6月某日・裏
(4)



ガジィン! という音がして、の小太刀は慶一郎の持つコンバットナイフに阻まれる。

「やっぱり止められちゃったですねぇ」

のほほん、とした彼女の声に慶一郎はまるで傷つけられたように眉を寄せる。

…危ないものは捨てろ」

「い・や」

なんとなく語尾にハートマークつけそうな、そんな声音では言うと素早く距離をとる。

その体さばきに慶一郎は内心、舌を巻いた。

(暗殺者特有の動き?! はまったくの素人だぞ? どんな暗示と肉体操作だ…! しかも神威の拳の応用も出来てる…!)

「南雲さんは一回、打ん殴りたかったのでいい機会です」

「はぁ?!」

の言葉に驚きながらも慶一郎は、なんとか片手での両手で繰り出す斬撃は受け止める。

神威の拳の応用である『旋駆け』で神速で斬りつけてるのに致命傷にはならないそれに、はかまわず刃を振るった。

キィン! と刃と刃がかち合う。

「飛鈴さんたちを泣かせたまま7年間、放置するし」

「あっちが勝手に用意した花嫁だ。それにちゃんと理由も言った!」

ギィギィン!

「あたしにぜんぜん謝ってくれないし」

(すまん、いまだに思い出してない…!)

キィン!

「天然女ったらしだし」

ギィン!

「誤解だ! 口説いたことない!」

「自分の言動と態度を振り返ってください」

ギィン!

「最近は、人にセクハラ三昧だし!」

「…っ」

「図星でしょ」

ぎぎぎっと押し負けるので、は少し距離を開ける。

!」

「あんなことされたら、勘違いしちゃうじゃない。もう止めてよね」

「い、いやだ」

「…な・ぐ・もさん?」

にっこりと笑うは、それでも怒っている気配がする。

「じゃあ、ちゃんと謝りなさい。そうしたら私に対してのセクハラで訴えるのは止めてあげます。あ、でも他の人に対して行われていたら、他の人が訴え出るでしょうけど」

「…が怒ってる内容を教えてくれよ。あと、俺はお前にしかしとらん」

「…何えばってるんですか、セクハラ教師」

「お前の先生じゃないだろ、俺は!」

そう会話しながらも二人は剣を交えている。

(まずいな。あまり時間をかけたらの身体が…!)

ちらりと足元を見れば、足を力強く踏ん張るためにつま先に力を入れたのだろう。

そのおかげで、彼女の足の指のつめが割れていた。

痛みはおそらく暗示の類で痛覚を麻痺されているようだ。

だからこそ、これだけ動けるのだ。

「――俺はお前なんか『妹』なんて思ってねぇ! 家族じゃない!  『兄さん』なんて呼ぶな!! 」

「っ!!」

「ずっと妹扱いしてきたのに、兄さんぶってたのに、それはないんじゃない? あんなに怒ってたから、もう兄さんって呼んじゃだめなんだ。また叱られると思って、ずっと私は南雲さんって呼んでるのに」

(思い出した…!)

「本人、すっかり忘れてるし!! 私はちゃんと南雲さんのこと思い出したときに、きちんとそれも思い出したのに!!」

その台詞は、慶一郎が鬼塚家を出るときにに言った言葉だった。

「私は家族だとずっと思ってた。頼りになるお兄ちゃんだと思ってた。けど南雲さんには違ったんだよねぇ? ただの五月蝿い赤の他人だったんだもの」

が片手を突き出す。

(まさか!)

「神飛拳」

彼女の呟きによって練り上げられたの神気の幾つかが慶一郎に襲いかかる。

(連弾…?!)

慶一郎は神気でコーティングした手でそれをなんとか叩き落した。

威力は小さいので、練りきれてない自分でもなんとかなったが。

「隙有り」

「ぐっ!」

気がつけばの刃はすぐそこまで来ている。

かろうじてまたナイフで受け止めるが、受け止めきれずに服を裂かれた。

(さっきの神飛拳はおとりか!)

「叔母様、一撃入ったから、もういいでしょう? 刀を放して」

どこか冷静な美雪の声が響いた。

「…南雲さんは反省してないから、まだです」

そう言うとはすぐに距離をとる。

(次に攻撃したときに、受け止めて、押さえ込むしかないか…!)

そうしなければすでにの足の皮膚は限界に見えた。

月明かりの下で、見えるほど真っ赤に染まっている。

まだ走り続けられるほど体力が回復しきってはいなかったはずだ。

「人がわざわざ『南雲さん』って呼んで、また簡単に捨てられるかもしれないから予防線張ってるのに、もう…この人!」

「簡単に、捨て…る?」

の言葉に慶一郎は絶句した。

まさか彼女が自分のことをそんな風に見ていたとは思ってもなかった。

「そうでしょう? 南雲さんにとって美咲姉さん以外の人間は簡単に捨てられるから、家族じゃないんでしょう? こっちが家族だと思っても、南雲さんはそうは思ってはくれないんでしょう?」

「ち、違う。俺は…」

「何が違うの。今回家に戻ってきたのだって、本当のメインは美咲姉さんに会いたかったんでしょう? 私のことなんか、他の鬼塚家の人間なんてどうでも良かったに決まってるから」

「そんなわけないだろ!!」

慶一郎はナイフを腰にしまった。

催眠術で熱に浮かされていたとしても、の言葉は真実だと直感した。

「ただ私が怪我してて、身動き一つとるのもつらそうで憐れだから手を貸してくれてるだけ。美雪ちゃんは姉さんの子供だから、守らないといけないから鬼塚の家にいてくださるんですよね? で、二人とも南雲さんの基準で自分がもう見なくてもいいと判断したら、またさっさと家出る気でしょう?」

「…美雪ちゃんを守るのは俺の義務だ。そうは思ってる。けど、お前のこと憐れだなんて、思ったことない。世界はもう見てきた」

「ふぅん」

「信じてないだろ、

「あんまり」

ずっと聞きたかった自分そういう意味で避けている彼女の本心に向き合えるのなら、誰が聞いていようがかまわなかった。

「とりあえず謝りなさい。飛鈴さんに7年間投げっぱなしでごめんなさい。後で結婚のご挨拶に伺いますって。あと私にはもうセクハラはしません。お料理レシピを全部書いて渡しますので勘弁してくださいって。それと十真さんに申し訳ございませんでしたって」

「飛鈴たちには7年前にはっきり言ってある。こんな俺を想ってくれるのはありがたいが、想いは返せん。が、後でお礼参りには行かせて貰う。お前を使ってこんなに傷つけたんだ。7年前の謝罪も含めて慰謝料ぶんどってやる!! 十真の奴は自業自得だ、謝る気はない」

「……私に謝罪は?」

「勝手に身体には触れてないから、セクハラじゃないだろ」

「お巡りさん。ここに開き直った痴漢がいます…!」

ぶわりと殺気が膨らむ。

「セクハラって認めたことは治療とか、神威の拳の修行であんな風に触る必要はないってことですよね?!」

「言っとくがおれは嘘は言ってない。ちゃんと効果もあったろ?主に俺の心の平穏の為だと思ってくれ、頼む」

「…私の心の平穏は? あんな風に触られたら意識しないわけないでしょう?!」

「意識してくれたのか?」

「何、なんでそんなに嬉しそうなの?」

くんっと切っ先が舞う。

風の刃が舞い初め、殺気が研ぎ澄まされていく。

「あのときの、ことだけ謝る。すまん」

「どのときですか?」

「俺が大学に受かって、鬼塚の家を出たときのこと。…家族だったら、兄だったら、妹を…お前を『女』として見られないし、お前に『男』として見られていない毎日が嫌だったんだよ」

驚いては刀の切っ先を下ろした。

困惑し、普段のの雰囲気に戻っていくのを慶一郎は感じた。

「…何言ってるんです? 南雲さん」

「あのときはそれにちゃんと気がつかなくて、動揺してお前に酷いこと言った。けど、兄貴が妹に男の愛情を向けることなんて、しちゃいけないだろう?」

「は?」

意味がわかってないに慶一郎は、苦笑した。

「南雲慶一郎は、鬼塚を愛してる」

次の瞬間、飛鈴の針がに飛んだ。

「飛鈴…?!」

振り返ると息も絶え絶えの十真を支えながら、飛鈴が悔しそうに、だがそれでも武術を習得した人間の顔で口を開く。

「あの人の足を見なさい! 爪だけじゃないわ! 限界を超えてる動きに肉体の方がついていってないのよ!」

慶一郎に愛されてる女の出現に嫉妬しなかったとは言わないが、それでもを思っての行動だと飛鈴は主張した。

「判ってるから、邪魔しないでくれ!」

「人に動揺させるためにその言葉使いますか、なかなか最低です。南雲さん」

だがその針はの小太刀が一閃して全てを叩き落していた。

(違う!)と言いたかったが、の表情を見てぐっとこらえた。

泣き笑いの顔に、慶一郎の方が切なくなる。

「うそつき」

小太刀がきらめき、再び構えられた。

「美咲姉さんを愛してるくせに、その口で私に愛を告げないでよ」

…っ」

「それとも身代わり? 姉さんがいなくなったから、私なの?」

「!」

「誰かの代用品なんていや。私は私だけを見て、愛してくれる人がいい。その人を愛したいから」

だから、との身体がまた一瞬ぶれた。

「うそつきは、お仕置きしなくちゃ」

(それがキーワードか!)

特定のコマンドによって自身に再度催眠をかけるようにしておいたのだろう。

疾風と化したの姿が視界から消える。

慶一郎は覚悟を決めた。

刃はそのまま慶一郎の肩に吸い込まれ…彼は肩で刃を受け止めての身体を止めた。

刃は革ジャンを切り裂いたが、その下の筋肉までは到達できなかった。

「っ!」

「代用品じゃない。美咲さんのことは確かに愛してる。けど、それは俺にとっての姉であり、母親であろうとしてくれた人だからだ。女としてじゃない」

「はな、してっ」

(放せるか…!)

ぎりっと力を入れるにかまわず、慶一郎は小太刀の刃を持つの手を掴んだ。

「愛してる。兄としてじゃなく、男としてお前に愛されたいとずっと願ってる」

「っ」

の顔に朱が走った。

「またそんな、でたらめ!」

小太刀を取り上げられ、は慶一郎に手をつかまれたまま彼を見上げた。

「どう言葉を重ねたら信じてくれる? 愛なんて、恋なんて誰にも言ったことがないから判らないんだよ」

心底困ったという顔をした慶一郎の様子に戸惑いながらも、は逃れるために両手に自分の神気を集め始めた。

「家を出て大阪にいたあの頃、お前との繋がりだけは切りたくなくて、誕生日に柄にもなく物を贈った。女に贈るようなのって判らなかったけど、それが大事にあの部屋に飾ってあるの見て、俺がどれだけ嬉しかったか知らないだろう? それなのに、お前から贈られたもの、全部壊して、無くしてて、すまん」

だが、慶一郎はそれを自身のものでなんとか押しつぶしていく。

「お前が他の男のところに行かなくて、ほっとしたんだ。泣いてるお前見て、慰めることが出来て嬉しいとまで思った」

「あ…」

「お前が欲しくてしょうがない。誰にも渡したくない」

(限界が来たのか…)

慶一郎はの身体から力が抜けていくの抱きとめる。

「ずっと、ずっと…昔、鬼塚の家にいた、あの頃からお前が欲しかったんだよ。俺」

かくんとは慶一郎の腕の中で意識を失った。

「あの時は、泣かしてごめんな…」

抱きかかえたの掌も赤く、もしかしたら皮膚が裂けているかもしれない。

そのことに顔をしかめながら、慶一郎はを抱え上げる。

本人が起きていたら「お姫抱っこは止めてくださいとあれほど…!!」と怒る抱き上げ方だ。

「慶一郎さん」

「美雪ちゃん、の治療もあるから、帰ろうか」

自分の叔母に愛の告白をした男に、無表情のまま美雪は頷いた。

慶一郎はを抱き上げ、美雪を背負った。

を取り返せれば、今のところ、俺は文句はない。もう話す事はないだろう?」

慶一郎はそう言いながら、飛鈴と十真に背を向けた。

「そうね…」

そんな声が聞こえた気がして、振り返るともうすでにそこには二人の姿はなかった。

慶一郎は両手にを抱き、首根っこに美雪を抱きしめさせると難なくと背負う。

一応、転がっている静馬に声をかけてから、三人は帰路についた。

だが、これで終わったと思っていたのは慶一郎だけだった。

ことの展開は彼の予想の斜め上を突っ走ることになるとはまさか慶一郎も思っていなかったのだ。

その原因は。

と戦った、だと?」

慶一郎の言葉に鉄斎は目をむき、そして美雪に手当てを受けている自分の娘の姿をまじまじと見つめた。

「先生?」

「これにはわしは剣を教えとらん。それにな、これは格闘にはまったく向いておらんのだぞ。精神的にも運動神経的にも」

剣鬼・鬼塚鉄斎その人の独断と偏見である。

その鉄斎は涼子を救った後も襲い掛かる数人の、しつこい連中を椅子代わりに座り積み重ねて休んでいた。

武士の情けで数人は逃がしたが、その中でも鉄斎的にしつけのなかった連中を叩きのめしたところに慶一郎達が帰ってきたのだ。
無言で鉄斎は慶一郎を促すと、積み重ねた暗殺者たちの前に戻る。

「…彼奴らの使う術、由々しきことだな」

そう言うと鉄斎はいまだ意識が回復してないその連中に水をかけ、無理やりたたき起こした。

「先生?」

にかけられた暗示は御剣たちのそれとはまた違うようだの。気を失ったからといって完璧にそれが解けるものと解釈しても良いのか?」

慶一郎は答えられない。

静馬と涼子の二人はあの性格と「戦いたい」という欲求を満たすための催眠暗示と肉体のリミッターはずしだけですんだが、の場合は戦闘技術さえも刷り込んでいる。

同じだとはいえない。

「ならばこやつらに問いただし、確認せねばなるまい」

「先生…」

「なんの力もなかった小娘に数時間で戦闘技術の伝授など、我ら武術家の脅威ではないか

が心配とかじゃないのか!!

「その仕組みをとかんとな」

美雪にの世話を頼んだ慶一郎をつれて、鉄斎は叩き起こしたばかりの暗殺者たちにその殺気を向けた。

「貴様らに尋ねたいことがある。正直に答えよ。日本語が無理なら、広東語でかまわん。こやつに話せ」

あぁ、と鉄斎は続けた。

「知らない場合は、知っている人間に渡りをつけてもらおう。今すぐに」

できんとはいわさん、という鉄斎の言葉に暗殺者達は恐怖した。




次の日――


「…というわけなんです、藤堂校長」

「ふむ。ことの次第は了解した。草gくんと御剣くんは学校で治療中だ。二人のことは任せたまえ。事の真相は新聞部に手配して学校に回しておく。で? さんの容態はどうなんだね」

「烈家の専門家の話で暗示に関しては、もう問題はありません。こちらの秘術の香と併用しての回復術で暗示は解けているそうです。…本人は夢見心地の状態なので、きちんと目を覚ましてるわけではありませんが」

「怪我の具合は?」

「そちらも気孔治療と平行して行ってます。足のほうは時間がかかるらしくて、歩くのに支障が出るようですが、他は筋肉痛だけですみそうですよ」

「よく烈一族が治療をしてくれたね」

「損害賠償にしちゃあ、安すぎます。もっとも、高い代償は支払ってもらっている最中ですが」

「そうか…それは良かった。で? 君はいつぐらいに学校に復帰できそうかね?」

「…烈一族が完璧に、完全に、先生に屈服してからになりそうですが構いませんか?」

「…」

「…」

「案外早く済みそうですよ?」

「君ら、今現在どこにいるんだね?」

「…日本ではないです」

国際電話で慶一郎が事の真相の大半…流石に自身の愛の告白など語れない…を藤堂に連絡している今まさにそのとき、同じ敷地内の違う場所で鉄斎の刀が一人のカンフー使いの右腕を切り落とした。

「次」

侍は無情にも言い捨て、更なる被害者が続出する。




この日――烈一族は一族存亡に関わるダメージを追い、この後南雲健一郎に関しての強制結婚の話は一切無効となった。


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書いてて前半は痴話げんかになっちゃった気がします。すまん(土下座)

鬼塚鉄斎は南雲さん(基本)よりも強い、これがうちの基本。(アートマンになったら別ですが)
というか三老人はその道では他の追従を許さんという設定です。むしろ、人外。しかも長命。老いてますます盛ん。
最後のは違う?

原作でも南雲さんは人間兵器である三老人と戦うのを極力避けています。
何かで読んだけど、確か彼らと戦闘状態に突入したら迷わず「逃げる」って言ってた気がします。作者様が。

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