学校というのは一つの世界だ。

その世界の中で子供たちは大人と守られる制度に甘え、学んで知識を増やし、そうして自己を確立する。

自分の行動に自信と責任を持って生きている人間が出てくるのもこの年齢からだと、俺は思うのだがどうだろうか?

また、そうして行動しようとする子供の芽を摘むことが大人のすることだろうか?

否。

頭ごなしに押さえつけて、個性を潰してしまうそれ以前に。
                       
学 校
子供に対して悪影響を及ぼす存在はその世界から追放しなければならない。


俺が昔、そうしたように。



6月28日(あるいは6月26日から)

(2)


本人としては『人徳無害な普通の教師』…2mを超える大男で、濃紺じみたスーツを着込んでいるが『筋骨隆々』という言葉が自然に出てくるような姿。短い髪は櫛を入れて綺麗に七三に分け、フレームの太い黒縁の眼鏡をかけているがハイキックを食らってもびくともしそうにない太い首に支えられた男くさい顔には冗談のように不似合いなその姿…を装って、四葉中における美雪と彼女を取り巻く環境を見つめてきた慶一郎は、研修三日目にして彼女をとりまく人間関係を把握していた。

人間関係と言っても美雪は沙羅以外のクラスメートと談笑することはなかった。

美雪は学校にいるほとんどの時間を沙羅とすごしており、沙羅のほうもストリートバイパーズ…ストリートファイトを目的としたアマチュア武闘家の集団なのだが一括りに『不良』と同一視されてしまっているようだ…との交際が噂されているので二人そろって周囲から疎遠されているというのが現状だ。

美雪に対してはそうでもないが、そんな沙羅に対してわざわざつっかかる『田舎の代議士』もとい、一教師の存在と、その教師の言動を逆手に取り、自分の良く使う『腕力』ではなく言葉で封じ込めてしまう面白い男の存在を知った。

沙羅に対して完全な言いがかりをしてくるその教師を、大勢が聞いているということも計算に入れて完璧に吊るし上げた毒舌風紀委員・泉谷万騎。

その手腕に思わず慶一郎は内心で(見事だ…!)と舌を巻いたほどだ。

彼は理路整然と筋道を立てて話すことで、その教師に対して「こんな馬鹿とはまともに話をするのは無駄だ」ということを証明して見せたのだ。

ひどく頭の切れる、そして恐ろしく陰険な策士。敵を陥れるためならどんな労力も惜しまないタイプだと万騎を評価すると、慶一郎は彼に注目することにした。

万騎が敵か味方か、判断できなかったからだ。

――昼休み

「冷めないうちに食べなさい」と慶一郎が美雪と沙羅に言いながら中華なべを洗う。

重箱に詰めて持ってくるというのが面倒くさくなったので、家庭科教室のキッチンを借りているのだ。

本当はがきちんと弁当を作るつもりだったのだが、慶一郎のせいでこの三日間、早朝に起き上がれずにいる。

主に自分のせいなので慶一郎は学校側に交渉し、下拵えした材料と食器を持ち込んでの豪華な昼食を美雪たちととることにした。

弁当を作ることが出来ないが、前夜に仕込みやデザートを前もって作っているのはで、それで多少は彼女の罪悪感も薄れているだろう。

この研修が終わっても慶一郎は美雪と沙羅の昼食や、自分たちの朝食をに作らせるつもりはなかったが、それを欠片も口に出してはいない。理由はいちおうこちらに

沙羅と美雪が慶一郎との中華を堪能し始めたときに、明るい声と同時に教室に入ってきた生徒がいた。

「あぁ〜っ、なんかいい匂いがすると思ったら、案の定、中学まで来てご飯作ってる〜!!」

「…神矢…?! なんでお前がここにいる?」

美雪の家庭教師であり、自分の担任するクラスの生徒である神矢大作のその姿に感心しながら、無意識に慶一郎はのデザートをよそって大作に出してやっていた。

「いや〜、南雲先生がどうしてるか調べて来いと校長に頼まれましてね。ちょいとスパイ活動を」

高校の制服から四葉中の夏服に着替えただけだというのに、この童顔の美少年はそれだけで中学生に見えるのだ。

素直にそのことを口にすると、さらりとこの厚顔の美少年はこう返した。

「そういう先生こそなんですか? その違和感丸出しの格好は!? 『教師のコスプレ』ですか?」

「コスプレって…本物の場合はそうは言わんのじゃないのか?」

「似合ってない場合はあえてそう言うんですよ。…まったく、さんに言われませんでした?」

ふと慶一郎は言われて少し考える。

この三日、彼女は寝ぼけていてまともに今の自分の格好を見ていないが…。

「いや、特に」

「おかしいなぁ…。絶対突っ込みいれてもいいのに…! さんって突込みじゃなくてボケ側でしたっけ?」

を勝手に芸人にしないでくれるか、神矢」

二人のやり取りを聞いていた沙羅が驚いて声を上げた。

「ありゃ、どこかで見た顔と思ったら大作じゃん! お前、ここの生徒だったのかよ!?」

「…先生、なんでここに彼女が居るんです?」

「知り合いか?」と聞きながら慶一郎は沙羅が美雪の幼馴染だと伝えると、「何をごちゃごちゃ言ってんだよ」と沙羅は大作の襟首を掴んで引き寄せる。

「それよりさぁ大作。あたしのナギーがどこにいるか知ってんだろ? 紹介しろよ」

「ナギー……?」

慶一郎は直感的にその渾名で呼ばれる人物が誰か思い当たると、沙羅に昼休みは短いのでランチを先に済ませるように伝え、大作を窓際まで連れて行く。

「ナギーってのは草gのことだろ? 姫川さんとは池袋でよく会うのか?」

大作は苦笑しながら彼女が静馬の熱狂的なグルーピーであることを伝えた。

そんな彼女の担任が静馬の実姉であるのだが、沙羅がそのことに気がついているかどうか。

「ナギーはどうしてる?」

「なんていうか…のびのびとしていますよ。天敵がいないのがよほど嬉しいんでしょうね」

「もう一人居るはずだが」

「涼子さんのほうも呆れちゃって、あんまり相手したくなさそうなんですよね。最近じゃKファイトも挑戦者不足だし、概ね平和ですよ。でもちょっと退屈かな」

その言葉に慶一郎は「喝でも入れてやるか」と小さく呟く。

ふいに校長から「静馬を鍛えろ」と言われたことを思い出していた。

に<神威の拳>を教えるのは彼としては彼女の身体に触れられる上に、自分の気力と体力の回復つきというご褒美があるが、静馬の場合は勿論そんな褒美はない。

慶一郎の思考の中に「誰かに技術を教えてその成長を楽しむ」というものが今までの人生の中でなかったのだ。

鍛えろ、と言って彼にしたことと言えば単に勝負をして勝った、それだけ。

「ところで先生」

「なんだ」

「…その左手の薬指の物は、ひょっとしてひょっとしますか?」

慶一郎の左手には指輪が光っていた。

目敏い大作のことなので、おそらくはの左手のそこに嵌っているものを思い出したのだろう。

学校の大人には報告したが、生徒達には一切その手の話をしていなかった慶一郎は小さく頷く。

別段、隠しておくということもなかったのだ。

ただ、生徒たちにわざわざ言うことではないと思ったから。

「あぁ」

「…いつお式をされたんでしょうか? 日頃お世話をしている…もとい、されている生徒としては気にかかるところなんですが」

「こっちではまだ挙げてないから安心しろ。それと、お前達を式に呼ぶかは判らん」

「相手、…さん、ですよね?」

「…俺の相手は彼女しかおらんだろ?」

その言葉に大作は、はぁ、と大きく息を吐き出した。

「安心しました。まさか飛島先生だったらどうしようかと」

飛島鈴那の名前を出されて慶一郎は苦笑する。

「そうしたらどうした?」

「いえ、そのときは先生もさんのこと諦めたんだな思うだけなんですがね」

大作はデジカメを取り出した。

「おめでとうございます、先生」

「ありがとう」

カメラを構える。

「その姿、一枚撮らせて下さいよ。それで黙っていたことをチャラにしますから」

「きっと馬鹿受けです」と続けて大作は慶一郎の返事を待たずに、シャッターのボタンを押した。

「さ、デザート頂こうっと」

昼食を済ませた沙羅を軽くいなしながら杏仁豆腐に食いつく大作に、慶一郎は憮然としながら自分の分の昼食に手をつけることにした。
         
くだん
この後、大作が 件 の毒舌風紀委員に自分に対して予言することなど彼は知らない。

「…南雲先生が教師として戻ってきたと本当に思う? 僕はそうは思えないな。あの人は中身はきっと今でも番長なんだよ。今度の研修だってすご〜く個人的な目的できてるわけだし」

(本当、どうして止めないかなぁ、さん。まぁ、僕が面白いから別にいいんだけど)

「研修の目的…?」

「二年C組の鬼塚美雪って女の子知ってる? 南雲先生の目的は美雪ちゃんの不登校の原因を探り出して、物理的に排除することなんだ…まず間違いないよ。それが生徒にせよ、教師にせよ、研修が終わる頃にその人物は学校から消えることになるだろうね」

「消える? 物理的に!?」

結論からして言えば、この予言は的中し、南雲慶一郎が研修を終わらせるその日にバイオレンスの嵐が四葉中を吹き荒らすことになる。





次の日。

今朝も絶好調の体調と充実した気力の中、慶一郎は泉谷万騎の動向をそれとなく注目する。

ただ漫然とパトロールするわけではなく、注目すべき生徒がどの時間帯にどこに居るのかきちんと把握した上で、効率よく巡回していた。

そのほとんどは素行不良の問題児だが、なかには美雪のようにこの間の追試を切欠に登校している児童も含まれていて、そういった生徒達に必ずと言っていいほど声をかけていた。

沙羅や美雪を見守るために双眼鏡を使っていた際に「ストーカーのようですね」と淡々と自分の姿を見て、そういったかつての自分の担任教師から教えられた「乱暴さにおいては以前の貴方に及びませんが、性格のあくどさでは超える」と評価された児童は彼のことだろうと慶一郎はあたりをつけている。

所謂、不良という存在にも恐れることなく、それどころか軽い感じで彼らを挑発した上に彼らが苛めていた人間達からの慰謝料の請求までこなした。

ナイフを用いられたが切れある合気道のような体術で彼らを意図も簡単にいなした。

そのナイフを取り上げると「君が卒業するまでタグをつけて預かるよ」とまで彼は言ってのけたのだ。

最中に根性のひん曲がった教師…沙羅にやたらと突っかかる霧島という教師が登場して、その場に居合わせた沙羅と一悶着あったが、わめく教師の命令を断って背を向けた。

一部始終を見ていた慶一郎と目が合う。

「中学生にしては切れのいい技を使うな。度胸もたいしたものだ。合気道か?」

「そんなところです。いつからご覧になってましたか?」

「一部始終だ」

慶一郎の立っている場所は校舎からサークル棟の周辺が良く見える唯一の場所だった。ただし、窓が高い位置にあるため、身長が2m以上が必要になるが。

「ところでナイフで襲われたことを報告しなくていいのか? あの生徒はかなり逆恨みしていたようだが」

「自衛の手段はいくらでもありますし、それに……あんな男にわざわざ手柄を立てさせてやるほど、僕は迂闊ではありません

「ふむ…なるほど」

慶一郎は万騎の言わんとしているところを察して、にやりと笑った。

そのときに昼休み終了のチャイムが鳴る。

「授業がありますからこれで。あと…一つ質問をさせてください。手の中に握っている物は何ですか?」

慶一郎は握りこんだ右手の親指をはじいて見せた。

バン! 爆竹が炸裂したような鋭い音と共に白い壁の一点からコンクリートの粉が飛び散る。それに近寄った万騎は1.5Cmほどの小さな穴がうがたれているのを見つけて、顔を強張らせる。

「これは…指弾ですか?」

「我流だが、車のフロント硝子位ならぶち抜く威力がある。出番がなくて残念だよ」

右手を開いてパチンコ球を掌で転がして見せる教師に、万騎は珍しく不服そうに文句を言った。

「…飛び道具があるのなら、早く使ってくれれば良かったのに」

この話はこの場だけでは終わらなかった。


その日の夕刻の買い物帰り、赤塚公園の自由広場の脇を通りがかった慶一郎は、殺気だった荒々しい気配を、その武闘家特有の超感覚に似たそれで方向を捉えると迷うことなく公園内に足を踏み入れた。

昼間見た四人の不良たちが、一人の少年を取り囲んで口汚く罵倒しながら暴行を加えていた。

「何ちくってんだよ!」

「くそ、むかつくぜ…お前、明日までに10万もってこいや。そしたら生かしておいてやる」

「一日で10万か、いい稼ぎだな」

「なんだよ、おっさん。…邪魔すんじゃねぇよ。ぶっ殺すぞ!!」

一人の少年がナイフを振りかざして慶一郎にすごんだが、それは致命的なミスだった。

慶一郎は薄く笑うと気合一閃、「――喝!!

神気<龍気>の衝撃波に貫かれた少年達は、ばたばたと倒れる。

巻き添えを食った被害者の少年を助け起こし、たいした怪我がないことを確認すると慶一郎は声をかけた。

「よう、立てるか?」

「は、はい」

目を覚ました少年は自分の身に何が起こったのか理解できないようすだったが、慶一郎に立たされるとようやく倒れている四人に気づく。

「し、死んでいるんですか?」

「気絶してるだけだ。こいつら、お前の好きにしていいぞ。なんなら使うか?」

慶一郎は加害者の持っていたナイフを差し出したが、少年は首を横に振る。

「いいです。自分のがありますから」

おとなしそうな少年はズボンのポケットから大型のデザインナイフを取り出した。

殺傷能力も充分なそのナイフを凝視していた少年は、頼りなげな顔を慶一郎に向けてこう言った。

「あの…こいつらに、他にもカツアゲされてた奴、いるんですけど呼んでいいですか」

「そうだな、そうしてやれ」

慶一郎はそれを許可しない理由は何一つなかったので、軽い感じで頷いた。

このことが前代未聞、教師公認の暴行儀式の始まりでもあった。




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原作を知らない人の為に追加。
でも泉谷くんの毒舌などは原作を読んでもらうしかありませんが(苦笑)

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