29 毒を以て毒を制す
前編


その実力は神炎使いの神凪よりも、そして全盛期においては火使い名門「神宮寺」、現代最強の使い人である風使い「水無月幻那」と同等の力を持つといわれている海津総一郎は、目の前で緊張した面持ちの少女達を静かに見下ろしていた。

ここは一ノ瀬という名の付き人一族の家だ。

海津家の付き人一族は、大変優秀で他の付き人一族達と同様、今現在育てている海津家の子供達につく付き人の少女達もきちんと水術ができる。

「総一郎様。本日は一体どのような件で…」

彼女達の母親役であり、また付き人としての教師である良子という名の女性が話を促した。

「うむ」

総一郎は重々しく口を動かす。

「光燠のことは知っていよう」

その名前にびくりと付き人の、少なくとも二人は身体を震わせた。

海津光燠。

戦国の世を支配しようとした御霊と融合し、荒々しいその気性を自身の魂と水の精霊王のかりそめの契約の力によって沈めた海津家次男。

今では完全に御霊の記憶と性質、そして能力を持っている上に光燠としての記憶と能力をも持っている。

魂の融合など過去海津家の歴史からいって初めてのことであったし、融合した御霊も桁違いの邪気を含めた妖力の持ち主であったため、今では海津家の離れで半ば隔離されている状態だ。

光燠本人は隔離されているというその状態を「当然の処置だ」と言ってそこで生活している。

今一族でまともに彼と接しているのは、兄である光宗と母ぐらいなものだ。

他の一族の人間は彼を腫れ物のように扱っている。

付き人一族の彼女達でさえ、こうして彼の力におびえている状態だ。

…いや、ただ一人震えなかった少女は、まっすぐに総一郎の瞳を見つめているが。

「その付き人を変える」

「!」

「変える、のですか? それは…」

良子はそっと少女達の様子を伺った。

ここに引き取られて以来、付き人としての能力を十二分に引き出す為に「誰の」付き人になるのかは決定している。

それを変更するというのは異例中の異例であった。

「梨乃」

「はい」

唯一、震えなかった少女…梨乃は名前を呼ばれて少しばかり動揺を見せた。

梨乃は海津家の期待の星である光宗の付き人だというのが決定していた。

「…お前が光燠の付き人となるのだ」

「…総一郎様!!?」

まさか梨乃を光燠の付き人にするとは夢にも思わなかった良子は、一族のご意見番である彼に意見するべく口を開こうとした。

しかし、その鋭い眼光に何も言えず、唇をかみ締める。

「他の二人は光宗の付き人になってもらう。いいな」

「!」

「は、はい…」

一人の使い人に複数の付き人がつくのは、まだ例がある。

総一郎の眼光と言葉の強さに彼女達は頷くしかなかった。

「…良子、梨乃に話がある」

「は、はい…。さ、二人とも…」

良子は梨乃の様子を伺う二人の少女をたたせた。

「はい…し、失礼します」

「……」

総一郎におびえるように、少女達はゆっくりと部屋を出て行く。

「…梨乃」

足音が充分部屋から遠のいたのを確認してから総一郎は少女に呼びかけた。

「はい」

「…この光燠の付き人の件だが」

「はい」

少女の目と老人の目がさらにかちあった。

「光燠も、付き人としてある少年の元に行かせることにしている」

「! ……どういうことでしょう…?!」

海津家の使い人の人間が他家に付き人としていくということが信じられず、梨乃は聞き返した。

「光燠が御霊を鎮めたときに、もう一人子供がいたことを知っていよう?」

彼女はその言葉に頷いた。

凄まじいばかりの水の精霊達の浄化の渦の中に、光燠ともう一人、とても小さな男子がいたのを彼女は目撃している。

「御霊を鎮めたのは光燠だけの力ではない。その子供…手塚一真の力も関係している」

そう言い切ると総一郎はその『手塚一真』のことを話し始めた。

四大精霊全ての術を使える上に、膨大な霊力を持ち、自分の精神と魂を分離させた念治療を行った子供。

今現在も、成長期であるためかその力はますます増大しているということを。

そしてその集まる精霊達の抑制にたいして、「付き人」をつけることが決まったことを告げられ、このとき初めて梨乃は震えた。

光燠の力は理解できる。

浄化して御霊を排除するのではなく、同化してその心を癒すことに決めた光燠に尊敬の念は寄せられるし、特におびえる必要はないと彼女は思う。

御霊と融合したことによって何か良からぬことをたくらむのではないかとか、その妖力の巨大さに恐れている人間は多いのだが梨乃は特にそうとは思わなかった。

もしも万が一、本当に何かするのであれば、離れに隔離されたその時点で起きているはずだからだ。

しかし、「手塚一真」は違う。

その力のどれをとっても梨乃の理解の範疇を超えていた。

とても人間とは思えない。

「…そ、その方の付き人に光燠様がなられるのですか」

「うむ。必然的に光燠の付き人であるお主にも行ってもらう」

「っ」

小さくあがろうとした悲鳴を梨乃は懸命に堪えた。

「……付き人を、おぬしに変えたのには理由がある。おぬしは、光燠に対してけして媚びず、立ち向かう力を持っている。それは他の付き人には真似はできん。加えていうなれば、おぬしには人を見抜く力も充分良子から受け継いでいる。…たとえ血の繋がりはなくともな」

厳しいと評判の総一郎からやんわりとほめられたと知った梨乃は、恥ずかしそうに俯いた。

「そ、そんなことはありません」

「…儂は嘘は言わん」

総一郎は小さく咳払いをして話を続けた。

「一真の霊力に匹敵する力を持っているのは、今のところ儂の知っている限りは光燠の妖力だけだ。ならば拮抗する力で対抗させれば幾分か封じる力のほうが勝るだろう。…それに今現在は、風牙衆がなにやらやっておるようだが」

(風牙衆…)

「やつらの狙いがなんなのかはわからんが、人に対して害のあるようなものでなければ別にかまわんが、一真に関しては別だ。そして御霊としての光燠もな」

「光燠様も、ですか?」

「…一真に対して少なからず執着している気配がある」

「……」

梨乃は黙って総一郎の言葉を待つ。

「梨乃。おぬしは一真と光燠の傍近くにいて、片時も離れるな。少しでも異変があればすぐに知らせるがいい」

「…総一郎様…?」

「もしも光燠の、そして手塚一真がその強すぎる力を人類に、社会に向けた場合…」

総一郎の言葉に梨乃はこくりとつばを飲み込んだ。

我々、海津は全力をもってこれらを排除せねばならない

「!」

彼女は目を見開いた。

「……梨乃。お前は、二人の鈴になるのだ。我々に警鐘を発する鈴にな…」

梨乃はその言葉に何も返せず、ただ戸惑うような表情を浮かべたそのあと、震えながらも静かに総一郎に頭を下げた。





ブラウザバックでお戻りください。

「毒を以て毒を制す」/毒を消すために他の毒を用いる。悪を除く為に悪を使用する。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送