23 例外のない規則はない

前編




手塚家のある意味「最強」の冠を頂く、主婦・彩菜は、表情はにこやかなのだがその内心は困惑していた。

ざっと玄関先を掃除しながら、思案する。

ここ最近、ご近所…ちょうど手塚家をぐるりと一回りできる場所に位置する家が、相次いで引っ越していくのだ。

勿論、悪い意味合いではなく、やれ「お父さんの海外出張の付き合い」や「栄転」といった理由が多いのだが、手塚家が位置するこの場所は少々高級住宅地、といってもいい場所である。

言ってみれば、そんな理由で簡単に引越しするには惜しい場所であり、物件なのだ。

単身赴任で出張させるなりすれば、ずっとそのまま住んでいてもおかしくないのになぜか皆、引っ越していく。

変わりにその数日後にはすぐに次の住人達が挨拶にやってくるのだ。

(どうしてかしら、ねぇ)

あまりにも早すぎる…少なくとも彼女はそう感じる…その動きにひとつ溜息をつく。

来るご家族にはなんら不自然はない。

にこやかに挨拶を交わし、今後のご近所付き合いをするだけなのだが、まとっていた空気がどこかしら他の人間とは違うような気がしてならない。

それは、なんというかいうなれば「女の勘」というやつなのだが。

(一真ちゃん関係かしら)

使い人…現世において人間を妖魔から守る民間精霊術師…や、警視庁特殊資料整理室…現世における公営退魔機関…オカルトといわれるべき、本来ならばフィクションとして認識していたことが現実として存在していることに彼女も含めた手塚家や息子の友人達は知っている。

なぜなら彼女の親友の息子であり、そして今は可愛い義理の息子となった一真が、その使い人達の使う「精霊魔術」とやらを使うことができるからだ。

元は親友であり、一真の実母が「地使い」としてかなり実力のある家系の生まれだったからということだが、一真は本来ならば「地」術しか使えないはずなのに、「風」術…しかも奥義クラスの浄化の能力を持った力を覚醒し、次々と新しい力に目覚めていった。

今現在では「地」「風」「火」「水」の四つの精霊魔術を巧みに操ることができると彼女は聞いていた。

これは使い人の中でも本当に稀な存在であり、さらに加えて言うなら「念」や「霊力」と呼ばれる強い力を保持し続け、今ではこの家近辺は、一真がその気になって自分の霊力を解放すればいっぱしの霊場…もしくは聖域…に軽くなってしまうとも聞いている。

人間としては考えられない、霊力の強さと大きさ。

その力は、水無月一族を皆殺しにしようとしている某魔術師を越えるか超えないかと「最強の使い人」に言われているのだが、そこまでは彼女は知らない。

とにかく、義理の息子はそっち方面ではかなりな実力者になってしまっており、さらに言えばまだまだ成長過程であるということで、その手のトラブルが起きないようにいろいろと警視庁の人間や、使い人の人たちが何かしてくれているし、本人も『封印の輪』という霊力を抑制するバングルタイプの腕輪をしたり、家ではその手の修行を行わないように気をつけていることは彩奈は知っていた。

(後でそれとなく一真ちゃんに聞いてみようかしら)

今頃、その一真はもう一人の息子とテニスをしているだろう。

『封印の輪』の効力もそうだが、最近よく一緒にいてくれる青年…風巻流也…のおかげで一真の意図を汲む以前に勝手に行動してしまいがちな風の精霊達を抑えておくことができるので嬉々としてストリートテニスをしているのだ。

勿論、ちゃんと流也の都合を考えてだが。

当初、自分一人の力で精霊達の抑制ができるはずだった。

水無月流魔や須賀達也といった使い人達にその術を習っていたのだが、あまりに強大すぎる自身の霊力の方を腕輪の力と共に自分で抑えようとしてしまい、精霊達はおろそかになりやすい上新たな術を覚えるためになついてくる精霊の数も鼠算式に増えていくのでできなくなったらしい。

なので知り合った使い人が暇なときは、一真の傍にいて精霊達を制御しているといったことになってしまっている。

ざぁっと風が凪いだ。

「…こんにちは」

男の声に彩奈ははっと気がついた。

「…はい、こんにちは」

にこやかに挨拶を反射的にしながら、相手を見て動きが止まってしまった。

「…お久しぶりでございます。そのせつは大変お世話になりました。風巻でございます」

「風巻、さん…!」

彩奈はその人物を知っていた。

今、一真についていてくれている流也の父親。

それだけではない。

火使い大家の神凪一族に300年以上、隷属していた風使い一族「風牙衆」の当主であり、その隷属の歴史に終止符を打たんとしている男だ。

この手塚家では、当主である国一を介して警視庁の橘警視と会して同盟を結び、神凪一族の『継承の儀』によって八神(旧姓・神凪)和麻預かりになって神凪一族から半ば独立した状態にあるが、その支配から完全に逃れたわけではない。

そんな集団のトップがにこやかに笑みを浮かべて、手には菓子折りを持って立っている。

「ご近所にこのたび引っ越してまいりましたので、そのご挨拶に」

「まぁ…。ご丁寧に。……引越しと、いいますと?」

「こちらのすぐ隣でございます」

「まぁ」

「これからも長いお付き合いとなりますのでご挨拶にと参りました。…国一殿はご在宅でしょうか?」

「はい。…どうぞ」

「失礼いたします」

表面上はにこやかに挨拶しながら、彩奈はなぜか確信した。

自分の勘は当たっていたのだ。

風牙衆。

その集団が自分の家の周囲に引っ越してきたのだ。




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「例外のない規則はない」/どのような規則にもをそれを適用しきれない例外が必ずある。
物事は理屈や規則通りには行かないことが多い。

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