火使い。

『使い人』…アジア特有の精霊術師たちの中では格段の攻撃能力を持つ。

それを引き換えにしたのか探査能力や物事を察知する能力は、他の使い人達よりも劣る彼らは、自らの短所を埋めるべく、大きな仕事をする場合は探査能力に長ける他の能力者と組むか、あるいは道具を使うか、はてまたは修行により火を使う能力とは別に身につけるかする。

とりわけ、かの大家に次ぐ火使い一族・神宮寺は風使いの一族と友誼によって同盟を結び、理想的な協力関係を築き上げている。

だが目の前で騒ぎ立てている火使いたちは違う、と水無月家嫡男は少年に説明した。

日本有数の使い人大家の一つであり、世界におけても精霊王から神器と呼ばれるそれを受け継ぎ、一族の数人でもまだ精霊王からとされる『浄化』の炎を使うことが出来る彼らは「攻撃力、それこそが全て」なのだと。

「ようは力押ししか知らない未熟な馬鹿連中だってことだ」

彼は知らない。

彼の付き人が小さく微苦笑したことを。

その彼もまた少年と出会う前までは、力に固執していた節があったのだ。





第壱章 麒麟修行編

(3)炎の愛し子達

(4)




風牙衆の身の上を聞いた少年…手塚一真は眉をしかめ、風邪の結界の中でことの成り行きを見守っていた。

「もしも和麻さんがこれに勝ったら本当に風牙の人たちは自由になれるの?」

「…宗主は嫌がるだろうし、上層部の一部はぐずるかもしれんな。だがしかし、前宗主の言葉はそうやすやすと崩せない」

「仮にこの術が破られようとも、ですね」

草薙弥生はそう呟くと、己に従ってくれる精霊たちに霊力を流す。

風使いは元来、探査や補助的な術に長けている。

それは人の意識を左右することにも長けているともいえた。

四つの精霊魔術の中では陰陽術の次に隠蔽・操作が使えるのは風なのだ。

その術の一つを用いて、それとなく前宗主や他の神凪一族達の心に働きかけて判断を鈍くさせている。

本来ならば和麻が訴えた「風牙衆をくれ」なとという言葉は通ってはならないのだが、その作用ともともと前宗主たちが彼を甘く見ていたのもあってそれが通ったのだ。

「やっぱりだめ、とか言われちゃうんじゃないかなぁ」

「そのための布石はもう打ってあるから、安心して見物してろ。ゴマ」

(そう、その布石、というか、すでに風牙衆は動いている…)

その様子を草薙弥生は見つめていた。

次期当主・風巻流也の指示と現当主や風牙の上層部たちにはこの儀式前からいろいろと手を回しており、その結果今のところは上手くことは運んでいる。

儀式の最中と、そして広範囲にかけられた意識操作の風術のおかげで、風牙の人間は席をはずしても神凪の一族がそれを見咎めることはない。

流石に宗主や他の一部の人間には利かないだろうが、今はその人間たちは総じて『儀』に集中していた。

これを逃す手はない。

一人、また一人と退出して行き、今頃は風牙衆の財産を運び出していることだろう。

またこの場にいない風牙衆には、仕事が終了次第に姿をくらまして、人質となるだろう怪我人達を安全な病院や施設に移動するようにと伝えている。

そちらの方の手配は、手塚国一が病院側と話をつけ石蕗紅羽が手伝っている最中だ。

先ほど流也本人がその確認に出向いていった。

風術を卑下し、力こそが全ての神凪一族に彼らの動きは悟られていない。

(…今までは、ということですが…)

「せいぜい派手に、そして出来る限り時間を延ばした上であの神器を手にしろ」

「勿論」

儀式の前に軽く言い合いをした和麻と流魔はその後、小さく笑いあった。

それはどこからみても、悪役と言っていい笑みだったことはそっと弥生の胸の中にしまってある。

彼女はそっと一真の視線をたどり、『継承の儀』を見つめた。

まとわりつくような黒い視線を先ほど感じたが、それも今は『儀』に向かっているのかこちらは不愉快にも思わない。

(この視線の主が、動かなければいいのですが)

そっと弥生は思いながら、さらに風術を展開させていた。



ざああっと風が凪いだ。

(にしても、この視線の主も気にかかるがなぁ)

自分を見ている一真・流魔・弥生。そして今はその気配を感じさせない流也の四人のそれならばわかるのだが、もう一つ、いやこれは二つばかりだろうか? 悪意を持って己を見ている輩が居る方に意識が流れてしまう神凪和麻は、目を対する少女に向けた。

己の心をおった火術の使い手。

己と同じ血脈の持ち主。

(ちょいと前だったら、きっと自分はそれどころじゃねぇだろうになぁ)

「な、なんなのよ…っ」

「へ?」

「あんた、いったいなんなのよぉ!!」

ぶわり、と火の精霊が彼女の感情に煽られて活性化する。

その攻撃は一つ受ければ常人ならば火達磨になるだろう。

それを風の盾で受け流し、やんわりとさばく。

これができるまでに幾度となく流魔に罵倒されたことを思い出して、思わず顔をしかめた。

(あの野郎、いつかしばく)

一瞬でケリがつけられると思われたその儀式は十分以上は軽くかかっていた。

当初は風の力に押された彼女ではあったが「風は弱い」という認識を思い出して、発起したのだろう。

しかしことごとくその全てをかわされた上に、相手の意識が自分に向けられていないことを彼女は理解していた。

「あんた、あたしを見てないでしょう!!」

「お?」

直情的なその言葉と火矢のような鋭い攻撃を軽い動作で避ける。

「なんで当たらないの…っ?」

子供の癇癪のような言葉。

「当てるってことは、こういうことだ」

風の連撃が彼女を守るかのように展開されていた火を潜り抜け、足元を崩す。

風。

下術と一族の皆が蔑んでいるその言葉が彼女の頭に浮かんだ。

「そ、そんなっ。風術って弱いんじゃないの?!」

「風術は、弱い。ねぇ?」

いたぶるのは趣味ではないし、せいぜい派手にと心がけているからこそ防戦一方で中途半端に戦っていたのだが、相手からそんな言葉が吐き出されてしまったら。
                         流魔
(……徹底的になぶりたくなるのは、きっと師匠筋の教え方だな)

指先が動き、次の瞬間少女の身体は風の力で吹き飛ばされていた。

「あ、綾乃〜〜〜〜〜っ!!!」

(あ、宗主。ごめん)と軽く彼女の父親に謝罪は心の中だけで送るのだが彼女には送らない。

「風が下術だなんていうのはどこの口かな?」

和麻はそういいつつ、霊的防御も何もしていない神凪綾乃の身体を風の力で吹き飛ばし、持ち上げ、そして地面に叩きつける。

勿論、手加減はしているからこそ彼女も生きているのだが。

「う…ぁ…っ」

「おいおい、防御くらいはしようぜ。火の結界陣はどうした? そんなもの、基本中の基本だろうよ」

火術にも、そして他の術にも防御の術がないわけではない。

しかし、その結界陣の技術は、技術としては受け入れられているが神凪の殆どの人間は使わない。

使わないで相手を屠ってそれでお終いなのだ。

(ま、それでも俺の『風』はそんなものを消せるがね)

実際に『火』と相対したのは初めてだが、消せる自身は充分にある。

(…一真の『地』と流魔の『風』はまだ消せねぇが、紅羽の『木』はなんとかなるしな)

脳裏に色素がますます薄くってきた感じがする少年、手塚一真と不遜極まりない風術の師匠である水無月流魔、そして一真に付き従うようになってきた石蕗紅羽の顔を思い出して、それからようやく立ち上がった神凪綾乃を見比べる。

「なんで、あんたなんかにーーーーっ」

「さぁな。そんなこと自分で考えろよ。脳みそ、あるんだろう?」

感情の爆発と共に膨れ上がる火。

それを見ながら、和麻は薄く笑う。

「消えちゃえっ!!!」

どぉん!!

超高熱の塊が綾乃の言葉と同時に彼にぶつけられた。

「…死んだか…?」

一族の誰かの言葉に綾乃は我にかえる。

死。

目をむいて己がしてしまったことに気がついたが、しかし…。

「…どぉ、して」

クレーターの中、あまりの熱さに空気が揺らぐその場所で男は立っていた。

小首をかしげて、にぃっと笑う。

「今、何かしたか?」と、言うように。

「どぉして、倒れないのよ!!!!」

はぁ、と大きなため息と共に、空間がゆがむ。

風による結界陣が、彼女の頬を撫で、髪をすき、そしてその男の声を運んだ。

「何度も言わせんな。お前の頭で考えろ」

次の瞬間、彼は彼女の背後に立っていた。

「え」

首筋に痛みを感じ、そのまま彼女は地面に倒れ付した。

(あー、やべぇ。ちょいと早すぎたか? すまん、流也)

そう思いながら、宗主たちを見ると、やはり上層部の人間たちは困惑していた。

火を一切使わずに、いや使えないことは前からわかっていたが。

「…和麻、お前…」

誰かが何かを言いかけたそのときだった。

「! 宗主!!」
(((和麻(さん)!!)))


風術を使う彼らだからこそ気がついた。

そして、風牙衆の大半が席をはずし、残るは風牙衆の当主とその側近達だけだが彼らはちゃんと防御系の術を即座に展開していたからだ。

光の束がその風術を突き破る。

とっさに上層部の人間たちは、宗主をかばい、あるいは逃げた。

その剣から意識が離れたそのときに、その男は立っていた。

細身で長身、コートを着込んだその男は前髪を後ろに流して人間たちを見下ろしている。

「ふむ、これが…炎の神器」

手を伸ばし、その柄を握り締める。

「力が感じられない、な」

「炎雷覇を離してもらおうか!」

和麻はそういいながら、風の刃を叩きつける。

男は笑いながら、それを片手で握りつぶした。

「なに!?」

「貴様、妖魔か!?」

ほうけていた神凪一族の術者が我にかえった。

一番早かったのはやはり宗主…神凪重吾と和麻の父・厳馬の二人だった。

瞬時に神炎と呼ばれる類の炎が彼に襲い掛かる。

だが、そのコートの男はただにやりと笑っただけだった。

炎が、かき消すように黒いなにかに押しつぶされていき、そしてそこから人間が姿を現したのだ。

「これが、火使い大家・神凪の炎か…ぬるいな」

圧倒的な魔力の存在。

(…誰だ、いや、…なんだ、こいつら…っ!!)

「水無月の『風』に比べれば児戯にも等しい…」

邪気を身に纏ったその黒衣の男はそう言いながら、目をコートの男が持つ刃に向ける。

男は恭しく片膝をつき、その刀を差し出した。

「岩倉…辰箕」

流魔がその名を小さく呟く、その男は…彼の母を殺害した張本人であり、風使い『水無月』家一族を、ある意味、文字通りに『最強』に仕立て上げた男だった。





岩倉辰箕。

日本の裏社会が有する、最強と最凶の二つの名をもつ魔術師にして、使い人たち精霊魔術たちの天敵がその姿を現したのである。






続く/「風使い」最強の妖術師(魔術師)&使い魔コンビ。
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送