「君の足元に雑草や小石が落ちているとしよう。
俺はそれを取り除くために君より半歩早く歩いて、君が安全に安心して進める道を作りたい」
※僕→俺に変更
がその人物と初めて出会い、そして再会したのは中学生になるかならないかという年頃だった。
彼女が生活していたのは地方の孤児院で、訳ありの子供たちがより集められている場所だ。
多少なりとも人の良い院長と職員達とその子供たちとの関係は裏も表もなく良好で居心地が良く、高校を卒業するまではここにいようかと思うぐらいだ。
そんな矢先に自分を引き取りたいという人物が現れ、接触を図ってきた。
孤児院の一角にある応接間でであったのは、赤銅色の肌を持つ男性だった。
「衛宮です」
「です」
そのときは気がつかなかったのだ。
彼もまた、自分と同じく、この世界で生まれた人間ではなかったということを。
そして……自分を一番最初に、違う世界へと飛ばしてしまった元凶だったということに。
(…まぁ元凶だと知っても責めることはできなかったが…まだ気にはかけていたな)
そこまで昔を振り返った時、電車内のアナウンスに気がついて彼女は電車から降りる。
あの面談のすぐ後に彼に引き取られ、地方から横浜に引越しして来た彼女はすっかり住居となってしまったシティホテルへ帰路についた。
横浜を代表とするタワーの67階の一室が彼女の部屋だ。
最初はまごついていたが、数年もすればその生活にも慣れてしまい、ホテルの従業員達とも顔見知りになった。
彼らからしてみればはいいところのお嬢様で、親が海外出張が多いため、監視と健康管理の為にホテル生活しているのだと説明されている。
一緒に住むというか同じフロア内に生活している、彼女としてみれば自分を引き取った『衛宮』なる人物はの歳の離れた身内なのだと。
最近ではその説明の中にホテル従業員達の「年齢の離れた恋人同士」という憶測までまじってしまっている。
ホテルの経営者と上層部の人間にはまた違うが。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさいませ」
フロントの人間に一声かけると、郵便物を受け取って部屋に帰る。
適温になっている部屋の空気にほっと一息吐くと、着ていた中学の制服を脱いできちんと衣紋かけにかけておいて私服に着替えた。
ジーンズにTシャツというラフな服装だがどれもがブランド物だ。
「ブルジュア嗜好にももう慣れたなぁ」
思わず独り言を呟きながら部屋に新しくセットされてあった日本茶を用意し、備え付けのテーブルの脇に鞄を置いて中から出された課題をするべく引っ張り出した。
今年は彼女にとっては高校受験だ。
名門とはいかないまでも、それなりの学校を受験するのに勉強をしているというポーズをとって周囲から浮かないようにしている。
この世界に落ちた反動、というわけでもなく彼女は努力するまでもなく公式を見れば答えが出る程の能力を持っていた。
(ま、これはあれだよなぁ)
脳内で、この世界に落ちる前まで精神を同居させていた男の姿が浮かび上がる。
超絶美形にして天才、俺より強い奴はいねぇ! と豪語した、いや今もきっとしているだろう魔導師。
彼の魂と知識と魔力を得て変質してしまった為、彼女自身の能力もまた向上していた。
今現在の彼女は元女子高生のでありその魔導師でもあるのだ。
(格好は確かに良かったけどさ…)
思い出されるその姿が全裸なのは仕様だ、と思う。
(ナニまで見せ付けるがごとく笑いながら裸になったよな、あの野郎。おかげで野郎の裸にも自分のそれをさらすことにも抵抗ないんだが)
その手の羞恥心はほとんど皆無で、を大いに慌てさせたことも何度かあることまで思い出す。
「君の足元に雑草や小石が落ちているとしよう。俺はそれを取り除くために君より半歩早く歩いて、君が安全に安心して進める道を作りたい」
自分を引き取りに来たとき、真顔でそう言いきったことのある彼は、にとってはこの世界では家族同然であり同胞だった。
彼もまた異邦人であり、そしてさらに人間の枠を超えてしまった能力者。
そこまでも彼女と同じような存在で、親近感もわいた。
あくまでもの感覚だが自分が魔導師ならば、彼は魔法戦士だ。
この世界はオカルトが隠されているとはいえ、存在し、上流階級になればなるほどその存在が当たり前だという世界で…彼は自分の能力を遺憾なく発揮して財産を増やし、自分を養っている。
(たとえ、あたしをあの世界に飛ばした元凶だったとしても)
その負い目から、というのも勿論あっただろう彼は自分を引き取り、こうして衣食住の全てを提供し続けている。
シティホテルを家のように使うのは、何かに没頭したらまともに食事をしなくなるから第三者に注意してもらえるようにという彼の配慮だ。
一時期はマンションに住んでいたが、引き取ってもらってすぐに彼が遭遇した魔術師の儀式跡で発見した道具や残されたものを、彼女が研究していたら軽く四日は何も食べずにいたのが切欠でそこを引き払った。
ちょうど彼も道具等を彼女に渡してすぐにとんぼ返りする羽目になったため、気がつくのが遅れたのだ。
「どうして食べていないのか」という彼の言葉に「作るのが面倒くさい上に、こっち(研究)の方が面白い」と即答したのが決定だっただろう。
彼は言葉通り、まさしく親のように、兄のように、そして時折弟のように、側にいるのが当たり前の存在になっている。
長い年月を生きていたはずの自分が、たかだが数年共に生活しただけでそう感じてしまっているのは根っこが「同じ世界の住人だから」かもしれないが。
今では少しばかりだが男が女に対して寄せる情欲の視線をうまく隠しながら寄せてくることがあったが、あれはきっと気の迷いだろうということにはしていた。
当初は世話されっぱなしではあるが、今は自分の魔力を提供して彼の手伝いもしているので養われている罪悪感は薄れてきている。
一度だけ魔力提供ではなく魔法を使って見せたのだが「君の魔法は殺傷能力と破壊能力が高すぎる」と言われたので魔力の提供ということしかできていないのだ。
そう思考し、そこまででカットした。
たとえ天才になったとしてもそのままやらずでは課題は終わらない。
きちんとしておかなくて困るのは自分だ、と思って目の前の用紙に集中する。
かちり、とシャープペンの芯を出すと、プリントに向かってそれらを走らせた。
もうすぐ夏休みが始まるが、受験生にそんなものはなくクラスメート達とのささやかな息抜きもない日々が続くだろうと思うと憂鬱になる。
(まぁ、その間は課題をこなした上でフィットネスクラブにでも通うか)
このホテルにはプールも存在していた。
会員には勿論なっているし、たとえ別料金をとられようとは構わないだろう、と自己判断しつつ課題を終わらせた。
明日の準備をし、鞄に入れなおす。
夕食をとるのも早い時間帯に、さてどうするか。
フィットネスクラブにあるプールに入るのは後日の楽しみにとっておけばいい。
(水着を新調するかな)
財布を取り出し、貴重品を金庫に入れて鍵を閉める。
タワーの脇にある巨大なショッピングモールや隣接するタワーにはかなりの店が入っている。
小学生時代はスクール水着で全て通したのだが、中学生ともなれば友達付き合いの一環でよく買い物には行くから店の位置も大体把握していた。
効き過ぎた冷房の風に当たるのは嫌だが、そこは我慢しなければならない。
部屋をでようとしたら、電話が鳴った。
「はい、ですが」
「衛宮だ」
その声も容姿も全て以前の世界で憑依していた相手のもので、色彩と思考と好みは元のままなのだという衛宮。
自らの同胞であり、今は保護者か何かである彼の固い名乗りに一瞬眉根を寄せる。
「どうかした? 」
「あぁ、今日の夕食時に客を招かざる負えなくなった」
そう彼が言うと、心底嫌な相手なのだろうか、と思う。
「誰かな? また石路家?」
この世界で霊峰・富士の鎮魂をしている地術師の一族とは、相手側のごり押しで一度会ったことがある。
相手側にしてみれば衛宮の弱みを探りに来たのだろう。
あまり楽しい会食ではなかったことを思い出し、顔をしかめた。
「いや、違う。神凪一族の分家筋だ。…一族を代表として、というわけではないよ」
神凪一族?
彼女の中の情報によれば、確か火術師の一族ということぐらいにしか頭にない。
その手の情報をが教えたがらないということもあるし、何よりも自体、そう言った血統に興味はないのだ。
「名は大神。話を鵜呑みにするなれば、俺達の同胞だ」
はの言葉に、目を瞬き、そして繰り返した。
「同胞?」
「彼もまた、異邦人だと」
それが彼女がこの世界の物語に本格的引っ張り込まれた瞬間だった。
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