転校生 (後編)





校門の前で国光はテニスラケットが入ったケースとスポーツバックを抱えて待っていた。

義弟をテニスに誘うつもりだ。

一真はテニスは見るばかりでしたことはない。

自分と同じ小学校に通えばいい、とそう父や母に言ったのにそれは聞き入れられなかった。

いきなり出てきた、国光の「弟」に興味をクラスメートたちは放っておかないだろう

学校側に説明していても、きっとすぐにでも一真のこと…事件のこと…を調べて、騒ぎ出すに決まっている。

もし苛めにでもあったら、助けにいけれるのか?

という祖父の言葉に国光は「もちろん」と頷いたが次の言葉に眉を寄せた。

国光がかばうほど、周囲は面白がって一真の傷をえぐりにかかるかもしれない、と。

そんなわけで、国光の小学校から少し離れ、元の学校区からもかなり離れてバスで移動しなくてはいけないぐらいの小学校を父母は選んだ。

学校長には理由を話し、きちんと許可を得た。

ちょうど国光のスポーツクラブに通う道筋にその学校は位置しているので、しばらくの間は送り迎えもできるだろうという父の配慮もあった。

事件からまだそんなに日は立っていない。

マスコミが彼を追い回すことがないように、祖父が手を打ってはくれたがどうなることかわからない。

国光は荷物を持つ手に力を込める。

まだまだ国光も子供だが、一真よりは年は(たとえ一つといえど)上で。


(俺は「兄ちゃん」だから)


一真はいつもほっと肩の力を抜いて付き合える友達だった。

テニスが好きな自分の後ろを付いて回り、どんな賞賛よりも彼と彼の家族、そして自分の家族たちからの「怪我しなくて良かった」「思い切り楽しめた?」という言葉のほうが嬉しかった。

彼の母親も、父親も大好きだった。

そんな二人を一度に目の前で亡くし、ショックを受けているはずなのに、一真は自分たちを頼ろうとはしない。

夜もうなされているのだが、聞いても「大丈夫」と言って力なく微笑むだけだ。

(もっと、俺がしっかりすれば一真も頼ってくれるかもしれない)

国光はバックを抱えなおした。

今までは自分が精神的に一真達の存在に頼っていたのだ。

これからは、自分が支えなければ。

とりあえず今日はスポーツクラブのテニススクールを見学させて、目の届く範囲にいてもらうつもりだ。

そしてその後、彼の様子を見てスクールに入るか誘ってみるのも悪くない。

夜、うなされるのは夢を見るせいだろうと国光は思う。

それも悪い夢のほうだ。

だとしたら、運動して疲れてしまえば、そう言った類のものも見ないだろうと国光は考えていた。




「もしかして…手塚くん? 手塚国光くん…?」

そう呼ばれ、国光は視線をそちらに向けた。

茶色の髪に温和そうな笑みを浮かべた相手の顔に見覚えがあった。

いつも出会うのはテニスコート。
小学生同士の大会では決勝トーナメントに残るメンバーに必ずと言っていいほど彼を見かけた。

「そうだが…君は…確か…」

「僕の名前は不二周助」

相手は温和な笑みを浮かべていた。

「この学校に何か用かな」

「あぁ…。人を待っててな」

「ふぅん」

不二周助はそういうとランドセルを背負いなおす。

ちらりとその目がラケットに向かい、国光はラケットをまた抱えなおした。

今まで他校生だからと下校している生徒にじろじろ見られてもそうはならなかったのに、不二周助という人物に見られただけで居心地悪くなるのはなぜだろう、とひそかに思う。

「今から?」

本来ならば「今から『テニスしに行くの』?」という文章にしなくてはならないだろうが、不二はそうは言わず簡潔に言うとラケットに目をよこす。

「あぁ」
国光のほうも慌てず、ただそう頷くと入口のほうに目をやった。

「君とは一度ゆっくりテニスしたいんだけどなぁ」
「いずれ、な」

周助は目を細めた。

国光は周囲の体感温度が下がっていくのを感じるが、やはり顔色は変えない。

「今日は駄目なのかい?」

「あぁ。今日は無理だ」

きっぱりと言い切る国光を、細い目が見つめる。

国光はそのままその瞳を見返した。

「先約があるから次にしてくれ」

「明日とかは?」

「……」

国光は眉をひそめた。

剣呑な光が、周助の瞳に宿っている。

(本当に小学生か?)

自分の態度や話し方も棚に上げて国光は、またもひそかにそう思う。

「………明日時間があって、君が暇なら相手をしよう」

「うん。時間空けとくよ」

「……」

国光は小さく溜息をついた。

(もしかしたら口では勝てない相手なのかもしれない)

そう思い、バックを抱えなおす。

「で、誰を待ってるの?」

「弟」

え?

周助がそう思わず口にしてしまう時、国光の表情が一変した。

柔らかな、優しい笑みが浮かぶ。

「一真」

手を振る国光の視線に目をやると。

「裕太?」

「…兄貴」

自分の弟が見知らぬ、とても小さな男の子を連れていた。

これが不二周助と手塚一真が初めて出会った瞬間である。






「裕太」
にこやかに周助は自分の弟に声をかける。

最近、弟は自分を避けるようになった。

それはテニスが関わっているとは思うのだが、それでも自分も裕太もテニスが好きだし強くなろうと思っているので止めれない。

だから続けているのだが…。

ふいっと視線をそらされて、周助は苦笑いを浮かべた。

「一真」
「国光兄ちゃん」

裕太の側に居た男の子が寄ってくる。

(小さい…)

裕太よりも一つか二つ、学年が下のように思えるその子は色素が自分よりも薄い。

綺麗な茶色の髪は、時々夕日に当たって金色に見えたりする。

瞳は大きくて、黒い色ではなくて光の加減で緑色に見えたりする。

思わず頭を撫でてしまいそうな、そんな男の子が、にこりと笑った。

「……?……」

その違和感に周助は目を細める。

視線に気がついて、彼は周助を見上げた。

「こんにちは」
「こんにちは」
にっこりと周助は笑みを作った。

「僕、不二周助です」

「不二…? もしかして不二君の……?」

振り返って裕太を見ると、面白くなさそうにまた裕太はそっぽを向いた。

「俺の兄貴」

ぶっきらぼうに言われて、周助は苦笑いする。

そんな裕太の様子を気にしないのか。

「そうなんだ」
ふわり、とまた彼は笑った。

(……っ……)

自然に顔をほころばせてしまいそうにする。

周囲の空気が暖かくなる。

そんな錯覚を起こさせる微笑。

違和感のある笑みとはまったく違うそれに気がつきながら、周助は言葉を待った。

「僕…………手塚、一真です」

なぜか自分の苗字なのに、つっかえながら言うのを見て、周助は「ふぅん」とだけ返した。

「どうして裕太と一緒なの?」

「不二君とは席が隣で……」

(え?……裕太と同い年…?)

まじまじと一真を見つめている兄の様子に裕太は「ぷっ」と噴出すと、小さく笑った。

まさか自分と同い年とは思ってなかったのだろう。

国光も苦笑いを口元に思わず浮かべ、そして固まっている周助の前で「?」となっている一真の頭を撫でる。

事件から食も細くなり、以前からも幼く見られがちだった彼の身体はさらに細身を帯びてしまった。

かなり年下に見られても、それは仕方がないと思えるほどに。

「行くぞ、一真」
「うん」

一真は国光の側によると振り返って周助にぺこん、と頭を下げて裕太を見た。

国光も小さく会釈を返す。

「またね、不二くん」
「おう。また明日な」

ひらひらと手を振りながら分かれると、まだ固まっている兄を見る。

「兄貴、何やってんだよ。帰って練習しに行くんだろ」

「あ、あぁ……。ねぇ、裕太。一真くんって本当に同じ学年?」

「うん。隣の席だって言ってただろ」

「ふぅん」

周助はランドセルを背負いなおした。

呆然としてしまった周助は、もうそこにはいない。

いつもの不二周助がそこにいる。

「迎えに来てたのが、一真の兄貴か…。知り合いかよ?」

「裕太。君は…見たことないかい?」

そう言って、最近周助が出る大会はことごとく避けられていたことに気がつく。

その間は裕太は自主練習とか、違う少し離れた地区の大会に出場していたのだ。

「? 誰を」

「……見たことがなくても彼の名前は知っていると思うよ」

周助は言葉を切る。

「手塚国光」
裕太の動きが止まり、目が丸くなった。

その名前は、テニスをしている小学生の中ではあまりに有名人だった。









「一真もテニスやらないか?」

「んー…今日は止めとく。僕、国光兄ちゃんの、見てるほうが好きだから」

「そうか?」

(いきなり初日から無理強いしてしても好きにはならないだろうしな)

そう思い、国光は歩調を一真に合わせながらゆっくりと歩く。

「でも気分転換にはなるから、考えておけよ」

「…? テニスすること?」

「あぁ」

「んー…僕、どんくさいから」

「そんな事はないだろう?」

「そうかなぁ」

普段の手塚国光を知っている学校やテニス部の人間が見たら目を丸くするかもしれない。

あの手塚国光が、こんなに会話をする人物だとは思わないだろう。

「でも、僕あれは好き。あのポーンって高く飛ばすやつ…シャトルっていうの? あれをほら」

「一真…それはテニスと違う…それはバトミントン」

国光はそう言いながらも、淡く微笑む。

数日前までは、こうして会話することもままならなかったのだ。

ただ話せている、今これだけでも充分嬉しい。

「あ、兄ちゃん…。不二くんのお兄ちゃん、知ってる人?」

「ん?」

知っているのか、と聞かれれば知っているがまともに、そして友好的に会話をしたのは今日が初めてだった。

「…あぁ…。一応、知ってはいるな」

「ふぅーん」

ランドセルをひょいっと背負いなおすと一真は見上げてくる。

その視線に、頭を撫でてやりながら国光は続けた。

「大会の決勝トーナメントの常連だ」

「あの人、強いの?」

「……あぁ」

「国光兄ちゃんよりも?」

義弟の無邪気な問いかけに国光は一瞬、動きを止める。

「……」

「国光兄ちゃん?」

「……今のところ、俺のほうが勝っている、と、思う…」

義弟に対して彼より弱いとは言いたくはない。

しかし、ここで素直に俺のほうが強いと言えば、のちのち不二周助から何かしら言われるかもしれない。

先ほど見た、目を見開いた状態の周助を思い出し、国光は小さく溜息をついた。

「…明日、もしかしたら試合をしなくちゃいけないかもしれないから」

「しなくちゃいけないの?」

「…ああ…。たぶん…いや…おそらくは」

(あの顔は、社交辞令で試合に誘ったというわけでわけではなさそうだ)

そう考えてから、ラケットを持ち直す。

「僕、見にいってもいい?」

「あぁ」

(兄として、弟の前では負けられんな)

それは周助としても同じことなのだが、国光はそこまで知らない。

そうこうしていくうちに、国光は弟の足が止まったことに気がついた。

「一真?」

「国光、兄ちゃん」
一真の動きが緩慢になっている。

「どうした」

「この道、通らなくちゃ駄目なの?」
一真の言葉に国光はこれから行く方向を見る。



いつもよりは人気が少ないが夕暮れ時にはありがちな光景…。




「気分が悪いのか?」

「……うぅん…違う、けど。なんか嫌な感じがする」

「?」

国光は一真と道とを交互に見つめた。

「…なら、少し遠回りにしようか」

理由はわからなかったが、一真のつらそうな顔は見たくなかった。

国光が優しくそういうと、一真はあからさまにほっとした顔つきになった。

国光は一真を先導するかのように横道にそれて行く。






《我等の存在に気がついたか…》
《おお、…あの霊力…早く御方様に捧げねば…》






国光は知らない。

自分たちが向かおうとした道の、すぐ脇。
ビルとビルの狭間でそう呟いた存在が居たことを。

そして。



「大地に基づく精霊達よ

悪しき闇を飲み込み

その存在を封じよ…




《グオォォォォッ》
《おのれ、おのれ…人間かぁっ…っ!》

その存在達の一部を駆逐し、大半を逃がして行き先を突き止めながら、一人の男と、彼を優しく見つめる二人の男女が居た事を。

「……………………………あれが、『影山』の……。あの人の息子……………一真、くんか…」







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