05 毒を喰らわば皿まで

(前編)






「お帰りなさいませ」

国光は思わず後ずさりする。

「た、ただいま帰りました」

「ただいまかえりました」

国光の隣にいる一真は、瞬きを繰り返しながらもなんとかそう口にする。

玄関にて自分達を三つ指ついて待っていた人物たちは顔を上げて微笑む。

片方は和服が良く似合う大神操。

もう片方も色香が香りだした年上の女性…石蕗紅羽だ。

国光は固まった思考をフル回転させるが、言葉にならなかった。

なぜこの二人がこの家にいる?

なぜこの二人が自分たちを三つ指ついて出迎えなければならないのか?

なぜ? が彼の思考を麻痺させている。

「ささ、国光様も一真様も。お早く」

操がそう言いながら立ち上がると鞄を持とうとするので、やんわりとそれを断りながら国光は家に上がる。

「一真様にとても大切なお話があるのです」

一真「様」?

国光は紅羽の言葉使いに気がつき、彼女を見上げる。

「どういう、ことでしょうか」

「それは奥でお待ちの方々と共にお話させていただきます。国光様」

操の笑顔に何もいえなくなり、手塚兄弟は顔を見合わせる。

国光に嫌な予感が走った。




「付き人?」

須賀達也の笑顔の説明に、「ふん」と国一が面白くもなさそうに一瞥し、国晴はいつもの人のいい表情に困惑したそれを貼り付け、彩菜は「あらあら」と小さく呟く。

「…須賀さんのいう『付き人』って、使い人さんの相棒の人だよねぇ?」

一真の言葉に須賀が頷き、国光はその眉間に皺を寄せた。

「でも僕は使い人じゃないよ?」

こくり、と義弟の言葉に国光は頷いた。

「いいから、付き人をもらっておけ。ゴマ」

傍若無人に言い放ったのは水無月流魔だ。

大きな和室に国光が知る使い人である人物たちが勢ぞろいしていた。

地使いの須賀達也、石蕗紅羽。

火使い、大神操。

風使い、水無月流魔、草薙弥生。

風使いの一族「風牙衆」当主、風巻兵衛とその息子、流也。

「付き人さんはモノじゃないよ? 流魔兄ちゃん」

ゴマフアザラシ扱いされる事に慣れてしまった一真は、そのつぶらな瞳を流魔に向けると小首をかしげた。

「僕、使い人じゃないし」

少年はもう一度繰り返す。

「それに妖魔さん退治とか、できないよ?」

学校があるし、身体を鍛えているからそんな暇はないのだと小さな子供は訴えている。

その言葉を流魔はふっと鼻で笑った。

「お前はそういうがな。事態はかなり切迫してるんだ」

「どういうことでしょう」

一真の変わりに国光が聞いた。

「それは私からお話いたします。国光殿」

風巻兵衛が好々爺の笑みを浮かべた。

本来ならば、国一よりは若い世代のはずなのだが今まで神凪一族に虐待され続けていた苦労が余計に彼を老けて見せていた。

最近、手塚家の隣に引越ししてきた彼は一族の若手たちを国光や一真に紹介してくれ、その若手たちと一緒に遊ぶ事、勉強する事を許してくれたりと手塚兄弟とはかなり交流がある。

国光は幾分か視線の中の光を落とし、柔らかくすると兵衛を見つめる。

「一真様の霊力、そして使い人としての…精霊たちに対する干渉能力に問題があるのです」

問題、と言われて一真は困惑した表情を浮かべた。

側に居た操が「一真様が悪いのではないのですよ」と優しくフォローしているのを確認したうえで、兵衛は話を続ける。

国光の頭で理解したのはこういことだった。

一真の力である霊力はその質量を増大させ、周囲にいる精霊達を無条件に癒す。

その癒しと一真の魂の輝きに魅せられた精霊たちは、一真の意思に関わらず集まり始めた。

風牙衆が作り上げた霊力抑制装置とも言えるブレスレットも、霊力は抑えられるが基本的には精霊達を抑制できるものではないのだ。

さらに言えば、ブレスが一真の霊力に耐え切れなくて壊れてしまったことが数回おきていた。

「一真様も…うすうす気が付いてはおられるでしょうが…。風はまだともかく、火・水・地の精霊たちの制御ができなくなっているはずです」

「彩菜様も仰っていましたが、異常に家庭菜園の野菜たちが繁殖してしまったり、花が咲く時期が早くなっているようですね?」

紅羽の言葉に一真は、「はい」と頷くと困ったように国光を見つめる。

「それは地の精霊たちが活性化しているのです」

精霊たちは疲れない。

自分たちを瞬く間に癒してくれる一真の存在があるからだ。

精霊たちはそのことに歓喜し、自分たちの存在をアピールしようと行動する。

「他に覚えはございませんか? 池の水が掃除もしていないのに綺麗になる。火を使うときは設定以上に加熱してしまう」

流也の言葉に一真は黙ってしまった。

その通りだからだ。

いくら教えてもらった制御方法を繰り返しても、ここのところおっつかなくなる。

一真のつぶらな瞳がうるんだ。

「僕がちゃんと精霊さんたちにお願いできてないから…」

「一真様が悪いのではございませんよ」

兵衛は優しく繰り返した。

「一真様のお力は一人では支えきれるものではないのです」

ですから、皆でそれを支えましょう。

兵衛はそう優しく諭す。

一真は瞬きを繰り返して瞳にたまった涙をなんとか引っ込めた。

「でも…」

「使い人は自然と人間の間に立ち、境界を守るものだと聞きました」

国光は一真を庇うように前に乗り出した。

「付き人の方を迎え入れれば、おのずと使い人としての役割をも弟はしなければならなくなるのではないですか?」

「兄ちゃん」

「…近い将来、いずれはそうなるだろう」

流魔は否定しない。

「だがな、国光。お前の義弟はもう立派な…と俺が言うのも業腹だが…使い人なんだよ。四つの精霊達とその系統の術法を操る事ができる、おそらく使い人史上二番目の実力者だ」

「…」

「今はいい。今は警視庁の連中と風牙衆が周りを固めて守ってる」

(警視庁はともかく風牙衆のその魂胆はしらんがな)と思いながらも流魔は続ける。

恩義があろうとなかろうと、ただで風牙衆が少年ただ一人を守る為に一族郎党で守ったりはしないことに彼とその付き人は気が付いている。

「だがもしいなくなったら? この霊力は素人が片足突っ込んだような霊能力者でも感知できる。加えて精霊たちの力も妖魔たちは過剰反応を示すだろう」

「…不穏な宗教団体や、妖魔に襲われたとき一真様お一人では危のうございます」

操がやんわりとそう言うと、国光も押し黙る。

こういわれたら反対できない。

「いままでどおり、我ら風牙衆は一真様の御身をお守りいたしますが」

兵衛の言葉使いに気が付いた全員はそっと目配せしあった。

やはり風牙衆は一真をなんらかに利用するつもりなのだとは判るが、それを口にはしない。

「一真様の『火』は、不肖ながら大神操が」

「一真様の『地』は、私石蕗紅羽が」

「そして一真様の『風』は、我ら風牙衆と我が息子…」

「私、風巻流也が」

そう言って、各々がゆっくりと一真に頭を下げたのだ。

その様子に一真はまた泣きそうになって頼りになる手塚家の大人たちを見た。

「一真」

「国一祖父ちゃん」

「…おぬしが決めろ」

「うぇ…っ!」

一真はじりじりと油汗が出るのを感じた。

自分はどうしたいか。

よく考える。

頭を下げて待っている、少なくとも自分よりも大人達。

周囲にいる大人たち…須賀も、弥生も、流魔も待っている。

ぎゅうっと一真は自分の胸の辺りの服を掴むと握り締める。

「…う…」

と、その時だった。

インターホンが鳴ったのは。

彩菜が立ち上がり、玄関に行くとまたとって返した。

「あ、れ?」

「どうした、一真」

「水の子達が騒いでる」

その言葉に付き人として頭を下げていた三人と、風牙衆の当主は顔を上げる。

(水…。海津の者か)

彩奈の後ろから二人の子供が歩いてくる。

しかし、その妖気の大きさに使い人たちは総じて警戒の表情を浮かべた。

きょとんとしているのは一真だけで、それは徐々に驚きの顔になっていく。

「皆の者、お初にお目にかかる」

国光はその言葉に目を丸くした。

「おぉ、一真の兄者人にもお初にお目にかかる」

少年はにっと笑う。

「水が使い人、海津の家に席を置く光燠と申す」

「…一ノ瀬梨乃と申します」

海津、という家の名前に流也の目が細められ、兵衛の雰囲気が若干硬くなるのを国一は感じていた。



「手塚一真の、『水』の付き人ぞ」



その言葉に国光はまた眉をひそめ、一真は「うぅえええええええーーーーっ!!」と驚愕の声を上げた。






毒を喰らわば皿まで/毒を食った以上はどうにもならないからいっそ皿までなめてしまう。
ひとたび要事に手を染めた以上は徹底的に悪事を働く動くというたとえ。

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