認めてほしくて、笑いかけて欲しくて。

一番ではなくてもいい、二番目でいいからと。

だから必死に戦ったのだ。

命をかけて経験を積み重ねて、力を磨いた。

この地術ではない、異能の力を。

それがなおさら疎まれる結果になった。

恥さらし。

鬼子。

邪術師。

実の父からの心無い言葉に心をえぐられた。

いつか、きっと…。

それが叶わぬ夢だと知ったのは、たった二人の自分の味方、愛してくれた人物たちを遠ざけられたと判った『今』。




第壱章 麒麟修行編

(2)大地の娘

(1)




石蕗紅羽がその手紙を呼んだのは、10年以上もたってからのことだった。

その文面に思わず涙をこぼしそうになって瞬きを繰り返す。

その頃から彼女は一族の人間たちとともに修行の一環として退魔の仕事を行っていた。

一族は火使い一族・神凪と肩を並べる地使いの一族で、地使いの大家である。

主にその存在は富士山に眠る魔獣の封印をつかさどることで、他の使い人達から一線を引いた状態にあるといっても過言ではない。

幼い、ということは理由にはならない。

使い人は通常、12歳で成人扱いされるのだ。

それより下であってもすでに精霊術、体術、退魔術は身に着けているのが当たり前である。

幼い頃から紅羽もその仕事をうけていた。

しかし彼女だけは使える術が違っていた。

重力を操る『異能』。

本来ならばその血筋から地術を使えなくてはいけない。

地の精霊たちと対話しなければならないというのに彼女だけはその声が聞こえず、できたのが重力制御の能力だった。

このことに実父、そして母さえも彼女に背を向けた。

妹ができてからその兆候は顕著に現れた。

姉妹で仕事をしても褒められるのは妹だけだった。

暖かく抱きしめられるのは妹だけ。

そして憎悪の眼で見られるのはいつも彼女だけだった。

その視線に一族のもの全員がたじろぐほどに。

なぜなら、父は石蕗家当主であり、神凪に肩を並べる精霊術師大家を治めてこの国の霊峰に眠る魔獣を鎮める一族の長なのだ。

だが彼女は少なくとも幼少期は救われていた。

同じ地使いの影山一族の二人が彼女の心を癒していたのだ。

姉様と言って慕っていた女性。

赤ちゃんができるのよ、とそのお腹に手を当てさせてくれた女性。

産まれるのを楽しみに待っていたが、その赤ん坊を紅羽は見たことがない。

彼女は赤ん坊が産まれるその直前に使い人の義務を放棄して、一族から出て行ってしまったのだ。

紅羽にはショックな事件だった。

彼女は自分にも何も言わずに出て行ったと思っていたからだ。

そして続けざまに影山一族の長が死んでしまい、紅羽の心の拠り所は消滅した。

粉々に砕かれてしまった。

(だけど、そうではなかった…)

あれから高校生になり、ほどなく大人の香を漂わせるようになった紅羽の手の中には、確かにその女性からの手紙がある。

ずっとしまいこまれていたその手紙には暖かな言葉と謝罪と愛情が含まれていた。

(姉様…)

そっとその手紙を抱きしめる。

そして思う。

もしもあの時のお腹にいた子供が産まれていれば小学生だ。

きっと可愛いのだろう。

(会いたい…)

闇色に染まって行く自分の心の中の唯一の光が、影山一族だった。

姉のようなあの女性からの手紙を燃やしてしまえといったのは実父だと聞いた。

その後、何かしら便宜を払っていてくれた女性の父…影山一族の長が亡くなられたときに、葬式にも行かせてもらえなかった。

全て父が一族の人間に命じていたことを知った今、彼女の心はこれ以上ないほど乾ききっている。

この手紙は憐れに思った一族の誰かが隠していたものだ。

それは10年という歳月をかけて今自分の手元にやって来ていた。

実の父に疎まれ、蔑まされているこの現状。

もう、父からの愛情はもらえまいと紅羽はしみじみと思い、半ば石蕗家に対しての復讐を決意した。

その復讐を叶えてからはきっとあの人達の前には立てないだろうと、うっすらとだが自覚している。

(会うとなれば、今のうちだわ)

こくり、と頷くと手紙を折りたたみ、そして自分の服の内ポケットに丁寧に入れる。

(父様に許可をいただかなくては、いけないわね…)

紅羽はそっと部屋から出るとゆっくりとした足取りで歩き出した。

「…おい、聞いたか?」

「何をだ?」

そして彼女は知るのだ。

「…影山一族の、あの女を覚えているか?」

紅羽の足が止まり、偶然話していた一族達の話に聞き耳を立てる。

「…影山一族? 滅んだやつだろう?」

「あぁ。一族を身重の体で出奔したあの女…今朝のニュースでやっていた。…通り魔に惨殺されたのだと」

「通り魔? 使い人なのにか」

「…情報によると、闇の眷属だったらしい」

「!!」


もう二度と『姉様』に会えることはないのだと言うことを。









それから数週間という時間を経て、彼女は手塚家の玄関前に来ていた。

(お父様が、須賀様に連絡することを許してくれれば、こんなに時間はかからなかったのに)

ひとつ、溜息を落とす。

あれからすぐに父に会い、せめて仏前に立ちたい…。墓前に立ちたいという願いは一蹴された。


「そんな時間があるのならば、地術を少しでも身につけないか」

「一族の面汚しの顔を影山に見せるのは気が引ける。あやつも会いたくはなかろう」



何度も頼み込んだが、そう言われた。

紅羽はその言葉の刃を耐え、いくつかの仕事をこなしてやり、ようやく許可を得た。

だが一族の力は一切使わず、地使いではなく紅羽個人で動けと命令された。

勿論、地使いの東の代表格「須賀」家は現在、地ではなく風の精霊達が舞う場所になっていて、何があるのかはまだ調査中のために近づくのを許されなかった。

それが父の言い訳だということには紅羽は気がついていた。


「邪術を使うなよ」

はき捨てるように、己の足で調べて動けといわれ、彼女はただ頭を下げることしかできなかった。

須賀家の当主は影山家とは懇意にしていたはずだし、墓も管理している可能性があった。

もしかしたら『姉様』とも連絡を取り合っていたかもしれないのだが一個人である紅羽が、面識もないのに地使いの代表格に会いにいく事は許されない。

そして当主からも釘を刺されてしまった。

現在の須賀家、影山一族から地使いの東の代表格…地使い同士のネットワークの大元…を父はあまり好いてはいないようだ。

(…すんでしまったことは、仕方ないわ…)

そして彼女は手塚家の玄関を見つめる。

ようやく、だった。

紅羽のポケットマネーで探偵を雇い、絡め手でその調査を盾に須賀家に行こうとしたのだが、その探偵は影山家の忘れ形見が、使い人の家ではなく一般人の手塚家に引き取られたことを突き止めてくれたのだ。

「姉様の、息子…!」

紅羽は自分の手に、あの感触…暖かな姉と慕う女性の体温とその奥で眠っていた胎児の波動…を思い出したかのように歓喜した。

うれしかった。

自分を愛してくれた人の子供の住む場所にと急ぎ、そして今日着いたのだ。

(…なんていう、『場所』…)

少し眉をひそめてしまっている自分の表情に彼女は気がついていない。

普通の家、というよりもかなりの豪邸だった。

その程度ならば紅羽も気後れしない。

自身が一応、生活している石路本家も山の中にあるのだが豪邸は豪邸なのだ。

しかし、ここ、手塚家はそれだけではない。

(聖地、とは言えないけれど、それと同じような…)

濃密な霊力の残滓がそこかしこに残っている。

いや、その強大な力を有した霊力はこの家の奥にいる。

たとえ重力を操る力しかなくとも、精霊を見ることも声を聞くこともできないが、霊力を感じることはできる。

(手塚家は、別に霊能力者の家系ではなかったわよね)

探偵が調べてくれた家族構成を思い出す。

家長(当主)である国一は警察関係者で、まだ警視庁に影響力をある人物だが術師ではない。

その息子である国晴や妻の彩菜は普通の、ごくごく普通の人間であるし、子供の国光はテニスというスポーツの世界では有名だがやはり普通の一般人にしかすぎない。

(何か、力を持った物でも所有されていらっしゃるのかしら)

もしも危険なものならば説得して回収したほうがいいかもしれない、と漠然と思いながらインターホンを押す。


「はい、どちら様でしょうか?」

大人の、女性の声に紅羽は緊張した面持ちでそれに答えた。

「突然お邪魔して申し訳ありません。…こちらに影山様ゆかりの方がいらっしゃると聞いて参りました、石蕗と申します」

「……ちょっと、お待ちください」

紅羽はぎゅっと拳を握り締める。

(姉様の子供に会わせてもらえなかったら、どうしよう)

心の奥底で何かが自分に「そんなもの、どうとでもしてしまえばいい」と言っているが頭を振る。

(礼節をもって接すれば、大丈夫)

父や妹…一族の人間達とは違うのだから。


「…あの…」

紅羽の心臓がどきりと高鳴った。

子供の声。

茶色の髪につぶらな目の少年が玄関に立っている。

その面影に、紅羽は呆然とした。

(似ている)

少女の頃にぬくもりを与えてくれた女性に。

「あね、さま…」

「え?」



紅羽は感極まって涙をこぼした。

その透き通った、彼女の頬を伝う涙に狼狽する子供は困惑しきった表情で彼女を見上げる。






この出会いが彼女の、運命の出会いであり分岐点であった。






続く/石蕗紅羽登場。原作3巻では敵として登場。
石蕗家も神凪とどっこいどっこいな感じ。
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