19 攻撃は最大の防御なり




風牙衆。

この一族は数ヶ月前までは完全に火使い大家・神凪一族に隷属しており、その影響は今も尚続いている。

江戸時代に遡り、当時悪逆非道を行った風牙衆は時の幕府からの依頼を受けた火使い一族「神凪」によって、力の源である『神』を封じられ、その風術の利用価値を認められて生き延びる事を許された一族である。

例え神凪和麻、現在は八神和麻の(名目上)管理の下に、半ば神凪から離れたとはいえ力の源が抑えられている現状は変わらない。

神凪もおそらくはたかをくくっているのだろう。

力を抑えている限りは、風牙は神凪に反旗を翻そうとはしない。

もしくは、また神凪の庇護下に戻ってくるだろう。弱い風しか使えない連中なのだから、という意識が神凪一族の大半の意識だった。

弱い『風』しか使えない。

そんなことは言われなくても風巻兵衛も風牙衆の分家当主たちも理解していた。

自分たちの『風』は現在日本に存在している風使いの一族と比較してみても、軽く、そして弱いものだということは。

だからこそ、その弱い風でもできうるべきこと…元来風術が司る『探査』や『補助』系統の術に磨きをかけ、風が駄目ならば霊力・あるいは体術に磨きをかけた。

その努力の結果もあって、警視庁特殊資料整理室と同盟を組めたのだが彼等はそんなことでは満足していない。

かの組織と渡り合えたのも、兵衛達の交渉術と共に一人の少年の存在が在ったからだ。

その少年こそが、風牙衆の光明である。

手塚一真。

四大精霊全ての術に通じ、人間とは思えない程の高い霊力を備えた少年である。



「やはり、というか」

報告を受けた風巻兵衛はくつくつと笑った。

「長はわかっていらっしゃったのだろう?」

年老いた分家の一人がそう口火を切った。

「それも狙いだったのではないのか?」

風牙衆の分家筋でありながらも、長年兵衛を支えてきた古参の男たちはそう言いながら笑った。

「…実感はあるようだの? 剣持」

兵衛にそういわれた、まだ二十歳そこそこの若者は「はい」と小さく応えて頭を下げる。

剣持塁。

その隣には弟であり、付き人の櫂が控えていた。

風牙衆の本家『風巻』を支える、かつては三本柱と言われた分家御三家のうちの一つ、剣持家の現当主はまだまだ年若い。

他の分家の長達に比べれば、ちょうど孫か息子辺りの年代だ。

「は。一真様のお側近くに控えている術者、大半に影響が出ております」

「おぬしも、な」

こくり、と彼は頷く。

「若い世代が、『麒麟』一真様を中心にその術力を伸ばしているのは良き傾向、と見るべきなのか? 長」

「古き時代の我々には、無理だろうが」

兵衛の変わりに側近がそう呟き、乾いた笑いが上がる。

「おぬしたちもそうだろう? 不破、後藤」

剣持家の当主よりも若い、不破秋典とその側に控えていた後藤吉野は顔を上げる。

「まぁね」

共に分家御三家だから、というわけでもなく不破秋典の口調は横柄だった。

「一真の側に居たら誰だってこうなるさ。あいつの側に集まってくる精霊の数は半端じゃないんだ。流也さんや他の付き人の人達もさばいてるけど」

居るだけで精霊たちを呼び寄せてしまう一真は、その大きな霊力で傷付いた精霊たちを癒し、また術の効力を強めている。

そんな彼の側近くにいる若手の術者たちは風の精霊たちの息吹を、その力を、そして一真が使う術法…風の師匠筋の使い人最強の「水無月」のものを見て、体感し、そして会得しつつある。

不破秋典は風牙衆の中でも最も早く、攻撃術法を身につけた術者の一人だ。

それは探査・補助しか術法的に持っていなかった風牙の人間にとっては画期的なことだった。

後藤吉野はただ黙って頭を下げて見せた。

彼女もまた、補助だけではなく、攻撃術法のいくつかを身に着けた術者の一人だ。

精霊たちへの対応もまた彼等は変わりつつある。

精霊たちを癒す力のは、秋典や吉野、そして若手の術者たちは神への信仰心ではなかった。

純粋な己の中にある内なる力と、一真に対する想いの強さが彼らを強めているのだ。

(これで風使いとしての風牙衆は良い方向に変わる)

兵衛は心のうちでそう呟くと、流也を見つめた。

小さく頷くと、風の精霊たちがさらに動きはじめる。

防音の術の強化をされたのを見て、分家当主達は本家当主を見つめた。

「さて各々方、そろそろ我らも本腰を入れねばならぬときが来た」

「…『仕事』、ですかな?」

「そうだ」

風牙衆とて、なにも風使いであるからといって霞を食べて生きているのではない。

神凪一族に隷属していた数ヶ月前までは、彼らの仕事の下準備や他の退魔組織との交渉等で金銭を得ていたが今となってはそうもいかない。

警察と同盟を結んだのはいいが、お互いが情報機関であって決定的な『力』…妖魔を倒し、封じる…がないのはどちらも一緒だった。

例え攻撃的要素が加わっても比較されるのは他の使い人として有名所に比べれば、やはり弱いのだ。

下級クラス、あるいは中級もなんとかこなせるだろうがそれでは納得しない警察上層部の人間も出てきた。

今現在は手塚国一の威光もあってか、表立って文句は言ってこないだろうがそろそろ嫌味の一つでも、あの整理室の人間に吐き出す頃合だろうと兵衛は見ている。

「今までと同じように、風術に関係なく霊力及び気力によっての妖魔退治ができるだろう人材の補強と物資の調達はしていかなくてはならない」

「金が要るな」

「…そこで、というかここでも一真様が我々に福をくださる」

秋典は眉をひそめた。

「…俺たちの『仕事』に一真を巻き込むのか」

剣持家の兄弟はただ静かにその言葉を聞いていた。

「一真様もご承知よ」

兵衛は苦笑しながら秋典に返す。

「使い人の仕事をするとは考えてるかもしれないが、=風牙衆の仕事をするとは考えてない」

「それでも今まで使い人として生きておられなかった、修行のみで気構えも何もできていない一真様お一人を放り投げる事はできまい」

「…他の付き人たちはどうする?」

「それは私から説明しよう」

流也は口火を切った。

秋典は剣呑になりつつあった視線を、幾分か元のものにしながら彼を見返す。

「一真様のお力を核として、風牙若手術者を中心とした退魔組織を形成する」

「…」

流也は黙って静かに聴いている分家の長達を見つめた。

「今までどおり、父上達には武器・呪具の類の調達及び交渉はそのまま。風牙衆としてではなく、あくまでも一真様を核とした新たなる組織として若手術者を中心として『仕事』に当ります」

年配の分家の長達は、こくりと頷く。

「一真様は四つの精霊術を駆使されます。さらに言えば、付き人である水の海津殿たち、火の操殿、地の紅羽殿も一真様に従う形で組織に組み込みます」

もうすでに風牙衆で開発中の呪術用の武器、道具には一真の霊力が込められたものを開発中だ。

それ以上の馬力のある攻撃力を得るには、当人を引っ張り出したほうが手っ取り早い。

「俺たちにない力を、一真達に使わせるってか?」

「不破」

塁は視線を自分よりも若い分家当主に向けて、諌める。

「代わりに一真様にはない力を、我々は一真様に進呈する」

それは風牙衆の情報処理と、交渉術、そして作成・開発したものの手配だと兵衛は語る。

「今現在も、御身をお守りしてはおるがの」

「神凪に変わり、一真に隷属するのか」

「隷属というのはちと違うな。それこそ、おぬしは神凪と一真様を同列とみなすのか?」

「まさか!」

はっと秋典は吐いて捨てた。

「あんな連中、一真の足元にも及ばない!」

神凪はただただ風牙衆を侮蔑し、下僕よと蔑み、そして術者を食いつぶしていった。

先代の神凪頼道の時代は暗黒時代であった。

文字通り、何人かの風牙衆は彼の愚策に殺されたのも同然であった。

それでも風牙衆は堪えるしかなかった。

そんな連中と手塚一真を同列に考えるなど、できるわけがない。

一真は術者としてこちらの世界はは何も解らない子供だが、解らないならば解らないままにしておくような子供ではなかった。

自身の霊力の強さに全く無頓着だったが、精霊王に祝福された神凪以上に人以上の存在に与えられたような…それでも妖魔ではなく、もっと至高の存在の、それこそ精霊王が愛しているような、そんな力であった。

神凪一族がどろりとした闇ならば、手塚一真の存在は優しく暖かい光だ。

「ならば良いであろう? 持ちつ持たれつ。我らと一真様は共に肩を並べて行くのよ」

長達の脳裏に手塚一真の姿が浮かび上がる。

その圧倒的な霊力と、精霊術。

正しく、使い人の始祖であり、例えに使われている仁獣『麒麟』の名、そのままの少年。

「『麒麟』…一真様を奉じ、我らは新たなる力を作り上げ、それを糧にかの存在を守るのだ」

分家の長達は頷きあった。

「守るだけが、防御ではない」

兵衛は笑った。

それは好々爺としての笑みではなく、風牙衆の当主としてこれからの未来を見据え、それに向かって走り出した男の笑み。

「攻めに転じることも、また一真様を、そしてひいては風牙を守ることよ」

その言葉に、風牙の分家の長達は、そろって頭を下げた。




(我らが、風牙が神から完全に巣立つ為にもな)



続/ブラウザバックでお戻りください。

攻撃は最大の防御なり/敵の攻撃を防ぎ、守る最大の威力を発揮することは相手を攻撃する事。
…っていう意味だと思うのですがどうでしょう?

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