転校生  (前編)





「手塚、一真です。よろしくお願いします」

黒板に書かれた大きな文字を見てから、不二裕太はまじまじとその男の子を見つめた。

線が細く、同じ小学五年生にしては小さな身体。

色素も薄く、大きな瞳の色は黒くはない。

「じゃ、手塚君は…そうね、不二君のとなりね?」

「はい」

先生にそういわれて、素直にこくんと頷くと歩いてよってくる。

クラスで一番身体が大きくて、いじめっ子タイプの同級生もまじまじと見つめてなじったりはしなかった。

たとえ初対面であろうといじめの対象には手加減をしない奴で、先生も手を焼くほどのクラスメートがきょとんとしているのがなぜかおかしい。

それを裕太は目で追って、そして隣の席に座る『手塚一真』を近場で見た。

同い年とは思えなかった。

一つか、二つぐらい学年が下といわれてもおかしくないぐらいだ。

「えと…、よろしくね…。フジくん?」

おずおずと笑みを浮かべてこちらを見た転校生。

その笑みがどこかしら泣いているような感じに見えて、裕太はもう一度彼の顔を見つめる。

白い肌に茶色の髪に、大きな、緑色に染まっているように見える瞳。

「俺、不二裕太」

「僕、……手塚一真」

「名前は聞いた……」

何か言おうとしたが、次の瞬間、もの珍しい転校生に目をつけた女の子たちの質問が集中して視線をそらされ、裕太は面白くないように顔をしかめた。

これが不二裕太と手塚一真の初めて出会いだった。







「学校の中、案内してやるよ」
「うん、ありがと」

転校生に興味津々な女子連中を尻目に、裕太は一真を誘うと教室を出た。

いつもならそんな面倒くさいことはしない。

休み時間中もずっと囲まれていた彼を見ているのがつらくなったのが本音だ。

裕太は体育館や学年別で違う教室、トイレの場所を教えてやりながらちらりと目を一真にやる。

ちまちまと一生懸命裕太の後ろをついてくる一真。

(なんか…)
こうして世話をやいていると自分が、そう、「兄」になった気がする。



兄。



裕太はきゅっと眉を寄せた。

最近テニスをやっていると特に目上の人間からもよく言われるようになった。

「不二くんの『弟』もテニスをするんだね」

「兄弟ですごいよねぇ」

「兄さんのプレイとやっぱり少し似てるかな?」

「天才・不二周助の弟のことはある」

不二周助の弟。

周りはそればかりを繰り返した。

地域のテニス大会で優勝経験がある「天才」。

そして、その『弟』。

…。

誰も、自分を『不二裕太』としてみてくれない。

…。

「不二くん?」

「あ、なんでもない」

不思議そうに覗き込んでくる一真に対して、裕太はふるふると顔を振った。






授業が終わり、ものめずらしい転校生は放課後にはクラスにやんわりとだが溶け込んだ。

「手塚はすぐ変えるのか?」

「うん…兄ちゃんが迎えに来てくれるって言ってたから」

「兄ちゃん?」

裕太はきょとんと彼を見つめる。

「…う、うん」

「お前、兄ちゃんに迎えに来てもらわなくっちゃ帰れないのか?」

側に居たクラスの問題児がそう口にする。

言葉は乱暴だが、声音はどこか彼を気遣っているのでそんなに突き放した感じはしない。

「…僕、この辺の道、良く知らなくて」

恥ずかしそうに一真は頭をかいた。

その仕草がとても小さな子供に思えて。

「不二、くん?」

「不二。なにやってんだよ」

気がつけば裕太は一真の頭を撫でていた。

「あ、わり」

裕太は慌てて手をどける。

一真はきょとんと無防備にそれを受けていたが、罰が悪そうに見てくる裕太にふっと笑いかけた。

気にしてないよ、というその笑みにほっとしながら裕太はランドセルを背負う。

「校門まで来てくれるなら、そこまで一緒に帰ろうぜ。手塚」

「う、うん」

苗字でそう呼ぶとぎくしゃくしたように、一真もランドセルを背負う。

クラスの問題児は「じゃ、気をつけて帰れよ」などと普段の彼らしくない言動をしながら席を離れていった。

ちらり、とそいつの方を見てから一真を見て裕太は思う。

乱暴な物言いや態度で先生たちも困らせる彼が、一日おとなしかった。

転校生の前では、さすがに初日からは猫を被ってそれから苛めの対象にするのかとか少し考えたが、どうも違う。

彼がかっとなって何か言おうとしたり、行動しようとしたとき。

一真が側に居て話しかけると、彼はおとなしくなったのだ。

それは目に見えて判る態度の違いで。

いつもならぎすぎすとしたクラスなのに、今日は穏やかに一日が終わった。

(手塚のせい、なんだよな)

うん。と、裕太は頷くと側でランドセルを背負って「?」と見上げてきた一真を見た。

なぜだかは判らない。

けれど、一真が側に居ると心が落ち着く感じがする。

やんわり優しくなれる。

(小動物っぽいからか? いや、すげぇ小さい子みたいだからか?)

そんなことを想いながら、もう一度裕太は一真の頭をくしゃりと撫でた。

「じゃ、行こうぜ」

「うん」





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