「死ねよ! お前ごときが『継承の儀』に出るなど身の程をわきまえろ!」
(俺が選んだわけじゃない)
「死ね!」
(…死にたくないっ)
「一族の面汚しめ!」
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
炎に巻かれ、自分が魂からの叫びを上げるのを自覚すると、彼はそのまま修行場から転がり落ちた。
火に焼かれた彼は、自分が笑いながら燃やされているのを自覚しながら、眼を閉じる。
「…和麻殿…っ!」
自分の名を呼びながら、誰かのその腕が自分の身体を抱きかかえてくれたのを感じるが。
そのまま彼は意識を失い、その場から暗闇に落ちていった。
かんなぎ
一族の名は『神凪』。
約1000年以上前に火の精霊王と契約した使い人大家で、いくつもの分家を従えた日本最大の【火使い】一族である。
第壱章 麒麟修行編
(1)風の息子達
(1)
手塚一真は、少しばかり強い風に吹かれた髪を手で整えた。
彼の耳元では風の精霊たちがこぞって何ごとかを囁きかけてくる。
「須賀さん」
「達也さんと呼んでくれと何回、一真君には言ったかな?」
「ん?」と優しく言いながらも【地使い】須賀達也の額にはうっすらと怒りマークが浮かんでいるように思え、思わず一真は「ごめんなさい」と謝るときちんと言いなおす。
「達也さん、風の子が何か言ってる」
「風の精霊が?」
あれから数週間経ち、その間一真は休日には泊り込みで須賀家に平日では自宅となっている手塚家にて修行を積み始めた。
修行といっても力をつけるものではなく、自身の力を抑制し操れるようになることを重視したもので、須賀家では念(「気」とか「気力」といった類のもの)の操り方やそれを使った治療方法、そして時間が空けばなぜかふらりとやってくる水無月流魔の指導の下、風使いの術法を教え込まれていた。
平日の家では主に身体を鍛えるため、祖父の国一の監督の下、格闘術を主にした体術を習得するための基礎を行っている。
小学生としてはなかなかハードな修行内容なのだが、本人は至って嬉しそうに、そして楽しそうにそれをこなしていた。
友達である不二裕太や海堂薫達と遊ぶ時間も少なくなってしまっているのが悩みの種らしいのだが。
「他の使い人から見て、あと2年で一人前にしなきゃならない…が、一真なら平気だろう」
そう言ったのは一真の力を見た流魔の言葉だ。
一般人から見て異質で異常な力を操る【使い人】である彼らから見ても手塚一真という少年は異常だった。
本来の血筋である影山一族から見れば、一真が操れる精霊は大地の精霊である、使えるべき術も【地使い】のものではなくてはいけない。
しかし一番最初に彼が力に目覚めて駆使したのは【風使い】の最強クラスに当る浄化を意味する【霊覇】の風だった。
今まで【使い人】という存在も己の血筋も術法も知らないただの小学生が、だ。
これには風使い最強の一族である流魔も内心冷や汗をかいた。
現在の自分のレベルを超える【風】だと判ってしまったからだ。
いかに霊魂である母親の導きで術を使用したとはいえ、地使いの一族が風使い、しかも浄化の風を使ったのは衝撃というしかない。
長い使い人の歴史書かなにかを紐解けば例が挙がるのだろうが、少なくとも流魔も達也も前例を知らないのだ。
その術を使った後の一真の成長は著しい。
と、いうよりも彼を取り巻く精霊たちの動きが、と言っても過言はない。
風の精霊たちはこぞって一真の辺りを漂い、彼の存在を祝い、そして慈しみ、言葉を待っているのだ。
きちんとした術法ではなく、彼の言葉だけで何かをなそうとしているその様子に唖然とし、そして一真のその無防備な状態に危機感を覚えた二人は一真とその家族に理由を率直に述べて鍛えることにしたのだ。
また、他の使い人たちにも話さなくてはいけなかった。
【風使い】はともかく、【地使い】はその独自のネットワークを持つ。
しかも須賀家は影山家から【地使い】のネットワークの統括ともいえる【代表格】を譲渡されていたので、他家に隠し事はできない。
正直に、そして明確に現代の連絡網を駆使してそのことを少なくとも同じ【地使い】に情報として流さなければならなかった。
少なくともその血筋は【地使い】なのだから、影山一族と深い交流があった須賀家が修行中の全責任とその身柄を預かり、【風】を扱ったその事実を目視にて確認した本人なのだから、水無月家の長男がその修行を見守るという名目で須賀家に来ている。
そう伝え、いまだ他家からの確認の連絡が送られては来ていないがなんらかの行動をしてくるだろう。
さらに彼自身のことを言えば術法や念の使い方などを覚えるのが人並みはずれてもいる。
まるで砂漠の砂が水を瞬く間に吸い尽くすように、一真は修行の内容を一つ残らず確実に覚え、身につけていく。
覚えた風の術を使うまでの体力がついてきていないだけだ。
念治療に至っては、使いすぎないように、そしてまだ無闇に使わせないように使用するのを止めさせている。
暴走する危険があるからと伝え、本人も自覚があるのか素直に言葉に従った。
こちらも彼の【気】の波が一定ではないからだ。
それも、どうも身体を鍛えたい、大きくしたいと思っているようなので体力のほうも、そしてそれに伴い【気】も時間が解決してくるだろう。
達也に言わせれば「末恐ろしい」、流魔に言わせれば「面白い」存在である手塚一真という少年はいまだに髪や頬を撫でる風をそのままに周囲を見回した。
使い人だとしてもその属性が違ってしまえば存在は感じ取れるが交渉することはできなし、その姿を確認することも意思の伝達もできない。
達也も風の精霊たちが一真の周囲を漂い、騒いでいることは感覚で感じ取れるのだが何を伝えようとしているのかまでは判らなかった。
風使いである流魔が来ていれば、彼の付き人である草薙弥生に頼んで精霊の通訳をしてもらうのだがあいにくと今日は来ていない。
「風の精霊たちはなんて言ってるか、わかるか? 一真君」
「…っと」
少し集中する。
一真の耳には風音が人の声として知覚していくようだ。
「助けて」
「助けて?」
救援を求める声に達也は顔を上げる。
「どこの方角を精霊たちは示している」
一真が指差す方向を見て、達也は眉をしかめた。
山々が入りくみ、洞窟がいくつか口をあけている山の合間。
【火使い】大家、神凪家の名が頭を掠める。
少年が指差した方向のずっと奥にだが、常人には悟られないように結界をしいた場所があり、そこで神凪の一族の若者たちが修行しているのだ。
「早くしないと手遅れになるかもしれないよ、須賀さん」
「達也さんだろう?」
そう諭すように言いながら眉をしかめたまま、その方向を見つめ、達也は意を決した。
風の精霊が救援を求めている、かつ、神凪関係といえば達也の頭にはある風使いの一族の名が浮かんでいた。
(……神凪とことを構えるのは時期尚早だと思うが…そうも言ってられんか)
「貴方?」
黒髪の女性が顔を出す。
須賀里穂。
達也の妻であり付き人だ。
「里穂、少し出かけてくる。一真君は案内だ」
「はい」
「判りました」
こくこくと同じように頷く妻と一真の様子にまるで親子のようだと感じる。
「やはり国一さんと再度交渉して一真君を養子にせねば…」と浅く思いならも土使いはそれを懸命に言葉にはしない。
「距離は?…」
「ちょっと遠いです。入り組んだ…うん、そう…山間の川の近く。車じゃ入り込めない…。風の中に血の匂いもする」
「緊急手段だ」
一真の言葉に達也は地面に手をつけた。
地の精霊よ 我が意思に従いし 土の従者へとその形を成せ
ボコボコッ!!!
地面がまるで沸騰したお湯のような音を立てたかと思うと、2m近い大きな土人形が姿を現す。
「うわぁ」
土使いの術を間近に見た一真は思わずそう歓声を上げた。
「風使いのように風を使って跳ぶことはできないが、土使いにも高速移動の術はあってね」
達也はそういうとさらに言葉を重ねる。
土の従者よ 我が身を望みし 大地へと誘え
土人形は地面に身体の大半を沈めた。うねうねと波打つ身体の溶け込んだその場所に達也は一真を呼んで立つ。
「里穂、念のために救急箱」
達也がそう言った瞬間、土人形は動き出す。
「はい。もし重症の場合は主治医を呼びます。気をつけて!!」
「一真君、向こうでいいな?」
「はい!」
一真が指差した方向に向かって、土人形は二人を自分の身体に乗せたまま車もかくやというようなスピードで動き出した。
障害物は、土人形が移動すると向こうから避けていく。
勿論、山に自生する木々に至ってもそれは同じだ。
(まるで猫バスみたい)
ジブリのアニメ映画で見たことがあるワンシーンを思い出して、今はそんな場合ではないと顔を引き締める。
「一真君、風に聞いてくれ」
「はい」
何度か風の精霊たちに聞き、正確な位置を確認しつつ移動すると山の合間に流れる川の側、開けた場所にやって来た。
「達也さん!!」
「っ!」
達也は絶句した。
人が二人横たわっている。
一人は全身にひどい火傷を負い、もう一人は身体を強く打っていた。
「ひどい…」
火の精霊たちの残滓がところどころに漂っているのを見ると、おそらく火使いの術で攻撃されたのだろう。
(使い人はむやみに人を襲うために術を使えるわけではない…)
達也の意図を汲んで、土人形は一度地面にもぐると、二人の足場から一歩離れた場所に姿を現す。
「とにかく治療しないことには、どちらに非があるかはわからんな…」
使い人が正しくその術を使っているのならばいいが、達也の頭にはこの辺りの火使い=神凪という図式がある。
達也の中で神凪はいい印象のある使い人ではないのだ。
そう考えながら、達也は携帯電話を取り出して妻に主治医を呼ぶように伝えると、応急手当で念の治療を施していく。
「僕がちゃんと念を使えれば手伝えるのに…」
ごめんなさい、という一真に達也は苦笑する。
使えないのではなくて、使わせないようにしているからだ。
そうしながらも火傷をなんとか治していく。
(…これ以上は俺では無理だな…)
土人形に運ばせないと、と達也が思い、地面に手をつけた時だ。
ゴーレム
「土人形さん、こっちに来てくれる?」
土人形へのこの呼びかけに達也の苦笑は深みを増した。
ゴーレム
「一真君。風使いの言葉に土人形は反応しな……」
風使いであろうとも地使いに作られた土人形が他の使い人の言葉に反応するわけがない。
大元は土の精霊たちだからだ。
一真だって普通なら土の精霊を見たことはないはずだ。
見れない精霊は操ることはできない。
それは一真もわかっているはずなのだが土人形という形をしていたので、精霊という概念がすっぽり抜けてしまったのだろう。
そう言おうとしたが、目の前の光景がそれを打ち壊した。
達也の作った土人形が動き、一真の指示の元、その身体を地面に沈ませると包み込むように怪我人を自らの身体に乗せたのだ。
それはまったく自然な動きだった。
「……」
「達也さん、早くお家に運んで救急車呼ばなきゃ!」
少年の言葉で我に返ると、「そうだな」と小さく返し、もう何体かの土人形を作り出すと二人はその場を後にした。
(…まさか…そんな…。一真くん)
達也は怪我人の心配も勿論だが、風の精霊に何ごとかを伝えて走らせているらしい少年を見下ろす。
土人形は確かに一真の言葉に従った。
土人形=土の精霊だ。
風使いには土の精霊を操る術はない。
しかし地使いにはある。
元はといえば、一真は地使いの家系だ。
ぐるぐると達也の頭をそんなことが駆け足でめぐる。
(…君は、【地】も使える可能性があるのか?!)
当然のことながら、達也のその問いに答えるものはその場にはいなかった。
後に『麒麟』といわれる少年の、能力開花はこの時だったのである。
さらに。
後の世にて様々な意味での『最強』と呼ばれるモノ達の邂逅がなされはじめたのもこの時であった。
続く
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