ、しておるんだ。小僧」
お茶を飲みに来た鉄斎にそう言われるまで、慶一郎はその笑みを止めなかった。
ブラウザバックでお戻りください
セクハラし放題に。いい大人がそれしかできなくてごめん、先生(笑)。
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