一族の誰もが自分達の存在を『人間以上』だとそう胸を張る。
自分達は選ばれた一族で、一般人とは違うのだ。
精霊術を扱う『使い人』の中でも至高の存在なのだ、という。
オーバーロード
他の『使い人』一族と自分達が違うのは、一族の一人がはるかな昔に超越的存在である精霊王から加護を頂いたからだと。
そして一族の血に浄化の力を下さったのだと。
本当に、それは『人間以上』という証になるのだろうか?
確かに自分達は炎では決して傷つけられることはない。
だがそれは他の火使いの一族でも同じこと。
浄化の力があるのは確かにあるが、それは他の使い人でも達人レベルのものであれば誰でも使えるようになったと聞く。
一方、それに比べて私達の火の中にある浄化の力は世代を交代するごとに徐々に薄れていき、今では大物の妖魔を浄化できるほどの力は宗家の血筋でも数人しか居ない。
それに…。
そう、それに…驕り高ぶり、他者を虐げることに慣れてしまっている私の一族は…私を含めて…本当に精霊王の加護にふさわしい『使い人』なのだろうか?
第壱章 麒麟修行編
(3)炎の愛し子達
(2)
大神操は兄の親友であり同じ一族にその血を連なる若者達の談笑の内容に、卒倒しかけた己を叱咤し、自室になんとか引きこもった。
地使い・東の【代表格】である須賀家の目と鼻の先にある修練場にて、宗家嫡男である青年が命を落としたのだと、彼らは笑っていた。
神凪和麻。
火使いの一族に生まれながらにして、火が使えない。
火の精霊たちの息吹を感じられない青年。
操は彼のことを知っていた。
兄を含めた分家数人の少年達にいたぶられていた彼をかばうことしか出来なかったのが数年前。
その後、彼を含めて三人で『気』の修行をしていたが、年頃となったせいか、あるいは炎術があまり得てではなくなったのが気に食わないのか。
父に半ば幽閉されるように家に閉じ込められたのはつい最近のこと。
「和麻様…」
修行の最中に「あやまって転落した」という言葉を操は真に受けなかった。
推測でしかないが、同じ修行場を使っていた一族の誰かが何かをしたのではないか。
神凪和麻は確かに火の精霊たちを感知しないが、それ以外のことに関しては若手ナンバー1と言っても過言ではなかった。
操ともう一人、他の一族には秘密にしていたあの訓練の中で気の鍛錬や体術に関しては目の肥えた操からしても、間違いなく彼は自分の兄や、もしかすると父親よりも「強い」と感じた青年だった。
その彼が間違っても「あやまって」転落、などということはしないだろう。
彼が唯一負けるとすれば、それは精霊術においてのみ。
自分がかばったあのときのように火をかけられたのかもしれない。
……場所が場所だ。
確か、あの修行場には和麻だけではなく、もう一人、己の大事な人がいる。
彼と和麻は血は違えどもまるで兄弟のように仲がいい。
(和麻様になにかあるとしたら、それはきっとあの方にも……!)
その想像にぞっとしながら、操は頭を振った。
「…しっかりするのよ…操」
そう口にして、深呼吸する。
ショックを受けて、へたり込んでいる暇は無いのだ。
(風牙衆の方に頭を下げましょう。きっと何かしらの情報はもうつかんでいるかもしれない)
下部組織である『風牙衆』は自分達とは違い、情報収集、あるいは探査に優れた風術を使う。
この噂の真偽をはっきりさせてくれるには違いないと、彼女はそう思うと自分の感情を浮上させた。
(落ち込むのは、へたり込むのはその後でいい。今は動きましょう)
そうしっかりと思い、彼女は今度は部屋を出ようとした。
そのときだ。
「操?」
兄の声にびくりと彼女は肩を震わせる。
「……武哉兄さま」
「どうしたんだ? 操。顔色が悪いぞ…。あ、医者、呼ぼうか?」
優しい声音の兄。
(だけど、その優しさを一族以外には向けない方…)
操はそう思いながらも、口にはせずに目を向ける。
その強い意志の光に武哉はたじろぎ、後ずさりした。
「私、用事ができましたの。外に出ようと思います。夕飯までには戻ってまいりますゆえ、お父様にそう伝えていただけますか?」
「ま、待てよ。操」
いつもはおとなしい操の気迫に負けたと感じた武哉は、彼女の前に立つ。
彼のプライドがそうさせていた。
「親父から操は外に出ないようにって言われたろう? もしも出るとしたら俺か…」
「たまには一人で外出しとう存じます」
妹の他人行儀なそんな言葉に兄の態度はますます硬くなった。
「どこに行くかも教えてくれないのか? 操」
「兄さま。私は一人で大丈夫です。年端も行かない子供ではないのですから」
イラついた感情を見せずに操はそう続けた。
彼女は早く家を出て、なんとかして風牙衆に連絡を取りたかった。
「私はお父様の操り人形ではございません」
思わずその言葉が口から出た。
「っ!」
「失礼いたします。お兄さま」
絶句する兄の隣を通ると、玄関まで急いだ。
「待つんだ、操」
弱弱しい兄の言葉を操は無視する。
だが彼女の足はその場でとまった。
「…お父様」
「どこに行く、操」
「ただちょっとばかり外の空気を吸いに行きますわ。家の中だけでは息が詰まりますもの」
「…操…っ」
妹のただならぬ様子に兄は息を呑む。
自分ならまだしも、口答えしたことのない温和な彼女が、父親に反発したのだ。
ただの口答えだけではない。
彼女のいらだつ感情に呼応するかのように炎の精霊たちが集まってきている。
普段は炎術の才など欠片もみせず、無能までとはいえないが治癒や防御に特化した彼女の周囲に、だ。
「大神の家に生まれたなれば強くなくてはならない」という義務を果たしていないという理由で、父は彼女を外には出さなくなったのだが、この呼応する精霊たちの数はどうだ。
「生意気を言うな、小娘」
「叔父上に当主の座を恵んでいただいた方には用はないのです」
「操!」
数年前に己が言って殴られたその台詞をまさか妹が口にするとは思っていなかった武哉は、まるであの時とまったく逆の立場で操を諌めようとしていた。
あのときはまだ幼く、女を殴るつもりは無かったから父親は彼女には手を出さなかった。
「よくもそんな言葉を口に出来るものだな……親不孝者が…っ!」
振り上げられるその拳を操は無表情に、そして無意識に集めた精霊たちの数で止めた。
「親不孝…確かにそうでしょう」
操は認める。
「ですが、娘を軟禁する父親、弟に修行という名の暴行を加える父に孝行しようなどという感情などとうの昔に消え去ってしまいましたから」
ちりっ。
操の冷たい言葉と反比例するかのように、三人の…いやさ大神雅行とその娘、操の間の不可視の存在がせめぎあった。
「その程度の精霊で、うぬぼれるな! 小娘!」
「っ!」
「…姉さん!」
さらに激高する父娘の間に割って入った第三者の声が、娘側の注意をそらしてしまった。
「武志」
その隙を父親は見逃さない。
強引に娘側に集まった精霊たちを霧散させると、そのままその拳を腹部を強打した。
「っ!!」
「親父!」
責める息子の呼びかけを父親は無視する。
(その程度の精霊、と言ったが…いつのまにあれだけの精霊を…無意識とはいえ)
むせ返る娘とそれを解放する息子達を見下ろしながら、雅行は冷たく言い放つ。
「閉じ込めておけ」
「親父…!」
「二度は言わん」
大神雅行は娘を一瞥して背を向けた。
一瞬。
そう一瞬でも娘に凌駕された自分の力量を嘆き、そして八つ当たりしか出来ない己をどこかで恥ずかしく思いながら。
操は兄と弟によって部屋に戻された。
強打されたそこに治癒の術をかけたいのだが、いかんせん兄も弟も治癒の術に長けているわけではないことに操も、そして彼らも解っている。
「少し、休めば大丈夫だよ。姉さん」
「もし、どこか行きたいのなら俺達が一緒に行くよ。…だから」
「ごめんなさい、武志。…兄さま。一人にしてください」
(一緒に行けれるわけ、ないじゃないですか)
そうは言葉にできず、操は悲しげに彼らを見つめる。
風牙衆のところに行きたいと言うとこの二人はいい顔はしない。
それどころか懇意していたとわかれば、どれだけ心無い言葉を口にするかわからない。
(私に言うのなれば我慢できます。だけれど…あの方々に不快な思いをさせたくはない)
妹のかたくなな態度に兄と弟は眉を寄せたがそれ以上は追求しなかった。
「じゃあ、何かあったら言えよ。操」
「親父のことは気にしなくていいから、姉さん」
兄と弟はそう言って、ぎこちない治癒の術をそれでもかけてから部屋から出て行く。
二人の気配が部屋から離れるのを待って、それから操は泣いた。
(なんて私は『弱い』のだろう)
確かめに行きたいと、外に出たいとあれほど願ったのにも関わらず父親の一撃で元の場所に戻される始末。
もう一度繰り返したところで、結果は同じになることを頭のいい…良すぎる操は理解していた。
少なからず精霊達の数を増やしたところで、場数と経験をつんでいる父親には最終的には負けてしまう。
隙を見て逃げ出す、という行為はできるだろうが相手側よりも自分のほうが隙がありすぎる。
ましてや兄と弟がいるから分が悪いのは操なのだ。
「もうしわけございません、和麻様……流也様…」
ささやくように操は謝罪の言葉を口にした。
(何が精霊王の加護を受けた、火使い一族の分家か…。私はこんなにも弱い)
「どうか、ご無事で…」
はらはらと操は愛しい男の姿を思い浮かべながら、涙をこぼした。
「…流也様…」
これは『継承の儀』まであと数週間という日に、火使い大家・神凪一族の分家「大神」で起こった出来事である。
続く/二人が修行中の大神操サイドお話。…和服が似合う女性は好みです。(真顔)
脱がすときに浪漫を感じるよなー。和服。想像だけだけど。
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