友達 (後編)



海堂薫は思わずぽかんと口を開いて、その光景を見つめていた。

ここ最近、大会の上位入賞や優勝をさらっている手塚国光と不二周助が、コートの中で打ち合いをしている。

地区が離れたこの二人は、強さも拮抗しており同じリーグ戦に出ることは少ない。

そんな彼らがこうして打ち合っているのを見れたのは幸運というしかない。

「あ、もうやってる…でも先にコートで使ってた人たち、試合終わったのかなぁ」

「大方、兄貴がごり押ししたんだろ」

「え? そうなの!?」

「うん。たぶん」(目でも見開いて脅したかな、兄貴)

「すごいね!!」

「…一真、お前なんにたいして感心してんの?」

そんな会話が彼の側を通り過ぎた。

見ると、片方は不二周助の弟、裕太と見知らぬ小学生だ。

海堂はそのまま視線を彼らに向けた。

仲が良さそうに二人はコートの側に来る。

そこに、ボールがコートのライン上をはねた。



「15-30」




手短に居た審判役の大人が、そんな声をあげる。

「あれも点数に入ってるの?」

「うん」

裕太ははにかんだ笑みを見せ、その笑顔に海堂は少しばかり驚いた。

この近辺で、テニスをしている小学生たちの中ではこんな噂が飛んでいたからだ。



『不二弟は兄が嫌い』



その噂が本当のように裕太は周助とは同じ大会には出なくなったし、クラブの練習でさえ離れてするようになったのを海堂は知っている。

笑顔なんかここ数ヶ月見たことなかったのだ。

まあ、それは海堂が違学校区内の人間だからかもしれないが。

その彼が兄の前で笑い、しかも楽しそうにテニスを見ている。

(もしかして、チャンス、かも?)

ふいに海堂はそう思った。

裕太とは今まで対戦していないのだ。

対戦したかった人間が目の前にいる。

(話しかけてみるかな)

しかし、どうやって?

海堂は顔を少ししかめた。

自分は口下手だし、こっちは普通にしていても「睨んでいる」と取られてしまう。

おかげでいつもけんか腰だと言われるのだ。

自分からテニスをしようとさそうのだから、穏便にしたい。

海堂はしらずじらず、少年と裕太をみつめていた。

それは睨んでいると誤解されそうな、そんな視線だった。

くるり。

少年のほうが振り返り、海堂と眼が合った。

(やばい)

そう思い、海堂は視線をそらす。

なにが「やばい」のか自分自身も判ってなかったのだが。

「ねぇ」

人懐っこい雰囲気をする、小さな少年が声をかける。

「僕、…手塚一真」

「あ? あー…海堂薫」

相手のほうから声をかけてくるとは思っていなかったので、慌てたように海堂は口を開く。

「君、テニスの相手、今居る?」

「…い、いや…」

「じゃあ、裕太くんとやってあげてくれる?」

この次でいいから、という少年…一真に裕太は驚いて顔を上げた。

「何言ってんだよ。お前にテニス教えに来たんだぞ」

「僕は見ながら、技とルール覚えるので今日はおなか一杯だよ。裕太」

一真は首をかしげた。

小動物のような仕草に海堂は頭を撫でたくなる衝動を抑える。

「だから、僕のことは今日は置いといて、えぇっと海堂君? としてきなよ」

「一真?」

「僕とだったら思い切りできないでしょう?」

一真の言葉に裕太は頬を照れくさそうにかいた。

「いいのか?」

「僕はいいよ。あ、でも海堂くんにまだ聞いてない」

願ったりかなったりというのはこのことである。

海堂は一・二もなく、こくこくと頷いて見せた。

「じゃ、次は俺と、えーと海堂とだから」

そう言ってコートの中に入っていく裕太と見知らぬ少年を見送りながら、国光と周助の二人はタオルを渡してくれる一真に視線をやった。

「一真?」

「うん?」

「一真君はしないの?」

「僕、いまいちルールがよく判らないから、それを覚えるので脳みそパンク状態だよ」

「…ルールブック、買って置いたろう?」

溜息交じりに行ってくる国光の言葉に、一真は小首をかしげた。

「うーーん、実際本で読むのと見て覚えるのって違うし」

「ま、それもそうだね」

周助が笑いながら、タオルで汗を拭く。

「じゃあ、裕太達の試合見ながら、僕達が教えてあげるよ」

「ありがとうございます」

にっこりと一真に微笑みかけ、それから周助は多少憮然としている彼の義兄に目をやる。

「今日はコートに連れて来れただけでも良しとする」

「うん、懸命な判断だよ。手塚君」

「?」

二人の兄の会話に?マークを飛ばしながら、一真が見上げてくる。

国光はそんな彼の頭を撫でて、そして目の前で戦いだした裕太達の方に視線を向けようとし…。

「?」

「どうしたの?」

「あぁ……いや、気のせいか」

国光はそう義弟に返しながらコートに視線を向けなおす。

(見られている感じがしたんだが)

そう思っても、すぐに考え直した。

手塚国光と不二周助の二人が試合をしたということで注目を集めたのかもしれない。

そう思い、視線をめぐらすような事はしなかったのである。



「義理とはいえ兄貴のほうが俺たちの視線に気がついたな」

水無月流魔は面白そうに口元に笑みをこぼした。

側に居るのは彼の付き人の少女だけで、地使いはいない。

彼は魔力の残滓を追いかけ、少年に狙いを定めた妖魔の使い魔たちを一掃することに余念がない。

「一真君には指一本、触れさせん」

鬼気迫る表情で男はそう言うと、流魔の許可を得て使い魔を確実にしとめている。

「須賀様が追い詰めている妖魔の狙いは、一真様にほかならないのでしょうか?」

「ああ、それは間違いはない」

流魔は目を細めた。

テニスコートの中で笑顔を見せている少年の線は細く、仮に彼の腕を握り締めたら簡単に骨が折れてしまいそうだ。

「奴は「使い人」の血を飲んで、覚えた。奴の使い魔たちも執着を見せていただろう?」

そして、その使い魔たちの数も着実に減ってきている。

力を回復するためにはより良質な血を求めてくる可能性も大なのだ。

「…見境なく人を襲っていた彼らが…あの少年一人に的を絞る、ということですか」

須賀もその辺りを検討し、流魔と弥生の二人を一真に付けさせたのだ。

勿論、連絡をすれば必ず自分も駆けつけると念を押して。


「おそらくな…まったく、俺のテリトリーの中で好き放題に増殖してくれていたものだ」

「地下にもぐられれば、風の精霊たちは知る由もありません」

「だからといって、放っておいていいという問題でもない」

テニスボールがコートの中を跳ねる。

目つきの鋭い少年が決めたようで、もう一人の少年からは笑顔が消えた。

本気になった彼らの戦いが始るのだ。

コートの中で。

「…そう、あいつの養父(おやじ)や母親、そして他の被害者たちが死んだ間接的原因は、俺にあるだろうな」

妖魔を野放しにしておいた責任がある、と流魔は自嘲気味に笑う。

「いいえ、流魔さま」

頭を振る付き人に、使い人は「お前の意見は聞かないよ」と意思表示を示す。

「罪滅ぼしとか言うのもポリシーじゃないが…」

流魔の目は、一真の周囲を取り巻く精霊たちを見つめていた。

風が、彼を取りまいて邪気を追い払っているようにも見える。

(正直面白い存在だ)

一真の血筋は【地】の使い人のはずだ。

だがそんな彼を【風】の精霊たちが護っている。

属性の違う血筋の人間を護る精霊たちというのはおかしい。

なんの力も持たない、使い人の術さえも知らない少年がそんな加護を受けている。

「人を妖魔から護るのが使い人、だものな」

「はい、流魔さま」

テニスボールがコートにはねる音を聞きながら、流魔と弥生は少年たちが動くまでその場に立って見守っていた。





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