05 毒を喰らわば皿まで

(後編)





「おっきー、僕聞いてないよ」

「うむ。聞かれなんだしの」

さらりとそういわれ、一真はむぅっと困ったように顔をゆがめた。

いや、困ったようにではなくて、本当に困っていた。

彼と彼の義兄の国光の見解は、一貫して自分は(あるいは自分の弟は)使い人ではない、というものだ。

それはたとえどんなに霊力が高かろうと、精霊たちの言葉を聞くことができようと「ただの人間」であって、水無月流魔や今となっては八神という姓を名乗り、遠縁となった和麻、そしてここに並ぶ使い人…精霊使い…とは違うのだと。

しかしながら、今日の説得というよりも半ば「すでに付き人は決定しているんだから、諦めろ」という脅しと自身の力の強さに揺れていたのは確かだ。

どうやって断ろうか。

どうすれば現状を打破すればよいか。

など考えている暇もなにもなかった。

圧倒的な存在で、自ら「付き人に来た」という海津光燠ともう一人の少女の存在が駄目押しになっている。

「…どうした、一真?」

「どうした…っていうか、どうしたっていうか…、うぅ、どうしよう…」

ゴマフアザラシと一部に称されるつぶらな瞳がまたも潤んでくる。

「一真。なんじゃ、男らしくない」

義理の祖父・国一の言葉に一真は泣きそうな顔のまま見つめた。

「だって、国一祖父ちゃん…」

国光は心配そうに一真の様子を伺っているが、口はもう出せなかった。

自分の意見はすでに提示していて、それは流魔によって却下されてしまっている。

確かにこのままで行けば、常人にはわからないだろう苦労がさらに一真にかかってしまう。

自分で支えられるのであれば、それでいいのだが精霊や霊力関係になると国光にはお手上げ状態になるのは確実で。

しかしながら、『使い人』として妖魔から人の生活を守るという、とても大変なことはさせたくなくて。

きゅっと国光も唇を噛んだ。

それは自分の父母たちも同じようだ。

「一真、よもや余達を付き人にせぬとは言わぬよの?」

「おっきー」

光燠はふっと笑う。

「おぬしが余を助けた。今度は余がおぬしが生きる助けをする。それのどこが悪い?」

彼の言葉に一真はさらに顔をしかめた。

「一真様は何をそんなにお迷いなのですか?」

黙って頭を下げていた三人が顔を上げていた。

「だって、僕…」

「難しく考えなくてもよろしいのです」

大神操が優しく、そのやんわりとした口調で一真に微笑んだ。

「一真様に、家族が増えたと思っていただければ」

「家族?」

「えぇ」

「付き人は、使い人に仕えるパートナーですが、大半が異性同士で生涯の伴侶になる場合がございます。勿論、同性の場合もございますが、その場合においても少なからず使い人と連なる血を引いていることが多いのです」

「手塚家の皆々様には及ばないとは思いますが」

紅羽の言葉に、風巻流也が続けた。

「家族を助けるのは、当然でしょう?」

家族。

この言葉に、一真は弱かった。

妖魔によって散らされた己の父母。

新しく自らの家族になってくれた手塚家。

どれもが大事で、大切で愛しく思っている人達を連想するからだ。

そっと両親に顔を向けると、優しく微笑まれた。

それが彼の何かの背を押したのは間違いない。

「う、うん」

「うん?」

国一の言葉に、一真は背筋を伸ばす。

「そ、そうじゃなくて。えー…と」

一真は、ぺこりと頭を下げた。

「ど、どうぞ宜しくお願いします?」

「どうして疑問系なんだ」

隣に居た国光の突っ込みと同時に、ずっと聞いていた須賀達也は安堵したように大きな溜息をついた。

(なんとか、一安心ってところか)

「何を安堵しておるのかの、須賀達也」

国一はじろりと地使いをぼそりと小声で言った。

「く、国一さん?」

「おぬし、今夜の事、一言もワシに相談せずに一真に先に言うたのぉ?」

確かに一真に己で決めろ、と国一は言った。

結局のところ、決定権は一真にあるのだから。

だが、先に家族である国一に前もって一言相談してもしかるべきではないのか? と国一は地使いをにらみつけた。

「申し訳ありません…」

(だが、先に国一殿に相談すればまた違った結果になった可能性も出てくる)

さりげなく二人の会話を聞いていた風巻兵衛は心のうちでだけでそう呟く。

(警視庁にこれ以上、干渉されるのは…まずい。風牙の未来にも、今後の神凪との対応にも、な)

そう思いながら一真と他の三人の付き人たちと挨拶を交わしている、水使いの少年と目が合った。

(一真様の人、いやさ人外タラシにも困ったものよ)

そう考えつつも、外面は好々爺のまま会釈をする。

にぃっと少年は口の端をあげて見せた。

(海津光燠)

もう一人の一ノ瀬梨乃という少女もまた要注意だと密かに彼は思う。

(魂のキメラ…)

第六天魔王と名乗った実は魔術師であった戦国武将『織田信長』と水使いの大家であり、その人ありと謳われた海津総一郎の直系の孫『海津光燠』。

(油断ならんわ)

そう考えつつも、神凪の家に仕えていた頃よりも高揚する自身の血を彼は感じていた。




「面白くなってきたな」

「流魔さま…」

そんな彼らを端で見ながら、使い人最強の一族の血を引く水無月流魔も、その顔に笑みを浮かべた。






後に日本最強の使い人集団になるであろう者たちの中核が出来上がった瞬間であった。



毒を喰らわば皿まで/毒を食った以上はどうにもならないからいっそ皿までなめてしまう。
ひとたび要事に手を染めた以上は徹底的に悪事を働く動くというたとえ。


強引でその上短くてすみません(平伏)

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