23 例外のない規則はない

後編





(どういうつもりかの…)

手塚国一は密かにそう考えながら、挨拶に来た風巻兵衛を思い返した。

引っ越してきたのだという彼は、やんわりと遠まわしに一真の様子を伺い、その修行を手助けできるならばと自分たちの家に顔を出すようにと言ってきた。

風巻流也を窓口にして兵衛からは一真の力(霊力というものだ)を封印する装飾具を無償で頂戴していることもあり、無下にその誘いを断ることはできなかった。

(だがの…)

このところ、周囲の気配が変化したことをこの老人は気が付いていた。

別段、これといった特殊な能力は持っていないが護衛術を多少なりとも数十年続けているので何かしらの気配を感じることはできるのだ。

感じたところでそれに対して対処する方法はあいにくと持ち合わせていないのだが。

ここ数日の間に手塚家をぐるりと囲んだ住宅から、相次いで引越しする家が増えたことは嫁から聞いて知っていたのでそのせいかとは考えていた。

(確かにそのせいではあったが……まさか風牙衆の本家が隣に引っ越して来るとはな…)

風牙衆…かつて、というよりもつい数ヶ月前迄、火使い『神凪』一族に隷属していた風使いの一族である。

神凪宗家を次ぐ者を決める『継承の儀』に於いて、神凪和麻は宗主及び先代宗主を含めた長老方に直訴した。

「もしも、私が綾乃に勝つことができたのならば、風牙衆を頂きたい」

その言葉に宗主と彼の実父は難色を示したが、他の分家の長や長老方は嘲笑しながらそれを受諾した。

和麻は無能者として烙印を押された男であり、対する綾乃は本家の血を色濃く受け継ぎ、その炎を操る力は本家に相応しいものだったからだ。

宗主もしぶしぶそれに同意し、『儀』がはじまったその時にすでに勝負は終わった。

神凪が下術と蔑む風の力で、綾乃は吹き飛ばされたのだ。

勝者は誰が見ても和麻で決まっていた。

途中、『炎雷覇』を狙ってやってきたらしい魔術師とその使い魔の襲撃というハプニングもあったが、和麻はこっそりと様子を見に来た一真と紅羽の力(主に一真の霊力と精霊術がメインだが)を借りてそれも撃退した。

その風の力と二人の「かずま」の力に圧倒された神凪宗主は、一族の長になる覚悟はあるかと期待をこめて聞いてきたのだが。

「…こんな腐った一族なんて誰が継ぐかよ。風牙衆は貰っていくぜ。ほれ、受け取りな。『炎雷覇』」

この暴言と態度により和麻は神凪から縁を切られるのだが、本人はこれ幸いと風牙衆を引き連れて神凪一族から姿をけして、行方をくらました。

諜報や謀略などを風牙衆に頼りきっていた神凪に風牙衆が見つかるわけはなかった。

隠行は地使いの次に風使いが得意とする分野なのだ。

仕方なく神凪宗主は和麻預かりとして風牙衆を一族から放逐した形をとった。

現在、和麻は国一の親戚筋で血脈が絶えて久しい家の苗字…八神を名乗って海外に修行の旅に出ている。

(その元手になった金銭は、その儀のあった数日後、母親にだけ最後の挨拶に言った時に貰った手切れ金だ)

一応、契約上では神凪和麻預かりになっているが、風牙衆は現在は神凪から切り離されているはずだ。

少なくとも国一はそう考えている。

事の顛末は、孫である一真や、その折に分家の長に口答えしたために和麻と同様に縁を切られた大神操からよく聞いていたし、その歴史には同情してあまりある。

加えて、極めて有能な能力を持っているのであればそれを活用させる場は与えられるべきだと考え、一真がらみで警視庁の公営退魔機関との橋渡しもした。

今のところ、宗家の呼び出しにはのらりくらりとはぐらかすか、あるいは風巻当主と橘警視の二人が神凪との交渉の矢面にたって一族を守っていて、本当のところはいまだに縁が切れたわけではないのだが。

(…)

風巻兵衛は一貫して「恩義に報いるため」と称し、「一真を守りに」来たと強調する。

確かに一真に対して不穏な動きがあるらしく、それは水面下で須賀や、橘警視の尽力でこちらまでには被害が及んでいない。

助けてくれるというのならば、ありがたくその力は借りたいと思うところなのだが、国一は兵衛のその言葉を額面どおりに受け取っていいものかと思ったのだ。
              一真
(たかだが、霊力の強い少年一人を守るためだけに一族の本陣を連れてくるか? 普通)

その裏には何かしら理由があるはずだ。

そうでなければ、何人もの人間を抱えた集団の長なぞやってはいられまい。

(…一真や国光に危害を加えない程度のものならば良いが……。須賀に、話を仕向けてみるか?)

そう考えてから、とりあえず風牙衆と同盟関係である、警視庁に先に電話をかけた。









「……では、失礼いたします」

にこやかに電話を切ると、風巻兵衛はくつくつと笑う。

一真に、というか手塚家に張り付かせていた式神もどきからか、それとも手塚国一から連絡でも受け取ったのか。

ようやく風牙衆の動きを知った、同盟者である「警視庁特殊資料整理室」の室長であり橘からの電話は抗議というよりも確認の手合いだった。

風牙衆の本家が、手塚家の隣人になったのである。

これは術者のルールからしてみれば予想外の行動だったらしい。

通常、術者と呼ばれる力を持つ人間はその能力からか人里を離れた場所に居を構える傾向がある。

勿論、住居という観点ならば、マンションに住もうが高級住宅に住もうがそれはかまわないのだが、一族の頂点に立つ人間…つまりは術者の長が住む「本家」が高級住宅地のど真ん中にこうして住むのは珍しい。

閑静な住宅地のはずれか、はてまたは山奥か。

そんな場所を選ぶものなのだ。

それは人目をはばかる能力の持ち主だからというのもあるが、集中し、力を高めなくてはいけない、あるいは精霊達を操る術を極めなければならない立場の人間はその属性の精霊達が集まりやすい場所や霊気のたまるポイントを好むものだ。

そういった場所は比較的住宅地から離れてしまっている。

ならなぜ、その場所をあえて選ばす、高級住宅地に居を構えたのか。

それはたった一人の少年の存在が理由だった。

数人の使用人(分家の人間で、精霊術をまともに使えないがこちらの内情を知っている人間)を下がらせ、兵衛は新しい住居になった家の廊下を満足げに歩いて日本庭園らしい庭を眺める。

手塚家周辺の家にいた、一般家庭の皆様には兵衛の知る限りの術で『呪』をかけ、幸運が舞い込むようにしたり、金銭的に裏工作を講じて引越しさせた。

手塚家をぐるりと一回りしたこの大きな家屋敷に住んでいるのは、皆風牙衆の息がかかった人間が住んでいる。

「父上」

「おぉ、流也。おぬしが帰ったとなると一真様もお帰りあそばしたか」

一真につかせていた息子の帰還に兵衛は顔を綻ばせた。

その顔を見て流也は困ったように微笑んだ。

「…父上、此度のことは一真様や国光殿も、勿論、手塚家の方に仰っていなかったのですね?」

「…おぉ、そうなのだ。何か言われたのか」

「ひどく驚いていらっしゃいました」

小さく苦笑したまま流也は笑う。

神凪の一族に仕えていた頃は、このような笑みを浮かべることも少なかった。

ましてや時折くらい影を落としていた父親が、明るい笑みを浮かべていることだけでも嬉しいことだ。

「うむ。先ほど、国一殿にはご挨拶をしてきた。御歳を召した方とはいえ…武芸に秀でている方は話をしていても気持ちが良いものよ」

「それはようございました。…しかし、父上…。いったいどのような説明をなさったのですか?」

「…説明も何も。おぬし達に話した通りを言ったまでのこと」

兵衛は一族…分家も含めて全員にこういい含めた。

「神凪からの300年虐げられてきた歴史は、この代で終わりにさせ、新しい時代を築かなくてはならない」

「我々は我々の足で立ち、そして生きていかなくてはならない」

「しかしながら、恩を忘れるようでいては、神凪一族にも劣るだろう」

そう前置きしてから、一真のことを話した。

類まれなる霊力を持ち、今となっては八神と名を変えた和麻の親友であり、『儀』ではその力をもって魔術師を退散させた少年。

和麻と懇意にしており、彼のおかげで風牙衆の未来に一条の光が差し込めた。

その少年は自らの力をコントロールする術がなく、まったくといって霊的にも無防備な状態にあるから、せめて彼が自分で身を守る力を持つまでは我々がお守りしていこう、と。

その言葉にまったく嘘はないということも流也は知っていた。

実際、あの『儀』で魔術師を退散させたのは一真であり、そのほとばしる霊力と、風の精霊術の威力は分家の長達も目撃している。

しかもあろうことか、その際には『火』の精霊や『地』の精霊も続けざまに操って見せたのだ。

これには、おそらく兵衛も度肝を抜かれたに違いなかった。

分家の下の人間はこの言葉に少なからず納得して見せた。

彼らにしてみれば、今まで言われない理不尽な暴力を振るってくる神凪がいないのであれば、どこでも暮らしていけれる。

自分達の力の源である「神」はいまだに神凪に封じ込められ続けているが、それはそれだった。

いままでも神の力は本当に微弱であったので、その微弱ながらにもどうにか使える術や、他の風術以外の術の研究も武具や防具の開発もすでに行ってきているのだ。

神凪から離れなくても、離れても力が微弱なままならば、離れて気持ちよく人生を生きていきたいというのが本音である。

また、上の者達は兵衛の意図を半分は理解していた。

手塚一真の祖父である国一は、警視庁に顔が利き、そこから公営退魔機関と同盟が組めた。

お互いに攻撃力は少ないが、それでもまだ警視庁のほうは自分達よりも数段現場になれた熟練度の高い術者と武具や道具を手に入れることができるし、風牙衆としても大きな後ろ盾…警視庁という看板は公的に有利に働くのだ…を得たことになった。

その国一の心証をよくしようとも思うし、さらに件の少年である一真の存在も大きい。

石蕗家や神凪家はこの少年を認めていないが…神凪に至ってはたとえその能力を見たところで信じようとはしないが…彼は使い人の始祖である『麒麟』の生まれ変わりだと考えられている。

その彼を守るという行為は、神凪一族の下で働かされているのとは雲泥の差で、なにやら「誇り」というものを芽生えさせた。

それは屈辱にまみれ、そして卑屈に隷属することで己を殺してきた大半の一族の人間には必要な感情だった。

しかもこの少年は、神凪一族のように命令するだけでふんずり返るような、そんな性質の持ち主でないことも分家筋の人間は少なからず兵衛を通して見ている。

「一真様の『風』はどうだ? 流也」

「はい。本日は国光殿や、お友達とはしゃいでいる一真様の影響で数万は集まっていました」

数万。

その数に兵衛は小さく声を上げて笑う。

兵衛ですら数千の精霊達を操るのでやっと、なのだ。

「流石は『麒麟』…一真様よ」

『麒麟』という言葉に流也は眉を寄せた。

「父上。…一真様はその名前はあまり…」

「お好きではいらっしゃられないのか?」

「と、言うよりも、『麒麟』という名前と動物の『キリン』と間違われていらっしゃるので」

「……須賀の御当主も、こちら方面の言葉をお教えしてないようだのう」

苦笑しながら、兵衛は庭を見る。

穏やかな表情だ。

「流也」

「はい」

「先日、須賀の御当主様達と会合したがその折に決めたことがある」

「…はい」

「水使いの海津家はしっておろう」

「はい」

こくりと頷く息子に、兵衛は声を潜めて言った。

「…そこのご老体が言った。あまりにも強い力は人に対して害をなす、とな」

ぴくりと流也の眉が動く。

「一真様のことですか?」

「うむ。…あちらの本家ではそう判断したらしい。今現在、一真様のお力…精霊の力は付き人をつけることにした。が…」

「霊力のほうですね」

「うむ。一真様には今までどおり、封印具をつけていただくことにしているが、油断はならん。いつなんどき、一真様の御身を「危険」と判断してくる輩が出てくるか…」

「その為に私達が居ます」

「それでも、だ。十二分に注意せねばならん。特に一真様のお力を見た神凪。今は何もしてこんが、今後はわからん。そして…海津本家」

「はい」

「………一真様はいまだ幼いながらも『麒麟』でいらっしゃる。その優しい気持ちから油断が生まれてはならん。流也、一真様のお傍近くに控え、御身をお守りいたせ」

「はい」

青年は頭を下げた。

「言われるまでも。一真様の付き人は私にさせていただけるのですか?」

「うむ。一真様のお力である「風」「水」「火」「地」、それぞれの属性の能力を持つ付き人をつけることで我々は合意した」

「我々…と申しますと。一真様ご本人には…」

「そうさの…事後承諾になるか」

「…………お受けしていただけるか…。一真様はご自身がどんなに強いお力を持っているかなどとはまったく考えていらっしゃいませんし…」

流也の言葉に、その父親は頬をかいた。

「…うむ、困ったの。須賀様がどうやら説得に動いていただけるようだが、こちらとしても動いたほうがよいと思うのだが…」

「それとなく話をしてもよろしいでしょうか?」

「そうしてもらえると助かるな。…そのさいに操殿も連れていくがいい」

「操殿も?」

流也の頬に多少、赤みが走るのを兵衛は見逃さなかった。

「一真様の「火」は操殿が見ることになった。付き人同士、仲良く、な?」

「ち、父上…っ。そ、その失礼します!」

ぺこりと頭を下げる息子に兵衛は笑った。

そして足音が遠く離れてから、笑みを消した。

「…そう、一真様には死なれては困る。他の一族にとられてはたまらんわい」

真実、兵衛は一真のことを大事に思っていた。

それは何も一族の恩人だからというわけでもない。

その強大な霊力と、この邸宅付近にすぐに集まってくる精霊達。

それが兵衛の狙いだった。

強大な霊力はこの地の歪みを清浄化させ、浄化する。

その力は現在開発中の武具や道具に付与させれば絶大なる効果を発揮できるだろう。

一真に与えた、霊力を封印する装飾具はただ封印するのではなく、その力を蓄積させる力を持っている。

あとで新しいものに交換して、付与できるかどうかの最終確認をするつもりだ。

仮にそれができなくても、兵衛はあの少年の傍から離れるつもりは毛頭なかった。

一真の集めた精霊達をコントロールするべく、手伝ううちに流也の風術の腕は格段に上がっているのだ。

これと同じことを若手にやらせれば、風牙衆の風術の術法スタイルは変わっていくだろう。

神を頼ることはなくなるかもしれない。


「神から我々が巣立つ為にも、一真様は我々に必要なのだ」





こうして風牙衆は、かつての力の源とはまた別に、『生きた』霊力の源泉である手塚一真本人を、その家族もろとも自らの手中に収めたのである。


続/ブラウザバックでお戻りください。

「例外のない規則はない」/どのような規則にもをそれを適用しきれない例外が必ずある。
物事は理屈や規則通りには行かないことが多い。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送