(3)愚者と聖者のバラッド

(前編)





「初めまして、八神といいます。うちの息子達がいつもお世話に…」

「世話なんざされてない」「むしろこっちが世話してる」「わん!」

…なってます。と母が続けようとする前に口を挟むなんて、この息子達は…っ。お母さん、泣くぞ!

「え、え…は、母親…っ!!??」

「若い…」

「……特殊資料整理室室長の橘霧香です。失礼ですが、お歳を聞いてもよろしいですか」

「さ、38歳なんですけど」

あと2年もすれば40歳です。

「見えないっ!!」

「あ、あの…怪我人がいますし、それに深夜なのでお静かに御願いいたします…」

「防音にかけちゃ心配いらないが、確かに五月蝿いことは五月蝿いな、お前ら」

それがあたしと日本唯一の公営退魔組織「特殊資料整理室」の面々との出会いだった。

あ、そうそう。

神凪の分家、結城家の末子・結城 慎治くんの容態はあれから一時間たった今、とりあえず峠を越えた模様。

ギルバートさんに頂いた魔術道具はとても貴重で、魔術的儀式をする場合においてはこの数年裏の業界ではその名前が高くなっているとのことで、その道具がなければ命を落としていただろうと橘さんは仰っていた。

警察病院に搬送という手も考えられたのだけれど、動かすのは良くないとのことだったのでそのまま使うことにした。

「ありがとう、和麻」と艶やかに微笑んだ彼女はとても美人さんで目の保養だった。

彼女の様子だと、この慎治くんの身柄一つで彼女は神凪一族と何かしらの交渉をしようとしているんだと思う。

日本唯一の公的退魔組織としては退魔においてもっとも火力の大きく、そして歴史のある神凪とはつながりを持ってはいたいんだろうとは理解できるから。

「……では、お母様もなにかしらの能力をお持ちで?」

「え? あ、はい。微弱でお恥ずかしいですが炎術師の力…「母さん」「霧香」…なぁに?」

橘さんの質問に答えていると二人の息子達に言葉でさえぎられ、ディ(ディスティニーのこと)には身体でぐいぐいと押されて橘さんから離された。

「後で話がある」

「…いいわ。聞きましょう? 後でね」

大人の雰囲気の息子と橘さんの会話をよそに、あたしはシンに「霧香に隙を見せちゃいけない」だの叱られてました。

…うぅ、お母さんだけど、正直退魔の仕事の仕方やそういう類に慣れているのは断然、息子たちなんだよなぁ。

自分が情けない。

その直後、もう夜も遅いし、怪我人の状態も安定したということであたしとシンとディは家に戻された。

隣で和麻と警察の皆さんはなにやら会議中だ。

シンと和麻の仕事の邪魔はしたくはないので、あまりでしゃばらないようにしないと、と思いながらもお夜食を作ってシンに差し入れしてもらい、後片付けをしてからディと一緒にベットに入った。(隣の部屋程度なら、離れてても大丈夫っぽいのだ)

「寝てないと、俺、本気で怒るよ」とシンに脅されたから。

あの紅の瞳がらんらんと輝いていた。

お母さん脅すなんて、シンのばかーーっと言いたかったけれど大人気ないので止めておいた。

「ディ」

「くぅん?」

何か言おうとして、止めた。

何を言うつもりだったんだろう?

フィクションでの、あの話の流れを思い出そうとする。

思い出されるのは、和麻の過去と神凪での彼の不当な扱いと、そして…彼の弟・煉くんが捕まってしまうこと。

風牙衆の反乱というか、逆襲というか…神凪の自業自得の事件がこれから起こるのだ、とは思い出される。

実際具体的なことが何があったかはもう記憶の彼方に飛んでしまってはいるけれど。

そう、そう。

あの話での和麻は弟の存在に弱くて、なんだかんだ言って(お金も取るけれど)神凪一族を救った。

…。

あ。

あたしの息子としての、この現実としての八神和麻と八神・アスカ・シン(「アスカ」の苗字をミドルネームにしてみました)はどうだろう?

「ディ」

「くぅ…ん」

「…神凪一族はどうなっちゃうのかしらね」

「わふ」

小説を読んでいた前世は「なんてひどい一族だろう」と思っていた。

けれど今世ではその一族の人間になって…内側から見た彼らもやはり醜かったけれど…あれは一族の上の人たちの教育がちゃんとできていなかったからだと思う。

そのことが気になって、結局のところちゃんと寝れたのは朝日が昇り始めた時間帯で、結局あたしはお昼近くまでずって眠っていた。

起こしてくれればいいのに、うちの息子さん達は「気持ちよさそうに寝てたから」と言って起こしてくれませんでした。

…うぅ、息子のお仕事の関係者の方々に「なんて親だ!」って思われてしまうじゃないか…。

「…そんなことあいつらが言うと思う?」

母さんは気にしすぎだよ」

「わふ」

…息子達、皆エスパー? ……って違う!

「…そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれないじゃないかー」とか言いたかったけれど、さすがに長くなるからやめました。

うぅ、とりあえず身支度を整えよう。

まだ隣の部屋に皆さんいらっしゃるようだったら、声をかけさせてもらおう。

あたしはそう思いながら、今日は和麻に用意してもらった昼食(兼朝食)を食べるために、まず着替えた。

食事は和やかに終えて、お隣に挨拶を行くと、大変にこやかな霧香さんとそしてその部下の人がいらっしゃって。

さん」

あでやかに微笑まれる霧香さんの笑顔に、なぜかあたしの脳内でなぜか彼女に「ターゲット・ロック」されたことを感じ取って、冷や汗を流した。





母さん、お人よしだよ」

そう愚痴ったのはシン。

横浜の一角にあったなにかしらの地鎮に参加してきた帰りだ。

あの後、霧香さんにはそれとなく現場に参加するように誘われて、あれよあれよという間に特殊資料整理室のお仕事にお邪魔させてもらうことになったのだ。

フィクションでかなりその存在感が増したのが4・5巻目とあと短編集だった…はず…で、もう記憶の彼方にいってしまっている人たちだった。

レギュラー、というかちゃんと本編からずっと出てきていたのが霧香さんだけだったと思うしね。

確かフィクションでの誰かが特殊資料整理室は地味、とか言っていたが確かに見た目の行動は地味というか派手さがない。

けれどこれは大事なお仕事だとあたしは感じ取ったので、それを見せてもらったことに対してのお礼を言って、次のお仕事の見学の予約もしてしまった。

…というか、されてしまった。

なんとなーく、あぁこういう流れであたしはきっとほだされるというか、そういうのでもしかしたら警察の皆さんのお手伝いとなってしまうのかなーとか思わないでもない。

「絶対そうだって」

「んー、こういうお仕事もいいと思うのよね、あたし。一応、炎術師なのだから」

「そうは言っても、俺やディスティニーは嫌だぜ? 母さんが退魔の仕事すんの」

「…神凪のお家の人に見つかると、確かに面倒くさいことになりそうなんだけれど、それはほら、こう顔を隠して…」

「そうじゃなくて。危ないだろ……!!」

「!!」

ざわりとした感覚にあたしとシン(そしてきっとディもだろうけれど)は反応する。

ぞわり。

ざわり。

妖魔、の気配。

「…神社、の方角よね? シン」

この周辺で神凪の人間がいるであろう場所の把握は警察の人たちはちゃんとしていて、それを教えてもらってはいた。

巻き込まれたらやっかいだから。

「あそこは確か、神凪が出張ってきてるって言ってたよな。警察連中」

シンの言葉にあたしは記憶をたどろうとして、断念した。

フィクションでの話の流れの細かいところを思い出そうとしたって思い出せないのだし、それにあてにはできない…よね?

「シン、御願い」

母さん?」

「神凪がいかに優れてても、この気配はまずいと思う」

神凪のことだからきちんと結界を敷いて、人払いもかけているはずだ。

なのにも関わらず、離れた場所のこんなところにまで気配が飛んできてる。

「普通の退魔師じゃ、手に負えないでしょう? あたしは走れないから…うぅん、ディスティニーを出してくれればあたしが行くわ」

顔を出しちゃいけないとか、見つかったらやばいとかいうのはちょっと頭の角に寄せた。

あたしの知ってる誰かが死ぬかもしれない。

「シン」

「判った、一緒に行く」

札を取り出して、あたしと自分と、そして出てきたディにぺたりと張る。

人払い及び、不可視の札だ。

この札を貼っていれば、一般人には見ていなかったことにされるとかいう優れもの。

「一気に行く」

ディの大きさがいつもの2倍になり、シンとあたしがその背中に乗る。

メカ狼の彼は吠えることなくそのまま走り出した。





シンの能力・『チャイルド』は、ただディスティニーを作り上げるだけの能力じゃない。

エレメントという固有武器もその手に握ることが出来る。

その形は様々だと思うけれど、シンの持つエレメントは大降りの両手を使う大剣、両刃のそれはあたしが見たことのある魔術道具の中でもっとも綺麗で輝いている。

だってそれこそが、シンの心の強さそのものだから。

エレメント。

チャイルドと同じく、術者の心の強さが具現化したもの。

ギキィイイイイイイ!!!!

多重にかけられていた結界を突き破り、今まさに中にいた術者の男の人たち数名を殺そうとした風の刃を吹き飛ばす。

続いてシンがディの身体を足場にして、飛び上がるとその妖魔(?)に斬りつけると同時にあたしも周囲にいたありったけの火の精霊たちにお願いしてシンの動きに合わせてあたしも攻撃に参加した。

現場なんて本当に数回しか出たことがない上に、正直なところ、神凪一族の中でもあたしはこの年齢にしてはかなり技量は下に位置してる。

けれど火霊の操作だけならほんの少しだけ自信はあった。

うん、ほんの少しだけだけど。

ディの背中から降りると、彼は唸りながらその爪で風の刃の威力を文字通り叩き潰す。

「立ち上がれますか?」

あたしがそう声をかけて、膝をついたその人によって。

あ。

「…っちゃん…!!!???」

顔を見てびっくりしたというかこの年齢にもなってちゃん付けはきついものがあると思うんだけどどう思いますか?あと年齢重ねても昔の面影はちゃんと残ってますね(混乱中)

うん、忘れてました。

40代ぐらいの、この男の人。

顔見て思い出した。

大神雅人。

遥かな記憶の彼方の、あの小説の中ではここで無惨に殺害された神凪一族の人。

あたしの幼馴染で、異性の中では一番の友達で、少しだけ歳が上でお兄ちゃんのような人で…顔見知り中の顔見知り。

まずい、とかやばい、とかいう言葉が頭をかけめぐったけれど。

「今は、この妖魔を!!」

あたしはまた火炎を巻き上げ、シンの援護。

…倒したら、即逃げよう、そうしよう。

そう思い直して、ディにフォローして貰いつつ集中して一撃を繰り出した。

ん?

視界にまだへたり込んでいる人影が入る。

雅人さんが男の子を支えながら呼びかけている名前で気がついた。

炎雷覇を握って呆然とシンの後姿を見ている女の子。

あの女の子が神凪綾乃ちゃん。

あたしが見たことがあるのは、赤ん坊だった彼女。

あたしの息子と雰囲気よくなるはずの、ヒロイン。

「立てるでしょう?」

あたしの言葉に、その娘は顔をこちらに向けた。

雅人さんの声にも反応しなかった彼女が、あたしの声に反応したのはなぜかっていうのは判らなかった。

「そこに座っているだけでは、なにも解決しませんよ」

彼女はうなずくと、立ち上がる。

そしてその持っていた剣を振り上げた。

炎の精霊が根こそぎ剣に集まっていく。

「すごい…」

思わず、口に出すけれど。

「でも、うちの子たちもすごいよね? ディスティニー」

ウォオオオオオオオオンン!!!!

それはいつもの彼の声ではなかった。

口から吐き出された衝撃波が、繰り出された風の攻撃をいくつもつぶしていく。

「このぉおおお!!!」

「これで、終わりだ!!」

綾乃ちゃんの渾身の一撃とシンの必殺の一撃が繰り出される。

気配が霧散していくのが、肌で感じ取れた。

「やったの?!」

「いや、逃げられたな」

綾乃ちゃんの言葉にシンが律儀にそう返して、あたしを見るために振り返る。

「ディ!」

うわっ。

とん、という軽く押されたせいもあってすぐにあたしの身体はディの背中の上にのった。

あうー、脚ががくがくしてますよ?

それにシンが気がついてくれたんだろうか。

ちゃん、ちゃんだろ? 生きてたのか?!」

あたしはその言葉に何も返事をせずに、ただ困ったように彼を見つめた。

「気安く母さんに声、かけてもらいたくないんだけど。神凪に」

シンが憮然とした表情でディの背中に乗る。

「!」

「なんだと…」

「…た、助けてくれたことには御礼をいいます。ありがとう。…少し話がしたいんですけど…」

「悪いけど、俺達はあんた達に話すことなんて何もないね」

シンの低い声。

ディはその間に一方的に彼らと距離を置いた。

近くにある民家の屋根に飛び上がると、見下ろす。

「人払いの結界も全部ぶち壊したから、もうすぐ騒動を聞きつけた連中がここに来るぜ。さっさと帰りな、神凪!!」

シンの物言いはとても高圧的だ。

「シン」

小声でそうたしなめるけれど、その真紅の瞳は下にいる神凪の術者たちをにらみつけるのは止めない。

「帰ろう?」

そう言って、シンの服のすそを引っ張るとようやく彼は表情を緩めた。

「うん、このまま帰ろう。もうきっと母さん、歩けないだろう?」

そう言ってから、また彼らを一瞥する。

どこからかサイレンが聞こえてきたのをきっかけに、ディが走り出した。

ちゃん、待ってくれ!」という彼の言葉を背中に受けながら。

「…母さん、あの男…知り合い?」

「えぇ。幼馴染の、大神雅人さん。神凪の分家の」

「…」

「面影が残ってたし、すぐに判っちゃった」

向こうもわかっただろう。

あれからあたしの肉体は歳をとっていないのだから。

「…和麻、なんて言うかな」

うぅん、とあたしが唸っているうちに、あたし達はマンションまで帰っていた。

「…とりあえず、部屋に戻ろうか?」

自分達の身体についたお札をはがすと、シンは問答無用であたしの身体をおんぶして部屋まで上がってくれた。(ディスティニー? ディはすぐに姿を消してくれた)

その直後、あたしはとてつもなく大きな火の気配が生まれ、あたしは振り返る。

えーっと、どう、だったっけ?

もしかしたら和麻と綾乃ちゃんが会った、とか?

「母さん?」

「火の精霊がものすごく集まってる。たぶん、あの子、だと」

綾乃ちゃんの名前…というか赤ん坊の彼女は見たことがあるけれど、成長した彼女をあたしが知っているはずが無いので名前はいえない。

「…和麻が負けるわけ無いから、ほっとこうよ」

シンはそういい切って玄関の鍵を上げた。

その数十分後、隣の部屋に男の子二人と女の子…綾乃ちゃんがかつぎこまれていたことにあたしは気がつかず。

「母さん、疲れてるんだから、昼寝すれば?」

「うん、ほんの少しだけ眠らせてもらいます…」

昼寝させていただきました。

………だって、久々の現場だったし、妖魔(悪霊ではない)相手だったし、神凪一族に会っちゃって疲れちゃったんだってばよ!!(開き直り)







ブラウザバックでお戻りください

シンの攻撃=アーティファクト装備(エレメント)→戦王具。
シンと一緒に同時攻撃=火霊技巧+紅蓮炎舞。
綾乃の茫然自失をを回復=イノセントヴォイスって感じになるのかな?
スキル的に言えば。

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