6月15日
(2)
南雲さんよりも先に帰ってきた美雪ちゃんを軽く叱って…だって心配したから…それから南雲さんの携帯電話にかけたが、あいにくと留守番電話に切り替わってしまったのでそれにメッセージを入れた。
私の中にあるの知識の中にある情報を穿り返して、頭痛と一緒に思い出したことがある。
美雪ちゃんの居場所を教えてもらうことを条件に<星詠み>…私にも電話をしてきた彼――澁澤右京さんによって、彼に好き勝手動かされている、そのはずだ。
そんな疲れきった彼に家事をさせるのは酷だと思う。
そうして、もしかしたらこの私も彼に人生をくるわ…いや、違う。何かしらの彼の力によって動かされていた、あるいはこれから動かされるのかもしれない。
「星は何でも知っている」という、彼のことを、であった頃の私はキャラクターとして好きではなかった。
それを思い出して、私は顔をしかめた。
もっと早く思い出せばよかった。
神矢くん経由で誕生日プレゼントとして彼から渡された本によって、美雪ちゃんはソルバニアの『魔法使い』になってしまう、その運命を彼は「喜劇とは言わんが悲劇だと決め付けるのは早い」だと言ったのだ。
自分という存在を無くすための、最終手段が取れる力を、その『本』を与えた存在。
それはその『本』が彼女の手にあることによって、一番安全だからという理由…だった気がする。
あいにくとその結果を知る前には亡くなってしまったわけだけど、結果的にハッピーエンドだとしてもその工程が悲劇なら、というよりも美雪ちゃんがそんな想いを浮かべてしまうことが嫌だ。
運命として一つの未来を予知してくれたのならば、そうならないように手を差し伸べてくれたっていいだろう。
電話を取ったそのときは、まだそこまで思い出していなかった。
ただ鬼塚として、その声に聞き覚えがあるようでないようで、すごくはっきりしない気持ちになって…思い出そうとするとものすごい頭痛に見舞われた。
あの、事故当時を思い出そうとするのと同じ痛みだ。
痛みに耐えながらも何とか澁澤さんの応対をし終えた私は、メモを取れといわれたその場所と買うように指示されたそれを書いた紙をポケットにしまう。
もう美雪ちゃんの手には神矢くんから『本』が渡されている。
自分自身に絶望しきった、という条件を満たして成れる「魔法使い」。
が覚えているあの世界の美雪ちゃんは、南雲慶一郎を遠ざけて遠回りの自殺行為を行って、それでも助かった自分という存在を本気で世界から抹消するために動いた。
でもこの世界には私が、鬼塚がいる。
それに今の私が生きる、この世界の細部はが覚えている情報と違うから、だから大丈夫だろうか。
いや、彼女にそんな悲しい選択をさせたくないから、私も頑張ればいい。
そんなことを考えて、頭痛の痛みを和らげていった。
それからふらふらしながらもなんとかご飯を作った。
…作ってる最中に傷みが消えて、本当に良かった。
さっぱり系で少し多めにそれを作り終えたそのときに、南雲さんは帰って来る。
「お疲れ様です。御帰りなさい」
「ただいま…」
「慶一郎さん…」
「美雪ちゃん…」
「心配かけてごめんなさい…」
「いや、美雪ちゃんが無事なら、それでいいんだよ」
居間で南雲さんと美雪ちゃんを二人っきりにして、今日の反省会をさせながら私とお父さんで食事を運ぶ。
にゃんこ達はさっきまでは私の傍をまとわりついていたけれど、やっぱり飼い主がいいんだろう。
今は美雪ちゃんの傍に三匹とも寄り添っている。
切れ切れに聞こえるのは、美雪ちゃんの反省と、そして今日あった事。
南雲さんは相槌うったり、聞き返したり、あるいは何か教えたりしてる。
「はい、ご飯できてますよ」
「すまんな」
「いいえ、どういたしまして。美雪ちゃん、にゃんこ達のご飯出してあげて」
「はい」
うにゃーん、という声を聞きながら美雪ちゃんが立ち上がって用意している間に、お父さんが全員分の配膳をしてしまった。
しばらくしてから私達人間とにゃんこ達の「いただきます」が居間に響いて、少し遅めの晩御飯を皆で食べた。
久々な家族の団欒に、心底ほっとする。
食事の最中は、美雪ちゃんから珍しく私に「沙羅ちゃん、覚えてますか?」と話題を振ってくれたので、その子の話題で盛り上がった。
ほんの少しだけの頭痛と一緒に鬼塚の記憶と、の中にある情報が一緒くたになって頭の中に浮かび上がる。
金髪碧眼の、おでこがチャームポイントの女の子。
かつての彼女は舌足らずの声で「おねーちゃん」と呼んでくれたっけ。
その記憶の方を言うと美雪ちゃんは小さな笑みを向けてくれる。
南雲さんも淡く微笑んだ。
今日は凄く疲れたと思うから、ゆっくり休んで欲しいなぁ。
実際、こうして見ると覇気が無いように思えるし。
食事が終わると、南雲さんは疲れた身体をそれでも引きずって日課の運動をしにいった。
美雪ちゃんと一緒に縫っていた浴衣は無事に美雪ちゃん分が完成した。
私の分もあと少しで縫い終わるので、それが終わったらお父さんと南雲さんの分を縫おうね、とお約束する。
ただ南雲さん、身体が大きいから縫い上げるの大変そうだけど。
「お風呂上がったよー」という南雲さんの声に返事をして、二人で入る。
無事に、というか南雲さんが私の身体にマーキングした痕はお昼のシャワーの時にだいぶとれていたので良かった…。
南雲さんの愛し方はの情報の中にあったものよりも、優しくて、それと同時にやっぱり激しかった、と思う。
うぅ、本当は飛鈴さんの旦那様になるはずだった人が、私の旦那様だよ。
嬉しい、と思う反面それで南雲さんは幸せになれるのかな? 本当にいいの? と思う私が確かに存在する。
自信ないんだよなぁ…。
あれだけはっきりと言われたのに。
私は南雲慶一郎のもので、そして彼は私のものだとあんなに言われたのに。
お風呂から上がると、寝巻き代わりの浴衣を着る。
香港に着て行ってしまったものとは違うもの。
美雪ちゃんと「おやすみなさい」と言い合って、そうして二階の自分の部屋にゆっくりとした足取りで階段を上った。
足の痛みはないけど。
あぁ、南雲さんにおやすみなさいって言いたかったかなぁ。
今日は流石に疲れてるだろうからマッサージも何もしないほうがいいよね?
なんて思いながら自分の部屋に戻って、お布団しこうと思ったら。
「あれ?」
お布団がない。
え、なんで?
お昼に片付けたのに…!
とんとん、というノックの音に「はい」と答えると、前髪を下ろした南雲さんが部屋を覗き込んだ。
「、お前が寝るのは今晩からこっちだ」
はい?
私は手を引かれて南雲さんの部屋に入ると、そこには私の部屋から無くなった布団が南雲さんのそれの隣にもう敷いてあって。
「」
私は彼に抱きしめられてた。
「…慶一郎さん?」
「」
いつもの余裕のある南雲さんじゃなくて、なんだかいらいらしてるような、そんな感じを受ける。
晩御飯のときからもしかしたら、疲れてるな、とは思ったけれど。
疲れているんじゃなくて、いらいらしてたんだろうか。
「慶一郎?」
そんな彼を慰めたかった。
だからだろうか。
すんなり名前が口に出た。
「」
びっくりしたのか南雲さんが少し私を抱きしめる力を緩めてくれて、顔を見せてくれる。
「どうしたの? 何かに怒ってるの? …慶一郎さん」
手を伸ばして、頬を撫でるとその手を取って、南雲さんは言った。
「…あぁ、ちょっといらついてる。奥さんは旦那と一緒に寝る気ゼロなんで」
俺たち、結婚してるのに。
夫婦なら寝室は一緒だろうに。
なんて小さく呟きながら、私は抱きしめられる。
「…すみません。反省します」
素直に謝ると南雲さんが私を抱きしめたまま笑った。
「まだ最後まで抱けないのは判ってるが、旦那は嫁を抱きしめて寝たいんだよ」
暗闇は人間を大胆にさせるって思う。
電気を消されてお互いの布団の中で、私の浴衣をだいぶ乱した南雲さんの攻撃を緩めるために、軽めのキスを私のほうからしていた。
この間の…その初夜というかあれは全部、明るい場所だったし翻弄されるばっかりでした。
今、思い出しても照れるやら恥かしいやら。
けど、今は暗いのでどこかで安心してこっちからできる。
おかしいかな、私は。
「…一回、こういうことしたけど、覚えてないでしょ」
「…覚えてたけど確認しようとしたらお前が逃げた」
なんとなく小声で、ひそひそと話す私たち。
それがおかしくて、少し笑ってからまた額に、瞼に唇を寄せる。
マッサージも一応受けたけど、今日は疲れてるから短めに、と私が言うと南雲さんは素直に頷いてくれた。
「あ、終わったな」と思ったとき、電気消して、お布団の中に入ったら、まぁ…その…抱きかかえられて今に至る。
「こういうの、駄目?」と聞いたら「どんどんしてくれ」なんて催促が来た。
「気持ちいい?」
「あぁ」
返事なのかわからない彼の声。
「慶一郎さんの身長高いから、こんなキスこういうときでしかできないね」
私の言葉に満足そうな息を吐き出して、胸に顔を埋めてくる。
つけていたブラは速攻はずされてる。
「邪魔」
一言で私の抗議は封じ込められましたよ…!
後ろに回された大きな手が、ブラのホック外すと、噛み付くようなキスされながら襟の中に手をさしこまれて奪われたそれは、たぶんその辺りに転がってます…。
あと、寝るときはこっちの部屋でお布団もこっちに置いとけって命令されました。
顔に出来なくなったので頭のてっぺんにキスをしてから、やっぱり小声で聞く。
「今日は、もしかしてずっと怒ってたんですか?」
何気に命令口調が多い南雲さんにそう聞いてみた。
「違う…不満というか…いらついてたんだ」
南雲さんが呻く。
「お前に触れられなかった。美雪ちゃんを探すのに妙な男に何度も違う情報をつかまされた。今日は、お前の指輪、買うつもりだったのに店にも行けれなかった」
そんな南雲さんの頭にキスして、顔を抱きかかえると南雲さんの体から少し力が抜けたのが判った。
「指輪…?」
「俺達の結婚指輪」
「どんなデザインの?」
「…内緒」
そういいながら手が動き始める。
…指輪とかファッションとか、興味なさそうな人が選んだのって逆にどんなのか気になる…ってお尻を触るなっ。
フォーチュンテラー
「あ、…妙な人って… <星詠み> って言う人?」
「…名前は名乗らなかったな。…知ってるのか?」
「慶一郎さんが…美雪ちゃん探しに行った後に…うちに電話してきた…人。……私たちのこと、その人に言いました?」
本名を私は知ってるけれど、電話では彼は名乗らなかったので言えない。
お互いの体温のせいかわからないけれど、眠気に誘われてゆったりとした感覚の中にいる私たちは小声でまだ会話をしてた。
もうすぐ夏だから、夏場になったらこんなにくっついて寝られやしないはず。
そう考えたら、今のうちだけなのかな? こんなにいちゃいちゃできるのは。
「いいや…何か言われたか?」
電話での会話を思い出す。
「私のこと南雲って呼んだほうがいいのかって」
苗字が変っていることを知った口ぶりだった。
それもまた、星が彼に教えたのかどうかは知らないけれど。
「それに私に借りがあるからって。事故前に知り合った人なのかも。思い出そうとすると、ものすごく頭が痛くなるから確証はないけど…」
そう。
確かに彼はこう言った。
『あんたには三年っていう借りがあるんだ。それを返さないと流石にあんたに悪い。あぁ、なんのことか判らないのならそのままでいな。
痛みとともに思い出されても、こっちが困る。
いいか、今から言う場所に行って、あんたはただいつものように買い物してくれりゃ、それでいいんだ』と。
「無理に思い出すな。…今度俺に話が来たときに聞いておく」
南雲さんはそう言うと顔上げて、腕枕してくれる。
「腕、しびれない…?」
「平気だ」
そう言いながら私を抱えると、また満足そうに息を吐き出して、薄目を開けて私を見て口許に笑みを浮かべた。
「も、いらついてない?」
「お前がいてくれるから」
照れくさくなって、瞼を閉じると、そのままキスされた。
柔らかいそれが、とっても気持ちいいなぁ、なんて思う。
「おやすみなさい…」
「おやすみ」
どちらが先とも言えないけれど、ふわふわした空気の中で私達は眠った。
…プロポーズばっかりされるより、ちゃんとこっちからも意思表示を口に出さないと、駄目だよね? なんて私は思いながら。
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