400年前、風使いの一つ「水無月家」が歴史を裏から操ろうとした魔術師「岩倉」一族を滅ぼした。

四大精霊のうち、攻撃力が最弱といわれる「風」を何者をも切り裂く刃とした「水無月家」だが、全てを滅ぼしたわけではなかった。

その400年間にわたってたった一人生き残った「岩倉」の魔術師は執拗に水無月家の使い人達を襲撃し、殺害した。

そのことがこの一族をさらなる高みに登らせたといっても過言ではない。

かの魔術師に対抗するべく、水無月一族はより強い者がより強く、新しい術法を編み出し、脆弱といわれた「風」の刃をさらに磨きをかけて進化したのである。

そして現代。

日本の精霊術師…「使い人」の【最強】は、かつて火の精霊王に祝福された攻撃力最大を誇る【神炎】の【神凪】ではなくこの水無月一族となっていた。

その二文字を背負うのは水無月幻那。



     
おやじ
「あんな父親なんか、すぐに追い越してやる」




第壱章 麒麟修行編

(1)風の息子達

(4)




水無月流魔とその付き人、草薙弥生はもう慣れてしまった山道を風の術を使って移動していた。

たまたま流魔の気が乗って、一真の修行をしようと新幹線でやって来た。

駅から途中までバスに乗って、いざ電話で須賀達也を呼びつけようとしたときに、風が凪いだ。

その風が運んできたのは一真の気配だった。

風の中の精霊は一真が自分を呼んでいることと、多少なりともその時の周囲にあった気配を一緒に運んできてくれたが、その中に須賀の使う【地】と、それから【火】の精霊と血の匂いがあった。

一真自身が怪我をしたわけではなさそうだが、穏やかな内容ではない。
      一真
「…あの小動物になにかあったらしい。急ぐぞ、弥生」

「はい」

風の主従は短くそう交わすと、人気のない場所まで移動してから使い人の術を行使した。




風の精霊よ 我が身に汝らの息吹を




そう唱えた瞬間、二人の身体は軽やかに空を舞い始めた。

飛んでいるのではなく、跳躍しているのだ。

これが風使いの高速移動といわれるものの一つだった。

本来なら面倒くさくて使わない術の一つだったが、使わなくては須賀家まで急ぐことはできない。

なにせ地使いの家は滅多に人が通らない山の麓にあるのだ。

公的交通手段など存在しない上にタクシーで乗りつけるのもいささか料金が気になるし、こちらのほうが早いのだ。

そうこう移動しているうちに、後ろをつくように跳んでいた弥生が声をかけた。

「流魔様」

弥生の言葉に流魔は下を見つめた。

なにやら精霊の気配を漂わせた男たちが須賀家の方向から歩いてやってくる。

流魔は足をとめた。

その男たちが気がつく前にさも今までも歩いてきたように、さりげなく気を発した。

ひゅるり、と風が前髪を優しく撫でていくのをかまわず、その男たちを真正面から見据える。

こちらの存在に気がついて、口をつぐんだが見下した態度とその視線が流魔の鼻についた。

(…【火】か)

さりげなく風で彼らを調査しながらすれ違い、だいぶ離れてから彼は面白くなさそうに呟いた。

「存外、小物だな。この辺りの火使いは」

精霊使いであれば、風であれなんであれ、動けば注意を払わなければならないというのに、あの大人たちはただ自分たちが使える精霊の気配を漂わせていただけでこちらの動きをまったく気がつかなかった。

「あの程度なら、須賀さんの足元にも及ばんだろうが…」

「今は一真様がいらっしゃいます」

弥生の言葉に流魔は視線を男たちの背が向いた方向に走らせる。

まだまだ力が安定しない上に、きちんとした術も半ば覚えかけの一真に連中を相手にさせるのは無理だろうと思いつくと、さりげなく物騒な言葉が口にのぼる。

「…追いかけて潰すか?」

「それはどうかと」

付き人の言葉に彼は微かに笑う。

あの程度の火使いならば、今の自分の力であれば数十人相手をしても負けはしない。

しばらく一真に付き合って連休を一緒に過ごし、もしもかかってくる火の粉があれば払えばいいと思い直した。

その実力を、この中学生は秘めていた。

須賀宅に着くと、風を走らせる。

「一真は、外のようだな」

「須賀様は中のようです」

その言葉に頷きで返すと、弥生にインターホンを鳴らせた。

数分後、やって来た達也の妻の様子に風の主従は視線をからませ、そして須賀の邸宅に足を入れたのである。

「須賀さん」

流魔と弥生がその和室に入ると、包帯だらけの二人の少年とこの家の主がそこにいた。

「流魔くんか」
     一真
「あぁ。小動物は?」

「今、山菜を採りに行かせてる」

「このミイラもどきは?」

二人の少年を流魔は見下ろした。

「…右が神凪和麻くん…。左が風巻流也くんだ。今日保護した」

彼らの苗字に流魔の片眉があがった。

「【神炎】の神凪と風牙衆か…何があった」

「…神凪一族の修行………かな…?」

二人の少年は、その達也の言葉に多少俯く。

「修行?」

さっさと内容を話せという流魔の圧力に達也は力なく笑う。

ごまかせないと踏んで、正直に少年達から聞いたことを語りだした。

二人の少年に起きたこと…それは凄惨ともいうべきことだった。

当初は風牙衆の嫡子が若手の実力者に見つかったことが発端なのだが、須賀は話を聞いていくうちに理由はそうではないと気がついたのだ。

須賀家近くにある神凪一族の修行場において行われたのは、間違いなく若手一門による和麻への制裁だった。

詳しく二人の話を聞けば、こういうことだった。

炎雷覇…炎の精霊王から与えられたこの剣を持ち、使いこなす者が次代の神凪の宗主となる。

その宗主候補に現宗主・重悟の娘である綾乃の名前があるのは無理はなかったが、炎術の才能のない一族の無能と称される和麻の名を宗主の側近であり片腕である彼の父・厳馬が上げてしまったのである。

当然周囲は反対したが、現段階で宗主に次ぐ【神炎】使いの力を恐れ、妥協案として綾乃と和麻の二人を戦わせることにした。

このことが若手の神経を逆なでしたのだ。

たとえ宗家の嫡男とはいえ、他の体術等は若手の中でも右に出る者はいない腕前だろうが炎が使えない男が宗主になることはありえない。

そう考えていたというのに、なぜ和麻が継承の儀に、そして綾乃と戦わなくてはいけないのか。

結果は目に見えてわかっているというのにだ。

彼らは綾乃が勝つことを信じて疑わない。

なぜなら齢12とはいえ、綾乃の繰り出す炎の術は宗家にふさわしいからだ。

だが、和麻は違う。

炎が使えない人間が自分たちの長になるそのチャンスを自分たちではなく、炎が操れない分際で与えられた。

殺意を抱くには、神凪の若手にとっては十分すぎる理由だった。

いくら宗主のお気に入りとはいえ、だ。

修行場で目に入った彼に対して火を放ち、その焼き焦がしていく姿を見て殺意は膨らんだのだろう。

「死ね」

その言葉を口にしながら和麻は焼かれ、修行場から落とされたのだ…!

そして彼ら二人は流也が最後に使った風の術を探知した一真と須賀に助けられた。

さらには使い人でも規格外な一真の無意識な念治療でここまで治療されたのだと聞くと流魔は静かにこう言った。

「須賀さん、それは修行じゃない。ただのリンチだ」

「しかし、この二人を引き取りに来た【神凪】の使いは「修行だ」と言い切った」

「え?」と和麻と流也の二人は達也を見つめた。

二人を見ながら達也は困ったように笑う。

「救急車を呼ぼうとしたときに【神凪】の人間が来てね。君を引きとると言って聞かなかった。主治医の先生が居なかったら力づくで来たかも知れんな」

「申し訳ありません…」

布団から出ようとする二人に対して、達也は「いいから座っていなさい」と押しとどめる。

「たとえ来たところであの程度の小物なら一掃できるだろ」

流魔のこの言葉にぴしり、と二人の少年の動きが止まった。

「こ、小物…? 【神凪】の術者、が」

「あぁ」

動揺する和麻の言葉に流魔は大きく頷いた。

「す、須賀様…こちらの方は…?」

【神炎】の【神凪】を恐れない流魔の様子を気にしたのだろう。

流也がそう聞いてくる。

「水無月流魔、後ろが付き人の草薙弥生だ」

流魔の後ろに控えていた弥生が、頭を下げるのを見て和麻達の動きが再起動する。

「【風】使い…水無月」

自分と同じ属性の術を使う少年を流也は見上げる。

「使い人最強の…?」

風術を下術とあざける風潮の【神凪】の教えをものの見事に裏切り続ける存在に、和麻は目を見開く。
  そ  れ
「使い人最強は親父のことだ」

吐き捨てるがごとくそう言うと、流魔はじろりと二人の少年を見下ろす。

特に、神凪和麻を。

「だいたいあんた、他の属性の術は使えるか使えないか試したのか? 風術なり水術なり」

「そんな使い人居るはずがない!」

精霊魔術の属性は、生まれた家系によって決まるのがセオリーなのだ。

(確かに数週間前までは俺もそう思ってたがな)

そう頭で思っても流魔は口に出さない。

「お前の常識はこの家でなくなっただろうが」

そう言われ、和麻の眉間にしわができる。

だが反論はできなかった。

一真…自分と同じ読みの名前の子供によって覆されたのは数十分前のことだからだ。

その様子に達也は小さく咳払いをして二人の険悪な空気を払拭する。

「実際に居るんだよ。【地】の家系に生まれたのだが、使えた術が【風】という子が」

実例を挙げられ、和麻は当惑する。

「俺に、炎の術ではない力が…?」

そう呟く和麻を流也は心配そうに見つめる。

そんなときだ。

「ただいまー」

「帰ってきたぞ、歩く非常識が」

流魔の言葉に二人の少年は顔を上げた。

「ま、まさか…その実例…って」

「そのまさかです」

弥生の言葉に少年たちは絶句し、そして背もたれのクッションに体重をかけた。

「な、なんなんだ…あの子は……」

信じられない念の使い方と備わっている霊力。

それに家系を無視した術が使えるという非常識さということ。

二人の理解の許容量は遥かに超えていたのだ。


「手塚一真。旧姓を影山。かつて東の代表格と言われた地使い一族最後の一人だ」

達也のその言葉も二人の頭には入ってきていない。








だが、こんなことは序の口だったと二人は後に思うことになる。

なぜなら今日という日を境に彼らの価値観は大きく変わってしまうからだ。




続く/水無月流魔登場。
追い越してやるとか言ってるけど
原作「風使い」では結局超えられなかったんじゃないかな、とか思う。
(結局最終巻入手できていないのでどうなったか判らないが)
なお、この話に登場した風の術は半分オリジナル。原作にはこんな術は存在しない。…はず。

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