「ああ、言うの忘れてた。Good-bye, my friend」





「君という人間の」

しまった、失言だったと思ったときにはもう遅かった。

の殺気が自分だけに向かっていてもそれを止めようとはせずにじっと見つめるだけだ。

(助けて、助けて、助けて)

何度もなくそう言おうとするがそれはできない。

「本音を」

ぎしり、と空気が鳴るのを確かに彼は聞いた。

「知ることが出来て幸いだったよ。大神

(殺されるっ、本気で、やられるっ!)

どうしてこうなったのか彼は走馬灯のようにそれを思い出した。





大神として気がついたのは三ヶ月前だ。

気がつけば見知らぬ天井で、見知らぬ家族が心配そうに自分を見つめていた。

軽い記憶障害ということを偽装して、そして調べてみると今自分が生きる世界は番外編まで珍しく集めていたライトノベルそのものだった。

そこで、彼は主人公が放逐、というか追放されたその家の分家として成長したことになっている。

物語として話の先、未来を知っているのは大きいだろう、とそう思い、なんとか未来を変えようとあがいてみた。

第一巻目は風牙衆の反乱で、大神の一族の人間が死んでしまう。

第二巻目は大神操が一族を殺された復讐で、魔術師・ミハイルの手で躍らされる。

第三巻目以降も知ってはいたが、彼には直接関係はない。

自分の生死にも関わることだから、何よりも自分に親切にしてくれた大神の人間達を死なせたくはなかった。

彼としてみれば「誰も死なせたくない」とかそういう、よくある小説の主人公のような正義感などない。

自分と自分の周囲の人間さえよければ後はどうでも良かった。

元の世界に戻りたいという気持ちは強かったが、とりあえずこの世界に居れば精霊術という超常現象を使用できる。

まるで漫画やゲームの主人公のように。

それが嬉しくて楽しくて、帰れないのであればそれを満喫すべきだと気持ちを切り替えたのは意外に早い段階でだった。

宗主にはなるべく風牙衆の待遇改善を訴え、周囲の人間もそれとなく注意した。

自分の頭を打つ怪我は結城家の連中のせいで、退魔の仕事中に受けたことを知ると「連中なんぞ、とっとと殺されろ」と思い、助けてくれた風牙衆に対して恩を感じている役処は素直に思えたこともあって演じやすかった。

原作そのままの流れになったとしても、もしかしたら自分だけは操たちのように死なないですむだろうと、そう思った。

(俺がこのままでもいいけど、自分だけなんていうのは気分が悪いからな。他の連中も助けてやらないと)

どこまでも上から見下す視線。

そのことに彼は気がつかなかった。

そんなときだ。

『衛宮』という名前を海外の魔術師同士のネットの情報で知ったのは。
     アルケミスト アーチャー
『錬鉄の錬金術師』『弓兵』『万能なるアーティファクト使い』

そんな異名をつけられ賞賛されている男の存在は、多少の羨望と同時にの興味を引いた。

もちろんネットに本名が出るわけはない。

彼のフルネームは調べて、調べて、風牙衆の人間にも動いてもらってようやくつかんだ情報だった。

衛宮

苗字は某ゲーム(アニメ)キャラ、そして名前は殴り合いの喧嘩した友人のそれ。

まさか、と思いながらそれとなく接触できないか調べ、彼が日本に居ることも知った。

彼が年齢の離れた『』という女と一緒にいるとまで知った。

それで心のどこかで確信した。

(やった! 二人ともこの世界に来てるんなら!)

手駒が増えた! とどこかでまた思った。

自分の都合にいいように、この世界で好き勝手に生きるために動いてくれるだろう協力者。

それが少し様子がおかしいな、と思ったのはと再会してからだ。

色彩は違うが、ゲームでよく知る『アーチャー』その人のようだ。

放たれた殺気は本気で恐ろしいもので、の名前も出して自分が元同級生だと知らせると多少は態度を軟化させたが、その後はどう言っても話を聞いてくれなさそうだった。

仕方がないので、神凪分家としての立場を利用した。

一応宗主の覚えもめでたいほうだから、あんまり邪険にしたら神凪で仕事が出来なくなるぞ。

そうやんわりと脅かしてみた。

後は「ぜひとも話がしたい。できれば今日中にでも」とも付け足した。

気持ち、視線の熱がマイナスになった気がしたがとしては四の五の言っている暇はなかった。

このチャンスには縋り付いた。

そうでもしなくてははもう会ってくれない。

脅してもダメだろうと思ったから。

大神の人間にはそれらしい理由をつけて出ると、彼の後ろをついて歩いた。

その背中はよくゲームで見たあのキャラとも、そして元の世界での彼とも酷似していた。

元の世界でもぐんぐんと背は伸び、筋肉もついてきはじめていたは女子に人気が出始めていた。

今の容姿とは違うが、それなりには整っていたし、何よりも女子には普通に優しい気遣いを見せていたからきゃーきゃーと騒がれ始めていたはずだ。

友達だとは思っていたが、同時に苦々しくは思っていた。

自分のほうが容姿もいいし、性格だって明るい。

女の子受けだっていいのに、なんだってのほうに目を向け出したのかと本気で思っていた。

そして世界が変わって、自分は元のままなのには変化しているというのにが気に入らない。

(顔も二枚目になるしよ、声もエロボイス系になってるし…。身体だけでいいから俺と代われっての)

思わず毒づいたときに振り返られる。

その視線に彼はとたんに怖気づいた。

『大神』となってしまってから鍛錬はかかしていなかったからこそ、その鋭敏化した感覚は的確にその情報を教えてくれる。

(こいつ、俺のことが嫌いだ)

「な、なんだよ」

「視線を感じたから振り返っただけだ」

憮然としてそう言われて、彼の文句は口の中で消えた。

シティホテルがあるタワーに入り、68階までかけあがると彼女が居た。

(あ、あれ? ってこんなに可愛かったっけ?)

それがだとは判ったのだがそのときよりも目をひかれる。

「よ、よう」と声をかけると彼女はまるで知らない人間を見るような目つきで一瞬見てから「こんにちは」と挨拶してきたのに少しだけ眉を寄せる。

、どこに予約してくれた?」

「中華にしよう。個室も用意してある」

二人の短いやり取りに疎外感を感じながらもついてあるき、個室に案内されてその席に座る。

豪勢なメニューコースを用意されていたのに、気が大きくなった。

金のほうはおそらくはの支払いになるだろうが、ここを予約して食事を選んだのは彼女なのだと判るからこそ、その食事に比例する金額の大きさも予想できてますます気がよくなる。

(あぁ、なんだ。良かった。さっきのはポーズか? ってば俺のこと忘れてないじゃん)

そう思うと思わず顔の筋肉がほころんだ。

目と目が合うとふんわり微笑まれた。

彼女に想われているのなら、それを利用しよう。

好きな男からの頼みだったら女はなんだって聞くだろう。

それに人助けっていうこともあるのだ。

それと同時に自分を連れてきて、殺気だった男を哀れに思う感情が浮かぶ。

の奴、報われてねぇよなぁ)等と彼は思った。

思うと先ほどの殺気も許せてしまっていた。

は、元の世界で彼に対して告白していたから。

(あ、やべ)

それと同時にふいに思い出した。

いままですっかりと忘れていたとの喧嘩の原因は、その告白を彼は笑い話にしてしまっていたことだ。

名前は伏せたがクラスメートに話して、その子であるがいたことにも気が付かずに、相手の容姿を、想い、彼女からの情を笑ってしまった。

(…それが、との喧嘩の原因、だったよな)

ちらりと彼女の顔を見るが、そんなことは気にしていないように見える。

(一番、覚えてなきゃいけなかったことなのに…)

天を仰ぎそうになって、やめる。

「さぁ、頂こうか」

冷たいの声に気がついて、そうして彼女の顔を真正面から見る。

「何かな?」

穏やかな言葉使いに、もう彼女は気にしていないはずで、そしてきっと自分のことをまだ好きでいてくれているはずだと決め付けた。

そうでなければ勇気が沸いてこなかった。

この世界で生きていくために彼ら二人を巻き込んで、そして自分が優位に立つ為に生きることが。

食事中に自分の身の上を話して、自分がこの先の未来の知識を持っていることもほのめかした。

合いの手を打つようにが話を聞いてくれるから、余計に気が大きくなった。

「だから、頼むよ。、手を貸してくれないかな」

気がつけば苗字ではなく名前でなれなれしく彼女を呼んでいた。

「あたしが手を貸してもなんの力もないと思うけれど?」

「いや、が来ればさ、だって手を貸してくれるだろう?」

(あれ?)と思ったときはもう遅かった。

べらべらといらないことまで話をしていた。

自分の都合のいいように、自分が傷つかないように、自分の思うままに生きたいから。

元の世界に帰れなくてもいい。こっちにいれば、超能力じみた能力が使えるし、親は金持ちだし。

(あれ? あれ? あれ?)

疑問に思うのだが、彼の口は止まらなかった。

「その為だったら、元クラスメートも犠牲に?」

優しげな言葉に彼は笑った。

「犠牲になんかお前らがなるのか? いやも危ない目にあうかもしれないけれどが守るんならそれでいいじゃねぇか。なぁ、頼むよ、

お前、俺に惚れてんだろう? 惚れた男の為にお前の男を動かせよ。

全部、俺の都合のいいように。

そう口走った。

そして冒頭に戻るのだ。






「あ、がっが…っ」

殺気で息が苦しくなる。

「ここまでとはな」

の声がかろうじて聞こえた。

、穏便にすますつもりじゃなかったのか?」

「関係ない」

切り捨てるようにそう言われたのでさらに恐怖する。

助けて、という声すら出ない彼に追い討ちをかけるように冷たい声が響く。

「友だと思っていた昔の自分が嘆かわしい。まぁ、そう思った期間は短かったが」

「へぇ、そうなのか」

悠長な会話に気が遠くなる。

テーブルに突っ伏し、もがく自分の頭をが持ち上げた。

「ぐ」

何するんだよ、とか、助けてくれ、という言葉が出なかった。

そこにあるのは恐怖だけ。

「ああ、言うの忘れてた。Good-bye, my friend」

白々しいそんなの声と一緒にの意識は闇に飲まれた。



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