ただ認めて欲しかった。
自分を見て欲しかった。
無能の烙印を、せめて貴方には押してもらいたくはなかった。
あがいて、泣いて、そして叫んでも。
貴方は私を見なかった。
結局は『神凪』という一族の見方でしか、貴方は私をはかれないのであれば。
ならば「私」は「俺」らしく、壊してやろう。
そう、一族の価値も貴方の価値も。
第壱章 麒麟修行編
(3)炎の愛し子達
(1)
「大丈夫? お兄ちゃん」
そう呼ばれて応えようとした神凪和麻は「ぜぇ」と苦しげに息を吐き出し、そして瞼を閉じたままだった。
「神凪。無事?」
くすりと小さな笑い声に、彼はようやく重い瞼を開ける。
「かず、ま。く、れは」
切れ切れに彼女たちの名前を呼ぶ。
一人の少年は、彼を救った事のある手塚一真。
もう一人は、その一真が救った石蕗紅羽。
片や、風・土の精霊達から愛されている少年(驚くべき事に自身を使い人ではないと言う)。
片や、ようやく土の精霊の声がなんとか聞こえるようになってきた地使い大家の直系。
二人は息も切れずに自分を見下ろしている。
「いちお、ぶ…」
「誰が寝ていいといった?」
一応、無事だと返そうとした瞬間、己の師匠筋の少年…自分よりも年下なのだ…がぴしゃりと言い切った瞬間に腕を振り下ろした。
「風よ刃となれ!!!」
咄嗟に一真も紅羽も飛び避ける。
「風よ我が盾となれ」
咄嗟にピンポイントで当る場所に風の精霊たちの防御壁を作り上げて、転がりながらも立ち上がる。
「一真と紅羽に当るだろうが!」
「誰がそんなへまをする? お前じゃあるまいに」
さらりと言い切って和麻の神経を逆撫でする。
「防御一辺倒で俺に一撃できるか?」
「くそっ!」
悪態をつきながら和麻は風の精霊をかき集めた。
精霊達は自分たちと同等、いやさそれ以上の存在である。
それを頭に常におきながら、呼びかけるとその意思に癒され、あるいは呼ばれて精霊たちが集まってくる。
これが基本的な精霊使いと精霊の対話なのだ。
咄嗟に教えられた通りの防御陣を繰り出した和麻は、自分の中に構築された術式に切り替えていく。
((…まだまだ、遅い))
攻める側も守る側もくしくも同じこと考えていた。
「風よ我が刃となり 敵を切り刻め!!」
「風壁!!」
互いの風の精霊がぶつかり合う。
同じ属性の精霊同士がぶつかった場合はどちからその質量が勝った方が勝つ。
ゆえに。
「ぐあぁっ!!」
「わっ」
吹き飛ばされたのはやはり神凪和麻の方だった。
それを見てしまい、思わず顔をしかめながら一真が声を上げる。
(まぁ、しかし幾分かはマシになった)
自分の技を完璧とまでは行かないが防ぎきっている。
そのことを『マシになった』と評価すると水無月流魔は遠慮なく吹き飛んだ和麻に止めを刺すべく、追い討ちをかけた。
「流魔お兄ちゃん、和麻兄ちゃん痛そうだよ。もうやめてよ」
風牙衆が良く使う呼霊法をそれと知らずに無意識に風の精霊に言葉を運ばせる、小動物的な少年の声に流魔は冷たく、同じように精霊に言葉を運ばせた。
ゴマ
「邪魔するな、一真」
きっぱりと言い切ると風の精霊達を収縮させる。
「…っぐ…まだまだぁ…っ!」
和麻はそんな二人が言葉を交わしているのにも気が付かない。
そんな余裕はなかった。
ただ頭にあるのは流魔の攻撃をいかに避けるかしかない。
その様子に、紅羽は一真の側にいながらにして気がつき、眉をひそめる。
彼女にはこの後のことが容易に想像が付いたのだ。
そして彼女の予想通り、景気良く神凪宗家の血を引く風使いは、同じ風使いの術を食らってまた吹き飛んだ。
一方、その頃。
同じ山中において同じ風使いの男女も修行をひたすらに繰り返していた。
「風巻殿」
「えぇ、解っているのですが」
眉をハの字にすると流也は困ったように頬をかいた。
風使いの使う、風術の基本中の基本は探査、調査などが主流であって攻撃的要素がひたすら強いのは正直『水無月家』だけだのだ。
風使いとして真っ白な状態であった神凪和麻は自分の中に蓄積されている、攻撃的術法(火使いの火術)にそれを重ねて受け入れられるのだが流也はそうも行かなかった。
なにせ幼い頃からずっと風術は結界を敷いたり、妖気の探査をしたりといった事にしか使っていなかったので、いざ直接攻撃的なものを「さぁ、使えるようにしろ」といわれてもそれは難しかったのだ。
なので、風牙衆独自の術とそして結界・防御の術を草薙弥生に提供しながら、彼女が通常使う使い人の簡単な攻撃術法を教えてもらっているのだがあまり上手くはいかなかった。
「…やはり私の術では『攻撃』を主体としたものは難しいですね」
それでも彼の顔に諦めるという感情は見えなかった。
「少し、考えてみました。私は私なりに極めたい」
その言葉に弥生はうっすらと微笑む。
「はい」
「だからもっと頑張ります」
風の精霊が渦を巻く。
風牙衆に伝えられている方法での精霊の接し方から、ゆっくりと自分の中の意識を改革して新しい手法を入れようとする彼は、じんわりと汗を流しながらも、それでも止めようとはしなかった。
「お相手お願いします」
「はい」
ぺこりと頭を下げあって、彼と彼女は相対する。
流也はうっすらと理解していた。
ある意味、草薙弥生は自身の主である流魔を上回る風術の技術を持っていることを。
それを少しでも盗み、生かすことができればと自分はさらに強くなるのだと彼は考えながら己に応えてくれた精霊達に感謝しつつ、術を発動させた。
その結果、やはり彼は彼女に敗北をしてしまうのだが彼は何かを掴んだのか、満足そうに前のめりに倒れるのだった。
「強い風が生まれつつあるな」
そう縁側でぼそりと呟いたのは、当代使い人最強の二文字を背負う、水無月当主その人だった。
今、己の娘とその付き人が片方は喜び勇んで、もう片方は心になにやら重たい何かを抱えつつ、弁当を持って走っていった。
それはこの私有地で修行する少年達にということだったが、おそらく娘はたった一人の息子…いまだ自分を許さない流魔の元に走っている。
そこには神凪宗家の息子と、その一族に隷属している風牙衆宗家の息子がいたl。
ともに強い意志を秘めた瞳の持ち主だ。
その風は強いものになってきたと、彼は目を細める。
急成長し続けるあの子供…本当に年相応か、いや幾分か年齢よりも幼くみえなくもない手塚一真という少年は幻那から見てもその能力と成長のスピードは正しく『規格外』に速いので無意識に除外する。
彼の存在が大きいために、本人達も周りの水無月の家の者達も二人の成長を遅いと感じるかもしれないが、そうではない。
それどころか経った数ヶ月でここまでの精霊術を行使できるようになるとは考えても見なかったというのが彼の正直な気持ちだ。
火使い大家の神凪一族の血を引く風使い。
そして、神凪一族に隷属している、風牙衆。
この二人が一体どんな風使いになるか、幻那はうっすらと微笑む。
「この強い風は我々、使い人の世界に何を生み出すのか…」
そしてかの子供、手塚一真はどんな存在になるのか。
水無月家当主は、強い精霊たちの力の渦に目を細める。
「楽しみだな」
彼はまだ知らない。
いや、正確には彼を含めた使い人たち全てに言えることだが。
後に神凪和麻は家の名前を変え、やがて世界の風を統べる男になり、風牙の青年は仲間と共に隷属の楔を切り裂くことになる。
その運命の儀式までは、あと数日。
続く/とうとう火使いのお話になりました。冒頭どおり、神凪一族中心の話になります。
弥生さんが流魔さんより強い、というのは原作にて彼女は一度彼に勝ってますのでそういう文章入れてみました。
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