オーバーロード
1000年前、惑星全ての火をつかさどる超 越 的 存 在である火の精霊王と契約した火使いの一族が日本に存在する。
これは世界的に認知されており、世のオカルト的存在たち、魔女、魔法使い、異能者、超能力者などといった裏の世界の住人たちの中では有名である。
彼等は長い歴史の上で、精霊王の加護と祝福を十二分に発揮するために付き人一族を吸収し、血に連なるもので大家を作りあげた。
彼等が操る火には金色が混じり、その色は【浄化】の力だ。
その力は他の使い人達の技でいうなれば、達人のみが操れる力だった。
使い人達は当初、神凪家(分家を含む)を尊敬したといわれている。
だが、現代。
一族は他の使い人達からも敬遠、または侮蔑すらされている。
その理由は。
「精霊王の加護に胡坐をかき、実力も伴わない人間が他人を見下すからさ」
第壱章 麒麟修行編
(1)風の息子達
(2)
その光景は夢だと自分で理解していた。
それが今から七年ばかり昔の光景だったからだ。
分家の連中がいい様に自分に対して炎を撒き散らし、自分はただ受け止めることかできず肉をただ焼くだけだった。
断続的に痙攣する身体に容赦なく蹴りを入れられ、踏みつけられた頭を起こして、死にたくない一心から拳を振り上げた。
最後の気力を振り絞って耐えた炎の一撃。
だが、その後は気も枯渇してなす術はなかった。
あの時に確かに自分の中にあるものが折れてしまったのを漠然と感じていた。
【心】を折られた。
神凪の炎にはけして勝てない。
自分が永遠の弱者なのだと思い知らされた。
だからこそ、戦うのを止めた。
嘲笑、侮辱、屈辱。
何度となく繰り返されること…それ以上に、痛いことが嫌だった。
火術の術法もきちんと理解した。
体術も分家の同世代の誰にもひけを取らせない。
だが相変わらず肝心な、神凪宗家の一人として一番重要な【火】だけは使えなかった。
…術法の組み方も精霊の使い方も理解しているが、精霊は自分に応えてはくれない。
自分が貶められるのはそれが原因だった。
ふとした切っ掛けで知り合い、今は友人と思っている風巻流也もまた神凪一族に虐げられる風牙衆の嫡子だった。
300年以上前に神凪によって討伐された風使いの一族は、自分と同じことを生まれて、そして死に行くその時まで運命付けられているのだ。
(闇…だ)
深い、深い、闇だ。
救ってくれる者は誰一人として存在しない。
いや、いることはいる。
神凪重悟。
神凪一族の宗主。
だが、彼も口頭で一族を注意するだけで全てが終わったあとに動く人だった。
だが、それを責める謂れは自分にはない。
なぜなら重悟は神凪一族全てを真実、統括しなくてはいけないのだ。
いまだ先代として暴走している人間や、他の煩型の長老たちを丸め込み、他の使い人たちへの印象を変えようとしているのだが焼け石に水の状態で。
その現状を何とかしようと動いている大人に頼って迷惑をかけてしまいたくなかった。
また彼を頼り、さらに「宗主のお気に入り」と自分の立場を悪化させたくもなかった。
父…神凪厳馬は神凪宗主の側近であり、今では神凪でも少なくなった【神炎】使いだ。
時折自分を見る目に諦めに似た光を宿していることには気が付いていた。
正直なところ、早く「炎術を覚えなくてもいい」と言って欲しかった。
自分はもうすでに炎を操ることはできないのだと骨身に染みてわかっているというのに。
母…深雪には少なくとも「愛されている」と思いたかったが、うっすらと判っていた。
あの女は自分の「成績」しか見ていなかった。
学校の成績・体術の教師からの褒め言葉を嬉しそうに聞くその様は正しく母親だった。
だが、それだけだ。
炎術の才能がない自分を「自分が産んで育てている優秀な息子」として受け入れられないのだ。
今では炎術の才能あふれる弟…煉に愛情を注いでいるように見える。
弟は弟で、別段どうということもないのだが自分を『助けて』くれるものではなかった。
自分は父母に疎まれているのではないか、と思うときもあった。
その弟に滅多に会わせてくれない。
そして分家の子供たちからの虐待を知っても止めてくれない、止めようとしないのがその証拠だ。
(堕ちていく)
夢の光景が消えて、星一つない夜…意識の中のさらに奥底に魂が行くのが判る。
漠然と「死」という言葉が浮かび上がっていく。
(…それも、いいかもな…)
もう自分の肉が焼ける匂いも嗅がなくてすむ。
もう嘲られることもない。
どんどんと気が闇に染まっていくのが判る。
この闇は安らぎだった。
(このまま、だったら、いいのに…)
「駄目だよ」
子供の声が意識を止めた。
(誰だ)
「それが知りたかったら、起きなくちゃ。お兄ちゃん達」
(達?)
子供の声にそういわれ、ふと思い出した。
修行場で崖から転落するさい、まだ燃える自分を抱きかかえた存在が居たことを思い出す。
それは自分の名を呼んだはずだ。
(…まさ、か…流也っ?!)
「そっか、もう一人ののお兄ちゃんは「りゅーや」さんって言うんだね」
子供の声はさらに続く。
「ほら、こっちのお兄ちゃん。いつまでもここにいたら「りゅーや」さんにお礼を言えないよ?」
(…あ、あぁ)
小さく返事をする。
(意識を浮上、させないと…)
「うん…難しい?」
子供の声に素直に頷く。
「お兄ちゃんの手も足も、身体も痛みはもうないよね?」
(あぁ、だけどどうすればいいか判らない)
素直にそう答えた。
「じゃあ」
闇の中に優しい光が浮かんだ。
強烈な闇を打ち消すような光ではなく、その闇を淡く照らす、正しく暗闇の道標に彼は思えた。
光の中に先ほどの子供が居る。
確かな輪郭は見えないが、まだ小学生…自分の弟と同じくらいに見えた。
「手をとって」
彼はその言葉に素直に手を取った。
(!)
一気に意識が浮上する。
夢で見た過去の記憶が逆巻くのを感じる。
それと同時に心が、体が、何かしら熱くてたぎる何かを得ていくのを、さらに感じた。
そして肉体の感覚が蘇る。
一つ一つの細胞が活性化し、火の精霊たちの残滓がきれいに消えていくのを感じる。
(精霊たちの存在が、感じられる…?!)
信じられなかった。
今まで感知したことはなかったのだ。
ふいに隣を見ると、友人の姿が見えた気がした。
彼もまた自分と同じように子供の手をとっていた。
驚き、目を丸くし、そして微笑み合い。
ぶつり。
その光景が切れた。
そして気が付けば彼は布団に寝かされていた。
「こ…こ、ここは…」
火ぶくれたはずの唇が、滑らかに動くのが判って驚いた。
ふと腕を上げるが、多少火傷と、裂傷は残っていたが死ぬような傷ではなかった。
「…和麻殿」
その声に隣を向くと、自分と同じように寝かされている友人の姿に、泣き笑いの顔が浮かんでしまうのを彼は止められなかった。
「流也…。馬鹿だな…黙ってみていればお前、痛い思いをしなくてよかったんだぞ」
「それはこちらの台詞です。貴方こそ、見咎められた私を放っておけばよかったものを…」
軽く言い合い、そして小さく笑った。
神凪では流也の存在は下部組織の病気がちな子供となっており、顔見世も何もされていない。
そんな少年が修行場にうろついていたなど知られれば、その下部組織はただではすまなかった。
風の術で姿を隠していたのだが、分家の中で一番力をもった少年が居たのが運のつきだった。
それをとっさに和麻と呼ばれた少年が注意をひきつけて助けたのだ。
結果がこのありさまなのだが。
二人は笑えた自分たちに、驚き、そしてさらに笑って、小さくまだ残っている傷にそれが響き、揃って顔をしかめた。
崖から転落するさいに、風の術を使ってクッションをつくり、衝撃を和らげたことはできたのだが火の勢いまでは確実には消せなかったこと言い合うと、どちらからともなく苦笑いを浮かべる。
「生きてるな、俺たち」
「えぇ…生きています」
「死」すら覚悟し、それを受け入れようとしていたのにも関わらず生き延びた。
「…あ、そうだ…。ここ、どこだか判るか? 流也…」
「推測、なれば。おそらく須賀様のお宅ではと…」
流也の包帯だらけの指。
「須賀…?【地使い】東の代表格、か」
その指を見ながら、和麻は自分の腕を上げてみた。
包帯だらけで薬の匂いがする。
他の使い人達に「神凪一族」は良く思われていない。
自分が居ることでも迷惑をかけているのだろうから、すぐにでもこの家を出なくてはいけないだろう。
しかし、助けてもらったのに礼もいえないような、そんな人間だけにはなりたくない。
「起き上がれるか…?」
「なんとか…」
二人はのそりと布団から起き上がった。
全身大火傷を負ったはずの二人は立ち上がれることに自分で驚く。
まだ身体に残った傷が痛むがそんなに我慢できないほどではないので、その和室を出るとゆっくりと移動し始めた。
「当主はどこに…」
「かずま!!! 自分が何をやったのか判ってるのか!!!」
びくぅっ。
自身の名を言われたと感じ、和麻は身体を震わせながら、流也とお互いの身体を支えあいながらゆっくりとそちらに足を向けた。
中庭に正座をさせられた子供が大人に叱られていた。
おろおろと女性がそれを見ていて、反対側からやって来た二人には気がついていない。
「あの、子供は…!」
その流也の言葉に気がついたのか、大人達が振り返る。
「あ」
「お前…!」
神凪和麻と、風巻流也の二人は子供の顔を見て立ち尽くす。
それは自分たちが死にかけた、先ほど…意識を浮上させてくれた、あの子供だったのだから。
それが…後に「麒麟」と呼ばれる少年と。
「風の契約者」神凪和麻と「(麒麟を護る)白虎」風巻流也の出会いだった。
続く/原作では流也は1巻で敵として登場。こんな二つ名は持ってません。
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