15 ミイラ取りがミイラになる






須賀達也はひそかに心で溜息をついていた。

目の前には『使い人』の世界ではそうそうたるメンバーが座っている。

水使いであり、かつて(全盛期において)は『使い人』最強と現在謳われる水無月幻那に匹敵する力を持っていた海津総一郎。

今では『使い人』としての役割を若い人間に託し、現在は能力開発や若手育成に心血を注いでいるその人は、他の地使いとも懇意にしている。

神炎使いの神凪一族を差し置き、風使いながら『最強』という二文字を背負っている男、水無月幻那その人も、達也の傍に座っていた。

神凪一族に300年間隷属していた風使いの一族であり、つい先々月に神凪和麻預かりという形で一族から切り離された風牙衆の長、風巻兵衛が柔和な笑みを浮かべながら、彼と話している。

そして、水無月流魔。

中学生ながら、色濃く水無月家の血を引き継いだ幻那の息子だ。

傍らには彼の付き人である草薙弥生もひかえていた。

そしてその弥生と談笑しているのは、風巻兵衛預かりとなっている、神凪分家の娘の大神操と地使い大家宗家の長女の石蕗紅羽(今現在は双方とも縁を切られているが)の二人。

ここ、須賀家の中庭の見れる和室で一同は会している。

水使い、地使い、風使い、そして火使いが揃っている。

ことの始まりは海津総一郎の一言だった。

「手塚一真について聞きたいことがある」

そして会う約束をしたのだが、それを水無月流魔に教えたところ、自分の親父が煩いからついでに教えてやってくれと言い出し、それを聞きつけた風牙衆の当主も「自分も」と言い出したのである。

いやな予感が達也の背中に走った。

ここ最近、一真を狙う人間が増えてきている。

狙うといっても害を与えようとしているのではない。(いや、ある意味「害」なのかもしれないが)

皆、一真の「力」が目当てだ。

宗教団体も含めて、多少なりともそれと判る霊能力者や退魔組織が何度となく、須賀に連絡を取ろうとしてきた。

一真本人や手塚家に間接的に連絡をとり、一真の力を見極め、もしも隙があれば自分達の団体に吸収しようという魂胆だろう。

手塚家や一真本人は、警視庁の公営退魔機関が守っているから今のところは手を出してきていない。

(まさか、この人たちまで、ということはないだろうな…)

全部それらを断り、ちらりと中庭の方の障子に目をやる。

子供の声が聞こえてくる。

そう、当の本人とそして流魔の妹とその付き人の三人は仲良く里穂と一緒に庭を散策している。

一真の話を勝手に彼の耳に運ぼうとする風の精霊達を巧みに操作し、一真にこちらの声が伝わらないようにシャットアウトして。

本人は話しに夢中できっと気がついてはいないだろう。

一真の母親は使い人を止めた人間だった。

本人も、術法や気の練り方は覚えたが、一度たりとも「使い人になる」とは言っていない。

なにせ日常生活に支障がでるから覚えなければならなかっただけなのだ。

だから術者にさせるつもりは須賀にはなかった。

ある程度、力が使えるようになったらそれでよし。

犯罪にはけっして使わないという約束をさせ、何かしらの道具を使って力の大半を封印しようと考えていた。

「では揃ったところで、お互いにあの小僧に関しての情報を出してもらおうか」

一番威厳のある海津の言葉に、溜息をつきながら須賀は口を開き、そして他の人間から語られる一真の話に耳を傾け、その内容に言葉をなくした。





地使いの一族でありながら、風の浄化の術法を誰からともなく教えられていないのに完璧に唱えられ、行使し、そして吸血鬼とその眷属を浄化した。

神凪和麻と風巻流也の心身を癒すために自らの魂と精神を分けさせ、互いに同化した上での念治療。

一族の血ゆえか、「地術」の目覚め。

「念」と呼ばれるそれの修行に平行して霊力の増大化。

富士山の霊気の塊…魔獣と呼ばれたモノ…に長年、少なくとも10数年は染み付き、取り込まれていた地使いの少女の救出。

火使い大家「神凪」の『継承の儀』にさいして、それを邪魔しようとした魔術師とその使い魔の撃退。




ここまでは須賀も良く知っていた。

しかし、それ以上の事実を知らなかった。





その魔術師というのは水無月一族を皆殺しにすることを至上とし、他の使い人の一族ですら邪魔であれば根こそぎ殺しつくしたといわれる、400年生きている魔人であったこと。
(その魔人に水無月流魔は母を殺されており、父親との不和はそこから始まっている。今現在も流魔は目もあわせようとしない。)

その際に一真は「火」の精霊達をも操っていること。

あまりにも強烈な霊力と精霊達の技だったのか、魂の力が一瞬切れたのか、そのせいでかつて魔人が封じたらしい過去の御霊が復活したこと。

その御霊が取り付いたのが、海津の孫であり、その孫が夢渡りを使って一真に救済を求め、彼はそれに答えたこと。

その折に、その孫と共に「水」の精霊達を操り、御霊を鎮めたこと。





須賀は額を押さえた。

いくら常人から見れば非常識な使い人という存在の彼から見ても、一真のその力は異常だ。

判っていたことだが、異常すぎた

会合している全員、いや流魔とその付き人である弥生の二人以外は、あまりの力の強さに青ざめている。

「…その御霊は鎮められて封じられたのですか?」

大神操の言葉に、海津は首を横に振った。

「儂の孫の願いは、御霊を封じることではなくて、共に生きることでな」

「まさか、完全に同化する道を選んだのですか」

紅羽の言葉に海津は頷く。

「…また、無茶なことを」

「小僧どもにはそう、無茶なことではなかったらしい。孫は御霊との戦いの折、小僧の助けを借りて水の精霊王と契約を交わしたらしいからな」

「!」

 コントラクター
「契 約 者か…」

「…あぁ、つかの間の契約というやつだったらしいが」

海津の孫は「一瞬でもいい」と精霊達に願い、水の精霊王は気まぐれに「一瞬」だけ契約を交わしたそうだ。

その「一瞬」で終わるかりそめの契約だが、それで十分だった。

海津の孫は、一真の霊力と水の精霊達に支えられて契約者の力を行使した。

契約者に残すといわれる聖痕も体には残ってなかった。

もともと、まだ小学生である肉体に水の精霊王の力は強すぎたのだ。

「今の光燠の物言いや性格は御霊そのものといってもいい。しかし、光燠の心が失われたわけではない」

「…大丈夫、なのですか?」

紅羽の言葉に重々しく老人は頷く。

「うむ。今のところは問題ないと言えよう。御霊が放っていた妖力は邪気がないものに変わっている」

妖力=悪意のある力とは言いがたい。

難しい判断なのだが、邪なる力がそれに含まれた場合、それは妖魔の存在力となり人間を脅かす。

妖力は一種の魔力であり、魔法使い(魔術師・魔女・男魔女)は必ずといっていいほど持っている力なのだ。

「今のところは?」

「…儂の孫のことは今はいい。問題は、手塚一真だ」

流魔の言葉に返事をするでもなく、障子の向こう側で笑い声をあげる子供の声をにらむかのように海津は口を開く。

「須賀」

「はい」

須賀はぴんと背筋を伸ばした。

「手塚一真は、『麒麟』だ」

「『麒麟』?」

「使い人の始祖の御名だ」

今まで黙って聞いていた幻那が続けた。

「古い伝承にしか出てこないから、今の使い人ですぐにそれと知っている人は少ないと思う。…伝承によれば全ての精霊と心を通わせ、膨大な霊力を持った人間、とされていた」

「…一真君がその方の生まれ変わりとでも?」

「まさしく伝承の通りであろうが」

「…いや、確かにその通りです」

こくり、と風巻は頷く。

「一真様の御力は下手な霊能力者をはるかに越え、膨大にして強大。現在、風牙衆の道具で霊力を多少封印させていただいておりますが…」

「! それは本当ですが、風巻さん」

「はい」

もうすでに霊力の封印をされていたことに驚愕する須賀。

それとは違う言葉に流魔と弥生の二人は気がつき、そっと目配せしあう。

(「様」…?)

弥生が「様」付けするのは自分が使い人に仕えるべき一族である「付き人」であり、血筋でいえば一真も使い人なので「様」付け…つまり目上扱いしているからつけて話してもなんら支障はない。

風巻兵衛は風牙衆の当主である。

自分と同じ立場ではありながら、最強、あるいは目上である幻那や海津に対してならわかるし、かつて仕えていた(いや、今も契約上の上では仕えている)神凪の一族ならまだしも、まったく関係のないたかだか子供に尊称をつけて呼ぶようなことがあるだろうか?

「それでも一真様の御力は増すばかりでございます」

「…精霊達も同様です」

心配そうに操が声を上げた。

「今は一緒におられる使い人の方がいらっしゃることで、精霊達を抑制されていらっしゃいますが…。ご自身でまだ制御されないときがございます」

「…そうね…。四つの精霊達がこぞって一真君のところに押しかけようとするから…」

紅羽も溜息を漏らす。

使い人…精霊魔術師達の力の源はなんと言っても精霊達だ。

精霊を癒す力の強いものにより多くの精霊達が集い、その力を強く発揮することができる。

その癒しの力を自身の霊力、念で補うか、もしくは人外の存在(例えば「神」の力)にすがって強めるかはその一族ごとによって違う。

神凪一族は精霊王の加護で癒す力を増大しているし、風牙衆はかつては【神】にすがり、その信仰心の見返りに精霊達を癒す力を得ていた。
(現在はその【神】を神凪に封じ込められ、欠片程度の力しかないが)

一真は己の霊力で精霊達を癒しているのだろう。

そのおかげで逆に霊力が鍛えられ、高められていっているのかもしれない。

「…あまりに強すぎる力は人にとって有害になるというのが海津本家の総意だ」

ぴくりと須賀はその言葉に眉を動かす。

人に対して有害になる=使い人として一真を封印もしくは……。

「あの子に手出しはさせません。そういう意味あいのものは」

「…勿論、それは最後の手段だがな、いずれこのままではそうなる可能性が高いぞ。須賀」

「…っ」

「それに警察がついてはいるが、あのゴマは霊的にも、それ以外にも無防備すぎる」

流魔が面白くなさそうに口を開いた。

「性格も温和すぎるし、いつかあいつはたちの悪いのにだまされるぞ」

いくら義兄である手塚国光や、その友人である不二兄弟、そして海堂たちが一真の側についているとしてもずっとというわけには行かないし、全員がただの小学生だ。
                  ガ キ
(いや、一人油断のならない不二周助はいるが)

流魔はそうは思っても口にはしなかった。

「……付き人をつけたらどうでしょうか?」

操の言葉に須賀は眉を寄せる。

そうなってしまってはもう後戻りはできない。

使い人としての使命…人間を妖魔から守る…というものを背負わせてしまう。

「少なくともそれで精霊達は制御することができます」

「しかし…」

「…一人で足りるかな」

幻那はそっと口元に笑みを浮かべる。

「…この膨大な量の四つの精霊達を、二人で支えるのは無理だ。少なくとも、その属性の付き人が必要だろう」

「…影山一族の付き人の一族はすでにない」

須賀の言葉に全員が小さく溜息をついた。

通常、使い人には付き人の一族が存在する。

年齢の近い付き人が使い人につき、助け合うのが基本であって、単独で動くのはひどく稀だ。

付き人一族と混ざり合い、大家となった神凪、石路一族でさえ二人一組で行動することが原則となっている。

基本は異性の付き人なのだが、中には複数の付き人や同性の付き人を持つ使い人も存在していた。

「いや、付き人をつけるということは……」

「須賀」

「須賀さん」

なおも一真に対して付き人をつけようという話を進める海津と幻那の二人に声をかけるが、名前を呼ばれて須賀は口をつぐんだ。

確かに須賀もわかるのだ。

そうしないと、このままでは一真が危険視されることぐらいは。

「『地』の付き人として私が一真君…いえ、一真様につきましょう」

「石蕗の」

「紅羽さま」

紅羽は微笑む。

「この命と心は一真様にお救いいただいたのですから。この借りは命と心で返します」

魔獣につかれていたということで、精霊の声も聞こえていなかった。

そしてその力から開放されたその瞬間に、使っていた異能の力をも失い、そのことで実父に放逐された少女は晴れやかに笑う。

「須賀様ほどではありませんが、精霊達の声も聞こえるようになってまいりましたし」

「うむ」

大きく海津は頷く。

「では、私が『火』を見ましょう。若輩者ですが火も扱えます」

操がそう言って微笑む。

「ならば、『風』としてうちの息子を…。一真様とは顔見知りですし」

風巻が操の言葉に小さく頷きながらそう口にした。

須賀の思案をよそに、次々と付き人が決まっていく。

「…しかし…」

まだ言いよどむ須賀に対して流魔が声をかけた。

「須賀さん。諦めたほうがいい。俺だって出来ることなら、あのゴマを使い人なんかにさせたくない」

なんかに、という言葉に海津老人の眉がぴくりと動くが構わず流魔は続ける。

「だが、ゴマ自身の霊力や精霊たちはいくら俺達全員が総がかりで封印したところで、時間の無駄だ。いつか必ずはじけ飛ぶ。そうなったときのリスクを考えれば、今この時になんらかの対処を取っていたほうがまだましだ」

「それに、魔人…岩倉が一真君に対して危害を加えることは充分に考えられる。警察…警視庁特殊資料室の力はそうなるとさほどあてにはならないだろう」

「警視庁とは私たちも同盟を結びましたが、我々も、そしてあちらも防御も攻撃もあまり力はございません」

情けないことですが、と風巻は淡々と続ける。

「それでも須賀様には内密に、ではございましたが「防御」に関しては多少、手はうったものの…それでも心もとありません」

「手はうった…? 風巻さん…それは」

「けして一真様に害をなすつもりは欠片もございません」

海津は風巻の当主を見つめたが、何も口にはしなかった。

ただ、面白くなさそうに視線をまたそらす。

「では『水』は、こちらでなんとかしよう」

海津はそういうと、ふっと溜息を一つおとした。

「…須賀」

そう呼ばれ、須賀は大きく溜息をひとつついた。

「国一さんになんていえば…それに、一真君本人には」

使い人にするためにあの老人は孫を鍛えさせたのではない。

「…判ってもらうしかあるまい」

「もしくは」

流魔はにやりと笑った。

「…受け入れざるしかない状況を作り出すか」

風巻はただその言葉に苦笑し、須賀はまた重く溜息を吐き出した。



それは須賀本人が、覚悟を決めた瞬間だった。


手塚一真を使い人にするということの。








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「ミイラ取りがミイラになる」/人を捜しに行った者がそのまま帰ってこないで、捜される立場になってしまう。
説得におもむいた者が、かえって相手と同じ意見になってしまう。
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