22 虎穴に入らずんば虎児を得ず



「よう、お越しくださいました」

きちんとしたお茶の作法どおりに入れられたそれを、そっと差し出してから風牙衆当主・風巻兵衛は頭を下げた。

「海津光燠殿」

「何、余も久々に茶の湯を頂く機会を設けてもろうた」

くつくつと、それこそ年不相応な笑みを浮かべながら、海津光燠はその茶を作法に則っていただく。

「…で? 余に何用かの、風牙衆」

兵衛もまた笑った。

好々爺の笑みではなくて、やはりそこにあるのは数十人の命を束ねる一族の長として。





手塚一真の付き人として、水の使い人名門の海津家次男ともう一人の少女は風牙衆からは一目置かれる状況にある。

それは風巻兵衛もいた、数人の使い人達との会合において、引退したとはいえ実質は海津の長である総一郎が一真を危険視していたからだ。

強すぎる力は人にとって災いとなる。

確かに正論ではあるのだが、風牙衆にとってはありがたくない判断でもあった。

彼らはその強すぎる力をを持ってして、隷属している自らの一族の運命を断ち切ろうと努力しはじめたのだから。

まぁ、それ自体、手塚一真本人には未承諾なのだが。

「用、というのは他でもありませぬ。…光燠殿、もうすでに愚息から聞き及んでいるとは思いますが」

「退魔組織の新設とやらか? 結構なことではないか」

「では協力していただけるので」

「それはおぬしの返答いかんによって、ということにしておく」

「ほう、ほう。一体どのような返答をすれば首を盾に振ってくださるのか」

その笑みはお互いに歳相応のものだったが、瞳に宿る強い光がすべてを打ち消していた。
                   キメラ
元々の性格からか、それとも魂の合成獣となってしまったから。

光燠はその笑みをやんわりと獰猛なそれに変質して行く。

「腹の探りあいは性に合わぬわ、風牙の長殿よ」

この時、兵衛は小学生のこの少年の姿に初老の域に差し掛かった男の幻影を見た。

戦国武将のその姿に、兵衛の笑みも止まる。

その幻影を見たと同時に、妖気が漂いだす。

妖気=悪、という公式は厳密でいうなれば違うのだが、その濃密なその気配は軽く人一人の息の根を止めるには充分なものだ。

その矛先は自分に向かってきていることを、兵衛は自覚していた。

「…此度の一真様の付き人のこと、海津様よりどのようにお聞きしているのかどうか解りませぬが…貴方はどのようにお考えで?」

「おそらくは『鈴』だろうのぉ? 余はともかく、梨乃に関しては」

もしなんらかに人に対してその力を向けるようであれば、即座に海津が動けるように。

あえていうなれば、それを止めるために一真を殺すために。

(…いや、おそらくは余ごとまとめて、というのが正しい判断)
(…海津のことだ。この光燠殿も危険視しているのだろうて)

お互いの思案を口に出さずに二人は茶を飲み、そして話を続けた。

「それを知っておいでで、こちらに?」

「余がこなんだら、誰が一真の『水』を支えるのかお教え願いたいものだの、ご老体」

視線と視線がぶつかり合う。

「…確かに一真様の水の精霊たちも風についで強大…。ですが、よりにもよって貴方が一真様の付き人をなさるとは思えませんでしたが」

「此度のことは異例中の異例よ。一真自身が規格外であるから、付き人も規格外なのであろうよ。何より一族の中で一真の知己が余であった」

「確かに」

一真の『夢渡り』(一種の幽体離脱)のことを兵衛は教えられていた。

初めてのその『夢渡り』において一真は光燠と出会い、そして御霊と出会い、戦った。

それが二人の関係の始まりだ。

海津光燠。

海津の直系の次男。

だがそれだけでは消してない。

兵衛の目に映る、武将の幻影。

あまりにも有名な彼が、実質魔術師であったことを知っている人間はほんの数人だ。

「ですが、本当にそれだけですかな? 光燠殿…いやさ、『織田信長』公」


妖気の密度が増す。


「風牙衆当主」

「以前の会合で総一郎氏から。まぁ、その前の時点でおおよその動きは把握しておりましたよ」

「…そうよの。かつての『織田信長』も使い人の攻略…特に風使いには手を焼いたものであった」

くつくつと光燠は笑う。

海津総一郎と兵衛が会ったのは、一真に付き人をつけるという話し合いをした数週間前のこと。

(それ以前に知っていたとなれば…一真が口を滑らせたか? いや、その言葉から調べたとみるが得策か)

そう光燠は思うがやはり口にはしない。

「正確に言えば、海津光燠殿と、信長公の…」

「おじーさん…海津総一郎いわく『魂の合成獣』。よって…現在の余は海津光燠であり『織田信長』であり、またそれらのどちらでもない」

矛盾したその言葉に兵衛は小さく頷く。

「その物言いといい、妖気といい、(うっすらと見える幻影そのままに)すべてにおいて…以前の光燠殿にはなかったものと思われますが?」

「そうよのぉ。そう思われても不思議はないがな。ただ余がいえるとすれば、余はもう以前の『織田信長』ではないということだけだ」

そう言って、光燠は口の端をあげる。

初老の域に差し掛かった幻影もまた同じように表情を変えた。

「もしも海津光燠のままであったらおぬしは余を恐れず、舌先三寸で一真ともども丸め込む。『織田信長』のままであったら…そうよのぉ…妖術で風牙衆…いやさおぬしをクグツにすれば仕舞いよ」

「…今の光燠殿で良ぉございました。脆弱な水使いの少年を手駒にするにはちと忍びませんし、ましてやこちらがクグツにされるのは恐ろしゅうございますれば」

しれっと言い放つ風牙の長。

「単刀直入に言います」

「うむ」

「…われわれ、風牙衆が『神』から脱する為の、布石とお思い下されば」

「……『神』、か」

目と目が合う。

兵衛と光燠の視線が互いの心を探りあう。

「誠のようだの…。その為に一真を利用し、その為の組織作り」

「言い訳はしませぬ」

光燠は目を細める。

「良い度胸よの…」

「一真様は手駒にするつもりはありませぬ…。我らにとってはまさしく『生き神』様なのですから」
               神
「古き『神』を捨て、新しき一真をとる、ということか」

兵衛は小さく笑った。

平たく言ってしまえばそのとおりだったからだ。

「その古き神のこと、組織のこと。おぬしの口から詳しく聞こうか。貴様のことだ。計画はすでに立てておるのだろう?」

光燠の言葉に兵衛は深く頭を垂れた。




風牙衆がかつての第六天魔王と同盟を結んだ瞬間だった。



後に風巻兵衛はこう語る。

「神凪に頭を垂れているときとはまったく違う重圧。神凪よりも…恐ろしい。真剣が常に喉元に突きつけられている感覚が伝わってきた。
生半可なことを言えばクグツとされていたのは間違いない。我らの障害になる可能性もあった。
しかし…我々一族が前に進むにはどんな力も取り込まなくてはならない。
半端な力ではなく、圧倒的な練度をもった『力』をも。そうしなければ、我らの『神』からの、そして『神凪』から植えつけられた恐怖を超えることは出来ない」

賭けであったよ、と老人は薄く笑う。

「命と精神、共に賭けただけのことはあった」

そういいきる老人の顔は、好々爺たる表情だった。



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虎穴に入らずんば虎児を得ず」/危険をおかさなければ、大きな成果は得られない。
魔王VS兵衛さん? の会合でした。
…あぁ、わけのわからん話になったかなー?

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