その言葉が正直信じられなかった。

日本には少ないが数多くの精霊術師…使い人が存在する。

特に富士山の魔獣を鎮魂させる地使い大家「石路」家と、遥かな以前火の精霊王と直接契約した火使い大家「神凪」家。

そして攻撃力がないとオカルトの世界でも評価されていたその術を、最強という二文字にまで進化させた風使い「水無月」家。

かつて水無月家と同等の力を持つといわれた男を当主とする水使い「海津」家。

それらの使い人達は他の衰退していく一方の退魔術師に比べればその人員だけでもトップクラスを誇る、オカルト集団だ。

彼等は己が属性…それは血であったり体質であったりする…に準じた精霊を使うことができる。

術式の中に組み込まれれば、何にも属さない精霊たちも彼らに手を貸すことがあるだろうが、基本的には一種類。

それが使い人の基本である。

それが…。

「二種類の精霊を使う、少年、ですか?」

かすれた声を出さないのがやっとだった。

重々しく頷かれ、彼女はそれを事実と受け止める。

他の退魔術の家系の人間に知られれば。

利用されるか、あるいは…。

少なくとも想像していい結果の類は思い浮かばない。

「…できるだけ、早くそのお孫さんと会わせていただけますでしょうか?」

「ん? …そうさの…。これからお時間はあるかの? 橘さん」



その判断が彼女を、ありがちだが『運命の出会い』をさせる。


第壱章 麒麟修行編

(2)大地の娘

(4)




石路紅羽は狼狽した。

不二周助という少年は、笑みを浮かべたままその細い目で彼女を見つめて小首をかしげて見るからに「可愛らしい少年」だった。

もう一度、紅羽は彼に言われた言葉を内心で反芻する。

「一真君が言ってたよ。お姉さんの中で命令してるのが邪魔してるって」

「その声が、精霊達とお姉さんのこと邪魔してるんだって」

(邪魔している?)

あれほど望んだ精霊の声が届かなかったのは自分の中にいる存在?

何を言っているのか? と思う自分と「この言葉を信じてはいけない」と漠然と思う。

「どういう、意味かしら?」

紅羽の声がほんの少しばかり低くなるのに気が付いたのは年長組みの国光と周助の二人だった。

「もう、判ってるんじゃないの?」



ニゲロ。

心のどこかで何かが囁く。



逃ゲロ。

それはじょじょに明確な意思になりなが、紅羽に命令していく。

彼女のその様子に、一真は心配そうに彼女を見上げ、そして自分の手には負えないだろうとひゅるりと風の精霊達に伝言を頼んで飛ばした。

自分の思考に没頭していた紅羽は、風の精霊たちの動きについていけなかった。

気が付いたときにはすでに精霊たちはいずこかに彼の言葉を運ぶために動いていた。

(一真、君?)



逃ゲロ、逃ゲロ。
コノ場所ニイツマデモイルノハ危険。


その声は、意思は正しく切羽詰ったかのように声高に彼女に命令した。

(逃げなくては)

普段の自分とは違う、弱気なその言葉を紅羽は従う。

「石路さん?」

不二周助の言葉に紅羽は薄く笑った。

内心の動揺を悟られてはいけないというみえみえの笑みだと判って、国光は軽く眉を寄せ、周助は破顔する。

「何を指しているのかは判らないけれど?」

そう言って一真を見つめる。

困ったような、そしてどうしたらいいのか判らないような顔をしている少年は、それでもまっすぐと彼女の目を見つめた。

紅羽の心臓が跳ね上がる。

(姉さまの子供)

今現在は手塚一真で、風と地の術が使えるという少年。



何時カ敵ニナル子。
イヤ、既ニ半バ敵の子供。



その思考に紅羽は目を閉じ、そして何かを飲み込むような仕草をしてからまた目を開けて彼を見つめた。




ナラバ、イマノウチニ殺シテシマエ。
マダ、今ナラ殺セル。




紅羽は自然にその目線を彼の瞳から下に…その首に降ろしていく。

(手を伸ばして…あるいは、私のこの力で)



ソノ首ヲ圧シ折レ。



彼女が発する殺意に、一真はただ見つめるしかしない。

変わりに裕太と海堂が敏感に動こうとした。

殺気と言うものとは判っていないが、悪意というか尋常ではない気配に二人は敏感だった。

二人の間に入ろうとするのを、国光と兄の周助が止める。

そんな動きに、紅羽はあろうことか気が付かなかった。

退魔師として何度となく妖魔と戦ってきた彼女が、幼い彼らの気配を失念したのだ。

(姉さまの子供に、何をしようとしているの)

ふいに我に返り、彼にまた笑みを向ける。

自分の中にある、その声高な意思は己のものだと紅羽はそう思う。

(どうして姉様の子供を殺さなくてはならないのか。自分の中に何がいるというのだ。…本気にすることはない。子供の戯言なのだから)

自分にそう言い聞かせる。

「一真君」

「お姉さん」

一真は紅羽を見上げたまま、こう言った。

「あのね、そのまんまじゃいけないと思うんだ」

「…? 一真、くん?」

「お姉さんの中に居るの、そのままだとお姉さんを暗い、暗い、誰も助けてくれないようなところに連れてっちゃうと思うんだ」

一真の指が、そーっと紅羽の手に伸びる。

その指先が触れ合っただけで、びくりとなぜか彼女は震えた。

子供の戯言なのだと、そう言い聞かせるが彼女の中では、またも警鐘が鳴り響いた。

一真を殺したくなる衝動が、また湧き上がる。

(なぜ?)という問いが押し流されかかる。

「駄目だよ」

一真の強い声が紅羽の心を振るわせた。

「君にお姉さんはあげないよ」



〜〜〜〜〜!!!



声にならない叫び、怒りと殺意が湧き上がる。

「お姉さん、まだ間に合うよ」

「一真、くん」



声ヲ聞クナ。


一真は紅羽の手を握り締めた。

彼を殺したいという意思と、姉さまの子供に対してなんていう非道を、という二つの意思が…後者は本当に理性と、微かに残った感情ではあったが…彼女の中でせめぎあう。

「一真、そのまま『霊覇』の風は?」

「…あれは火事場の馬鹿力みたいなのだから、やっちゃいけないって止められてるんだ。裕太」

裕太は自分を庇っている兄に眼を向けた。

「兄貴」

「うん。今手塚が草薙さんにもメールを送ったよ」

ぴっ。

ちょうど文面を片手で書き上げたのか、そのまま送信している国光の手元を見て海堂と一真は頷く。

「…離して、くれない?」

「…できれば、もう少し居て欲しい」

「……一真くんっ」

(逃げなくては)

紅羽は本気でそう思った。

「あ」

紅羽を引きとめていた一真の注意が玄関の方向に向かう。

車が止まる音がして、誰かが帰ってきた音がした。

風の精霊たちが彼に祖父ともう一人女性が来た事を教えてくれる。

庭に居る自分達の異常さに気がついたのだろうか、その女性は「失礼します」と一声謝罪して、庭まで駆け足でやってきた。

その女性は、紅羽と一真を見た瞬間、眉根を寄せたかと思うと札のようなものを取り出して後からやって来た国一を庇い、そして子供たちを目で制しながらこう言ったのだ。

最初はこの霊力の高い一真を警戒してだろうと紅羽はそう考えながら、現状を打破できると息を吐いた。

だが。

「……貴女、そんなものを憑けて何をしようっていうの」

「!」

その女は、子供達と似たような言葉を彼女にぶつけた。

紅羽の中でまた、何かがいらだつような咆哮をあげる。




紅羽は気がついていない。

彼女の運命が闇から光へと向いた瞬間であったことを。




続く/橘さん手塚家来訪。
橘さんは原作少し読んでもそのお力が曖昧っていうか印象に残らないのです(すみません、ファンの方)。
なので、うちの創作内の彼女はこんな感じです。

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