6月20日(それから21日)
(2)





慶一郎はしばらく彼女を抱きこんでその身体と神気を堪能して、疲れを癒すことに専念すると、ふと顔を上げてテーブルの上に重ねられたそれを見た。

結婚報告の葉書は、指輪と同じようにシンプルなものだった。

可愛らしい風景のイラストに、慶一郎との名前を書いて『結婚しました』というメッセージを添えるだけ。

(結婚したのいきなり、だもんねぇ)

葉書を作りながらは小さく笑ったものだ。

現在、鬼塚として思い出す限りの知人や友人、そして恩人達の分を書き足し、結構な枚数になったそれ。

名前と顔を思い出しながらの作業なので少し時間がかかるのだがはかなり楽しくそれを続け、後は投函するだけだと彼の膝の上で報告すると慶一郎は小さく頷いて了承した。

本当に親しい友人・知人、近所の人間はもとより、世話になった恩人達にも送りたいのだが、アドレス帳は手元にあっても、「これはいついつの知り合い」という細かなものまで載っていない上に、あの事故の衝撃でやぶれていたり、汚れている箇所もある。

事故当時、持ち歩いていたのが災いしたようだ。

とりあえず、わかる人間分と慶一郎の学校で世話になっている校長や同僚分を作ってはあるが。

「思い出していなくて、申し訳ない方もいらっしゃるんですがね…」

和食を教えてくれた知己であるはずの人物の住所は、やぶれてしまっていて判別がつかず、知っているだろうと思っていた某宅配業者の従業員もわからないらしい。

他人伝手で知り合った人間なので、仲介してくれた人間を思い出さないとならないが…。

「思い出したらその都度送ればいいさ」

膝の上でその人に申し訳ないとうなだれたを、慶一郎はそう言って慰めた。

また、ちゃんとこちらであげる式に関しても二人は考えてはいた。

ただ美雪の不登校の問題等や、慶一郎の仕事の進行状況があまり芳しくないのに藤堂校長にまた重ねて迷惑をかけるのは駄目だろう、ということもある。

7月は美咲とその夫である克弥の命日があるので祝い事は避けたいし、8月は盆や生活指導で忙しいだろう。

9月に入ればなんとか落ち着くかもしれないので、その辺りで、など夫婦で話し合いは続けているのだ。

にしてみればとしての記憶の中にある情報を必死に思い出して、予測を立てていた。

かなりのイベント盛りでしかも瀕死の重傷を負って脱皮までしたあの『南雲慶一郎』と、今自分の夫になった慶一郎が必ずしも同じ道を歩むとは限らないが。

「パーティ形式でもいいと思うけど?」

「それじゃ納得しない人が…」

慶一郎の脳裏にの父親が刀を抜いている姿が容易に思い浮かんだ。

それだけ『烈一族襲撃事件』の後半、『鬼塚鉄斎の逆襲』は地獄絵図だった。

正直あの刀の切っ先が自分に向けられるとなると、背筋に冷たいものが流れてしまう。

…いまはまだ見ぬ孫の父親なので命の保障はしてくれるだろうが、五体満足とはいかないかもしれない。

「お父さんは別に構わないと思いますけどね」

「そうかぁ?」

疑わしそうな慶一郎の言葉には小さく笑った。

その声に機嫌をよくし、そーっと大きな手がの胸元に伸びたが、その手の甲をはつまむ。

「慶一郎さん?」

慶一郎はその声に拗ねたように首筋に吸い付くことで我慢した。

「ぁ」

小さな喘ぎにも似たその声に慶一郎は機嫌よさげに一度ぎゅうっと抱きしめてから、彼女を解放した。

続きは月のものが終わった、数日後の彼女にたっぷりと閨で「する」ことを誓いながら。



次の日。

校長と交渉の結果、一週間という期限付きだが四葉中に研修に行くことを許された慶一郎は、多少げんなりとした顔つきで仕事を持って帰った。

一週間という期間内に生徒達にさせるプリントの資料と今後の対策も考えなくてはならない。

少なくともその一週間が始まるこの三日以内には。

さらに言えば「人畜無害の普通の模範的な教師らしく振舞え」と厳命されたので、それっぽく演出もしなくてはいけないので買い物もしなければならないのだ。

。スーツ買いに行って来る」

「スーツ…?」とは動きを止めてしまった。

「え、ちょっと待って。慶一郎さん普通に行って自分のサイズがあると思ってますか?

ないのか?!

「専門店に行かないと在庫、おいてないかもしれませんよ?」

2mの巨体に胸板も厚い彼にあうサイズを常備しているところは少ないのではと、は口に出さずに内心で吐露する。

だいたい店にあるのはよく売れるだろうサイズだ。

「手間になったら困るので、電話して在庫を聞いて見ましょう。それから回っても遅くなさそうですし」

は手早く電話帳を取り出してスーツの専門店や店などに電話をかけると、在庫の有無を確認し、今現在、在庫を持っている店とスーツの金額もメモする。

案の定、専門店にしかなくてしかもその数は少ない。

「かなりいい金額しますけど、いいの買ったほうがあとあとも使えますからね」

いい金額、といっても彼にとってはそんなに痛い出費ではないことに、内心苦笑しながら近場で大きなサイズがある店の名前もメモに書いた。

スーツをとりあえず季節に合わせた色合いも考えて二着と、ワイシャツの類、それからネクタイも二・三本と、革靴もいる。

それらの大きいサイズが買える店も一応探して、メモしておく。

慶一郎の収入をは多少は把握している。

高校の一教師としては多めに給料を貰っている上に、日本の銀行にはないがいくつかの国の銀行に口座を持っていた。

と結婚した直後に慶一郎がしたことは何百万ドルという、今まで見向きもしなかった一部の口座を手数料をそこから引くという形で日本の自分が使える銀行に振替え、またその銀行からが持っている口座に振り替えたことだった。

「お前を働きに出させる気、ないからな」と慶一郎はほぼ専業主婦でいろとに宣言し、そのことで初めての(軽い)夫婦喧嘩をしたのは日本に帰国してすぐのこと。

「金なら、どうとでもなる」

「なりません。身体が治ったら働きます」

「じゃあ、賭けよう。
俺がお前が一年働いても得られない金額を近日中にこの銀行に入れたらお前は働かない。逆に入れられなかったらお前の身体が治り次第、働いても構わない」

「わっかりました!」

の知識上じゃあ、貯金してないから大丈夫のはず…!!)

はったりだと思ったの期待を裏切り、見事に慶一郎は金を納めてみせ、はその金額を通帳で確認した後に呆然と慶一郎を見つめたものだ。

その金の出所は勿論、アメリカやヨーロッパにいたときに某組織(いくつかあるが)に加わって戦った成功報酬だった。

慶一郎はそれに加え、スイスに新しく口座を開かれており、そこにマフィアからの刺客を倒した成功報酬がきちんと入金して勝手に残高を増やし続けているのだ。

南雲慶一郎という男は基本、貰える物はなんでも貰う男、そしてそれを使いたいときに使う男だった。

「私もお店に一緒に行きましょうか?」

「いや、それよりも飯の支度頼んでもいいかな? 時間かかりそうだ」

「はい」

慶一郎の言葉にが頷く。

「じゃあ、行って来る」

「はい。行ってらっしゃい」

そう彼女が言った瞬間、慶一郎は軽く合わせるだけのキスを素早くした。

「よし、とりあえずの充電完了。後は頼むな」

「…は、はい」

(え、今、私…)

キスされたのだとわかった瞬間、かああっと耳まで赤くなるの様子に慶一郎は小さく笑って家を出た。

夫婦となってからの慶一郎は自重しなくなった。

人の目が有る場合は流石に控えてはいるようだが、二人きりになれば自分を膝の上に乗せて抱き寄せ、隙あらば愛撫に似た動きをして触れてキスをする。

夜寝るときは必ず一緒だ。

(まだキス一つで恥かしがる私も、私だけど)

それ以上の行為をされたこともあるのに、まだ照れがはいる。

恥かしさも勿論有るのだが。

(…あの人に愛されてるのがわかって、嬉しいっていうのもあるんだ…っ!)

自分の気持ちをそう理解した途端、の顔はまた朱に染まった。

元々諦めていた恋の相手が伴侶になった。

しかも相手に望まれて今の立場になったことが、にとっては信じられない部分もまだあったが、それまで押さえつけていた愛情を彼女なりのペースで彼に向けているつもりはある。

それを慶一郎も嬉しく思ってくれているのかの判断は、彼女にはできないが。

少なくとも彼女の口から、きちんと素直な言葉を告げたあの夜の慶一郎は、本当に嬉しそうだった。

(…)

その夜のことをふいに思い出してしまい、は自分の顔が赤くなっているのに気がつかないまま、食事の支度を整えていた。

「みゃう?」

「みゃー」

「みゃ!」

三匹の黒猫たちに様子をずっと見守られながら。

数時間後、ようやく家路についた慶一郎は「人畜無害な高校教師」変身セット一式(スーツ二着にワイシャツ数枚、ネクタイと革靴。伊達眼鏡や髪を固めるムース等)を家で開けると、革靴を玄関において、それ以外の全てをの部屋に置く。

途中、ソルバニアにいつものように強制召喚されたり、あるいは見過ごせない連中がいたのでいつものようにお面をかぶって対応していたので帰宅時間が遅くなってしまったのだ。

スーツやらなにやらを買うときはのメモに書いて店に行くとすぐに店員が用意してくれたので、買う時間自体は短くてすんだのだが。

きちんと皺にならないようにハンガーに吊るしておくと、台所に行っての手伝いをする。

食卓に上ったのはが作った和食だ。

挽肉に明太子とマヨネーズをあわせて薄切りの大根を巻き、小口切りした青ねぎが散らされたそれに焼き魚、漬物と味噌汁に煮物とサラダが続いた。

食事時に慶一郎が美雪に対して「学校の研修として四葉中に行くよ」と伝えると、少し目を丸くしてから彼女は「そう」とだけ答えた。

昼はお重にしよう、とかそういう話題が続く。

美雪の弁当つくりはがしていたので、は脳内でレシピを展開した。

(お重だと煮物中心? お結びは凝りたいけど、女の子女の子したお弁当だと慶一郎さんが恥ずかしくないかな…)

が、しかし。

その努力が目の前に座っている自身の夫の熱烈な愛情のおかげで、お重つくりはおろか、朝食を作ることすら出来なくなるのだが…。

(どうせだったら季節のお野菜もの、入れたいでしょ? 冷凍食品はノーなんだから。うわわわ、結構早めに起きなきゃ…!)

当然のことながら今のが知るよしもない。








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原作では瀕死の重傷を負ったナグモンは、神威の拳の極意か『脱皮』して肉体機能を回復させてます。
ナニも一回り小さくなったんですかね。元がでかすぎたのならいい塩梅になるでしょうが。
あと、美咲さんに目が行くばっかりでお父さんの影薄くない? 原作。
あと小金もちってことで(笑)。原作じゃかつかつの生活だったはずなんだけどね、当初。
絶対貯金してなさそう。

え? 書いてる人は先生大好きですよ。
本 当 で す よ(真顔)。

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