この人が女性にもてるのは、ただ強いからって言うわけじゃない。
どうしようもなく、母性本能がうずくからだと思う。
強い女性ほど、彼のそんなところに惹かれるんじゃないだろうか。
弱い私でさえ、こう思ってしまうから。
――この人に全部上げたいって。
――身体を、居場所を、家を、感情を、恋も、愛も、全部。
6月28日
(1)
私は長くなった髪をそのまま後ろに流している。
本当は結い上げたり、あるいは短くしたいのも山々なんだけれど…首元を隠す手っ取り早い方法が髪を下ろすことだからだ。
いや、何がって…その。
首筋にある、キスマークを。
…。
知ってる消し方で消そうとするのだけれど、その、毎晩…つける人がいるのだ。
いい加減、髪が切れなくなるから首筋とかにつけるのは止めてくださいとあれほどお願いするしているのに…。
強く言い渡せない私も私だけど。
…最初は私も気がつかなかったのだけれど、近所の友人が私が作った結婚報告葉書を持ってやってきたときに…その、見られてにやにや笑われたりした。
「へぇ、ラブラブなんじゃーん。ってかやっぱり、恋人だったんじゃないのよ!!」
「あ、あのときは恋人じゃなかったんだよう!」
「え、何あれからスピード恋愛で結婚?! それこそ嘘でしょ」
(ど、どう言えばいいのーー?)
――強制結婚の延長上、告白されて、それを受け入れて結婚しました。
だって私は彼との恋愛を諦めてて、まさか好きだといわれるとは思ってなくて嬉しかったから――
と、言えるはずもなく、「えへへ」とごまかすと、祝福と同時にお叱りも受け、なおかつ主婦友にもなれたと喜んでくれたのは嬉しかった。
あと、私の元婚約者のさんにも私が結婚したことをちゃんと伝えると、約束してくれた。
流石に彼らに葉書を出すのは憚られた。
また、どうも彼の友人達が彼の様子をまた見かねて、この友達にまた連絡があったそうだ。
諦めてくれた、と思ったのだけれど…でも中途半端に彼を励ましたり、その気にさせてしまった人たちがいるらしく、私がいまだ彼を思っているのではないかと思い始めているようだ。
あちらの奥さんとはすでに別居状態…ってそうなって、私に連絡きても困るよ、うん。
「だから、の結婚はある意味、これまたいいタイミングだったわよ。もしフリーならまた連絡してきたって。絶対」
しつこく今の携帯電話の番号を聞いてきた彼の友人にはぴしゃりと言ってくれたとのことだ。
「彼に家の電話番号知られちゃってるしね」
住所だって知っているから、彼がその気になればいつでも来れるのだ。
もっとも、お父さんという障害があるけど…。
「もう私の心の容量は旦那様と家族と身内でめーいっぱいで、他の人が入る余裕なんてないんで…」
本当、もうなんというか『過去の人』『思い出の中の人』的になっている自分の感情に苦笑しながらそう言ってしまうと、友達は笑った。
「…うわ、新婚の惚気来た?」
「…ち、違います」
「いいわー。聞きたいわー、あんたの惚気。私も旦那の惚気言ったげる」
くつくつと友達は笑って、それからその日は小一時間他愛もないお話をして帰っていったっけ。
そのあんまり恥ずかしい友人の話の出だしに、その夜、初めて慶一郎さんに「お願い」をしたのだけれど聞いてはもらえていなかった。
…もう諦めて、ファンデーションで隠して髪を切りにいくようにしようかとか思っている。うん…。
あと、私の女特有の月の痛みは、慶一郎さんが四葉中に研修に行く前日に終わった。
お重を作らないといけないし、朝食の準備もあるから私のことはその…抱かないだろう、なんて思ったのだ。
甘かった。
本当、見通し甘かった。
…私はその次の日、お弁当も朝食も作れなくなってしまったのだ。
その夜の秘め事はこちら
次の日どころじゃなくて、それ以来、ずっとなんですが…その…理由は、察していただければ幸いです…本当。
よく漫画や小説なんかで、H後にお肌つやつやで機嫌がいいのは奥さんで、ぐったりしてそれでも満足してるのが旦那さんだよね?
うちでは、ちょっと違う。
次の日、ものすごく調子よくて元気なのは慶一郎さんの方だ。
なんでそんなに元気なの? みたいな。
私もお肌はつやつや…?かもしれないけれど、いつもの朝食時間に起きれなくて…起きなきゃいけないのは判ってるんだけど、どうしても起きれない。
激しすぎて立てないとか、そういうのじゃないと思うけど…うん。いや、じんわりとだけど腹部と腰が痛いのは確か…いやいや…うん。
なので朝食もお弁当も全部慶一郎さん作です。
お弁当のほうはもう慶一郎さんもお重に詰め込むのが面倒くさくて、家庭科教室を借りて材料持込で作って食べてるんだとか。
前日、私が冷やしておいたり作っておいたデザートは持っていってもらってるけど、それしか役に立ってません…私。
うとうとしてて、まともにスーツ姿の彼を見送ってないしね…本当、私どんだけ起きるの遅いんだって話です。
いや、見てるはずなんだけど、寝ぼけてるから覚えてない。
不思議にお父さんはそんな私にはお怒りではないようで…なんか慶一郎さんが言ってるらしいんだけど、その何かを教えていただいてません。
あと、信じられないことにうとうとして、まともにスーツ姿の彼を見送ってません。…いまだに。
帰って来たときも「ただいまー」の声に「お帰りなさーい」と返事するんだけど、その姿をまともに見たこと無いのだ。
普通にタイミングがずれてて、後ろ姿だけとかそういうので、さくっと着替えちゃうし。
…そう言っているうちに明日しかないしね……ってあれ? 最終日ってスーツだっけ?!
い、いやいや高校での三者面談のときとか、あるいは高校の授業に復帰の初日におそらく着ることになるだろうから、それを見ればいいよね。
すでに手馴れた家事に専念して、家中の掃除を済ませ、私が洗濯物を取り込んで畳んでいたその時刻に慶一郎さんが帰ってきた。
「ただいまー」
「お帰りなさーい」
そうだ! 今見ればいいんだ!
そう思って声がしたほうに顔を向けたら、すでにいなかった。
「え?」
ばたん、と二階で音がする。
…。
え。
何? 何をそんなに急いでるんだろう?
慌てて私はとしての記憶をまたほじくり返したけど、そうそう全てを記憶しているわけじゃなくて、覚えているのは がよく読み返した話と最新刊。
南雲慶一郎が中学に行く、という話は覚えてるし、出だしまではOKだけどそのあとがどんな流れなのかっていうのまでは覚えてない。
覚えているのは、そう、確か暴れるんだよね…? 最終日に慶一郎さん。
そこまで思い出していると、いつもの格好で降りてきた慶一郎さんは「美雪ちゃん、探しに行ってくるから、飯を作っといてくれるか?」と言ってきたので頷く。
「えぇ、それは構いませんけど」
まぁ、何かあっても美雪ちゃんのことは慶一郎さんに全てお任せしているし、それで大丈夫だと…うん、思う。
「もし遅くなるようなら連絡入れるから先に食べておいてくれ」
「はい」
慶一郎さんは廊下でどこかに電話をかける。
「えぇい、なぜ繋がらん!」
…え?
慶一郎さんはぶつぶつ言ってから、違う電話番号にかけ始めた。
今度は神矢君だ。
神矢くん相手に会話をして、それから話の途中で切れたらしい。
「、じゃあ俺池袋に行って来るから」
「はい、行ってらっしゃい。気をつけてくださいね」
そう言ったら彼は腕時計を確認しながら、私を片手で抱きしめる。
「えぁ、ちょっ」
「充電、充電」
「っ」
後で聞いた話。
この時慶一郎さんが電話をかけていたのは自分の携帯電話。
美雪ちゃんに持たせていたらしいけれど、自分のミスで充電切れを起こして連絡が取れなかったのだそうだ。
私の充電、するのは本当恥かしいやら嬉しいんですが携帯電話の充電もこまめにしてください。
…なんてこの時、言えるはずもなくて、私は彼から軽めのキスを受けてその背中を見送った。
「みゃーう?」
「すみません、いまだに慣れませんで」
「「「みゃ!」」」
まるで「どんまい!」と言ってくれてる様な、そんな三匹のにゃんこ達の声を聞きながら、顔を赤くしつつ私は晩御飯の仕込みに入った。
唇を真っ赤にはらした慶一郎さんと、そしてそんな彼に連れられて帰ってきた美雪ちゃんが戻ってきたのはいつもよりも少し遅めの時間帯だった。
「お帰りなさい」
「ただいま帰りました。叔母様」
美雪ちゃんを抱きとめると慶一郎さんを見上げる。
「何か辛い物でも食べたんですか?」
私の言葉に私の胸に顔を埋めた美雪ちゃんは、小さく笑った。
「…秘密」
慶一郎さんのその言葉に、さらに美雪ちゃんはくつくつ私の胸で笑った。
「辛いというより、まだ熱い…」
彼の言葉に笑いをこらえているような美雪ちゃんを見て、私も小さく笑った。
本当、お疲れ様でした。
何があったのかの記憶を穿り返そうとしたけれど、やっぱり思い出せない。
でも池袋っていうと、確かバイパーズのことで有名だったはずなので、きっと草gくん関係だろう。
先生も大変だ。
「書斎におる」とお父さんを見送った後のこと。
「熱いのお裾分け」
台所で洗い物をしてるときに、少し笑ったのが気に障ったのか慶一郎さんはそう言うと、がしっと顔を上げさせられて唇を合わせてきた…!
「〜〜〜〜っ」
舌が絡んできて、最後にぺろんと唇を舐められて、私は顔を真っ赤にして口を抑えた。
「美雪ちゃんに見られたらどうするんですか…っ!」とか言いたかったけれど、恥ずかしさと熱さですぐに文句が言えなかった。
「熱いだろう」
熱い。
美雪ちゃんはちょうど見てなかったらしくて「慶一郎さん、叔母様。今日は宿題が出てるので部屋で勉強します」なんていわれて。
「はい」なんて慶一郎さんが答えて、私は慌てて頷いて返事をする。
慶一郎さんを見ると、小さく笑われたので見上げた。
なんか悔しいなぁ。
「池袋でちょっと神矢と御剣にしてやられてな。七味唐辛子一本分だ。まだ舌があれてる」
べーっと舌を出す慶一郎さん。
「……アイスか氷を食べて、冷やしてくれないと…と、当分の間キス禁止にします」
ようやく私がそういうと、慶一郎さんは「ふぅん」と言ってから少し考えて。
私『に』アイスを食べさせてキスして冷やすことを思いつき、それを実行しました。
ブラウザバックでお戻りください
とりあえず新婚ですから。
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