11 死して屍拾う物無し


警視庁特殊資料整理室の橘霧香は己に気合を入れた。

同盟を結んだ風牙衆の力で格段にその活動範囲を広げた整理室の今後の課題は、上層部の人間の言う通り、『使い人』達のような妖魔を滅する力をどう作っていくかにかかっている。

「それに関しましては、良いお話がございます」と風牙衆の長・風巻兵衛が姿勢を正して教えてくれたのは、風牙衆若手を核とした新しい退魔組織の設立の話だった。

その中心が、整理室が保護対象として認識している手塚一真その人だと知った彼女は思わず(やられた!)と内心舌打ちした。

彼の霊力、そして使い人としての能力…いまだにはっきりとした力は『風』しか見ていないが…は巨大であり、現在、霊力の大半は使い人の封印具や自分達の札で対処している。

『使い人』としてその霊力に癒されて増大する精霊たちをさばくために付き人がついたという報告を受けたときは、半信半疑だったが。

(あの時に動いていればまだ違ったかもしれないけれど)

やんわりと自分の上司に風巻兵衛が何かしらのアクションをして、行動に移せなかった。

一真さえ抑えておけば彼を中核とした組織と交渉することもなく、整理室が単独でその力を(悪く言ってしまえば)利用できたのだ。

それをむざむざ風牙衆に取られてしまった。先にやられてしまった。

(でも、まだ交渉の余地はある…わよね?)

風巻兵衛の口ぶりからすれば、計画段階のはずで、一真にそれとなくは伝えてはいるだろうが本人は納得していない可能性のほうが大きい。

(だって、あの子はあの歳にしては素直すぎるから)

まっさら。

霧香から見たら一真はまさしく真っ白ないたいけな少年だ。

小学高学年ともなれば、ませた発言や言動などが出てもいいはずなのだがそれもない。

見た目も中身もまだまだ子供。

持っている力は巨大すぎるが。

霧香は上司に一声かけてから警視庁を後にする。

(『麒麟』を独占なんてさせないわ、風牙衆)

近頃小耳に挟んだ一真の呼び名…はるかな古にいたといわれる全ての精霊を使って見せた、偉大な人物の称号で、彼はその生まれ変わりなのだと一部の一族を除いた『使い人』たちはそう囁いている…を内心で呟きながら。

その数十分後。

ここ手塚邸には質素だが道場というものが存在する。

本来ならば何かしらの武道を教えて維持していけばよいのだが昨今の少子化と流行りが原因か、門下生というべき人間たちがいなくなってしまったため閉鎖を余儀なくされていたそこは、国一の義理の孫のおかげで再び火を灯したようににぎやかになっていた。

当初は身体を鍛えるためにと一真一人に国一は武道…護身術の類を教え込んでいたが、やがて使い人が数人出入するようになり。

そして今現在は手塚家をぐるりと包囲した風牙衆の若者(子供含む)たちや、付き人達がそこで汗を流していた。

「一真様」

「ありがとう、塁さん」

風牙衆分家御三家の一つ、剣持家当主はふわりと笑う少年…『麒麟』と言われる手塚一真に白いタオルを渡した。

小学六年生になったというのに、線が細く、どう転んでも10歳になるかならないかにしか見えない一真はタオルで汗をぬぐう。

ようやく様付けで呼ばれても物怖じしなくなったのが剣持兄弟には嬉しいことだった。

一真はいわば自分達が守護し、奉るべき存在なのだと風牙衆の上層部は認識している。

分家の一部や子供たちは彼のことを呼び捨てで呼んでいるが、それは忠誠よりも友誼を選んだ子供たちで。

彼ら大人の大部分は神凪よりもはるかに厚い忠誠を彼に誓っていて、そんな存在を、ましてや呼び捨てで呼びつけることはできなかったのだ。

本当に幼い少年ながら、四大精霊を操り、巨大な霊力を保持してなおもさらに成長し続けている『麒麟』。

それが彼なのだから。

そんな一真は付き人や風牙衆が家の周辺に越してきて結界を敷いているせいもあって、わざわざ須賀家に休日ごと行くことはなくなった。
(それでも地使いの修行としていかなくてはいけない場合もあるが、それは月に2回あればいいほうになっている)

ここ最近の休日は宿題や予習、そして時間が合えば裕太や海堂、そして中学生になって忙しくなった義兄の国光や周助たちとテニスをしにいく一真だったが、それでも毎日の修行は続けていた。

代わりに風牙の若手や付き人たちとこうして道場で汗を流し、結界内での精霊達のコントロールを付き人たちと毎晩しているのだ。

それは感情のコントロールという名目のプレステ2を使った大ゲーム大会だったり、料理教室だったり、とさまざまことに発展はしているが。

今日は付き人である風巻流也と大神操が他数人と買出しに出かけた上に、海津光燠と一ノ瀬梨乃は風牙衆の長老方となにやら難しい話をしている。

近場に居るのは石路紅羽だが、彼女も今はここにはいない。

一真の要望で養父母達と一緒に花壇に何を植えるか検討中だ。

新宿にあるという無限城に足しげく修行に通う彼女の、精神的な疲れを癒す為に彩菜が気を利かせたようだ。

今現在、一真の傍にいるのは風牙衆だけだった。

「どうしたらおっきくなれるかなぁ」

その呟きに塁は目を見開き、傍で屈伸運動をしていた彼の弟で付き人の櫂が思わず一真を見つめる。

「大きく?」

「…だって僕、クラスで一番小さい…」

しゅんっとまるで雨にぬれた捨てられた子犬のごとき一真の様子に二人は微苦笑を交わした。

確かに一真の幼い容姿…色素の薄い茶金の髪に、よくよく見れば深い緑色をしたその瞳。首をかしげたりするそのしぐさやつぶらな瞳が小動物、あるいは最強の風使いが言うところであるゴマフアザラシの赤ちゃんにそっくりで愛らしい。…をしていて、小柄である。

どんなに修練をつんでも、体力も腕力も並みの小学生以上にあるというのにも関わらず一真のその身長はまったく変化していない。

「牛乳、たくさん飲んでるのになぁ。いっぱい運動してるのになぁ」

どうしてかなぁ? とほんの少しだけ唇を尖らせている一真の周辺には、意気消沈した彼を慰めるかのごとく風の精霊たちが集まって来る。

その精霊たちをやんわりとさばきながら剣持兄弟はまったく同じことを考えた。

(…『麒麟』にもコンプレックスがあるんだな)と。

たとえ風牙衆が崇め始めた『生き神』のごとき存在であっても、その真実は幼い子供。

ちょっとしたことでも悩み始める少年なのだといまさらながらにわかってしまった。

「国光兄ちゃんにょきにょき伸びてるし、塁さんたちだってでっかい」

他の皆も身長伸びて、僕だけ去年とおんなじだもん。

そう思わず呟くかの存在に剣持兄弟は小さくまた笑ってとりなした。

「よく食べよく身体を動かしてれば身長なんてすぐに伸びますよ。何より成長期ですし」

「一真様はどれだけ大きくなりたいのですか?」

にぱーっと笑って…その笑顔を見たとたん、二人の風使いは彼の周囲に可愛げな花が咲いたようだったと後に語る。…一真はその名前を口にした。

その名前はアメフトからプロレスラーになった格闘家であり、お茶の間でも人気のアメリカ人。

身長は2mを超え、体重も150は軽く超えた『野獣』の異名を持つ男だ。

瞬間的に二人の脳裏にむきむきマッチョの肉体になった、顔は愛らしい一真の姿が思い浮かんだ。

ぶっちゃけ気色悪い

「「それは止めてください」」

「うぇー?! 即答?!」

どうしてー?! とばかりに一真が声を上げる。

その時だった。

「何を大きな声をだしていらっしゃるんですか? 一真様」

「紅羽さん」

からりと道場の戸をあけて入ってきたのは、養母達と相談していた地使い・石路紅羽と、そしてその後ろにはにこやかな笑顔がなぜか怖い橘霧香がそこにいた。

びくりと思わず一真が震えるほどの笑みの持ち主は、「今、お話だいじょうぶかしら? 一真君」とことさら優しい口調でそう問うた。



このとき居合わせた剣持兄弟は後にこう語る。

「…この時はまだ気がつかなかったんですよ、えぇ。お二人ともとても仲が良い方でしたし…。けれど橘殿がこう言ってから状況は違ってきました」



数分程度歓談した、そのときだった。

「大きくなったら警察官にならないか?」という件から「そういえばお父さんも警察官だったわね」という言葉が出たのだ。

それは実の父とも言える育ての父親のことで、少しばかり紅羽はその発言に表情を固くした。

一真は『家族』という存在と身内に限りなく甘い。

風牙衆の当主風巻兵衛達の説得も、半ばその点と、すでに風牙衆の若手達との交流で一真に「風牙は身内」という認識を与えたのが強みだったのだと彼女は思っている。

だから、そこをつつかれれば一真は興味を惹かれる。

意識しないでその言葉を口にしているのであれば紅羽もそう神経質にはならない。

しかし、橘霧香は、解っていてそれを行っている。

(確かに恩人の一人、だけれど譲れないものがあるわ)

自分を魔獣から解放したのは一真だが、その力が外に漏れないようにしてくれた人間の中には霧香も含まれている。

だが二人のどちらかといえばやはり重いのは一真のほうだ。

にこやかに、さらりと話をそらそうと紅羽は会話の流れを変えようとは努力はした。

それに呼応するかのように剣持兄弟も気がついて、一真の意識を向けさせないようになんとか話を違う方向へ持っていこうともした。

だが、霧香も警視庁特殊資料整理室の未来を背負う女傑の卵。

三人がかり(分家当主含む)の交渉術も効果はなく、一真と彼女の話はその方向へと向かっていく。
                  自 分 の 部 署
いわく要約すれば「将来、警視庁特殊資料整理室に入らないか」であり、「その為に今から専属にならないか」ということだった。

剣持兄弟は内心動揺した。

現在、風牙衆の若手と一真を含めた一部の使い人たちとの混合退魔組織の新設に動いている時期で、そのことは一真にはそれとなく付き人たちから含まされているが、そっち方面で鈍感な一真が気がついているかは微妙なところで。

組織対組織の同盟を警視庁とは結んでいるが、決定的な力はお互い持ち合わせていない。

その同盟はやすやすと破られるものではないから、風巻兵衛は彼女に新設の計画を明かした。

核は手塚一真だと。

まだ新設の予定なのであれば、そのTOPと交渉して組織そのものを通してではなく一真としてしまえばそれが優先される。

あるいは、一真自身を将来警視庁に組み込んでしまえば…。

そうは問屋がおろさないとばかりに、紅羽が舌戦を繰り広げた。

高校生である彼女だが、使い人の中ではすでに成人扱いだし、『石路』の家に居た頃から他家との交渉は彼女が行っていたのだ。

だが、そこはそこ。

女対女の図式が悪かったのか、それとも互いの性格が合わなかったのか。

繰り広げられる舌戦に、男連中(一真も含む)は圧倒され、ちらちらと紅羽と霧香の間を行きかう。

「…あら、そんなに一真君のことが心配なの? 紅羽ちゃん?」

「主を心配しない付き人は居ません。それにちゃんは止めてください」

「主従の感情だけかしらね、実は年下趣味?」

「そんなに年齢は離れていません。お互い大人になれば充分許容範囲内です。私に比べて貴女はどうなのですか

もうすでに一真を組織に組み込むとかそういうレベルの会話ではない。

その言い合いにお互い霊圧というよりも、もっと例えがたいなにかのプレッシャーをかけてくれるものだがから男連中はたまったものではない。

何か口実をつけてこの場を去りたいのも山々だが、二人の雰囲気にのまれて足が動かない。

「言うわね。石路紅羽殿?」

「お互いに。橘霧香様」

そしてまた激しい舌戦。

それから一時間程度後のこと。

精霊と一真の様子がおかしいのに気がついた海津光燠と一ノ瀬梨乃が道場に顔を出したときには、そこには二人の気合というか霊圧に当てられて、体術のときよりもぐったりとしている風使い二人と、女同士の口論を初めて見て、二人の間でうろうろする一真の姿がそこにあった。





互いに引かない性格の持ち主である二人の女、特に橘霧香と石路紅羽の間に立ってしまった者は、二人の勢いのある舌戦と気迫と霊圧に大げさに言えば屍のように倒れこむ羽目となる。

とりあえず、そうなったら。

「(巻き込まれるのを恐れて)誰も助けてはくれないから気をつけるが良い」

風牙衆、若手一同にそのことが瞬く間に伝わり、浸透するには時間はかからなかった。




それは橘霧香がロンドンへ研修に行ってしまうまで続き、その後も続くことになるのだ。

『二人の間に立ってしまった者、救援を送れず。『死して屍、拾うものなし』と、そう思え』

ことさら大げさに言われたそれは、退魔組織が出来上がってもなお言い続けられる。




「死して屍拾う物無し」/大江○捜査網(再放送)でよく聞いたなぁ(笑)。何年前さ。
当時まだまだ子供だったけれど、この言葉はよく覚えてる。
意味は読んで字の如く。
主人公がなりたいといった方はボ○・サップ。
わけのわからん話をまた書いたなーとか本人もちょっと思ってる(え)

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送