(1)小さな家族

(後編)





「どうせならなにか欲しいものでも買えばいいのに」

「だってあそこのお店、高かったんだもの」

「金の心配なら要らないんだぜ?」

息子のお金を贅沢には使いたくはないのだよ、母は! と言うとくつくつと彼は笑いながらハンドルを切った。

八神和麻。

前世でフィクションとして知っていた彼のことを、よーく思い出すとかっこいいことはかっこいいけれど、女性に対しては禄でもない男だったという記憶があった彼が、あたしの実の息子なのだ。

…いや、高校時代の彼女になんにも言わずに日本を離れてその間一切、頭に残ってなくて日本に戻ってきてもその存在を忘れ去ってて出会ってから思い出した、みたいなことを覚えてた。

あの短編を読んだときは「ひでぇ」とか思っていたからか、一緒にいれたあの頃は「女の子に優しくすること」とか「礼儀を忘れずに」なんて口うるさい母親をしていた。

まあ、ちゃんと母親できていたのは彼が小学校低学年ぐらいだったけれど。

「和麻、仕事は?」

「あぁ、母さん達が来る前にこなした」

咥えたタバコの灰を、灰皿に落とした。

「趣味の悪い家だったぜ…」

しみじみと言いながら、ウィンカーをちゃんと出して曲がる。

趣味の悪い家、…ん。なんか引っかかるなぁ。

前世の記憶も本当に薄れてしまって、強い印象しか残ってないから困りものだ。

息子が帰国した時点で、フィクションでの話がスタートしたと考えるべきなんだろうけれど…あたしの記憶どおりにこの世界が時間を運ぶとは限らない。

なにせシンや、そしてデュランダル一家という来訪者もきているということは、他にもいろんな人が来ている可能性もなきにしもあらずなのだから。

そうこう考えているうちに見えてきたのは高級マンション。

駐車場にちゃんと入れて、車から出る。

フィクションの彼とあたしの息子の性質、というか性格というか。

原作でそんな描写があったとは、すでに記憶に薄れてないけれど、ちゃんと彼は運転免許を取得してる。

戸籍自体は偽造したものだけれど、家を買うか借りるかする前に、ちゃんとした足場を固めておきたいと数ヶ月前から帰国していた息子は、手っ取り早く運転免許を合宿で得て、車を購入していた。

あと、謝っておかなくてはいけない人がいるから、先に頭を下げに行きたいとも言っていた。

迎えに来たときの息子の様子だと、それはうまくいったのだろうと推測してる。

基本的には、傍若無人というか最強で最凶っていうのが似合う彼なんだろうけれど…。

車から降りると、マンションを見上げる。

前世でも住んだことのない、高級マンション。

「ここの一番上が俺らの愛の巣だ、母さん」

「その俺らに俺は入ってねーだろ、お前っ」

「……ははははは、そんなことはないよシン」

「あっからさまに棒読みすんなよ!」

でもやっぱり、フィクションでの彼と、あたしの息子の彼の大きな相違点はやっぱりこれだろう。

「さぁ、母さん。入ろうか」

とろけるような甘い顔。

そう、うちの息子はマザコンなのだ。

『かなり』というのはまだ控えめで『すごく』はまだ足りない。

それぐらい、あたしという存在を溺愛してくれる息子になってしまっていた。

都心に近くもなく、かといってそんなに離れているわけでもない場所に立つそのマンションの最上階。

近頃は個人情報保護法とやらで、ネームプレートもつけない家が増えているそうだけれど、うちにはちゃんとローマ字で書かれたそれがつけられていた。

「あんまり荷物を増やすのもあれだと思ったんで、まだ買いに行ってはないんだ」

「あとで管理人さんにご挨拶に行かなくちゃね」

息子が玄関を開けて、そして振り返る。

「お帰り、母さん。シン」

真剣な眼差しとその声音にシンとあたしは顔を見合わせて、そして笑う。

「ただいま、和麻」

「た、ただいま!」

なに噛んでんだよ。うっせぇ! とか言い合いながら息子達と一緒に、我が家となるその部屋に入る。

「結構広いな」

「まぁ、今のところはな。今日は管理人とかに挨拶に行ったらゆっくりしようや」

大きなソファに真新しく見える備え付けの家具。

「じゃあ、お茶でも用意しようかな。和麻、飲み物とか買ってある?」

「母さん、動かないで休んでろよ」

「いいの。お母さんがやりたいの」

そう言うと和麻は小さく笑って「台所に全部そろってる」と教えてくれる。

うわぁ、キッチンひろーい。しかもきれい。

コーヒーメーカーもちゃんとあるし、あたしの好きな紅茶の銘柄と、そして冷蔵庫の中にミルクティ用にか牛乳さえも押さえてあるのはさすがは和麻。

気が利いてる。

なにやら息子の話し声が聞こえた後に「ガルル」とかいう唸り声も聞こえたので、あたしはミルクをほんの少しだけ温めてカップにいれた。

コーヒー二つと、紅茶と、ミルク。

お盆にのせて持っていくと、ソファでくつろぎながらシン達を見下ろしている和麻と、じゃれつかれているシンと、そして現れてじゃれついている…ちょうどシェパードぐらいの大きさのメカ狼の姿が目に飛び込んでくる。

このメカ狼くんは『チャイルド』。

これもまた前世でフィクションとしてみたことのある美少女(?)アニメのキャラたちが使っていたのを見たことがあるけれど、それとはまた微妙に設定が違うようで…この世界に渡ってきた後に、シンが覚醒した能力。

「ディスティニー、ミルクがあるわよ」

「くぅん」

本物の犬と電子音の中間のような声でそう甘える声をして、メカ狼があたしの足にまとわりついた。

母さんの邪魔すんなよ、ディスティニー」

「ぅわん!」

かつて彼がつかっていたモビルスーツの名前をつけられた『チャイルド』は、そう己の主人というか半身のシンに返す。

「母さん。ほら」

和麻がコーヒーを受け取ってくれて、一つをシンに渡す。

「はい、ディスティニー」

甘えた声が彼から漏れて、あたしは動作で呼ばれてそのまま和麻の横に座った。

「じゃ、日本に帰国おめでとうということで」

コーヒーで、紅茶で、そしてミルクで、なんておかしいけれど。

あたし達は自然に笑顔でこう言った。

「「「乾杯」」」「くーん」



実の息子の、八神和麻。

異世界の未来からの来訪者、シン・アスカ。

そしてその彼がこちらの世界で目覚めた能力の『チャイルド』のディスティニー。


これが。

八神という今のあたしが持っている、小さいけれど大事でかけがえのない、あたしの愛しい家族。






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