悪夢(後編)




「俺はその時、自分の力を過信していた。【地】使いの代表格で【風】や【水】の家からも一目置かれていた師匠みたいな人から、新しい技も教えてもらったばかりだった」

須賀が運転する車は、流れに向かって動いていた。

青春台は都内なのだが、渋滞があまりないためスムーズに車が動く。

「師匠は、俺のことを年の離れた友人だと言ってくれた。俺も、技の師匠というよりは父親のような兄貴のようなそんな友人として付き合っていた。彼に教えてもらって、有頂天になって…その過信が、命取りになった。俺を守るために俺の『付き人』が死に、その死に動揺した俺と仲間を守るためにその師が命を落とした」

その光景を思い出しているのか、須賀は眉をひそめる。

「遺品を整理しているときに、俺はお前の親父さんに教えてもらったんだ」

親父、ということばに流魔は反応するがただ黙って話を促した。

「師は地の代表格を須賀家に渡すと。そして自らの家はこのまま滅び、『付き人』も他家に譲り渡すことを決めていた」

「っ!」

この言葉には弥生も流魔も驚きを隠せなかった。

代々、数百年以上続いている家を、つぶすにはそれなりの理由がいる。

「その師には一人の娘さんが居たが、娘さんは師がなくなる以前に家を飛び出していた」

「なぜ、ですか?」

「妖魔との戦いで、『付き人』を失い、腹の中にいる子供を死なせかけたそうだ」

「…それで…」

「『使い人』を簡単には止められない。彼女は跡取りの娘として子供を生し『使い人』として育てなければいけない…そんな立場から、彼女は逃げた。いや…逃がされたというべきか」

流魔は眉をひそめた。

「身重の身体で、か?」

「逃げたのは腹の子供を産んでからだ…。彼女は地の精霊たちに愛されていた。操ろうと思わなくても精霊たちが反応して彼女の手助けをしたらしい…」

「須賀様…その道を右へ…」

弥生の指示に須賀はハンドルをそのまま動かす。

車の量がどんどんと少なくなっていくのに気がついた。

意図的な人払いの結界に、『使い人』と『付き人』はちらりと一瞬目を寄せ合う。

「彼女は、この土地に移り住んでいた。子供もちゃん五体満足で生まれていた…正直、合わす顔はなかったが」

「…会ったんだな? 彼女に」

「あぁ。全てを言い終えると、彼女はただ一筋涙をこぼしただけで、静かに、俺を許してくれた」

キィっと少し大きな公園の脇に車を止めると三人は車から出た。

「…家に帰っては来ないか、という言葉に首を縦にふらず、一人の人間として生を全うすると言っていた。『使い人』の力も一切使わないと自らを封じていた。それから…地の精霊たちを走らせて知ったことは、彼女の子供と彼女を愛するという男が現れて再婚し、幸せにいるということ」

俺は、それでいいと思った。と、須賀は口にした。

「彼女と彼女の子供が幸せに、ただの人間として生きていくのならば。それが彼女の望みで、それはすなわち彼女のために『家』をつぶすことを決意した師の想いなればこそと考えた」

「…その彼女が…」

「あぁ、この間、地の精霊たちが嘆きと悲しみの声を張り上げた。伝えてきたビジョンに、妖魔に殺された彼女の夫と、彼女の姿…そして子供の姿を見た」

須賀の拳に、力が入るのを弥生は見た。




ざわ、り。

風の精霊たちが、弥生と流魔の前を歩く男の気配に反応する。


「…そしてテレビで確認した。子供は…助かったが、彼女は死んだ。幸せになっているはずの彼女が死んだ」

風に舞う木の葉が静かに彼の身体に触れた。

かすかな音を立てながら、それらが焼け焦げた匂いを漂わせる。



(気…全身に怒りの気が満ちている…)
(一触即発…か)


「だから、お前は許さん!!」

怒りの気に反応したのか、それは嘲笑を響かせながら現れてきた。

白いもやのようなそれが、急速に公園に満ちたかと思うと人型を取った。

木々がざわめく。

木の葉が、風に舞い上がった。

「霧の妖魔か」

白く、濃い霧は人型になると笑った。




《同じ血だ…同じ血が欲しい…》




「血…?」

弥生は目を細めた、霧の妖魔の、瞳と思えるそれが猫課の生き物のようにも思えた。

「夜の眷属の使い魔…?!」

《あの女と同じ、血は極上…だ…》

ぎりっ。

須賀は唇をかみ締め、うっすらと血をにじませながら手をそれに突き出した。

「お前を滅ぼす前に、お前の主の居所を教えてもらうぞ…っ!」







闇の中で彼は走っていた。

後ろから、血の匂いが染み付いた『それ』が従者を伴ってやってくる。

霧のような、そんな生き物が足にまとわりついてくる。


(逃げないと、逃げないと)

「…どうしたの…?」

(お母さん、お父さん…早く逃げないと!)

「私達は、もういいんだよ」

(どうして…? 早く!)




「だって私達は、もう…死んでしまったもの」

(うわぁぁぁぁっ!!!)

彼の足元に、血溜まりに浸る両親の姿が浮かび上がる。

(お母さんっお父さん!)

必死にすがりつこうとする彼に。

『それ』の手が、肩に置く。

やんわりと首に触れていく指は氷のように冷たい。




「次は…お前だ…!」

「っ!!!!」









そして彼は目を覚ました。



「ゆめ………」

一真はゆっくりと身体を起こした。

じっとりとした汗の感触と、気がつけば涙が頬を伝っている。

(僕、寝ながら泣いてた?)

瞼を閉じる。

フラッシュバックのように、倒れる父と母の身体を思い出して自分で自分の身体を抱きしめた。

(お、とうさん。おかあさん)

がたがたと震えながら、自分の枕元におかれた遺骨と写真に目をやった。

二人とも暖かく微笑んでいる。

それを見て、目を閉じ、二人の無残な姿を瞼からかき消してからほっとしたように息を吐き出すと、涙を手で拭き取る。

あれから、彼は手塚家に引き取られることになった。

親戚らしい人間は一切葬式に現れず、連絡先もわからないので必要な手続きを踏まえ、手塚家の墓に埋葬するということに決めた手塚国一は警察にも事情を話して彼を家に連れてきた。

手塚家は一真の元々すんでいた家よりも多少距離があるし、国一が警察に含んでくれたおかげで手塚家の周囲で一真が事件の被害者だということは広まらなかった。

それから小学校のほうも転校の手続きをとった。

一真もその方がいいだろうな、と思って確認してきた国晴の言葉に素直にこくんと頷いた。

本人不在の上での転校だったが、この際仕方がない。

そのままの学校にいれば、同級生たちから疎遠されるのは目に見えていたからだ。

「一真、大丈夫か?」

そおっと部屋を伺うように、国光が覗き込んでるのに気がつく。

「…国光兄ちゃん」

小さなその声に、国光は部屋に入って一真の側にくる。

「まだ夜だからな。寝てても大丈夫だぞ」

「うん」

こくん、と小さく頷く一真の姿に国光は眉をひそめた。

一つ下なのに、とても幼い印象を受ける一真はもっと線が細くなったように思える。

あの葬式からこっち、彼の食事をしたところを国光は見ていなかった。

「ジュース持って来るか」

「うぅん。大丈夫」

「…泣いてたのか」

「起きたら、泣いてた」

簡潔にそういうと、俯く。

「一真」

「…?」

「…大丈夫、だからな」

何が、という言葉を国光は控えた。

「うん」

「俺も、母さんも父さんもお祖父さんも、一真の家族なんだ」

「……うん」

「家族は守りあうって教わったよな」

「……」

(逃げなさい、って守ろうとしてくれたお父さんとお母さん)

「だから、お前は守るから」

(二人とも、死んじゃった…僕のせいで)



一真はゆっくりと国光を見上げた。

深い、大きな瞳は月明かりのおかげで色も確かに見えた。

緑色のそれは涙で紅く充血している。

「僕も…」

一人で生きなければいけない。

父母を死なせてしまったのは自分だから、と自分自身を責める義理の弟になったこの姿を思い出して、国光はきゅっと眉を寄せた。

「僕も、頑張るよ…」

一真の言葉に国光は目を丸くしてから、頬をゆるめた。

「…頑張れ」

「うん」

こくん、と一真は頷いた。

そうだ、頑張らなければ。

父と母を殺したモノが、もしも着たら。

その時は僕が新しい家族を守らなければ。


幼い少年は、うっすらとそう思いながら瞼を閉じた。

「寝られるか?」
頭を撫でてくる国光に、こくんと頷いて一真は答えた。



何度も何度も繰り返される、血に塗れた場面。

父と母が死んでしまう瞬間。

手にこびりつく血。


「大丈夫…寝れるよ…僕」

瞼の裏に映し出される光景を見ながら、一真はそう答えていた。


……彼が本当の意味で眠れる夜は、まだ来ない。








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