(1)小さな家族
(前編)
空港に降り立った飛行機を降りて、大地を踏みしめたときにおかしな話だけれど「あぁ、帰ってこれたんだな」と実感して不覚にも涙がこぼれそうになった。
鼻を少しすすって涙を堪えると、義理の息子となった彼に手を借りてゆっくりと歩く。
情けないことにあたしの身体は、いろいろとあって(あぁ、便利な言葉だ。「いろいろ」って)自分で思うようにはまだ動かない。
長距離になると車椅子を利用しないといけなくなるのがいやなところ。
「大丈夫? 母さん」
手を引いてくれていた彼に「大丈夫。ありがとう」と答える。
他では見ないその真紅の瞳が緩められて、笑みを作るのは正直に言えば眼福ものだ。
むすこ
だってあたしの義息子は美形ですから!!
「ロビーで連絡入れましょうか? お仕事中じゃなければいいけれど」
「仕事なんかとっとと終わらせてすぐ飛んでくるさ」
パスポートを提示して、荷物を受け取って到着ロビーに出るととりあえず座らせてもらった。
入国のときにパスポートの名前と写真、そしてすぐ後ろを歩く息子のそれを見て、係りの人がぎょっとしたのをあたしは忘れないだろう。
…うん、なんというかあたし達は到底親子に見えないのだ。
容姿が似ていないというのは関係なくて、あたしの、どこから見ても年齢にそむいたこの顔や身体つきや、そして言葉の使い方や態度がそうさせている。
…あたしとしては頑張って年齢に合うようにしたいかな、と思うのだけれど息子達やお世話になった方たちが「それは自然ではない」と言って、無理にそうならなくていいといってくれたのに、甘える形になっている。
甘えてばっかりだなぁ、なんて口にすると息子達のお叱りのお言葉が飛んでくるので口には出来ないが。
ざわざわと行きかう人たちが話す言葉の大半が日本語だというのが、余計に「帰ってきた」という感情を強めさせた。
周囲を見回す。
そういえば、あたし、日本の空港に来るのって初めてだわ。
国内線はもっぱら新幹線を、そして移動には車を使っていたし。
…ちょっといまどきの日本のおしゃれを勉強するためにお店とかのぞいちゃだめかな?
あぁ、でも無駄使いは駄目。
いま、あたしの収入はゼロで、もっぱら息子達の収入で養われているのだから。
…。
うぅ、よく考えてみなくてもあたし駄目駄目な母親じゃないか…っ。
今は無理でも、もう少ししたらバイトなり仕事なりを探してしっかり社会人しなくては。
…その前に、実家とかに一度連絡したほうがいいとは…と考えて、少し、いやかなりへこんだ。
あたしは実家ではすでに鬼籍…つまりは死んだ人間になってしまっている、とのことなのだ。
それに…。
「母さん?」
自販機にお茶を買いに行っていた彼が心配そうにまた覗き込む。
黒髪に真紅の瞳。
きらりと光るその光に、あたしは笑みを返せた。
いけないいけない。
あたしはお母さんなのに、息子に心配かけちゃいけない。
「疲れた?」
「うぅん、大丈夫よ」
お茶を受け取って、その缶に書かれてる日本語が嬉しい。
ついさっきまで考えていた事柄を、心の中の棚に押し上げる。
「疲れたら言ってよ。俺が運ぶから」
「だーいじょうぶですよぉ? お母さん、強いんだもの。シンは疲れてない?」
あたしがわざと軽くそう言うと、小さく彼は笑った。
16歳にしてはすごく大人びだ、けれど彼としては相応の『笑み』。
「も、余裕、余裕。こんなことで疲れてたんじゃ、レイに笑われる」
それから小声で「インパルスやディスティニーに比べたら、ぜんぜん平気だよ」なんて付け加えてくれた。
それはそうだろうなぁ、旅客機とモビルスーツを比べちゃいけないだろうけど。
そう、容姿でわかる人はわかる…と、いってもこの世界じゃ判るのはきっとあたしだけだけど。
彼があたしの息子になる以前の苗字は「アスカ」。
彼は、シン・アスカ。
コズミック・イラという年代でモビルスーツ、ガンダムを乗りこなしたザフトレッド…もう少し言えば『ガンダムSEED DESTINY』の主人公の一人。
遥かな未来、あるいは平行世界の未来からの来訪者が彼なのだ。
と、こう言ったら異世界トリップしてきたのは、彼だけだと思われがちだがそれは違う。
彼のほかにも、ギルバートさんとタリアさん、そして彼らの息子のレイくんというデュランダル一家も来訪者で、そして何よりこのあたしもそうなのだ。
シンと違うところといえば、あたしは前世の記憶もちで、その前世の中で『ガンダムSEED DESTINY』の世界を一部見て知っていたし、そしてなにより今現在のあたしが生きているこの世界を小説という形でフィクションとして愛読していた。
しかし人生、何が起こるかわからない。
前世で事故死したら赤ん坊に生まれ変わってて、そしてあの人と恋に落ちて、むにゃむにゃやごにょりなこと(あんまり今のこの場所で上手く回想したくない。つらいことも含まれてるから)があって、一児を授かったあともいろーーーーんなことがあって(本当、便利な言葉!!(笑))今、彼はあたしの息子として一緒にいる。
パスポートや戸籍は申し訳ないけれども偽造して。
…って犯罪なんだけれど、この辺りは大目に見てほしい。
「シンは日本、初めてでしょう?」
「うん、全部映像とかしか見たことがなかったし…観光できたら行きたいんだけどな」
「お家で少しゆっくりしてから名所とか行きたいね」
その前にあたしは身体を元の状態にして職を探さなくちゃいけないけれど、でも観光案内ぐらいの余裕は作らないと。
息子とのスキンシップというか交流は大事だし、なによりあたしが触れ合って嬉しい。
言葉を交わせて、話ができて、そして何かを考えられるということだけでも、それはとても幸せなことなのだ。
「家…って買うと思う? それとも借りると思う?」
「…どうかなぁ。相棒としての意見は?」
「でかいの買ってなきゃいいけれど」
シンはそういいながら苦笑いしてあたしに手を差し出した。
「和麻が迎えにくるまでに、荷物ロッカーにでも預けてウィンドウショッピングか喫茶店にでも行こう? 母さん」
「えぇ」
あたしは頷いてその手をとる。
暖かい手。
そう、あたしのもう一人の息子の名前は、八神和麻。
前世であたしが呼んでいたライトノベル・風の聖痕の主人公にして今世での、あたしの血を継いだ実の息子だ。
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