6月某日・裏
(3)


夜…9時を少し回ったその時刻――



大門高校の面々の前とした同じ説明を、なるべく手短に慶一郎は目の前に座る剣豪にした。

香港にて22のとき偶然であった暗殺一家の長に勘違いで殺されかけ、なんとか撃退したらその腕を認められた慶一郎は香港脱出に失敗して拉致された。

当時拳銃に囲まれた集団を相手に対応する術を持ち合わせていなかった彼は、そのまま地下室に隔離された。

翌日、出された慶一郎は場所を移され、理由も知らされずに七人のカンフー使いと戦って七人抜きをした慶一郎はそこで一族の長は慶一郎に対して自分たちの一族に加われと言って来たのだ。

それは強制結婚だった。

他から血を一族に入れる場合には七人の花嫁候補を用意する。

そう言われたが慶一郎の態度は冷ややかなものだった。

(あぁ、あのときから貰った腕時計が壊されたからな)

大学時代に自分の誕生日に贈られて来たそのプレゼントのカードには、鬼塚家に連絡するようにお願いが書かれていた。

当時の学生ではかなり貯めないと買えないだろう、男物の腕時計を慶一郎は愛用した。

リストバンドで守っていたが何か妙な蹴りを受けたときに、ごしゃりとつぶれた。

喧嘩別れしてしまったが選んだというそれを身に着けていれば、彼女に許された気がしたからだ。

もうこの頃から慶一郎は、が自分の心の中でどれだけの位置を示しているのか理解していた。

たとえ会おうとしなくても、誰かのものになっていたとしても。

「一族には入らない」ときっぱりと慶一郎は言い切った。

「俺の伴侶は俺が決める」

だがその言葉を彼らが素直には受け止めなかった。

花嫁候補の一人を慶一郎が風呂に入っているところに連れてきた。

それが…現在、飛島鈴那として彼らの目の前に現れた烈飛鈴だったのである。

「よく逃げれたな」

鉄斎の言葉に慶一郎は苦笑した。

「…一族の長と飛鈴の二人を説得しましたからね」

それ以外にも花嫁候補達に「想う女はたった一人」とまで伝えたこともある。

それでも他の一族は納得しなかった。

屋敷をなんとか二人の手引きで出たものの、一族の長の命令を聞かない一部の人間の手によって香港脱出にはかなり重傷を負わされたが。

「奇妙な因縁よな」

「…彼女の泊まっていたホテルはすでにチェックアウトした後でした。おそらく別のホテルに移動したんでしょう。行方が判りません」

しかも涼子と静馬の二人も誘拐されていると考えていいだろうと慶一郎は鉄斎に伝えた。

「話はわかったが、それでお前はここで何をしておる。生徒を探しにいかんのか?」

「はぁ…そうしようかと考えたんですが、彼女たちの狙いは結局、この俺なんです。遠からず、彼女はここへ現れるでしょう。だったらそれを待っているほうが確実です…性には合いませんが」

「なるほどな。それでわしにどうしろと?」

と美雪ちゃんと一緒に、今晩一晩、他の場所へ泊まって頂きたいんです」

「ほう」

次の言葉は慶一郎の予想通りだった。

「貴様…この家の主人であるわしに逃げろというのか?」

「お願いします。万一の為です」

無理を承知で頭を下げた慶一郎だが、鉄斎は一蹴した。

弟子を取り戻さなくてはならない、という理由のある、ましてやその闘いの予感に喜びを感じている侍に何を言っても無駄だったのである。

慶一郎は小さく息を吐き出した。

自分では鉄斎を止めるのはやはり無理だ。

書斎を出ると二階にある自分の部屋に上がろうとして、階段で待っていた美雪と少し話した。

はどうしたんだい?」

「叔母様はお部屋に」

ふぅん、と慶一郎はそっと上を見つめる。

だがすぐに自分に用があるだろう美雪の隣に腰掛けた。

「…全部嘘だったの?」

美雪の言葉に慶一郎は小さく笑った。

「…そうとは言い切れないんじゃないかな。嘘っていうのはばれなければ嘘にならない。正体さえばれなかったら今でも彼女は飛島鈴那のままだったはずだよ? 少なくとも教育実習生として過ごす二週間の間はそれで通したと思う」

「じゃあ、本当のことは?」

それは慶一郎にも判らない。

「…叔母様はあの人のこと、気にしてた…」

が?」

「慶一郎さんの彼女さんかもしれないから…って」

「俺は完全否定したんだがな」

その言葉に美雪は慶一郎の顔を見上げた。

「…叔母様に、大好きって言った?」

「え」

ふと思い出す。

美雪は彼女が目覚めたら「大好き」と言って抱きしめると。

美雪はそれをきちんと実行し、毎日を抱きしめていた。

「…早く言わないと、繋ぎ止めないと…叔母様、いなくなってしまう…」

「美雪ちゃん、それはどういう…」

その合いの手を入れるかのように二匹の子猫が鳴き声を上げる。

「…どうしたの…?」

一匹見当たらない。

「ラウール?」

かりかりかりという音が二階からしている。

美雪と慶一郎は二階にかけあがった。

黒い子猫はしきりにの部屋の扉を引っかいている。

「っ」

慶一郎は一応ノックする。

?」

返事はない。

いつもなら「はい」と答えるそれがないことに不安を覚えた慶一郎は扉を開けた。

内側から閉めていたはずの窓が大きく開き、カーテンが風に流されている。

そこには誰の姿もなかった。

!!」

烈一族の鬼塚家襲撃の開始であった。



慶一郎は鉄斎に襲撃してきた烈一族の集団と暗示にかけられた涼子を頼むと、美雪と一緒に大門高にやってきていた。

校舎の裏手にジープを止めて、美雪を背負うと慶一郎は屋上を目指す。

美雪の守護霊かなにかである月影の巫女が、この場所に慶一郎を導いていたのだ。

「美雪ちゃん」

ここで待っててくれないか、という言葉を言うまもなく、美雪は慶一郎の背中にへばりついた。

「早く」

GO! とばかりに屋上を指差され、彼は仕方なしに頷く。

本当は連れて行きたくはないが、慶一郎は鬼塚家の女子には逆らえないのかもしれない。

「…了解」

いきなり猛然とダッシュする。

外壁にある太い雨樋に飛びついて走っているのと同じ速さで昇りきると、金網のフェンスを乗り越えて屋上に降り立った。

「飛鈴! はどこだ!!」

怒りを押し殺した声に返事はない。

首にしがみついていた美雪は手を離して床に足を下ろすと、周囲を見渡す。

「いない…?」

「美雪ちゃん、俺から離れる…「オラアァ!!!」…!」

気合の方向と同時に襲い掛かる神気による爆炎の襲撃を、美雪を抱えてかわす。

「この攻撃…まさか!?」

「まさかやあらへん! 俺以外にの誰がいてるっちゅうねん!!」

草g静馬が巻き舌で言いながら、大威張りで目の前に歩みだした。

「なんのつもりだ、草g」

「きまっとるやろ…おんどれを倒〜す!」

慶一郎は抱きかかえた美雪を離しながら、面倒くさそうな顔を作ってしまった。

「…さてはお前も催眠術をかけられているな?」

「この俺が? あほぬかせ!」

堂々巡りになりそうなその会話を遮断したのは美雪だった。

「叔母様はどこ?」

凛とした声に熱に浮かされたような静馬の目が向く。

「あ? おばはん?」

「叔母様はどこ?」

「…おばはん…は…」

「…鬼塚はどこ?」

「お前のおばはんやったら、あのいけすかんスケコマシが連れてきとったで」

(十真か!)

ぎりっ、慶一郎の顔がしかめられる。

「いまはどこにいるの?」

「今は…「貴方の仕事は慶一郎を潰すことでしょう?」…せやった!!」

女の声に静馬の視線が慶一郎に戻る。

「飛鈴…!」

「いい夜ね。慶一郎」

針をもてあそぶ飛鈴がそこにいた。

「…飛鈴…「お前の相手はこっちじゃど阿呆! ちびっこ、お前邪魔じゃ! どっかいっとけ!!」草gっ」

静馬の放つ紅蓮がもう一度慶一郎を襲う。

慶一郎はまたとっさにそれを避けた。

美雪達と距離を開けてそこで静馬と対峙する。

邪魔者扱いされた美雪は、慶一郎よりも表面上冷静なように見えた。

寝巻きにジャンバーを羽織った彼女を、飛鈴は見下ろす。

「お久しぶりね、美雪ちゃん」

「叔母様はどこ」

「馬鹿の一つ覚えかしら?」

「叔母様はどこ」

「…っ会話する気はないってことね? いいわ、貴女はここで人質に」

そう言いながら飛鈴の持つ針が動こうとした瞬間だった。

「っ!」

武術ではありえない未知のの力、不可視の圧力が飛鈴の身体を簡単に吹き飛ばし、もっていた針も全てご丁寧にもそれは叩き折った。

「!!」

ひゅうううううっ。

風が渦を巻き、慶一郎が名づけた月影の巫女が、今の美雪とまったく同じ姿でその場に現れていた。

手には薙刀を持ったその巫女の容姿はわからないが、直感で飛鈴は判った。

今の美雪と同じように、冷たく、敵意の意思だけを瞳にこめた、そんな目。

飛鈴はその目を見たことがあった。

(あれがお前を差し出すかもしれない男だ)と13歳の頃にマジックミラー越しに見た南雲慶一郎その人の瞳。

大事なものを壊された直後の、あの瞳だ。

「俺もうかつだったが、やってくれたな」と言った後の彼の目にそっくりだった。

「叔母様はどこ?」

「…っ、貴女、慶一郎の子供?」

飛鈴の言葉に美雪は目を細めた。

爆炎の音と同時に慶一郎が倒れるが、美雪はそちらを見向きもしなかった。

ただ冷たく、不可視の力で抑え込んだ暗殺一族の女を見下ろす。

「叔母様はどこ」

静馬の高笑いと同時慶一郎が金網にすがりつくように立ち上がっているが、美雪は飛鈴を見つめ続けた。

「貴女にとって、あの女はなんなの?」

ただの叔母と姪の関係では見られない、美雪の執着に飛鈴は思わず問うたが美雪は何も答えない。

そのうち、また慶一郎が床に沈んだが、何か挑発したのだろう。

静馬の神気が燃え上がり、そしてばたりと彼が倒れるのを聞いても美雪は振り返りもしなかった。

「叔母様はどこ」

「っ」

「美雪、ちゃん」

慶一郎の言葉に美雪は目を飛鈴からようやく離した。

不可視の力は彼女から離れていくのを感じる。

同時に美雪の月影の巫女の姿も空気に消えた。

「飛鈴から離れてもらおうか、鬼塚美雪、南雲慶一郎」

「…十真」

はどこだ」「叔母様はどこ?」

慶一郎と美雪の言葉に、十真はにぃっと笑う。

「お前させ消せば飛鈴も幻想から覚めるだろう。女としてのプライドを踏みにじられたことに対する復讐もあっただろうが、いまだに想っているのは見え見えだ。…でもねこの男は誰も愛せない男なんだよ、飛鈴。諦めろ」

「いきなりな言葉だな」

「あぁ、こっちにはという貴様にとっては家族もどきの女性がいるんでね。いろいろと話は伺っているよ。貴様を殺して一族の誇りを保つ。俺はそれでいい。――あぁ、可哀想なあのは、連れて帰って妾にでもしてやるよ。歳の割りに案外初心なところが気に入った」

「…おとなしく聞いてれば、好き放題だな?」

獰猛な慶一郎の殺気があふれる。

「誰を、なんだって?」

「へぇ、貴様でもそんな顔をするんだな」

十真は静かに構えをとった。

「あの坊やとやりあった後に、俺とする余裕があるのかね?」

「美雪ちゃん、下がって」

「…叔母様のこと、聞いて」

「判った。聞ける程度にはしとく」

阿吽の呼吸で美雪とそう言い合うと慶一郎は挑発のためか、わざわざ烈一族の構えをとった。

美雪は周囲を見渡す。

叔母らしき姿は見えないので落胆し、つまらなそうに相手をまた見つめた。

慶一郎の技が決まり、十真が床に転がる。

激高した十真が秘術により獣化したように身体を大きくさせても、美雪は冷たくそれをただ見ていた。

そうしてやはり慶一郎の技に彼は倒れ、さらに立ち上がろうとするのを飛鈴がとめる。

「もうこれ以上は命に関わるわ…」

「くそっ」

「さぁ、はどこだ…」

冷たい慶一郎の言葉に、十真は血塗れのまま笑った。

「あぁ、会わせよう? 彼女が切り札なんだからな」

「何?」



「はぁい」

熱に浮かされたような、そんな声が給水塔の上で聞こえ、美雪と慶一郎は顔を上げた。

浴衣姿で、素足のが軽い動作で降りてくる。

「隠れ鬼は終わりですか? 十真さん」

「あぁ、そうだよ…っ。ちょっとお仕置きしてやってくれないか…っ」

っ」

「叔母様?」

の手には小太刀が握られていた。

「美雪ちゃん、ちょっと待っててくださいね?」

月を背にはそれを握り直した。

…。慣れないもの持つと怪我をするからそれを放せ」

「大丈夫です。ちゃんと十真さんに教えてもらいましたし」

ちゃきん、という小気味いい音にますます慶一郎は眉をしかめた。

…さん。貴方、さんに何をどこまでしたの…!? 十真」

「ただの暗示と思うなよ。南雲慶一郎…っ」

「女を泣かしたまま、投げっぱなしの男は最低ですから」

普段では感じたことのない冷たい殺気に慶一郎はを見る。

(まさか、がこんな殺気を放つなんて…!)

次の瞬間、の姿がぶれた。

(早い…っ! まさか旋駆けか…?!)

は慶一郎の至近距離に出現する。

「反省させないと」

「っ!」

は手の小太刀をそのまま彼に振り下ろした。



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慶一郎と美雪ちゃんとの会話で「少しうらやましいと思った」っていう彼女の発言があるんですが
どう考えても飛鈴が慶一郎に好き好き光線出してるのがうらやましいっていうようにしか読めないよ先生。
やっぱ男だから女の子の感情は読めないのね。
とか思ってました。


原作との相違
慶一郎が結婚していない。
誘拐されたのがさん。
うちの美雪ちゃんはがらみで怒りMAXになるとなかなかのアグレッシブ。

美雪ちゃん最強伝説…いや、もうこのお話は鬼塚家最強伝説でいいよね?(真顔)

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