私達は誇りある『使い人』。

その中でも私達は精霊王じきじきに神器『炎雷覇』を賜った火使いの一族だから。

選ばれた私達は強くならなくてはいけない。

人々を妖魔から救う、あるいは守って「やる」という使命から。

強さこそが私達の存在意義。

炎こそがその証。

他の術なんて、炎に比べればとても小さな力しかないのだから。

だからこそ、炎術の使えない火使いなんか必要ない。


ずっとずっと心の中ではそう思っていたし、それが当たり前だと思っていた。




その夜までは。




第壱章 麒麟修行編

(3)炎の愛し子達

(3)



神凪宗家と分家の一同、そして風牙衆たちは現れた青年のその以前とは違った態度の様子に、少なからず困惑した。

神凪和麻。

宗家の生まれにして火使いの証である炎術をまったく持って使えない彼は、いつの頃からか人の顔色を伺うようなそんな態度の青年だったはずだ。

しかし今は違う。

どこか自分を誇るような、そんな気構えを見せている。

大半の人間はそれを「開き直ったのだろう」と思い直した。

火使いではない、火も扱えなかった若者が宗家の、しかも幼いながらも若手の中では一番炎術…炎の精霊の扱いがうまい神凪綾乃に勝てる道理が無いのだ。

「…傷が癒えて何よりだ」

和麻の身体を心配していた当主・神凪重吾はそう微笑みかける。

哀れな子供…火が使えないというだけで一族からののしられ、虐待されていた彼の境遇を重吾は知っていた。

何度となく彼を救って来たつもりだったのだが、よもや一族の一部が彼を殺害してもかまわない、まで思っていたなどとは思ってもみなかった。

修行場からかれが転落したと聞いた宗主は、その場に居た分家の若者達から強引に話を聞きだしたときに、自分の一族の未来を危ぶんだ。

「火が使えない無能の者が、たとえ宗家の血を引いていたとしても、ただそれだけで栄誉ある『継承の儀』に参加することなど耐えられなかった」

それが和麻を殺そうとした理由なのだと聞いたときには、見せしめのために金の炎の彼らの手足を焼いてしまった。

己の出す浄化の炎で分家の中に育つ悪意を浄化してしまいたかった。

なんと身勝手な言い分だろうか。

和麻にしてみれば父である厳馬が強引に自分を割って入らせたことで、彼の意思でこの場に立っているわけではないのだ。

「ご心配をおかけして申し訳ございません。宗主」

それでも火傷や怪我を治し、この場に堂々と立っている彼。

「…体調は大丈夫なのか?」

「癒していただきましたから」
(身体も、心も、なにもかも)

和麻が言葉にこめる意味に、当然気づかず重吾は小さく頷く。

(…地使い…須賀殿はよほどの治癒能力をお持ちのようだ…)

そう勝手に解釈をする。

なにしろ彼は地使い・須賀達也の住まいで数日前まで治癒に専念していた、という風牙衆からの報告しか受け取っていないのだ。

それは同じく上座に位置する和麻の実父、厳馬も、他の長老達も同じだった。

本来ならば家族である厳馬やその妻・深雪なりが見舞いに行きそうなものだったが厳馬自身は先代当主たちの尻拭いのために遠方に出ていたり、宗主の足が動かなくなった現在は最前線に出ているために行くに行けなかった、というのが好意的な見方だろう。

母親の方は炎術が使えない息子には、たとえそれ以外が天才といえども用は無かった。

「『継承の儀』を前にして、逃げ出さなかった気概だけは褒めてくれよう」

だがその声音は蔑む感情を抑え切れていない。

口にしたのは先代の当主・頼道だった。

取り巻きともども、冷たい目で和麻を見下ろす。

「ありがとうございます」

彼の言葉にも和麻はまるで当たり前のように頭を下げた。

「父上…」

「ふんっ。無能の分際でこの場に出ること自体が間違いなのだ。厳馬、おぬしも何を企んでおるかは知らんが…いやさ、無能だからこそ、いらなくなったのか? 厳馬」

「父上!」

「世迷言はそれまでとしていただけませんか、先代」

険悪になった大人達を和麻は、それでもおとなしく見ていた。

その静かな態度に分家の若者達は「恐怖でおかしくなったか」と口にする者たちも居た。

彼らは少なくとも二ヶ月以上前の和麻の態度を知っているからだ。

炎術に怯える彼を。

「おい、和麻。万が一にも無かろうが、仮に綾乃に勝てたとしたら、褒美をくれてやろう。なんなりと言うがいい」

「父上、そのようなことを! 『継承の儀』をなんだと…っ!」

「誠ですか? 先代様」

やんわりとした言葉が宗主の言葉をさえぎる。

見れば和麻が喜色の笑みを浮かべている。

「うむ、先代として確約してやろう」

炎術の使えない者が、綾乃に勝てるわけがないと踏んでいる頼道は鷹揚に頷いても見せた。

「父上、そのようなことを…!」

「良いではないか、重吾。どうせ『儀』と言ったところで結果は見えておるのだ。幾分かの夢を見させてやっても」

分家の長の中には「さすが頼道様、お優しいことで」と見え透いた世辞を言う者もいる。

「では…『風牙衆』をいただきとうございます」

「?!」

「なに?」

重吾と厳馬、そして一部分家の人間はその言葉に眉をしかめる。

風牙衆。

神凪一族に隷属している風使いの一族。

主に情報処理、調査などを一手にさせている者たちだが、神凪一族の大半は『弱者』と決め付けていたぶっていた。

そう、特に先代・頼道その人は典型的に風牙衆を食いつぶしていった一人だ。

「ほぉ?! 無能が弱者をほしがるとはな!」

その理由がわからないが、ただ頼道はかかかかっと笑う。

(どうせ賭けたとて、和麻は負けると解っている)

こんな分のいい賭けはない、と頼道は頷く。

「良かろう、和麻」

「父上!」

「先代?!」

人間を物のように扱っていいはずがない。

そしてさらに言えば、風牙衆は言ってみれば、使い勝手のいい駒なのだ。

それを簡単に賭け事にかけていいものではない。

(「にしても、うまいこといくもんだな」)

(「そういう風にしておりますから」)

(「えーっと、それって悪いことじゃないの?」)

(「些細なことは気にするな、ゴマ」)

下座に位置する風牙衆の分家の長…特にまだ子供の域を出ていない彼ら…は驚くが、声には出さない。

和麻は大胆にも神凪宗主達の前で風牙衆得意の呼霊法と呼ばれる伝達術を使って数人と会話して見せたのだ。

それは風使いとしての証だった。

(「よし、風牙衆。動け」)

その呼びかけに他の長達も目を見張り、そして当主に目配せする。

風巻兵衛は頷き、そして小さく合図するとゆっくりと神凪の人間たちに気がつかれぬように一人、また一人とその場から去っていく。

(「せいぜい、派手にやれよ」)

(「言われなくとも」)

姿の見えない相手の言葉に和麻はそう返した。

(「他にも見てる奴がいる」)

(「巧妙に隠してるが…日本古来の魔術師特有の妖気を感じます。和麻殿」)

(「そっちの警戒もしとく。あんまり心配すんなよ?」)

「ありがたく存じます」

呼霊法でこの戦いを見守ってくれている人間との会話を止め、好青年の笑みを浮かべ、頭を下げ、そしていまだに父親の発言を良く思っていない宗主を見つめる。

「冗談が過ぎます、先代」

たしなめる厳馬の言葉にふん、と頼道は鼻を鳴らした。

「わしは冗談はいわん。くれてやるといったらくれてやるわ。正し、勝てたらの話だ」

和麻は「はい」と小さくうなずいて、宗主の目を見た。

重吾は額に手をやったが、おそらくは(…和麻なりのジョークだろうし、何よりも綾乃は負けないだろう)と思い直したのか、切りなおしとばかりに咳払いをした。

「それはともかく」

そう前置きをしてから、『儀』の始まりを示す口上を述べた。

『炎雷覇』

火の精霊王から贈られたという神器の剣を前に、今まで大人たちのやり取りをただ黙って見ていた少女が現れた。

ハトコの和麻をただ見上げる。

神凪綾乃。

自分のことをただの路傍の石程度にしか見ていない、小さな、しかしながら炎術においては神凪一族の若手の中で、その破壊力といったらナンバー1といえるだろう実力の持ち主。

(昔の俺なら、きっと怯えていた。…だけど)

今は違う。

はじめ、と宗主の言葉が合図となる。

火の精霊たちが集まる気配を見せたそのとき、和麻は己の力を解き放った。

膨大な風の精霊たちが和麻の呼びかけに応え、その余波が綾乃の足元の大地を軽く裂く。

「きゃぁっ!」

かわいらしい女の子の悲鳴に、和麻は面白くもなさそうに、風の中にいた。


精霊王の加護を誇る火使いと、その血筋の風使いの一方的な戦いが始まった。

それを見守る4つの存在と、そして様子を伺う黒き存在の視線を感じながら。






続く/継承の儀の始まり。
VS綾乃。
この子は今後…どうしよう?(苦笑)
あと、神宮寺重吾(「風使い」における火使いの青年)と神凪重吾さんがかぶるかぶる。文字的に(笑)
まだ片方が登場してないからいいけど。
あとかなり強引な展開になってますことをここでお詫びします。(平伏)
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