風巻兵衛は小さく溜息をつくとインターホンを押した。

つい数時間前、神凪の分家筋の男たちが、須賀…この辺りの地使いで地使いの東の代表格と言われる程度の実力者…家に修行している子供を拉致しようとして返り討ちにあった。

ことの発端は神凪の宗家嫡男・神凪和麻。

一族の汚点と蔑まれている彼をいつもの如く修行(という名の虐待を)していたら、和麻が勝手に修行場の崖から転がり落ち、それを須賀家が助けたと彼は聞いていた。

ふざけた言い分だということは彼にもわかっていたが、反論する立場ではないので黙ってそれを聞き、そしてあきれ返った。

素直に迷惑をかけたことを謝罪し、こちらから治療師を送るなり誠意を見せればよかったものの神凪の連中は高圧的に「修行の一環」と称し、さっさと和麻の身柄を渡せとまで言ったらしい。

宗主の耳に入る前に自分たちで何とか処理したいという気持ちでそう出たのだろうが。

使い人ではない医師がいたようで、【火】が使われなかったことが救いだった。

もしもしていたら…須賀家とそれに繋がる地使いや交流のある他の使い人たちとの全面戦争ということもありえるのだ。

(それほど神凪一族は他の使い人から嫌われているのだが、そのことに宗主とその側近以外は気が付いていないから始末におえん…)

兵衛はまた溜息をついた。

神凪の分家たちは須賀家に来ている子供を拉致して、交換に和麻を受け取り、宗主には隠して治療してしまう…あるいはそのまま殺害する)段取りだったらしいがそうはいかなかった。

宗主の耳に入ってしまったのだ。

分家の一人が口を滑らせ、それを強引に割らせた宗主は怒りはすさまじい。

今頃実行犯とその親たちは叱責を受けていることだろう。

許されることならば口頭で強い叱責ではなくて、その身が宿す【神炎】で彼らを焼き尽くしたかもしれない。

まだ実の父親である厳馬の耳に入っていないのが不幸中の幸い…だろうと思う。

一方、兵衛のほうは自分の息子である流也の姿を探し、風を動かせば彼も怪我をして須賀宅にいるという事実を知った彼は「恐れながら」と神凪に須賀との仲介をかってでた。

元々風牙衆は他の使い人たちとも接触をもつこともあり、「あの神凪に虐待され続けられている」ということでかなり好意、あるいは同情・憐憫的に見られていてもいて受けもいい。

(…それすらも兵衛にとっては屈辱的なのだが)

中には早く神凪から独立しないのか? と言ってくれる使い人も居るし、須賀当主風牙衆の分家が懇意にさせてもらっている。

さらに言うなれば息子にも神凪からの屈辱を味あわせたくなくて、病弱と偽っている手前、彼らに息子の姿を見られるのは兵衛にとっても不都合だったからだ。

「はい」

「風巻と申します。こちらに…息子たちがご厄介になっておると聞いてやって参りました」

「あぁ。流也くんの…」

そう言って出てきたのは女性と、もう一人セーラー服の少女と、小学生くらいの少年だった。

(まさか、この子を…襲ったのか?!)

線が細く、色素の薄い子供はきょとんと自分を見上げていた。

とても小さい子供に対して、まさか数人がかりの火使いたちが取り囲んで火を放ったことに驚く。

「流也さんのお父さん?」

子供の声に兵衛は顔をほころばせた。

「そうだよ…。すまなかったね…坊や」

兵衛は自然に少年の頭を優しくなでていた。

「…おじさんは、君を怖い目に合わせた人達の知り合いでもあるんだ…」

その言葉に少女の表情が厳しいものになり、もう一人の女は「あらあら」と小さく口にした。

「風牙衆当主…風巻兵衛と申します。須賀ご当主…達也様にお目通りをお願いしたい」

そう言って兵衛は深々と頭を下げた。









須賀の邸宅は神凪のそれに比べれば大きなものではない。

玄関から入り、縁側に出るとすぐに中庭に出る。

その縁側に地使いらしい男が座っていた。

庭には三人の少年たちが立ってなにやら話している。

「おお、流也…」

兵衛の声に全員が彼に顔を向けた。

「…父上」

「心配したぞ…」

小さくそう言われ流也はばつが悪そうに頭を下げる。

それを見てから兵衛は座っていた男に対して土下座した。

「このたびは、息子たちが……」

「いえ、お気になさらず…。須賀達也といいます」

「風巻兵衛と申します。…風牙衆といえばお分かりになられるでしょうか…?」

風牙衆と聞いて達也は重々しく頷く。

それは火使い・神凪一族に隷属している風使いの一族の名だった。

力の源である存在を神凪に封じられ続け、風使いの本来の探査系の術法を色濃く残しつつ、生き抜くために貪欲に対魔術や霊能力の力を研究しているこの一族は、使い人の中では同じく風使いで最強と呼ばれる水無月家、大地の魔獣を封印し続ける石路家に次いで研究熱心といっても良かった。

だが、それでも神凪には逆らえない。

神凪の火の力はそれほど風牙衆を圧倒しているのだ。

風巻兵衛は息子の傍に立っている少年たちを見つめた。

「あれは水無月流魔」

「水無月…おお…」

風牙衆の当主は羨望の眼差しで流魔を見つめた。

その隣に佇む少年を見て、眉をひそめる。

「…お聞きしたよりは具合は良さそうですね。和麻様」

「…治していただいた」

言葉を交わすにも、時間がかかる。

かたや息子であり、その境遇は同情してあまりあるがそれでも自分たちを虐待し続けている神凪一族宗家の嫡男。

かたや友人の父親であるが、自分の父母や一族たちに日頃から下術よと虐げられていて、その申し訳なさをどうやって謝っていいか判らない風牙衆当主なのだ。

二人の胸中は複雑だった。

「治して…というと…。須賀様のお宅の治療師殿ですか」

「いや…」

「聞くとそれまでの術者の定義が壊れてしまうが、それでもいいか? 風牙衆」

「流魔」

たしなめるような地使いの言葉に風使いの少年は不遜にも鼻で笑った。

「隠してどうする?」

「…そうだが…」

「信じられなかったらそれまでのことさ」

風牙衆当主は居住まいを正した。

「教えていただけるのでしたら」

須賀の妻に出されたお茶に会釈をしてから、そして自分の目を見て聞いてくる彼に、地使いはおずおずと口を開いた。

それは、術者…特に精霊術師のという人間…の範疇を超えた、少年の話だった。

精神と魂の分離。

他者の心と身体に融合の上、念の治療。

二つの属性の精霊術法への目覚め。

聞いたときは「まさか」と誰もが思う話だった。

「…もしかして、あの、子がですか?」

自分とすれ違うように少女につれられるように出て行った小学生ぐらいの子供の顔を思い浮かべていた。

「そうだ。なかなか面白いだろう」

「面白い、で済ませて良いものかどうかは判断しかねますな」

流魔の言葉にそう風牙衆は返す。

そんな霊力の持ち主であり、精霊術の力にも目覚めた能力者はいまだかつて聞いた事がないのだ。

そう言ってから、和麻の話になった。

風の精霊が見えるようになった、声が聞こえるようになったと聞いて風牙衆当主は声を失った。

「……」

攻撃力こそ、炎こそ至上の一族でありその教育を重ねられた少年にとってはそれは果たして幸せなのだろうか、と。

彼は和麻に目をやった。

「本当なのですか?」と「それでいかがなさいますか?」という二重の感情をそこに見た、和麻はおずおずと口を開いた。

「兵衛…さん」

神凪の宗家の人間にさん付けをされて内心動揺する自分を隠しながら、縁側に座っていた風牙衆の長は小さく返事をしながら和麻を見た。

「俺は重症で地使いの術で治癒中。動けない状態だが継承の儀までには必ず治ると親父たちに伝えてくれ」

継承の儀までは二ヶ月ほどしかない。

「…それは…」

「父上」

「頼む…」

息子と和麻の嘆願のような声音に困惑しながらも兵衛は頷く。

「お伝えいたしましょう」

「すまない」

そう頭を軽く下げてから、和麻は年下の風使いを見つめた。

「水無月流魔」

「なんだ」

「俺に…」

炎の術こそが全ての神凪。

だが、和麻はもう決めていた。

真正面から流魔を見据える。

ごくり、と流也がつばを飲み込むのが判る。

「俺に風術を、教えてくれ」

年下の、しかも風術は下術と徹底的に叩き込まれた神凪宗家の嫡男はきっぱりとそう言ってから頭を下げた。

「か、和麻様…」

いま、なんと? と思わず聞き返しながら風牙衆の長は中腰になる。

信じられなかった。

炎術至上主義の厳馬の教育を受けたその息子が、風術を自分から乞うとは思えなかったからだ。

「二ヶ月だ」

和麻の瞳の中に、流魔は確かに炎を見た。

暗く、復讐に燃える瞳ではない。

だが…。

「この二ヶ月で火を超える風を手に入れる。その為には流也の風だけじゃ、足りないんだ」

けして友が使う風術を軽んじてはいないのだと言うと、流也は判っているとばかりに頷いた。

「神凪の火を超える、か」

くつくつと面白そうに流魔は笑う。

「風の精霊の声が聴こえたからといって、はいそうですかと術法が組みあがると思ってるのか?」

一真を助けられたのも、流魔の術法があってのことだ。

かならずしも和麻一人の力ではない。

「炎術を応用する」

使えないとはいえ、その理論は和麻の中に蓄積されている。

「…お前にそれができると?」

その瞳を見据える。
 ひ
(焔がついた瞳だ)

そう思っても口には出さない。

「できるかできないかじゃない。やるんだ」

可能性の話ではなく、実行するのだという和麻の様子に水無月家の嫡男は肩をすくめる。

「俺がそれに協力するとでも?」
                   
あいつら
「してくれるさ。あんただって、風で神凪を叩きのめしたいだろう」

その言葉に流魔は小さく笑った。

「お前にやらせなくても俺自身の手でする」

なんなら今からその修行場を壊滅してやってもいい、と言い続ける流魔を和麻は手で止める。

「あんたがしたら、水無月と神凪がぶつかることになる。俺なら、ビックイベントで真正面から堂々と叩きのめせる

「…」

流魔は和麻を見て、しばらくしてから大きく溜息をつく。

「できなかったら?」

「俺の命をあんたにやろう」

「男の命運もらっても面白くも何ともない。…が」

流魔は帰ってきた弥生と里穂を見た。

弥生は静かに頭を下げる。

「一真様を駅までお送りいたしました」

流魔の脳裏に一真の姿が浮かぶ。

つぶらな瞳は深い緑に染まり、色素の薄い髪が風になびかせた小動物(あるいはその仕草からゴマフアザラシ)。

【風】のほかにも【地】の術が使える可能性を引き出したのは、目の前にいるこの男がきっかけだと思い至ると、口元に笑みが浮かんだ。

須賀達也は頭を抱えているが、流魔的にますますもって面白くなっていた。

いまだかつて違う属性の精霊を発動させたことなど流魔は聞いたことがない。

ますますもって「ありえない」存在にしてくれたのだ。

「…いいだろう…」

和麻の表情が輝く。

流也の瞳が歓喜した。

弥生は主の様子を見て、数回瞬きをすると静かにたたずんだ。

「その代わり、途中で死ぬなよ?」

「あぁ! あの子につないでもらった命だ。何が何でも生きてやる…!!」




この時、神炎の血族の風使いが誕生したのである。

















後に八神という姓を名乗る彼はこう語る。

「俺の力の源は、俺の中にあったものだけど、その切っ掛けはやっぱ一真だろうな」

同じ読みの名前でまだガキなのに、と自嘲気味に笑いながら。

「あの時死にかけて、一真が精神を重ねて俺の意識を死の淵から引き上げてきたその時さ」

タバコに火をつけて、一息吐く。

「俺の中にあった能力も引きずり出してくれた」

だから、と彼は続ける。

「だから俺はこの力に磨きをかけて、もっと強くなって、あいつの力になるんだ。…もっとも、それでもまだまだあいつの力になるには役不足だろうがな」







後に「白虎」と仇名される風使いはこう語る。

「私の心を支えてくれたのは和麻殿と操様の笑顔でした。私たちの力の解放を示してくれたのは一真様。私達の一族を救ってくれたきっかけも和麻殿と一真様…そして流魔殿です」

微笑みながら、彼は語った。

「和麻殿も流魔殿もご自身のお力を十二分に発揮できますが、一真様はおできになりません。ですから…私はあの方の付き人として生きることを選びました。その決意に迷いなどありませぬし…後悔など微塵もございません」

そして青年は笑顔を深くした。

「生きているということが、素晴らしいことだと。世界は醜くもありますがそれでもやはり美しいのだと教えていただいております。これ以上の主は私には考えられません」








後に使い人最強の二文字を背負う青年はこう語る。

「親…特に父親…というカテゴリーの人間を信用できなくなった俺に、そうではないということを教えたのがあのゴマフアザラシの家族だ。死んだあとも子供を守るために一族連れてやってくるなんて非常識をぶちかました実の親もともかく、生きている手塚家の連中も相当なもんだ」

面白くもなさそうに彼は視線を空に迷わせる。

「あいつの周囲はどいつもこいつも基本的には善意の塊みたいな連中で、心の闇を持った奴はあいつの存在で癒されている」

ふっと彼は口元に笑みを浮かべた。

「そんな奴に怪我でもされたら夢見が悪い。ただそれだけだ」








最強(あるいは最凶)の二文字を背負う男たちは、風に愛され、そしてその力は何者をも切り裂き、かの存在を護る事になる。

そう、かの存在の大いなる【剣】として。





第壱章 麒麟修行編 (1)風の息子達 (6)


続/(2)大地の娘達へ


後書き


風使い主人公「水無月流魔」・風の聖痕主人公「八神和麻」・風の聖痕キャラ「風巻流也」
以上三人が主人公側とあいなりました。(強引な展開ですみません)
結構この創作では原作では敵だったり死んでしまったりする人が味方になります。
で、思い切り反神凪なので…綾乃とかは…どうしよう。煉君はきっと大丈夫だと思いますが。>え?
次回は「大地の娘達」ではやっぱり敵として登場したあの人が出てきます。
流也さんの独白で出てきた「操様」はまだまだ出ませんし、風牙衆が今後どうなっていくかもまだまだ(の予定)です。

操様と流也さんの関係は原作とはかなり違います。ご容赦ください。
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