「風術など下術にすぎん」

父はそう言い切った。

その時彼は自分がどんな表情を浮かべていただろうかと思う。

(ではなぜ当代使い人最強は風使いなのでしょうか?)

そう思うと人影が浮かび上がる。

当代最強の使い人…水無月の人間。

水無月流魔。

「たとえ来たところであの程度の小物なら一掃できるだろ」

小物…炎の精霊王に祝福された一族をそう切って捨てた、風使い。

自分よりも年下の彼は、自信に満ち溢れていた。

それに比べて自分はどうだ?

彼は自分の中に居る父親にさらに言葉を重ねた。

(風牙衆の技は、炎術にその攻撃力は劣りますが炎術の補佐ができます)

友と呼べる少年は幾度となくその風で自分を助けてくれた。

神凪宗家の人間で、本当ならば憎悪の対象である自分を「友」と呼んでくれる流也。

下術と教えられたが、心の中ではいつも疑問に思っていた。

「下らんことを考えている暇があったら炎術を学べ」

尊大で、そして強大な存在である父。

(父上…)

問いかけに父は応えない。

ただ炎を使えという。

それこそが神凪として唯一無二の絶対なのだからと。



(しかし……俺は、俺には…炎の…精霊の声が聞こえないんだ!!)

「本当に? 【誰】の声も聞こえない?」

「え?」

光の中で、あの子供…手塚一真が笑っているのを見て、神凪和麻は我に返った。





第壱章 麒麟修行編

(1)風の息子達

(5)





手塚一真は目の前にやって来た男たちを困惑した面持ちで見上げていた。

あの直後、立て続けに受けたショック(その内容は一真は知らない)で和麻も流也も寝込んでしまい、流魔と弥生の二人は一真の無茶な念治療を叱ってからかなりきつい風術の修行を与えてきた。

それをこなすと、もう太陽はすっかり沈んでしまい、食事もそこそこに一真は寝てしまった。

起きたときにはすでに自分がとってきた山菜は須賀夫妻と流魔の腹の中におさまっていたのだ。

なので、帰る前の運動がてらに、また山菜をつんでこようと入ったら奥まで来てしまい、戻らなくてはと思ったときにはすでに数人の男たちに囲まれていた…というのが彼の今の現状だった。

「君は、須賀の家に出入している子だね」

優しい口調だが、反論を許さないそれに素直に一真は頷く。

「はい、そうですけれど…」

「ならば【地】使いか!」

大声でそう言われ、一真は小首をかしげた。

一真としては地使いの家系なのだと教えられたのだが使える技はどうも風の類であって、彼によく呼びかけるのも風の精霊たちだ。

昨日、流也達二人を助けるために須賀が召喚した土人形を見て以来、どうも風以外の精霊も声をかけてくれるようになったようなのだが自覚はない。

精霊の声を聞き、術を行使するのが使い人だと教えられたが自分がそれかと言われても、ぴんとこない。

精霊たちと交流でき、助けようとしてくれる彼らを制御するために訓練というか修行は重ねているが、それは兄たちの側に居られるようにするためであって、別段使い人になる為のものではない。

なので首をかしげたのだが、その様子に男たちは一真が使い人のことを知らないただの子供なのだと思ったらしい。

「君に判らないことを言ってすまないね」

できるだけ優しい口調を心がけながら、男たちは一真を見下ろす。

「須賀さんの家に、一人、君より年は上の男が来ていると思うんだが…」

(一人?)

一真はまた首をかしげる。

(流也さんと和麻さんと流魔さん…)

あの家に来た自分よりも年上の男性と言えば彼としては三人だった。数が合わないので黙ってその男を見上げる。

きょとんとした、つぶらな瞳…無垢な小動物的眼差しに男たちは困惑した。

「あ…怪我をした人だ。大怪我をした…」

一人は優しく諭そうとするのだが、他の数人は違った。

「まどろっこしい。このガキを人質にすれば簡単だろう」

(人質?)

一真の小さな身体はその言葉で飛びのく。

「見ろ。お前がいらないことを言うから怯えさせたではないか」

「知ったことか」

そういうと、その手を伸ばす。

(捕まっちゃう!)

そう考えた瞬間に、一真の周囲を風が吹き上げた。

「!」

「風術?!」

「やはり使い人か…しかし、なぜ須賀の家のものが【風】…」

「知らぬわ! …しかし【風】など下術よ!」

大人たちのその声を一真は大人しく聞いてはいない。

風が吹き上げ、彼らの視界をさえぎったその一瞬に小柄な身体を生かして囲みから抜け出したのだ。






一方その頃、起きた和麻と流也の二人は里穂と弥生の作った粥を口にしていた。

「申し訳ありません…」

すまなさそうに謝る二人に女性陣は気にしないように言ってから念治療を施してくる。

神凪の治療術師たちよりも優しい「気」に二人はくすぐったい気持ちを味わっていた。

思わずその優しさに甘えてしまいそうになる自分たちを叱咤しながら、借りた服をなんとか自分たちで着てしまう。

念のために薬を変えられ、包帯も真新しいものに変わった。

傷口は相変わらず引きつるが、痛みは我慢できないまでもない。

これからのことを達也と相談しなければならなかった。

あの神凪の修行場に戻るにしろ…いや、いつかは戻らなくてはいけないのだが、自分を殺そうとした若手の連中がまだ揃っているところに戻るのは命がいくつあっても足りない。

宗家のところに行くというのも手だが、またそうすると宗主に告げ口したと思われ、逆恨みを買ってしまう。

「ゴマフアザラシを知らないか?」

自分たちのことを考えていた二人にそう声をかけたのはすでに身支度を整えた流魔だった。

「ゴマフアザラシ?」

「小動物とも言う」

「…手塚一真様のことです」

通訳をする付き人を他所に流魔は眉根を寄せた。

「ここにもいないのか、あのゴマ」

「どうして小動物か、ゴマフアザラシなんだ」

「見てくれと仕草だ」

和麻の言葉に律儀にそう返すと「弥生」と一声かける。

「はい」

阿吽の呼吸で付き人は部屋から出ると縁側まで歩いていく。

和麻たちは興味を示したのか、ゆっくりとした足取りで彼女の背を追った。

「動けるのか?」

流麻の言葉に二人は頷いた。

「あぁ。ひどい筋肉痛みたいな感触があるけれど」

これは今朝受けた念治療もあるだろうが、昨日の治療によるだるさは一晩できれいになくなっていた。

歩けないこともない。

「ちゃんとお礼を言わなくてはいけません」

流也の言葉に和麻は改めてあの子供に治してくれた礼を言っていないことに気が付いた。

自分たちのことばかり考えていて、他人の親切に鈍感になっていたと二人は顔をしかめている。

「まだ言っていなかったのか?」

「言う前に寝込んだからな…。それと、君たちにも迷惑をかけた。すまない、水無月流魔」

ふん、と不遜な態度で流魔は和麻の受け流した。

「神凪にしてはまともな頭をもっているな」

小さく和麻は苦笑いを浮かべる。

その言葉で神凪一族が嫌われているのがよく判る。

虐待されているからこそ、神凪の横柄で傲慢な態度は二人にはよくわかって入るのだが、神凪一族自身はそれが判っていない。

というか自分たちの行動は全て正しいと思っている。

「…俺は一族の面汚しなんでな」

「和麻殿」

自分を卑下する言葉に流也がたしなめるように声をかける。

「面汚し?」

「この歳で退魔の仕事についていないし…なにより根本的に精霊の声が聞こえないし……【火】が使えない」

使い人最強の直系であるお前とは違う、と言いたそうな神凪宗家の嫡男に流魔は眉を寄せた。

「【火】が使えなくても他でも退魔はできる。なにより…」

流魔は和麻を見上げる。

「あんた、本当に【誰】の声も聞こえないのか」

「なに?」

流魔のその言葉は今朝夢に見たあの子供…自分の名前と同じ読みをする一真が言った言葉と重なって和麻の心に染み渡った。

(【誰】の声も聞こえないの?)

その言葉は自分が聞こえないからといって、聞こうとしていないのではないかと言われているようにも思え、和麻は深く考えながら流魔の背中を見つめる。

そうこうしているうちに縁側に出ると、弥生の身体に風が優しくまとわりつき長い髪が凪いだ。

「弥生」

「少々お待ちを」

「では私も…」

控えめに流也がそういい、風が彼を取り巻くのを和麻は眺めていた。

(風…)

父に下術と称さされる風使いの術…風術に和麻は見とれる。

(風…)

ひゅるり

風が和麻の身体に優しく触れた。

だが彼の様子に誰も気がつかない。

「一真様を探さなくては」

弥生の言葉に和麻は心の中で反芻する。

(あの‘かずま’に会ってお礼を言わなくては…だから…)

ひゅるり

弥生と流也の、そして微弱だが和麻を取り巻いていた風がそよいだ。

「!」
 ・ ・ ・
三人の風が四方に散って対象を捜索し始める。

その事実に弥生と流也の二人がようやく気がつき、和麻を見つめる。

流魔の方はちらりと彼を見ただけで何も言わない。

和麻は視線に気が付かなかった。

自分の意識に風が反応していることも気が付いていない。

眼前に映し出される映像に驚くほうが先立ったからだ。

和麻の視界に山の獣道を小学生が走っているのが確かに見える。それを追いかけてくるのは神凪の術者だ。

「追いかけられてる?!」

和麻の言葉に「なに?」と流魔が眉を寄せた。

「弥生」

「はい…男が数人、一真様を捕まえようとしています」

「場所はわかるか」

「少々場所が離れておりますが…」

流也の言葉に顔をしかめる。

「あのゴマにはまだちゃんとした攻撃系統は教えてないっていうのに」

ひゅるんっ

(水無月の周りの【風】が騒ぎ始めた…。こいつ、ここから攻撃するつもりか…)

漠然とそう思い、そしてはっと和麻は気が付く。

(精霊が、騒いでいるのに気が付いた?! この俺が?)

自分が信じられず、今度はちゃんと意識してもう一度集中する。

和麻の視界にまた風景が広がった。

風の精霊たちはその映像を目に流し込んで情報を教えてくれる。

それがこのことなのだと和麻には理解できた。

「今から走ったところで間に合わないぞ、水無月」

そういいながら、和麻はやや興奮気味に初めて自分に応えてくれた精霊たちの声に耳を傾け、彼らに懇願するように遠距離のその光景を見続ける。

素早い子供の動きに業を煮やしたのか、大人の一人が乱暴に掴みかかろうとする。

それを避け、一真は走りながら、何を思ったのか地面に両手をやった。

「お願い」

小さくそう言うのが聞こえた。

(風術か?)

笑いながら神凪の術者が手を掴もうとしたが、それよりも先に一真の唇はこう動いた。


地の精霊よ 我が意思に従いし 土の従者へとその形を成せ

土人形招喚!!



「「地術!?」」

二人の少年の言葉に流魔の片眉が上がった。
                 ゴーレム 
「…流魔さま…。一真様が、土人形を召喚しました…」

自分の見たものが信じられない弥生の口調。

「……本当か?」

風使い三人が風を使って見守る中、子供は自分と同じぐらいの大きさの土人形を召喚すると、それらを神凪の術者に体当たりさせる。

その様子を弥生に聞きながら、小さく流魔は笑った。

(どこまで規格外だ、お前は。手塚一真)

その間にまた少年は走り出す。

そしてついに火術が土人形に行使された。

土人形は炎に焼かれ、無残に転がっていくのをスローモーションのように見てしまい、和麻の背筋がぞっとした。

人の肉の焼ける匂い、焦がされる熱がふいに思い出される。

(あの恐怖を味あわせようというのか)

「このままだったら、まずい!」

思わず、そう口走ると流魔が中庭に出る。

「方向を教えろ」

それを追いかけるように素足で全員中庭に出ると、その方向に手を差し出す。

「無理です。流魔様」

「風術に超遠距離攻撃術法があるのか?」

和麻の問いに流也は顔をしかめた。

「風牙衆にはございません」

「水無月には攻撃術法なんざいくらでもあるが……」

「流魔さま…」

「あるが、なんだ」

いらいらとした口調で和麻は弥生の言葉をさえぎりながら、自分の視界を風の精霊たちからの映像に回していた。

「遠距離になると勝手が違うし、なにより俺の【風】だけじゃ足りない。弥生」

しゅるり

風がまた舞い始める。

「いかに流魔さまでも、この距離では…。それにあの術法は…」

なにやら言い募る弥生を片手で流魔は制した。

言いあいをしている暇はない。

「私の【風】も…」

「それでも届くか…」
     ・ ・
流魔達四人の周囲を風が渦巻く。


風の精霊よ


弥生の声と同時に風の精霊がさらに集まりだす。

その間、和麻の視界はまだ子供の様子に目を奪われていた。

虐待されていた自分と、一真の動きは安易に重なる。

自分と同じように、身体を燃やさせるのか。

自分と同じように言われない暴力を受けさせるのか。

「させ、るかよ。俺たちの命の恩人だぞ!!」

思わず和麻はそう叫んだ。

「!!??」

ゴゥ!!

一気に風の精霊たちの質量が増える。

「方向を教えろ」

そう言ってから流魔は一気にその言霊を唱えた。





目覚めよ 大気に眠りし精霊たちよ

魔の力 黒き翼の力を持ちて従え!!

風魔と化し彼の敵を滅ぼせ!!




魔烈風盡!!!







風が舞い上がると同時に一気に遠距離に居る一真の周囲を渦巻くのを弥生達は風の精霊の視界を借りて目撃する。

本来ならば、風の中に閉じ込めた妖魔の類を塵に返す技だ。
         レベル
(この距離と俺の力量ではやはりまだ足りんな)

風の精霊たちの統制も整っていないために安定しない術法は完璧には完成しない。

遠距離攻撃術法は熟練の使い人でも使えるものではないし、この術法はそれではないのだ。

だが、流魔は最初からこれを狙っていた。

逆巻く渦の中心に一真を閉じ込めると、その統制されない術は外へと己の力を解放した。

つまり。

一真を囲んでいた神凪の術者たちを吹き飛ばして気を失わせた。

きょとんとした一真の顔を見た瞬間、弥生達の視界は自分たちのそれへと戻る。

「この、力…」

和麻は手を握り締める。

判る。

精霊たちの動きや、その声が理解できる。

風の精霊たちは確かに和麻の声を聞き届け、そして弥生・流也・流魔の風とともに術を行使し、流魔の言霊にしたがって火使いたちを吹き飛ばした。

超遠距離による風術の攻撃術法。

流也の風とともに和麻は子供に襲い掛かる神凪の連中を視覚し、流魔の風とともに浄化の力はないが相手を切り裂くことのできる刃の力を使った。

術法としては不完全極まりないものだが。

確かに、今まで使ったことのない精霊たちの力。

それを初めて行使したというそのことに対しての歓喜。

そしてやはり炎は使えないのだという軽い失望。

「弥生、迎えにいってやれ」

「はい、流魔さま」

「精霊たちが騒いでいるが、どうした」

何も気が付いていないこの家の主が縁側にようやく現れた。

流魔は意地悪そうに彼を見て笑う。

「…地使い。ゴマが【地】にも目覚めたぞ」
 ゴーレム
「土人形を召喚しました」

一瞬何を言われたのか判らず、その言葉を頭の中で繰り返したらしい。

「な、なんだと…っ!!!」

地使いの絶叫が邸宅に響き渡ったその時、神凪和麻は一つの結論を出し、水無月流魔を見つめていた。




続く/そして「風の聖痕」主人公が原作よりもいち早く風の力に覚醒。
主人公は【地】を覚醒。ここまでで主人公覚醒技能「風」「気(霊力)」「地」
にしても、流魔さんえらそうですな…(まだ原作よりも他人の男に優しいですが)。
この時の年齢は流魔さん14歳。和麻さん・流也さん17歳なのに。
また後半に出てきました風の攻撃呪文は本来はこういう効果をなしません。
作品中言いましたが、これはまだ行使した術者が未熟だったからと、力が安定しなかったためにこうなりました。
相変わらず強引な話ですんません。

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