(3)愚者と聖者のバラッド

(後編)








起きてみるともう暗くなっていた。

うぅ、妖怪食っちゃ寝になりたくはないけれどなりそうなぐらいだなぁ、今のあたしは。

身体を起こすと、今日は歩きすぎたのかずきずきと足が痛む。

…湿布を貼ろう、うん。

「ディ、おはよう。何時くらいかしら?」

電子音と肉声の中間のような声でメカ狼のディは甘えた声を上げながらあたしに擦り寄ってくれたので、頭を撫でて立ち上がった。

うぅ、足、痛い。

リビングに出ると、シンが珈琲を入れていた。

「母さん、おはよう」

「おはよう。ごめんね、すごく寝ちゃったね。晩御飯の仕込み、そろそろしなくちゃいけないのに」

…って、和麻はまだ戻ってないのかな?

携帯電話を取り出して、息子に連絡をとろうとするとシンが「和麻?」と聞いてきたので「うん」と頷いた。

「和麻なら隣で警察と一緒になって神凪の連中と話してるから」

あ、なんだ帰って…きて…(シンの言葉を脳内で反芻)…。

「神凪の連中?」

「うん、和麻、仕事帰りに神凪の術者二人に襲われたんだって」

「け、怪我は?」

「和麻はぴんぴんしてるよ」

…あぁ、そうだったそうだった、今思い出したよ! 確かフィクションの世界での彼・『八神和麻』も二人の術者に襲われたんだっけ。

その後、『神凪綾乃』に「叔父様の敵!」とか言われながら斬りつけられたんだ。

『大神雅人』彼は『綾乃』の理解者で、そしてその話では彼女のすぐ傍で殺された。

あの世界での『彼女』の全ての諸悪の根源は、思い込みでもなんでも、当初『八神和麻』だったのだから。

もう何十年も前に読んだ本の内容を思い出したことはすごいけれど、思い出すのが遅いあたし。

……って今、現在のあたしの息子の八神和麻はどういった状況?!

襲われたのに、神凪の人たちと一緒にいるってどういうことだろう?

っていうか、朝は警察の人と一緒には出て行かなかったのに。

「何がどうなってそうなったのか、和麻に聞きに行っちゃ駄目かな?」

「んーーー、どうだろうな。神凪一族と接触させたくなかったけれど、もう俺達はしちゃってるし。そのことは和麻にも言ったら微妙な顔つきしてたけど」

微妙、か。

そうだよねぇ。

和麻にしてみればあたしの存在はあんまり神凪に教えたくなくて、宗主だけに会わせるつもりだったのが今日、あたしは神凪の一族と自分から接触しちゃったし。

しかも顔見知り。

「シン、隣に行こう」

うん、こうなったら開き直るしかないね。

あたしの様子に小さく溜息をついて「うん、判った」とシンは頷いてくれた。

ディスティニーは姿を消してしまう。

足が痛いのを我慢して隣に行くと、ぴりりとした空気の中にいるのは神凪の術者で関係者の四人と資料室の二人の能力者で霧香さんとうちの息子は我が家のようにくつろいでいた。

いや、息子にとっては文字通りの我が家、だけど。

「貴女は…っ!」

綾乃ちゃんが立ち上がる。

和麻の眉がぴくり、と動いて視線だけで彼女を制した。

「初めまして、そして貴女は、先ほども会いましたね。名前を名乗らなくて、ごめんなさい」

なにせ雅人さんがいたし…。

「神凪さん、ですよね。叔父様からお名前は聞いています。…15年ぐらい前に亡くなった、はずの人だと」

亡くなった、という言葉で霧香さんとうちの息子たち以外の人間が反応を示した。

「八神です」

微笑んで緊張を解こうとしてみた。

結果、失敗。

「…勝手に母さん殺すなよ。ただ生きてたってことだろ」

シンがそう言いながら、あたしにソファに座るように指示する。

「でも、当時のままの若さって異常じゃない!」

うん、そうよねー。第三者から見たらそうだよねぇ? とのんきに思ったら冷たい空気が。

「「異常?」」

見事なユニゾンは我が愛しの息子達だ。

あ、やばい。和麻とシンの目が据わってる。

「死人還りの術でも会得したのか」という神凪の術者の呟きに、冷たい空気はさらに温度を低くした。

「母さんは死んでいなかった。死人じゃない。ちゃんと生きた『八神』だ」

「なら、なんでそんなに若いのよっ…っ、叔父様の話じゃ、もう中年のはずなのにどう見たって…っ!」

そうだよねぇ? 若作りとしても童顔だったということも踏まえたとはいえ、23・4歳頃とまったく同じってーのは、ねぇ?

「詳しい話をするつもりは毛頭ない」

ぴしゃり、と和麻は一刀両断に切り捨てる。

「和麻、何がどうなってこうなったのか説明してくれる?」

「そうですわね、説明いたしますわ」と微笑んだのは霧香さんだった。

要約すると、本で読んだことのある話の流れそのまんま、みたい…かなぁ?

大きな違いは最初のうちから霧香さんのところとうちの和麻が(息子の内心はともあれ)タッグを組んでいたこと。

最初から説明するために、あたしが頼んで神凪分家で実家の家の様子を見に行ってもらったそのときの話になった。

和麻がそれに気がついたときには、すでに術者二人が殺害されており慎治くんも片腕が吹き飛ばされたところで。

助けたのはいいけれど、もう虫の息だったので病院に行っても無駄だと判断した息子はここに連れてきて治療。

「そして一般市民としての義務として知り合いの警察に連絡したわけだ」

…。

うん、一般市民の義務とかいうのは嘘かなーとか、思っちゃった。

きっとうちの息子の中で何かしらの合理的な理由があって霧香さんに連絡したんだろうと思う。

それはともかく…話は戻る。

今朝方、あたし・シン・ディスティニーと分かれた和麻は昨晩助けた結城家の男の子の様子を確認してから仕事に出かけた。

その間霧香さんは神凪宗家に連絡を入れるが、すでに神凪は二人の術者を和麻を犯人と決め付けていた。

…早っ。風牙衆に調べてもらってすぐにそんな結果を出しちゃったわけですか…神凪は。

「帰ってくるタイミングが良すぎたんだ…っ」

「…俺達はただ宗主がご下問されるから連れに来ただけ」

「五月蝿い、黙れ」

あたしとシンの視線に耐え切れなくなったのか、分家の二人が慌ててそんなことを口にするが、また和麻は五月蝿そうに眉をしかめてそれを黙らせる。

「和麻の今日のスケジュールを聞いていたけれど、さっさと仕事をこなしてその現場からもう出ていたから捕まえるのが大変だったわ」

「悪かったな」

「それに携帯も切ってたし」

「悪霊関連の仕事の時には電波障害が付きもんだからな」

霧香さんから指示を受けた警察の人…傍に立っている私服の男女のペア。確か名前は『熊谷由貴』さん(男性)と『倉橋和泉』さん(女性)…達が合流して和麻にその旨を伝えたすぐ後に、分家の二人が襲撃してきたのだ。

「発言をしても構いませんか? 室長」

「許可します」

「いくら神凪一族が退魔組織の中で精霊王加護の一族だと自負し、公言している組織でも彼のような人間を野放しにしておくのはいかがなものかと思われます」

和泉さんの硬質な声と視線は分家の二人に行く。

…。

そ、そこまで言われるほどのことしたんだ。分家の子達。

さっと彼らは視線をそらす。

文句を言わないとこを見ると、自分達でも少なからず認めているのか、それとも今は敵の本拠のような場所にいるから出方を伺っているのか。

…細かい描写とか思い返そうとして、あたしは今は止めておいた。

「あー、まぁ、その間、俺達はあそこの女とあと二人が妖魔に襲われてたのを助太刀したってところか」

「逃げられたんだよな」

「あぁ、悪い。俺が未熟だから」

シンが少しだけ、悔しそうに表情が歪む。

「いや、お前はよくやったほうさ。母さん以外は守らなくてもいいのに、な」

和麻の視線が綾乃ちゃんに向く。

居心地悪そうに、けれど彼女は和麻を上目使いで睨みつけた。

「で、俺と母さんとディが帰った後」

「神凪綾乃嬢が我々を襲撃しました」

「っ!! だってあの時は、あ、あんた達が警察だって知らなかったし、二人が気絶してたし…っ!!」

「聞く耳持たずに剣を振りかざし、我々に対してその術を行使しようとしました。我々が少なからずオカルト方面の技術を持っていたからこそ回避できましたが、できない一般市民が傷ついたとき貴女はその論理を相手にぶつけられるのですか」

倉橋さんの言葉に、熊谷さんも眉をよせて彼女を見つめていた。

やはりあの大きな火の気配は綾乃ちゃんだったのだ。

でも警察に手を出したってことは、公務執行妨害? あれ? 警察官の制服を着てなかった場合も適用されるの?

ってーか、まさか、必ず綾乃ちゃんなら、いや『神凪』なら手を出してくるだろうからと見越してわざと制服を着てなくて一般市民のように見せかけてたと感じたのはあたしだけ?

「そして和麻に返り討ちにされて、ここに連れて来たと言う事です」

霧香さんの言葉にあたしは小さくなるほど、と呟く。

つい先ほどまで彼らも気を失っていて、その間に霊札などを使って大きな火の精霊達の行動を制限する準備を整えたというわけだ。

いや、反抗されたら火達磨じゃないですか。人間も部屋も。

「…警察の方に連れて行かなかったのは、そちらの結城家の…慎治くん?の無事を知らせるためとこれ以上周囲と警視庁に被害が及ばないようにという配慮、ですよね?」

「えぇ、そのとおりですわ」

そう、警察の方で身柄を拘束したところで、神凪の圧力がかかるに決まっている。

それには屈しないだろうが、今はそんなものに構っている暇はないだろう。

すでに二人、人が死んでいるし、その犯人かは判らないが神凪を襲う正体不明の妖魔の存在も絡んでいる。

神凪一族に喧嘩を売る形で行われたこの殺人に、終止符をうつどころか証拠も無いのに見事なまでの濡れ衣をうちの息子にかけて暴走してる彼らだけでも社会に与えるものは大きい。

霧香さんにしてみれば、警視庁で五月蝿くされるよりはこの部屋で対応した上で神凪に恩を着せる形でつながりを持ちたいのだろう。

「で、これからどうされるんですか? 橘さん」

なれなれしく名前を呼ぶには、それほど親しくはないので苗字でそう呼ぶと「霧香で構いませんよ」と彼女は応えた。

「神凪宗家の方にはすでに連絡してあります。わたしと一緒に神凪のお家に戻りましょうね? お嬢ちゃんたち」

…ちょ、挑発してます? 霧香さん。

「慎治くんもですか? 動かして大丈夫です?」

「霊札の効果もかりますし、結城家に戻るまででしたら大丈夫でしょう」

倉橋さんがそう言った。

「そう」

「ま、待ってくれ。宗主から…っ!」

「お前らの都合なんざ知ったこっちゃねぇ」

息子は紫煙を吐き出し、そして殺気を込めて睨みつける。

「もうすでに俺はお前らの一族じゃない。風術師の八神和麻だ。話があるなら向こうから来るのが筋ってもんだろ」

あまりの強い殺気に、あたしは眉を寄せた。

「和麻。怪我人もいるから抑えて」

あたしの言葉にすぐに反応してくれる息子は、目を閉じてそれを引っ込めてくれる。

「霧香、向こうの人に名誉毀損とかで訴えるっていっといてくれる? 和麻が助けてやったってーのに、勝手に犯人にされて、しかも問答無用だったんだろ? それぐらいされても当然だよな?」

「そ、そんなの…」

「なんだよ、加害者」

シンの紅の瞳は冷たく綾乃ちゃんを見てる。

「そうね、どう贔屓目に見ても法に照らし合わせれば不利なのは貴方方よ? 神凪のお嬢ちゃんたち」

「……訴える云々は別としても、これで俺のとる方針は決まった。神凪一族は俺を『敵』にしたいらしい。…霧香の顔を立てて今はこのまま宗家に帰してやるが、今度俺たちに近づこうものなら覚悟をしてから来るんだな」

和麻は「これ以上言うことはないし、その面も見たくない」と言い切って霧香さんに目配せする。

「じゃ、帰りましょう? そちらの結城家のおぼっちゃんを運んであげてくれる?熊谷くん」

「はっ」

霧香さんはにっこり微笑んで、彼らの反論を制するとそのまま部屋から出て行った。

部屋から出ると何かしら文句の言葉が出たのか、少しだけ大きな声がマンションに響いてすぐに聞こえなくなる。

「霧香には札があるし、精霊の動きを抑制する道具も渡してある」

あぁ、だから強気なんだ。

そう思いながら使ってしまった道具で、まだ使えるものと使えないものを仕分けし、あたしは出した飲み物を片付ける。

足が痛くても台所には立てるのだ。

全て綺麗に片付けるとごみを仕分けしてから、自宅に戻った。

ご飯の支度をすぐにして、食事を済ませてしまう。

「大丈夫かしら、霧香さんたち」

「霧香たちはいいけど、神凪はどうかな。母さんには悪いけど」

お風呂の支度をしてくれたシンはそう言って真剣な表情で和麻を見つめた。

「あの妖魔、強かった。な? ディスティニー」

「くぅん」

あたしの足元で寝転がっていたディスティニーがそう応える。

「十中八九、神凪はこのままだと滅びる」

びくり、と震えてしまった。

前世のあたしはともかくとしても、今現在のあたしの血は神凪だ。

あたしのことを死んだとして勝手に葬式をした上に家族を取り上げられたとして、実の息子が他の子供たちに虐待されていたにも関わらず周囲の大人たちが見てみぬふりをされてしまったとしても……思い返してきて、なんかそうでもなくなってきたけど…一族が滅びる、と言われれば動揺してしまった。

あたしの苗字が八神となって戸籍も別人になった今だったとしても。

その様子に苦笑いして、和麻はあたしにそっとお茶を出してくれた。

の家は大丈夫、とは太鼓判押せないレベルだ。母さん」

「う…ん」

「…宗主と上層部の出方次第だな」

宗主はともかく、上層部が一番心配だ。

あたしはそう思いつつ、入れてもらったお茶を飲んだ。

これからどうなるんだろう?

「…生き残ってたら、宗主だけにコンタクトとろうよ。母さん」

「それまでゆっくりしとけばいいよ」と人事のように(いや、実際人事だけどさ)話す息子に、あたしは眉を寄せながらも小さく頷いた。




大神雅人さんと、かつて愛した、あの人…和麻の父の顔と、そして宗主の顔を頭の中にちらつかせながら。







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