悪夢(前編)





連日報道される凶悪事件の中の一つに、とうとう警察関係者が報道されるようになったの苦々しく思いながら、男はくわえていたタバコを携帯用灰皿にねじ込んだ。

「警部」

「遅かったな」

「いえ…」

若い男は汗を拭いながら男に頭を下げて、黒い手帳を取り出した。

「……やっぱり駄目か」

「ええ、交友関係や仕事関係での被害者同士のつながりは全くありません」

「死体の傷から言ってらメッタ刺しにしてるから、てっきり怨恨か何かと思ったんだがな」

そう、最初は。

だが被害者の数がどんどんと多くなってきて、その線はわからなくなった。

最初は女子高生。

その現場近くでフリーターの男。

…老若男女、職種選ばずでその数は増えていき、そしてとうとう最後に警察官とその妻だ。

「まさか、無限城の連中じゃないでしょうね…」

「新宿の? ありえん。少なくともこの青春台付近にジャンクキッズ連中が来たと言うことは報告されてはいないし…」

それに、と男は続ける。

「連中ならああも殺しはせん。一突きで止めを刺して身包みをはぐか死体を残さん」

「…はぁ…せめてあの子が犯人の特徴を覚えていれば…」

「いうな」

ぴしゃり、と言い切って男はまたタバコを吸おうと胸元のポケットに手を突っ込んだ。

ぐしゃぐしゃになったその箱には、もう一本も残っておらず、ちっと小さく舌打ちしながら箱を握りつぶす。



≪お父さんが、その人に止まれって言った≫



なんの感情もない声を思い出して歯軋りする。



≪けど、その人、笑いながらお父さんを刺したんだ。紅いのがたくさん、出て。お父さん倒れて≫



涙を忘れたかのように、大きな瞳をただじっと自分に向けてきた少年は、がりがりにやせていた。



≪お母さんが逃げなさいって言ったけど、僕、恐くて≫



今でもあの子供は自分を責めているかもしれないと思うとやりきれなかった。

≪そうしたら、その人、いきなり僕とお母さんに向かってきた…。その人の手の爪がものすごく伸びて…それが≫



小学生が見てしまうにはあまりにもつらい場面。

男は眉を寄せて、子供の言葉を思い出す。



《その人の手の爪がものすごく伸びて》



「‥子供だから、鋭利なものを見てそう感じ取ったのかもしれんが‥」

「はい?」
「いや、なんでもない」

《あの人、一回解けたみたいにいなくなったのに、急に現れて、お母さんも、お母さんも‥》

「とにかく、さっさとホシ見つけだして一発ぶんなぐってやる」

「け、警部?!」

大きな肩を揺らしながら、男は歩き出し。

若い男は慌ててその後を追った。


彼らは知らない。


それがまさしく人外の生き物が行った事を。

そしてそれを止める術を、その子供が持っていたことを。




みなづき  りゅうま
水無月    流魔はぱちりと目を開けた。

青春学園中等部の学生服を着たまま、マンションのベランダから外を見つめる。

「風の中に…邪気が香るな…」

一陣の風が彼にまとわりついたかと思うと、そのまま外へと流れていく。

「…なるほど…」

薄く唇の端が上がる。

「流魔さま…」

部屋に同年代の少女が顔を出した。

「須賀様からお電話がありました」

「須賀? 女か、男か」

「男性です…。地使いの…」

「地使い…?」

流魔の動きが一瞬止まる。

自分の領域に来る妖魔・魔は一切誰の手も借りずに封じるか退治してきた。

その際に他の使い人ともトラブルになるときもあるが、地使いとは今のところ関わり合いになった覚えはない。

「なんと言ってきたんだ」

「…断わりを入れたいから直接会いたい、だそうです」

「今すぐか」

「はい」

「…いいだろう、行こう。場所は……?」



水無月流魔。

そして同居人の少女…草薙弥生。

青春台周辺を最近自分達の領域と定めた、『風使い』とその『付き人』である。




待っていたのは中年の男だった。

流魔も弥生も面識はないが、その苗字で『地使い』の男の存在は数多の『使い人』の中でも有名だ。

西の京極家とならび、東の須賀家は『地使い』の代表格、二大柱といわれている。

「君が、水無月流魔くんか」

「須賀…?」

「俺の名前は須賀達也。単刀直入に言う。今お前達の領域に入っている妖魔が居るはずだ。そいつは俺が狩る」

男の物言いに、流魔はただ視線を動かした。

彼の流儀はなんであろうとも自分の領域に入った妖魔は自分の獲物だった。

自分の獲物は自分の風で封印するか、霧散させる。

「断る」

「……ならお前の動きをここで止めさせてもらう」

「! 須賀様!?」

弥生がかばうように自分の主の前に立とうとするのを、流魔は手で止めた。

「『使い人』が妖魔を狩るために『使い人』を襲う、か?」

「あれは俺の友人の、娘を殺した」

バカにしようと鼻で笑おうとした少年は、その言葉でもう一度須賀達也を見つめる。

「俺をかばって死んだ友人の、娘を殺した『あれ』を俺は…絶対に許さん…」

男の怒りが、突き刺さるような殺気の塊を生み出した。




「あんた、『付き人』はどうした」

「これは俺の都合だ。『付き人』を巻き込むわけにはいかん」

「?!」


『使い人』を護るのが『付き人』の役目。

主が危機の時には、『付き人』はその命を盾にしてでもそれを護ろうとする。

それが彼らの常識だった。

流魔の脳裏に、過去の映像が流れる。

自分のせいで囚われた母。

そして母を助けられなかった父。

母の命を落とすきっかけになった自分。

母は父の『付き人』だった…。



「…妖魔を探しながら、話を聞きたいんだが。いいか?

…須賀、さん」

(…流魔さま…?)

弥生はそっと主を見つめる。

主の言葉が初めて彼女が聞いた、自分以外の人間を労わる優しい声色だったのだ。











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