400年前、風使いの一つ「水無月家」が歴史を裏から操ろうとした魔術師一族を滅ぼした。

さらにその100年後のこと。

同じ風使いに悪逆の限りを尽くす一族が現れた。

妖魔退治にかこつけた、その目に余る行動に業を煮やした幕府は、使い人大家「神凪」一族に討伐を命じる。

神凪一族はその絶大なる破壊力でその一族を打ち負かした。

他の使い人一族も当時の記録を見る限りでは幕府側、神凪側についたとされている。

神凪一族はその一族を下部組織として一族を生かすことにした。

そして現代。

かの一族は他の使い人達から、憐れみの目を、そして救いの手を向けられることになる。

一族の名を「風牙衆」。

その理由は。


「いったい何百年、罪をあがない続けなければいけないのか。もう罪を重ねた本人たちがいないというのに」






第壱章 麒麟修行編

(1)風の息子達

(3)






「もう起きて大丈夫なの?」

縁側でおろおろとしていた女性が、振り向き、心配そうにそう尋ねてくるので二人…神凪和麻と風巻流也はこくりと頷く。

「大丈夫なわけはないだろう。少なくとも30分前までは腰の所までどっぷりあの世に浸かっていたはずだ」

庭に正座している子供を叱っていた男はそういうと、眉根を寄せる。

「立って歩くのもつらいだろうに…」

有無をも言わせないその口調に、ただ二人の少年は返事を返せない。

ただ二人の視線は正座をさせられている子供に向かっていた。

「あ、あの…」

「その子、は?」

男は苦笑いを浮かべる。

「…全部まとめてあとで説明しよう…。一真…くん」

また男は彼らに背を向けた。

「はい」

例えで言うなればダンボールに捨てられた子犬、あるいは室内犬もしくは「癒しの生き物」であるゴマフアザラシの赤ちゃんのような瞳をした、その怒られていた子供は少しぷるぷると震えながら男を見上げた。

ぐっと許しそうになる男の心情が、二人の少年と見ている女には良く判る。

「結果はどうあれ、約束を破ったのだから罰を与えよう」

「はい」

何事か言いつけると、ぺこりと子供は二人に頭を下げて庭から直接外に出て行った。

「さて」

男は振りかえり、一つ溜息をつくと二人を見つめた。

「部屋に戻ろう。少し聞きたい事もあるし、君達もあるだろう?」

昨今聞いたことがない、第三者からの自分たちを気遣う言葉に和麻と流也は「はい」と小さく返すと女性にも手を貸され、来た廊下をまた戻った。

痛む身体を支えるように、女が用意してきた大き目のクッションを借りて背凭れにする。

布団に寝ていればいい、と言われたのだが二人ともそれは辞退する。

「今、お茶を持ってくるから」

「お構いなく」

流也の言葉に女は微笑む。

その笑みに思わず二人の少年は頬を赤くした。

…他人にこうまで優しく接してもらったことなどなかったからだ。

「里穂」

「今お茶をお持ちしますから」

「あぁ、ありがとう」

「一真君は?」

「罰だ。裏にある山に山菜をとりに行かせた。場所はこの間、教えてあるしな」

「それが罰なの?」

「……」

苦虫を噛み砕いたような表情をした夫に、妻はくすくすと笑うと部屋を出て行った。

彼が、あの眼差しに内心屈服していることに気がついたからだ。

男は咳払いをすると、二人に向かい合わせになるように座った。

「……さて…何から話すか…。まずは自己紹介から行こう。私の名前は須賀達也だ。君たちの名前を聞いていいかい?」

(やはり…)

少年たちはお互いの顔を見合わせ、おずおずと口火を切った。

「風巻…流也と、申します」

「…神凪和麻、です」

(神凪、か。やはりな)

男…須賀達也はそう口の中で呟くと、小さく溜息をつく。

使い人たちは苗字を知ればたいていどの属性の家系かわかるものだった。

ましてや「神凪」と「風巻」の家名は使い人の中では有名だったのだ。

かたや傲慢な「名家」と哀れな「その奴隷」一族として。

「【火】の神凪と、【風】の風牙衆か…」

そう呟くと、二人の少年は小さく頷いた。

「なら話は早いな。私は【地】使いだ。で、神凪くん。風巻くん。なぜ君たちはあんな「大怪我」をしていたのか、きっちり説明してもらおうかな?」

「大怪我…」

「あぁ…。君たちは見つけた当初、打ち身に特に火傷がひどかった」

「だけど、俺たちは…」

「あぁ、最初は私が念治療した。それでも傷は治らなかったから主治医を呼んだ。救急車を呼ぶべきだとあの子も妻も言ったがね…」

「……その前に、お聞きしたい。その大怪我をどのようにして治していただいたのでしょうか? 貴方の念治療ですか? それとも主治医の方か治癒術師の方が…」

流也の言葉に達也は苦笑いを浮かべた。

彼らは知っているかどうかは達也にはわからないが【地】使いの家系は他の属性に比べて治癒や防御的魔術に長けている。

「いや、君たちの傷は私の治療では手に余るものだったよ。主治医も診てくれたがね。だから救急車を呼ぶつもりだったんだ。しかし、それを邪魔されて…なんだかんだあって君たちをそこまで念治療したのは、あの子だよ」

「あの子…先ほどの…」

「あぁ」

達也はこくりと頷いた。

「彼の名前は手塚一真君。私が預かっている子だ…」

達也はお茶を持ってきた妻に礼を言うと、湯飲みを手に持った。

小さなテーブルを横に備え付けられ、二人の元重傷者にも飲み物が行き渡る。

「念治療、と一言で言ってしまっていいかどうか判らんがな…」

「どういうことでしょうか?」
                こころ
「…あの子は、ね。貴方達の精神と身体の中に入ったのよ。おそらくだけど」

里穂が口を開く。

「一真君には念治療は、使いすぎないように、無闇に使わせないように使うのを止めていたの。彼にはまだ使いこなせていないと言いきかせていたけれど。けれど貴方たちを見ていられなくて…」

「救急車を呼ぶにも邪魔が入って、その邪魔と主治医と一緒に私は口論していたしな」

邪魔? と思いつつも和麻も流也も口をはさまなかった。

自分たちの精神と身体の中に入った、という言葉が気になったからだ。

「早くしないと貴方達が死んでしまう。そう思ったのね」

達也の妻…里穂はそう言うと困ったように微笑んだ。

「あの子、自信を持ってできる念治療が【自分の身体を治す方法】だったらしいの。でも貴方たちは自分じゃない。じゃあ、どうすればいい? そう考えて思いついたのは【じゃあ、他人の身体を「自分」にしてしまえばいい】だったのよ」

「「え…」」

二人の少年が絶句する。

「それはまさか…」
       ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 
「一真君。自分の身体から自分の精神と魂を分離させて貴方達に憑依して、同化し、念治療を施したのよ」

「………どんな原理だ、それは!!」

思わず和麻が叫んだ。

常軌を逸している。

念治療の領域を遥かに超えている。

そしてそれ以上に、そんな技は治療術師でさえ使えない。

魂と精神を肉体から分離させ、憑依することは霊能力者にはできるだろうが、ほかの術師にはできない。

逆に念の使い方も霊能力者は治療には使えない。

分野が違うといわれればそのままなのだが。

かりに霊能力者に肉体の治療までもできたとしても死にかけた肉体に憑依してまではしない。

肉体本来の魂が死にかかっているのならば、その魂に引っ張られて憑依した自分の魂も死んでしまう可能性が高いからだ。

「原理は私たちにもわからない。止める暇もなかったわ…。貴方たち二人、同時に入るなんて」

「ど、同時に、だなんて…」

一人の人間に魂も心も一つしか入っていない。

複数の人間に憑依することなど不可能だ。

「…おそらく、これも推測でしかないが、魂と精神とを分けて憑依し、念を使ったのではないかと思う」

「そ、そんなこと…」

できるわけがない

通常、霊魂といわれるものは魂と精神の二つで成り立っているのだ。

肉体から魂と精神を離脱させるだけでも高い霊力を持っていることが判るが、さらにそれを分離させて他人の精神に同調して体内の気を使わせるなど、不可能に近い。

さらに言えば、大火傷を負い気を失っていた自分たちの体内に、自らの肉体を修復しようとする力が残っていたのかも怪しい。

それすらも負担したとなると、もはやその存在は、人間というカテゴリーに入れるべき生物ではない。

伝説上の生き物たち…魔獣・聖獣・悪魔・神…ぐらいなものだ。

「やった当人も身体を治すことに無我夢中だったらしいから、どうやってやったかなどは覚えていない」

「…きれいな光が一真くんから飛び出たと思ったら、貴方達の中に入って…。それからよ、火傷の跡が、肉体に残った火の精霊たちの残滓がきれいに拭われて…その下に隠されていた裂傷の傷を浮かび上がらせてきて…」

里穂は溜息を一つつく。

「私が戻ってきた時にはあらかた治っていた…が、それでも治しきれていない傷もあるし、何より肉体を修復するまでも念を使った倦怠感で思うようには動けんだろう?」

達也はそう言ってから湯飲みの茶を口に含む。

実際、立って、廊下を歩いていたのに驚いたものだ、と小さく呟くのが聞こえた。

それを見て、ようやく二人の少年もお茶に口をつけた。

「主治医も驚愕していた」

(使い人のことを理解してくれていた人物だったから良かったものの…そうでなかったら今ごろどうなっていたことか…)

それでもその使い人でも、あんな治療なぞできないが。

主治医はそのあと、在宅療養でも大丈夫だと太鼓判を押し、今日のことは見なかったこととして帰って行った。

一真はというと、二人の身体から光を戻し、自分の肉体に戻ってくるなり笑顔で大人たちを見上げたのだ。

「お兄ちゃんたち、もう大丈夫」

その言葉は、自分の身の危険をまったく考えていないことがよく表れていた

「…あれは、あの子、だったのですね」

湯飲みを持っていた流也の手が震えていた。

「流也…?」

「私は闇の中の道を進んでいて、このまま進めばもう元には戻れないと知ってはいましたが…戻る気が半分以上なくて…。そんなとき、小さな子供がどこからともなくやってきて…私の隣に居て、笑ってくれたんです」

湯飲みの中の茶を見つめて、彼は続けた。

「私は、その笑顔がなんだか嬉しくて、手をつないで元の道に戻ろうと思いました。そうしたら…隣に和麻殿がいた」

「俺も…だ。もうこのまま闇に沈んでいってもかまわないと、そう感じていたらあの子が引き上げてくれた…」

和麻の言葉に達也は大きく溜息をつく。

もしもその「闇」に飲まれていたら、進んでいたら…一真は二人と一緒に魂と精神を失い、死んでいただろう。

それだけ危険なことだったのだ。

「……で? なぜ君が火傷を負っていたのか教えてくれるかな?【神凪】といえば火の精霊王の加護がまだ生きているはずだ。火での攻撃は一切聞かないはずなのに…」

達也の言葉に二人の少年は、お互い顔を見合わせ、そして口を開く。

「お話、します…」





そして達也は神凪一族の非道を知るのである。




続く/須賀さんは結構主人公に弱い…(苦笑)。
そして主人公、なにげに平気な顔で人外なことやってます。
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