友達 (前編)




「一真、行こう」

「うん。裕太」

にこにこしながら不二裕太はラケットを持つと、隣の手塚一真に道を教えながら歩き出した。

二人ともランドセルを背負い、手には子供用のラケットを持っている。

その二人の後ろを、二人の兄が同じスピードで歩き出す。

「君と対戦するのって何週間ぶりかな」

「……15才以下の大会…だから1ヶ月ぶりじゃないか…?」

「ふふ…楽しみだなぁ。僕、少しはうまくなったよ」

「…」

なんと返していいか判らず、手塚国光は隣を歩く不二周助にちらりと視線をやった。

昨日の約束どおり、周助は予定を空けて、一真を迎えに来た国光を待っていた。

「やぁ、今日は大丈夫だよね」

疑問系ではなく決定事項のようにそう口にした周助に対して国光は少し溜息をつくと頷きで応えた。

それからしばらくは二人で…と、言うよりも周助のほうが一方的に話しかけて…話に花を咲かせていたのだ。

そうこうしているうちに、クラスの用事を済ませた二人…裕太と一真がまた一緒に歩いてやってきて。

裕太も一真と一緒にテニスがしたいと言ってくれ、国光は一真をテニスに誘う手間が省けたと顔には出さなかったが内心喜んだ。

「じゃあ裕太。僕とも一緒にテニスしようよ」

「兄貴とは嫌だ」

きっぱりと裕太がそう断るまでは。

それから数分間、冷たい空気を漂わせながら周助は国光の隣を歩いている。




一方、裕太は一真と一緒にいるのが嬉しくて仕方がなかった。

思わず今朝「お前もテニスするのか?」などと聞いてしまい、裕太は自分の言葉に自己嫌悪に陥った。

もしかしたら一真だっていつもそう聞かれ、嫌な想いをしているのかもしれない。

『天才の弟』

それは何も自分だけではないのだ。

手塚国光はここ数ヶ月、自分と、そして兄の前に現れた大きな壁のような存在だった。

ジュニア大会を総なめにし、全国大会シングルス決勝トーナメントの常連になりつつある彼は、周助と同じくテニスの天才なのだ。


(もしかしたら…比べられているのかもしれない。俺と同じように)


そう考え、裕太は少し表情を暗くした。

が。

「うぅん。僕はしないんだ。でも兄ちゃん強いみたいだよ」

その言葉で、肩の力がすとんと抜けた。

「へ?」
間の抜けた声を出してしまうが、相手はふわりと優しく笑う。

「僕、するより見るほうが好きなんだ」

「そ、そうなのか?」

おずおずと裕太は話を続ける。

それから裕太としては、実に久々に兄と比較されないテニス談義ができたのである。

それは、一真が周助をどんなにすごい話を聞いても一貫して「裕太の兄」としてしか見ず、決して周助と裕太を比べることがなかったからだ。

一真は知識としてはテニスを知っているが実際にあまりプレイしたことがなくて、ただ本当に見る専門だということを裕太は知った。

「国光兄ちゃん、僕とテニスしたいみたいなんだけど…僕、下手だろうから相手にしてもつまんないと思うんだ」

一真の言葉に裕太は破顔する。

「じゃ、お前の相手は俺がするよ。お前の兄ちゃんには俺の兄貴に相手してもらおうぜ」

裕太は嬉しかった。

自分を兄と比較しない、テニスを知っている人間がいることに。

そしてまたそんな兄の話ができる相手ができたことに。

「…裕太、でいいぜ。兄貴も『不二』だし呼びにくいだろ」

「じゃ、僕も一真でいいよ」

にっこりと二人の「弟」たちは笑いあった。

それが一真にとって大事な『親友一号』ができた瞬間でもあった。



「手塚君…君、弟とは仲がいいみたいだね」

「?」

周助の少し沈んだ声に、冷たい空気は感じなかったので国光は相手を見つめる。

「…羨ましいな」

(そうか?)と国光は周助と、そして目の前を歩く裕太と一真の背中に目をやった。

「…俺は君のほうが羨ましいがな」

「どうして?」

「…」

国光は一瞬、口にしていいか迷う。

だが、兄としては周助のほうが先輩だ。

何かしら相談に乗ってもらうこともあるのかもしれない。

国光はそう思って、ワンテンポ歩調をずらした。

目の前の二人は気がついていない。

さくさくと先に進んでしまう弟に溜息をつきながら、周助は国光の言葉を待つ。

「…俺たちは血がつながっていない」

国光の告白に、周助は目を丸くした。

「…あんなに仲がいいのに?」

「元々、友達だった」

言葉少なめに国光は言うと、目の前を歩いている一真の背中を見つめる。

「…兄弟になったのはつい最近だ」

「その前から『お兄ちゃん』って呼ばれてた?」

「あぁ」

国光は視線をずらした。

「しかし俺は今まで精神的に一真に頼っていた部分があったように思う」

「どうしてそう思うんだい?」

「今…一真が、俺を…俺たちを頼ろうとしないからだ」

「え?」

「だから一真は無理をする。俺に対しても周囲に対しても自分は大丈夫だと言い聞かせる。本当は違うのに。誰も頼ろうとはしない」

「…それは、違うんじゃないかな…。君の弟は…」

「『頼る』のはその大半が相手を信頼しているからだ」

国光は己の持論を口にする。

「俺は一真に信頼されていない」

周助はそのきっぱりとした口調に国光の苦々しさを感じ取った。

(本当に、そう思ってるんだ)

周助は目を伏せる。

「だから頼られるために努力している」

テニスのことでギクシャクし始め、傍から見ても仲が悪いように見える自分たち兄弟と。

ものすごく仲はいいのに、弟は知らないが兄は彼から信頼されていないと思い込んでいる兄弟。

(見た目で判断して、勝手に羨んだ僕は、なんて馬鹿なんだろう)

周助は国光を見上げる。

「…でもいいの? 僕に君たち兄弟のこと言って。普通は隠しとくものでしょう?」

周助の言葉に国光は彼を真顔で見つめ返した。

「調べればすぐに分かることだ。それに」

そう言葉を切ってから、彼は言い切る。

「君はそういうことを吹聴しない」

「どうしてそう思うの?」

「それぐらい、判る」

簡潔に言い切る国光に、周助は笑みを見せた。

黒い気配がする笑みではなく、すがすがしいまでに優しい笑みだ。

「…うん」

「俺は君からすれば、兄になったばかりの人間だ。何かあったら相談するかもしれない」

くすっと周助は笑う。

「僕も裕太のことを相談するかもしれない」

「「その時は宜しく」」

無邪気な弟たちの後ろで、兄たちによるひそやかな同盟がここに結ばれることになり。

これ以降、国光と周助はお互いの印象を強敵から好敵手へと変貌させる。


この関係は、やがてチームメイトになるのだが、この時の彼等はまだ知らない。






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