(4)凍てついた皿にこぼれる炎

(前編)





痛い足を引きずって、お風呂に入った。

ちゃぷん、と湯船に身体を浮かべる。

幼馴染…大神雅人さん以外にいるとしたら、もう一人あたしには忘れられない人がいる。

…神凪深雪。

前世でこの世界をフィクションとして愛読していたあの話では最初から、あの人…『神凪厳馬』の妻で『和麻』の実母だった彼女は、今のあたしにとっては姉のような存在だった。

幼い頃は彼女の後ろをついて炎術を習ったりしたものだ。

現実はそんなあたしの姿を見て、厳馬さんが…まぁ、その、なんだ。甘酸っぱいのか? そうじゃないのか? そういう青春時代をおくり、和麻を授かった。

(思い返すのも恥ずかしいので、思い返さない。しないったら、しないのさ!)

そんな彼女に、まさかあんな場所から突き落とされるなんて思ってもみなかった。

深雪さんは厳馬さんのことをちゃんと好きで、後から生まれたあたしが奪ったのだと思ったんだろう。

突き落とされたあの瞬間、喜悦をふくんだあの表情は忘れようとも忘れられない。

それから彼女は厳馬さんの後添いになった。

あまり詳しくは和麻には聞けなかったが、子供…煉くん…を宿すまでは母として接してくれたそうだ。

和麻はあたしが死んでしまったという事実を受け入れたくなくて、勘当されるまであたしの存在を記憶のそこに封じ込めていたとのことで、彼女のことを実母だとそう思い込んで懐いていたとのこと。

…あたしを殺したから、少しでもその子供には申し訳ないと思ってくれただろうか? 深雪さん。

ちゃぷん、と顔を洗う。

いや、きっとあたしの子供というよりは愛する厳馬さんの子供だから接していたんだろう、と思う。

…。

駄目だ、どろどろしたものが渦巻いてくる。

溜息をついて、口に出した。

「やなことは、考えないようにしてリラックス、リラックス」

そう自分に言い聞かせながら、足のマッサージ。

タリアさんから教えてもらったそれを、思い返しながらしっかりとしていく。

頭の先から足の爪まで、しっかりがっつり洗って出ると、リビングでくつろいでいるはずの八神の長男が物騒な気配を出しながらこう言った。

「断る。昨日の今日、恩を仇で返された連中とまともに話すつもりはない」

そうしてぷちん、と電話を切ってしまった。

えー、あー、うー。態度悪いな、我が息子よ。

「もしかして、神凪?」

「あぁ。ふざけたこと言いやがる」

携帯電話をぎゅっと握ったので、もしかしたら電源を落としたのかもしれない。

よくよく話を聞くと電話をしてきたのは霧香さんで、警視庁の報告と結城家、大神家、そして宗家の若手三人の生存を確認した神凪の上層部(宗主と厳馬さんだけだろうと思う)が和麻と連絡を取りたいと言って来たので、どうか? ということだったみたい。

和麻としては神凪と交渉するつもりがもうないから…いや、あたしが「宗主と会いたい」と言っていたのでしぶしぶ宗主とだけにはコンタクトを取ろうとは思ってたみたい
だけれど、もう和麻から連絡するつもりは欠片もなくなってしまった。

雅人さんに会ってしまったのだから、早々に宗主の方にも顔を見せておきたいし、挨拶もしておきたい。

神凪としてではなくて、八神として。

そう息子に伝えると「とりあえず待ってくれ」とまた言われた。

少なくとも今回の騒動が収拾するまでは。

きっと今、この状況下で宗主とのコンタクトは、あたしにも危険が及ぶからだと思う。

…命を助けたのに、その身内に無理やり連れて行かれそうになって、それを拒んだら問答無用で攻撃されました。

その上でさらに強烈な一撃を食らわそうと…勿論、こちら側に殺意を持って攻撃されました。

さて相手側に対して、こちら側はいい感情がもてるかどうか? といわれたらそれは「NO」。

友好ゲージなんてものが存在するなら、マイナスもマイナスなところ。

そんなところに「話がしたい」なんて言われても…ねぇ?

「シンは?」

「レイから電話が来たから、ついでに魔術道具の発注させてる」

「…かなり消費してたもんねぇ」

和麻にしてみれば今回の出費は…あれだ、某元18禁ゲームのあかいあくまが作中に言っていた「心の贅肉」ってヤツに当たるんだろう。

「…必要経費として霧香から出させっから」

い、いいの? そんなの勝手に決めて。

あたしに、というよりも自分にそう言い聞かせながら和麻は立ち上がる。

「次、入るわ。シンに値切れって言っといてくれ、母さん」

「はぁい」と返事をしてシンのいる部屋に向かい、その旨を伝えた。

その夜も静かにあたしは眠りに付いた。

うん、後で、というか次の日早朝に聞いた話。

「え? 固定電話の方は母さんの名義だからまだかかってこなかったみたいだけど、俺の携帯電話の方にはけっこうかかってきてたよ。五月蝿いから電源落とした。あ、母さんのも」

さわやかな笑顔でシンがそういい、和麻も「あ、俺も電話切っといたまんまだ」と呟いて携帯電話の電源を入れると、留守番電話に同じ番号からしつこく入っていたらしい。

…。

「神凪の人からじゃないの?」

「たぶんな。霧香の番号じゃないから」

あたしのも入れてみると、あたしの方には霧香さんの電話番号のものが入っていて、あとは番号が非通知のものがある。

「非通知のはかけなおさなくていいから」

…誰の電話かわからないものね…。

長男の言葉に頷き、二人が身支度をして朝の朝食を用意してくれている間に、霧香さんの電話番号にかけるとすぐに出てくれた。

「おはようございます、霧香さん」

「おはようございます、さん」

「すみません、昨夜は電話を頂いたのに…」

そう伝えると、霧香さんは笑って許してくれた。

霧香さんの昨日の電話の用件は、あたしのことが大神雅人や神凪の子供たちの口から宗主の耳に入ったことだった。

幸か不幸か…厳馬さんはちょうど和麻に直接連絡を取ろうと電話口でやっきになっているときで(霧香さんのものでは埒が明かないと思ったんだろう)、宗主の方から子供たちと雅人さんには口外するなというお達しが出たそうだ。

あたしが生きていたことを知って、宗主は驚きと共に喜んでくれ「ぜひ会いたい」と言って来たのだと言う。

その席には雅人さんも同席したいと言い出したらしくて。

さん、罪作りな方ですわね。素敵な殿方たちに…」

「ち、違いますよ。宗主も雅人さんもかつて身内だったということで、気になさっているだけですっ」

何を言い出すかな、チミは!! 確かに雅人さんはちょっぴりあたしの好みの人だったときもあるからって動揺なんかしてないよ!?(でも動揺) 

宗主も雅人さんも既婚でしょう?! 雅人さんはともかく宗主はそうじゃないと綾乃ちゃんが生まれてないしっ、それにそうじゃなくてもあたしなんか…。

って何を必死になっている、あたし!! 落ち着け!!

ごふっと咳払いをしながら、あたしは「大変申しわけありませんが、今は神凪が大変なと時…、事態が落ち着いたらまたこちらから改めてご連絡します、とお伝え願いますか?」と彼女に御願いをすると、彼女は快く快諾してくれた。

その後、今日の封印の仕事現場の場所と時間の確認をして、携帯電話を切る。

身支度を整えて、動きやすい服装に着替える。

食事中、霧香さんと話した内容の概略を息子達に伝えると「うん、それでいいから」と長男は頷いてくれた。

「今日はどうすんの? 和麻」

「ちょいと横浜をぶらついてみる」

「シンも行ってくれば? 母さん一人で大丈夫だよ?」

「「却下」」「くぅん」

息子達に即却下された母の立場は…っ。

「俺は母さんと一緒に警察の連中の仕事現場に邪魔するよ」

「霧香に気をつけろよ。気がついたら母さんが、警視庁特殊資料整理室と契約、なんてはめになっちまう」

あれ? うわ。もしかしたら術者として? 母さん未熟者だけどOKなのかな?

神凪とブッキングしなければかなりいけそうな気もしないでもないけれど…っていうか昨日のほんの少しの戦闘だけでちょっと自信持ったりしたよ、お母さんは。

「そういう就職の仕方もありかな?」

「「却下」」「くぅん」

思わず口に出したことに、即、息子達に却下される母の立場は…っ(涙)。

掃除や洗濯をすませて、あたしたち家族は全員、同じ時間に家を出た。

シンとあたしの行動範囲は、電車と徒歩とタクシーを使うので出費がかさむ。

車のガソリン代と比べたらそうでもないかもしれないけれど…。

「あたしも運転免許、取ろうかナァ」

八神として。

神凪としてのものは、もう更新されていないから切れてるし。

「本調子になってからにしてくれよ? 母さん」

「うー、そうなんだよねぇ?」

日本に来ていつもよりも、かなり運動している。

シンからは「レイからあまりあせるなって伝言」という言葉を頂いた。

そうこう話をしているうちに現場に到着。

霧香さんたちにご挨拶して、その封印の様子をじっと見つめる。

派手さはないけれど、これは立派なお仕事なのだよ。……そこであくびをしているシン君?

「…ごめん」

「いえいえ」

小一時間で施された封印の現場で、霧香さんたちと少しお話をして「帰ろうか」なんて思ったときだった。

「ごめんなさいね、さん」

はい?

霧香さんの言葉に振り返り、そしてその人を見て心臓がどくりと波打った。

「どうしても、と仰って」

「…っ霧香っ」

シンの咎めるような言葉。

「シン、大丈夫だから」

「…本当に、生きていたんだな…? 

「お久しぶりです、宗主様」

杖をつき、傍に控える二人の男性…一人は大神雅人、もう一人はあたしの知らない人…を付き従えてその場に現れたのは。

神凪一族、現宗主の神凪重悟その人だった。



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